ミッションコンプリート?
ケンが最終型のビーコン装置を完成させて、コリンはあちこちにそれを設置した。
最初は、精霊の森の中へ。
次に、東門近くにある倉庫裏の、廃棄物仮置き場へ。
そして、地下深くにある避難シェルター内の隔離された一室へ。
最後に、人の気配が全くない、砂漠の中へ。
それぞれが、ビーコンを発する時刻を精密にセットされ、役目を終えれば小さな機械は自壊するように作られている。
シルビアの組み立てたタイムラインに沿って、それは重要な節目の場所と時刻を正確に発信する。
コリンが砂漠の中に設置した、最後のビーコン装置。
それは、コリンとニアしか知らない。ただ、シルビアとジュリオから出された条件さえ守れば、終了するまで二人以外は知る必要はない、とまで言われた。
恐らく情報が事前に漏れないように配慮した結果なのだろう。
コリンはニアと二人で、砂漠へ跳んだ。
そこだけ不自然に、白い砂の丘がある。
つい先日、十日ほど前にゴーレムと戦い、砂の下深くへ埋めた場所だった。
そこへコリンはビーコン装置を埋めた。
この装置は、すぐには作動しない。
このまま、およそ二年間の眠りにつく。目覚めてビーコンを発信してマーカーの役割を担うのは、1523年1月12日。コリンたちがヴィクトリア宙域で銀河連邦軍に追われて転移した、その翌日である。
少なくともその日まで、彼らは砂漠に現れたエギムのシェルターの存在を知らない。だからその翌日以降へ転移させねば、過去と未来の改変になってしまう。
それが、最終的に彼らの出した結論だった。
「転移!」
コリンが転移魔法を発動すると、事前に整地してあった平坦な砂漠の一画に、人工地盤ごと直径三百メートルの円形に切り取られた精霊の森が転移する。
ビーコンが示した場所と時刻へ正確に転移したことを、コリンとニアは確認した。
そしてコリンは間髪を置かず、今度は地下シェルターの一画へ転移する。
当然、ニアも一緒だ。
「よし、次のマーカーへ」
コリンは、再び意識を集中させる。
遠くで爆発の音が続き、幽かな振動を感じる。最後の時は近い。
地下深くにあるシェルターは二層構造で、一辺三百メートルの正方形をしている。
シェルターの壁や柱は三メートルの厚さを持ち、何層にも重なる強固な人口岩石と補強する金属や樹脂で固められている。
ほぼ精霊の森の真下にあるが、その間には数フロアに及ぶ住居や商業施設、エネルギーや食糧プラントなどの公共施設が詰まっていて、その全てを動かすことは不可能だ。
シェルターは現在の住民1万人の倍の人数でも収容可能なキャパシティがあり、付属設備を合わせれば周囲と切り離されても、自立して稼働が可能な造りになっている。
そのシェルターだけを切り取り、コリンは砂漠へと転移する。
転移先は、精霊の森が転移したのと同じ場所、だが、その時間は精霊の森が転移して来る僅か三秒前だ。
シェルターが整地された砂の上に転移して三秒後、精霊の森がその上に乗る衝撃を感じた。
ニアは、用意してあった予備の水槽に水魔法で大量の水を作り、補給している。
コリンはもう一度精霊の森へ転移して、光学迷彩装置を回収した。
守り抜いた尖塔が、無事に姿を現した。
尖塔さえあれば、生き残った精霊魔術師がここを中心に、新たな結界を張るだろう。結界さえあれば、当分の間は砂嵐やサンドワームに襲われることもない。
ニアが用意した、大量の水もある。
「(ニア、終わったよ。帰ろう)」
言い終わらぬうちに、尖塔の元にニアが転移して来た。
目指すのは、最後のビーコン。
「みんなが待つ『オンタリオ』のブリッジへ転移!」
幾筋もの煙を上げて崩壊したエギムが、砂嵐に包まれる。
コリンとニアを乗せたサンドワームも、嵐に乗じて砂漠の彼方へと旅立つ。
「いや、なかなか良いものを見せていただいた」
「やめてよ、ジュリオ」
「でもこれが砂丘の底の見納めだからよ、お前らもよく見ておけ」
「この船のヴォルトからは、もう行かれないのかな?」
「何年か待てば修復されるはずだぞ」
「でも、コリンの家族は家も職場も失ったな」
「それは、街のみんなが同じだよ」
「どこの町でも、お店はできるよ」
「ああ、そうだな。全部終わればエレーナみたいに、お前らも家族に消息を伝えてやれ」
「また家族に会えるかな」
「大丈夫。簡単じゃないだろうけどね」
スクリーンを砂嵐が覆う。
砂の中に隠れていた『オンタリオ』も全てを見届けると、地上に姿を現し宇宙船の姿に戻ると、転移して姿を消した。
「転移させた町の消息や、他にも気になることがあるが、ひとまずは終了ということでいいのか?」
惑星エランドを遠く望む宇宙に留まる『オンタリオ』のブリッジで、ジュリオは言いながらシルビアに視線を送る。
「待ってくれ。もう一つだけ、気になることがあるんだ」
ケンが先に言う。
「あれね」
シルビアも、ケンの言いたいことがわかっているようだ。
「はっきり言えよ、もったいぶるな!」
ジュリオは、さっぱりわかっていない。
「ほら、いつだったかジュリオが、オレたちって運が悪いなって話をしただろ」
「んん……ああ、あれか。後で思えば、エランドの砂漠でキャラバンに救われたときに、少ない運を使い果たしちまったんじゃねぇかって話だよな」
「そう。でも、あれって運が良すぎたと思わない?」
「あの広い砂漠で、オレたちの小さいクルマがワームの襲撃を受けたら、普通は逃げる暇もなく食われちまう。そこへ偶然に船団が通りかかるなんて、ちょっと出来過ぎじゃね?」
「お、お前ら、まさか……」
「で、あのキャラバンの現在位置と、これまでのルートを調べてみたの」
「そしたらビックリ。このままじゃ俺たち三人のクロウラーと遭遇しそうにないんだぜ」
ジュリオの顔が青くなる。
「あそこにいる俺は、ワームに喰われちまうってことか?」
ジュリオは、スクリーンに浮かぶ青と茶色の惑星を見つめる。