↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/15

ケーキ店『ブルースカイ』の逸脱

 派手さはないが味は確かで、固定ファンも一定数いるが、広く訴えかける集客力が課題。そんなケーキ屋が町外れの通りに店を構えている。店名は『ブルースカイ』。

『ブルースカイ』は来月十五日でオープン十周年を迎える。クリスマスとオープン記念日には、人気の定番商品を値引きするのに加え、新商品を販売するのが通例となっている。

 記念すべき十周年の今年は、例年以上に特別ななにかをしたい、と店主のハセガワは考えた。

 ただ、値引きと新商品が当たり前のものとして周年記念期間を消化してきた彼の凝り固まった頭は、どう足掻いても冴えたアイデアを捻出できない。困り果てた挙げ句、同業のヤマムロに相談したところ、

「『オオイ・カンパニー』という会社にプロデュースを依頼するといい。ちょうど君の店と同じ開業十年目になるらしくて、彼らが手がけた店はことごとく飛躍すると業界では有名だよ。『古き良き、町の小さなケーキ屋さん』を自認し、SNSもやらないあんたはご存じないだろうがね。まあ、相談してみるのも悪くないんじゃない?」

 SNSはやらないがインターネットは人並みに利用するハセガワは、さっそく『オオイ・カンパニー』の公式ウェブサイトにアクセス、あっという間に面談の約束を取り付けた。

「『オオイ・カンパニー』相談員のオシダと申します。本日はよろしくお願いします」

 ハセガワとオシダは『ブルースカイ』二階の客間で名刺を交換した。いかにも仕事ができそうな若手といった風采のオシダに、ハセガワはさっそく十周年に合わせた企画について相談した。熱心な相槌を打ちながら話を聞き終えたオシダは、待っていましたとばかりにブリーフケースからカタログを取り出し、

「そのような要望でしたら、このようなプランはどうでしょう。まずこちらのケーキは――」

 担当者と話し合いを重ね、ゼロから企画なり新商品なりのアイデアを練り上げるものと考えていたハセガワは、完成品のひな型が用意されていることに驚いた。しかもバリエーションはかなり豊富で、二人がかりでゼロを百にするよりもかえって時間がかかるのでは、と危惧した。

 しかし、オシダはクライアントのニーズに応じて候補を絞り込む能力が秀でていた。のみならず、速やかに決断に導くだけの言語能力と説得力を兼ね備えている。

「では、このコースで決定ですね。ありがとうございます!」

 小一時間が経ったころには、既定のフォーマットのもとで既定の商品数点を、『晴れ渡る十周年大感謝祭』と銘打って、記念日から一週間という期間を設けて売り出すことが決まっていた。


『オオイ・カンパニー』が用意したケーキは、当然のことながら『オオイ・カンパニー』製のケーキ。『ブルースカイ』は売り場を提供するだけであって、売上金は全て『オオイ・カンパニー』のもの。

 プライドがあった。『ブルースカイ』なのに『ブルースカイ』の商品を売らないでどうするんだ? ハセガワは葛藤した。

 しかしけっきょく、『オオイ・カンパニー』の力を借りることに決めた。

 ひとえに、大企業の力を利用して売り上げを伸ばす、という利己的な目的のために。


『晴れ渡る十周年感謝祭』開幕当日、『ブルースカイ』店内に置かれたディスプレイケース内の目立つ一画には、毒々しいまでに鮮やかなケーキの数々が陳列された。

『オオイ・カンパニー』で用意されたケーキだ。

「古き良き、町の小さなケーキ屋」である『ブルースカイ』は、ショートケーキやチーズケーキやチョコレートケーキなど、ポピュラーでオーソドックスなケーキを取り揃えている。物価の高騰にも負けず、食材や製造法にこだわり、懐かしくも素朴な味わい、そしてもちろん味のクオリティの高さ、その二つを両立したうえで、ギリギリの安価で提供する。それが『ブルースカイ』の特色だ。

 奇抜な見た目で客の関心を惹くという『オオイ・カンパニー』のやり方は、ハセガワの価値観とは相容れない。ただ、陳列が完了したディスプレイを眺めれば、否応にも注意を惹きつける存在感なのは一目で分かる。売り上げの増加という巨大な利益が得られるなら許容レベルの逸脱だ、とハセガワは感じた。この景色が一か月、二か月と続くなら話は別だが、『晴れ渡る十周年感謝祭』は一週間限定のキャンペーンだ。

