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第一話 夢






「リリィ・フランベルジュ、そなたを我の妃とする」


「──え? なんて?」


リリィは思った。

ああ、私の夢は叶わないのか──。

と。




リリィ・フランベルジュ。

それが齢18歳にしてエクリプス帝国の妃となり、後に『エクリプス皇帝の料理番』と呼ばれる名である。

彼女は後にこう語る。


『私の人生は、ここから始まった』と。







リリィ・フランベルジュはエクリプス帝国に隣接するエクア王国に産まれた平民である。

エクア王国では珍しい翡翠色の髪にラベンダーのような色の瞳。顔立ちは飛び抜けて美人な訳ではないが、笑うと周囲の空気が華やぐような可愛らしさがあった。

家はこじんまりとした飲食店を経営しており、リリィは両親の作った料理が大好きな少女であった。そんな両親に似たのかリリィも料理が得意であり、1番の得意料理はクリームコロッケである。

来月の誕生日で18歳になるリリィは、お店を手伝いながらも夢である王宮の料理番になれるよう、日々新しいレシピの考案や料理の練習に励んでいた。


そんなある日、お店で働くリリィの元へ幼なじみのルークからこんな情報が寄せられた。


「なぁなぁ、リリィ。エクリプス帝国の皇帝がお妃様探ししてるらしいぜ」


「あら、そうなの。早く見つかるといいわね」


「そんな人事みたいに……。聞いたことあるだろ。エクリプス帝国の皇帝は竜神と人間のハーフだから、番がいるって話。その番は一目でわかるように皇帝の鱗と同じ髪色をしてるって。お前も珍しい髪色だから、もしかしたら皇帝の番かもしれないだろ?」


「バカね。そんな訳ないじゃない。第一(つがい)は必ず帝国に生まれるはずじゃない。今までそれが違ったことなんてあった?」


「いや、ない……けど。でもさぁ」


「はいはい、この話はもうおしまい。私お昼入るから、ルークもさっさと食べて帰りなよ。親父さんにまたサボってるってどやされるよ?」


「そりゃ勘弁。ま、こんな平凡な女が番なわけないか」


「なんですって!?」


リリィはルークの肩をバンバン叩く。

ルークは「いてて!」と言いながら皿を持ってお店の隅に避難した。


(全く……私が番な訳ないじゃない。それより、今日はどんな料理を作ろうかなぁ)


リリィは大好きな料理のことで頭がいっぱいなのであった。






それから半月後。

リリィの18歳の誕生日がやってきた。

この国では18歳以上でないと王宮勤めはできないとされている。

だからリリィはこの日を待ち侘びていた。


「リリィ、お誕生日おめでとう!」


「おめでとう、リリィ」


「お母さん、お父さん、ありがとう!」


「ほら、プレゼントだ。開けてみなさい」


「うん、お父さん!」


リリィは父から渡された小包を丁寧に開ける。

すると、中から可愛らしいネックレスと、一枚の紙が入っていた。


「わぁ、とっても可愛いネックレス! ありがとうお父さん! あとこれは……?」


紙に書いてある文章を読んでみると、こう書いてあった。


『王宮料理番採用試験のお知らせ』


「……え!? これ、どうしたの!?」


「書いてある通りだ。リリィはずっと王宮の料理番に憧れていただろう」


「そりゃそうだけど、この試験を受けるには多額のお金がかかるでしょう?」


「いいんだ。私達はこの日のために用意していたんだから」


「お父さん……」


リリィは瞳が潤んでいくのを感じた。


「ありがとう、お父さん、お母さん。私絶対に王宮の料理番になってみせる!」




こうしてリリィは王宮の料理番の試験を受けることになった。

 