 開店直後からたくさんの客が訪れた。常連の客は、ハセガワに十周年を祝する言葉を贈り、『オオイ・カンパニー』製のケーキの派手さに驚きと困惑が入り混じった感想を述べ、普段よりも少しだけ安くなった定番のケーキを購入した。一方の一見の客は、大半がカラフルなケーキを買い求め、一部がその他のケーキも抱き合わせで買った。

 夕方になるといっそう客が増えた。十代二十代と思しき若者が多く、彼らは全体的に話し声が大きく、スマホでケースに陳列されたケーキを無断で写真撮影した。ハセガワとしては、撮影自体はかまわないが、無断で行うのには眉をひそめざるを得ない。「若いから」という解釈だけでは説明しきれないずうずうしさが彼らからは感じられる。彼らぐらいの年齢の息子と娘がいる常連客のコザトに、「彼らは何者なのか」と尋ねてみたところ、

「SNSで話題になったから店に買いに来たみたいだな。バズる、というほどの盛り上がりではないかもしれないけど」

 ハセガワはインターネットの世界には詳しくないが、一般常識としてSNSがどういうものかは知っているし、バズるという言葉の意味もなんとなく分かる。後者に関しては、炎上というネットスラングとの違いが曖昧だったので、不安になってコザトに訊いてみると、彼はその場でスマホを取り出して調べはじめた。

「炎上はしていないな。素朴な商品を売っている個人経営のケーキ屋が、十周年記念に毛色の違う商品を売り出したものだから、驚かれるとともに珍しがられているだけだ。『ブルースカイ』にメリットはあってもデメリットはないよ。よかったな、ハセガワさん」

 そうにこやかに答え、「ユーザー登録しなくても見られるから」と当該SNSのURLを教え、家族の人数分のフルーツケーキが入った袋を提げて店を後にした。

 去年までの周年よりも多くの売上を記録した夜、ハセガワはコザトから教えられたSNSを見てみた。

『ブルースカイ』に言及した投稿の多くは画像つきで、なにを購入したのか、ならびに店内や接客の印象、購入商品の味についての感想が簡潔に書かれている。ネット用語や若者言葉が無数に散りばめられ、ニュアンスを掴むのに苦戦することもしばしばあった。それでもハセガワには、『ブルースカイ』製よりも『オオイ・カンパニー』製のケーキのほうがおおむね好評であることが理解できた。インパクトの強い見た目だけではなく、味の評価も高いようだ。

 消灯直前、ハセガワはオシダに「予想を超えて順調です」と書いたメッセージを送った。


 今年は外部に頼ると決めていたため、周年定番のオリジナル商品は用意していない。今から用意するのは難しいし、仮にできたとしても、既存の商品にささやかなアレンジを施しただけのお粗末な一品にしかならないだろう。

 人気の定番商品のこれ以上の値下げは、決して楽ではない経営のことを考えれば、できない。

『オオイ・カンパニー』の商品を、『晴れ渡る十周年感謝祭』の途中でディスプレイケースから撤去するのは、契約の関係から不可能。


 値下げした定番商品は例年よりもよく売れた。

 しかしそれ以上に、『オオイ・カンパニー』製のケーキが売れた。飛ぶように売れた。

 ハセガワは毎夜、仕事が終わると必ずSNSをチェックし、『晴れ渡る十周年感謝祭』の評判を確かめた。

 書き込まれる内容にも、取り上げられる話題の比率にも、ほとんど変化がなかった。


 一週間にわたる『晴れ渡る十周年感謝祭』はつつがなく終了し、『オオイ・カンパニー』の諸商品は『ブルースカイ』から一点残らず消えた。

 歴代の周年記念キャンペーンの中で、もっとも高い売り上げを記録した年になった。

 翌日には客足は落ち着き、いつもの「古き良き、町の小さなケーキ屋」の日常が帰ってきた。

 ハセガワは、その日の営業を終えるたびにSNSをチェックする習慣をやめられずにいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。