いよいよ採用試験の日がやってきた。

試験方法は三部制となっており、第一部に筆記試験、第二部に実演試験、第三部に面接となっている。


無事筆記試験を終えたリリィは、第二部の実演試験での課題を見て頭を悩ませた。

その課題とは、『王宮の勤め人が喜ぶ料理を作ること』。


エクア王国は小麦が豊富に穫れるため、主食はパンである。普段平民はパンに少しの肉や野菜、そしてスープを食べるのが主流だ。

しかし王宮の勤め人は貴族が大半である。

リリィは貴族の食事がどんなものか知らないが、きっとおかずが豪華なだけで基本は変わらないだろうと思っていた。

だが、王宮の勤め人が喜ぶ料理とはなにか。

リリィは考える。

貴族でもなく平民でもなく、『勤め人』が喜ぶ料理。

そこでリリィは、もし自分が勤め人だったら……と考えてハッと気づく。


「もし私が多忙な勤め人なら……」


リリィは脳内に浮かんだ料理を作り始めた。



結果として、リリィは第三部へと進んだ。

面接官はリリィの料理を食べた上でこう質問した。


「なぜ、この形にしたのですか?」


「はい、これは忙しい勤め人の方々が仕事をしながらも合間を縫って食べれれば良いかと思い、この形にしました。蓋も付いていますし、料理を食堂だけでなく部屋でも食べれればより効率が上がるのでは、と。事前に作り置きをしておけば詰めるだけですし、予約していただければお届けにもあがれるかと。空いた器は時間を決めて回収に伺えれば」


「なるほど。今までは食堂に行かなければ食べられず、移動時間が無駄でしたが、これならば削減できますね。それに栄養バランスもとれている」


リリィが作った『王宮の勤め人が喜ぶ料理』は、お弁当のことである。

野菜やチキンを挟んだパンに、リリィが得意とするクリームコロッケや卵焼きにパリッと焼いた腸詰肉、にんじんのラペ、ほうれん草のバター炒めなどを木でできた器に詰め込み、蓋をしたもの。

もしも自分が多忙な勤め人であれば、移動時間も惜しいと思うだろうと考えたのだ。



「ふむ。とても素敵なアイデアでした。結果は後日お伝えします」


「はい、ありがとうございました!」


こうして無事試験が終わったリリィであるが、

緊張から解き放たれたせいか、王宮内の帰り道がわからなくなってしまった。つまり迷子である。



「あわわ、どうしよ……誰かいないかなぁ」


若干涙目になりながらウロウロしていると、足音が聞こえてきた。


(救世主!?)


パッと足音の方に顔を向けた瞬間、リリィは立ちながら硬直した。


そこにはこの世のものとは思えない程の美形がいた。

白銀だが先にかけてリリィより濃いめの翡翠がかった美しい長髪、キラキラと輝く黄金色の瞳、スッと通った完璧な鼻筋、硬く結ばれた形の良い唇。


その瞳がリリィを映した瞬間、全身を雷が駆け抜けた気がした。


初めての感覚に戸惑うリリィだったが、相手の方はもっと衝撃を受けていた。


「……つ、がい」


「え?」


「っ、見つけた!」


「えっ、え!?」


美形の男はリリィのことを強く抱きしめた。

いきなり抱きしめられたリリィは、(美形は匂いまでいいのか)とパニックになりながら思った。


だが美形の男がぎゅうぎゅうと強く抱きしめるものだから、リリィは息ができずに死にそうになってきた。

(ああ、お父さんお母さん、私は先に逝きます)

そう思いながら意識が遠のきかけた時、まさしく救世主が現れた。


「こら、(あるじ)! 番が死にそうだぞ!」


その言葉にハッとしたのか、美形さんはガバっとリリィを引き剥がした。


「っ、げほっげほっ」


(し、死ぬかと思った──!)


リリィがぜぇぜぇしていると、美形さんは焦ったように背中をさすってきた。


「だ、大丈夫か! 死ぬな!」


(あなたが殺そうとしたんです!)


なんて言えるはずもなく、とにかく息を整えることに集中するリリィであった。




息をどうにか整えたリリィは、改めて美形さんと先程の救世主を見る。


(うわぁ、見れば見るほど美形……)


美形さんも美形だが、救世主も一つに縛った艶やかな黒髪にエメラルドのような瞳を持つなかなかの美形であった。


「あ、あの、私、実は迷子でして……。どこが出口かご存知ですか?」


「……名前は」


「え?」


「名前」


「あ、申し遅れました、私はリリィ・フランベルジュと申します」


「……リーイン」


「あ、俺はハイシャン。よろしく」


「よろしくお願いします、リーインさん、ハイシャンさん」


美形さんもといリーインさんは、リリィのことをジッと見つめている。

見つめられて気まずいリリィは、顔に何かついてるのかと焦り始めた。一刻も早く帰って鏡で確認しなければ。


「あの……私、そろそろ帰らないとで。出口がどちらか、ご存知ないですか?」


「帰す気はな──」


「ああ、出口ね! こっちこっち!」


なにかを言いかけたリーインをハイシャンは遮り、リリィを案内する。

ハイシャンはリーインから殺されそうな視線をもらいながらこう思っていた。


(物事には順序ってものがあるんです!)


心なしか早足なハイシャンに必死でついていくリリィは、リーインが自分の背中をジッと見つめていることに気が付かなかった。



「ふぅ、ここだよ!」


「あ、ほんとだ! ありがとうございました!」


「いえいえ。そういえばリリィちゃ──リリィさんはなぜ王宮に? 迷子なくらいだから勤めてはないでしょう?」


「あ、私は王宮の料理番になりたくて、試験を受けてきたんです」


「へぇ! 料理できるんだ、すごいね!」


「いえいえ、そんなそんな。趣味みたいなものでして」


「いやいやー、リリィさんの料理、食べてみたいなぁ。ね、主!」


「……ああ」


「あはは、ありがとうございます! あ、私今は街の『デリシャ』ってお店で働いてるので、もしよろしければ来てくださいね!」


「うん、是非行くよ! ね、主!」


「行く」


「えっ。あ、じゃあお待ちしてますね! ではありがとうございました、失礼します!」


リリィはどうせ社交辞令だろうと思いながら挨拶をして王宮を去っていった。


その翌日、本当に来店するとも知らずに──。





翌日。

試験の疲れもあってぐっすり寝たリリィは、お店の仕込みのため厨房へと立っていた。


「ふんふふーん、今日のメインはにんにくと玉ねぎの鶏肉クリーム煮〜」


ひたすら玉ねぎとニンニクの皮を剥き、みじん切りにする。


「あー、玉ねぎが目に染みる〜」


リリィは半泣きになりながらも手早く刻んでいく。


そんな時、お店のドアがノックされた。


「ん? はーい、まだオープンしてないですよーっと」


そう言いながらドアを開けると、目の前に神々しい美形の男が立っていた。


「……あっ、リーインさん! どうされたんですか?」


「……食事を」


「えっ、食べに来てくださったんですか!? あ、ありがとうございます。でも実はまだ仕込み中で……」


「……そうか」


「はい……すみません」


「いや……何時からだ」


「あ、10時からです」


「わかった。……また来る」


そういうとリーインは踵を返し、どこかへと消えた。


「また来る……って言ってたわよね。今日はお父さんもお母さんも急用でいないし、早く仕込み終わらせなきゃ!」


リリィは新規客獲得だと、気合を入れ直した。


お店がオープンする10時ぴったりにドアの前にオープンの看板を置くと、どこからともなくリーインが現れた。


「あ、いらっしゃいませ! お好きなお席へどうぞ!」


「ああ」


そう返事したリーインは何故か厨房の目の前のカウンター席に座った。


「……おすすめはなんだ?」


「今日はにんにくと玉ねぎの鶏肉クリーム煮ですね! パンもつきますよ!」


「ではそれを。あとはさっぱりした飲み物はあるか」


「はい、ざくろジュースの炭酸割りなどいかがですか?」


「それも頼む」


「かしこまりました! 少々お待ちください!」


そう言ってリリィが器にクリーム煮を盛り付け、ジュースと焼きたてのパンも添えてトレイに乗せると、目の前のリーインに差し出す。


「どうぞ、召し上がれ!」


「ああ。……ありがたく頂く」


そう言ってリーインはクリーム煮を一口、スプーンで掬って食べた。すると目を見開く。


「……! うまい」


「良かった!」


リリィはにこにことしながらリーインの食べる様を見つめる。


そんなリリィをちらっと見たリーインは、少しだけ口角を上げると、もくもくと食べ始めた。

そしてものの数分で綺麗に平らげると、リリィにこう言った。


「とても美味であった」


「ありがとうございます!」


「リリィ……いや、リリィ・フランベルジュ。そなたを我の妃とする」


「──え? なんて?」













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