表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界最強の引きこもりは、人と生きる意味を知る  作者: わまたよ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
62/77

第二十一話 立つことから始める剣

 近衛訓練場に、まだ誰の声もなかった。


 白砂の上には、先ほどの模擬戦の余韻が残っている。


 ヴァルクとレオンハルト・グランヴェル。


 王国近衛兵団の隊長格と、寡黙な剣士。


 二人の模擬戦は、剣戟と呼ぶにはあまりにも静かで、しかし見る者の心を深く抉るものだった。


 レオンハルトは確かに強かった。


 踏み込みは鋭く、剣筋に迷いはなく、恐怖の中でも足を止めなかった。


 近衛兵たちは、その姿に誇りを覚えた。


 だが同時に、その誇りは静かに砕かれた。


 ヴァルクは、レオンハルトを打ち倒したのではない。


 粉砕したのでも、力で捻じ伏せたのでもない。


 ただ、終わらせた。


 剣が届く前に。


 力が形になる前に。


 戦いというものが始まり切るより先に、その結末だけを置いたような剣だった。


 だからこそ、訓練場は静かだった。


 誰も軽口を叩けない。


 誰も虚勢を張れない。


 自分たちがこれから何を教わるのか。


 その輪郭すら、まだ掴めずにいた。



 ヴァルクは、整列した近衛兵たちを一人ずつ見た。


 彼の視線は鋭くない。


 睨みつけるわけでも、威圧するわけでもない。


 だが、見られた兵たちは自然と背筋を伸ばした。


 まるで胸の内側まで見透かされるようだった。


 足の置き方。


 肩の張り。


 握りしめた拳。


 乾いた唇。


 浅くなった呼吸。


 恐怖を隠そうとする目。


 興奮に浮いた目。


 悔しさを燃やす目。


 そのすべてを、ヴァルクは黙って見ていた。


「まず」


 短い声が落ちる。


 近衛兵たちは一斉に耳を向けた。


「立て」


 誰も動かなかった。


 すでに立っているからだ。


 だが、ヴァルクは表情を変えずに続けた。


「今のお前たちは、立っていない」


 その言葉に、わずかなざわめきが生まれる。


 近衛兵の一人が眉を動かした。


 だが反論は出なかった。


 先ほどの模擬戦を見た後では、誰も軽々しく口を開けない。


「剣を振る前に、立て」


 ヴァルクは白砂の中央で、ただ自然に立っていた。


 足幅は広すぎない。


 膝も曲げすぎていない。


 背筋は真っ直ぐだが、硬くない。


 肩は落ち、腕は静かに下がり、視線は前へ置かれている。


 それだけの姿が、異様なほど安定して見えた。


 まるで地面そのものと繋がっているようだった。


「恐怖で足が浮く。怒りで肩が上がる。焦りで目が狭くなる」


 ヴァルクの声は低く、淡々としていた。


「その状態で剣を振れば、剣はお前を裏切る」


 近衛兵たちの表情が変わる。


 剣が自分を裏切る。


 聞き慣れない言葉だった。


 剣とは武器だ。


 鍛えた腕で扱うものだ。


 忠実に振れば、忠実に応えるものだと思っていた。


 だがヴァルクの言葉には、不思議な重さがあった。


「剣は、持ち主の乱れをそのまま映す」


 彼は木剣を軽く持ち上げた。


 構えではない。


 ただ手に乗せるような所作だった。


「手が乱れれば刃が乱れる。足が乱れれば間合いが乱れる。心が乱れれば、勝手に死ぬ」


 勝手に死ぬ。


 その言葉は乱暴だったが、真実味があった。


 戦場を知る近衛兵たちは、その意味を肌で理解した。


 剣に殺される前に、自分の乱れで死ぬ。


 焦って踏み込みすぎた者。


 恐れて退きすぎた者。


 怒りで視野を失った者。


 戦場には、そういう死が確かにある。



 観覧席で、ルナは身を乗り出すようにして見ていた。


 ヴァルクが、こんなに長く話すのは珍しい。


 普段の彼は、必要なことしか言わない。


 いや、必要なことすら足りないことがある。


 けれど今、彼は近衛兵たちへ言葉を渡していた。


 不器用に。


 短く。


 それでも確かに。


「あれ、いつもルナに言っていることですか?」


 隣でリリアーナが小声で尋ねる。


「うん。たぶん」


「たぶん?」


「ヴァルクはいつも短いから、セラフィスが翻訳してくれる」


 アルトが少し笑った。


「今日はかなり分かりやすく話していますね」


「そうなんだ」


「ええ。努力しています」


 ルナは少しだけ嬉しくなった。


 ヴァルクが、自分以外の人にも教えている。


 それも、王国を守る近衛兵たちへ。


 その理由の一つに、自分がいることを、ルナは知っていた。


 王国の守りが強くなれば、ルナが暮らす場所も少し安全になる。


 ヴァルクはそれを言葉にしない。


 だが、彼はたぶん、そういう理由でここに立っている。



 ヴァルクは近衛兵たちを十人ずつ前に出した。


「構えろ」


 兵たちは一斉に木剣を構える。


 剣先が揃う。


 足幅も整っている。


 王国近衛兵らしい、訓練された構えだった。


 だがヴァルクは首を横に振った。


「硬い」


 一言。


 兵たちの頬が引きつる。


「肩を下げろ」


 全員が肩を下げる。


「下げすぎだ」


 数名が微妙に戻す。


「膝を抜け」


 兵たちが戸惑う。


 膝を抜く。


 その意味がすぐには分からない。


 ヴァルクは近くにいた一人の兵へ歩み寄った。


 その兵は若いが、体格がよく、いかにも鍛えられた近衛兵だった。


「力を抜け」


「はっ」


 兵は返事をしたが、余計に身体が硬くなった。


 ヴァルクは無言で、その肩に指を置いた。


 軽く押す。


 それだけで、兵の身体がぐらりと揺れた。


「なっ……」


「立っていない」


 次に、ヴァルクは自分の足元を示した。


「膝を固めるな。腰を沈めすぎるな。地面を押すな。置け」


「置く……?」


「足を、置け」


 説明はやはり短い。


 だが、ヴァルクは言葉の代わりに動いて見せた。


 足裏全体で砂を踏む。


 踵に寄りすぎず、爪先に逃げすぎず、重心を静かに中央へ置く。


 膝は曲げるのではなく、いつでも動けるだけの余白を残す。


 腰は落とすのではなく、身体の軸が地面へまっすぐ通る位置に置く。


 それは、力強い構えではなかった。


 しかし、崩れない構えだった。


「押せ」


 ヴァルクが兵に言う。


 兵は戸惑いながら、ヴァルクの肩を押した。


 動かない。


 強く押す。


 やはり動かない。


 ヴァルクは力を込めて踏ん張っているようには見えない。


 ただ立っているだけ。


 それなのに、兵の力はどこかへ逃げていく。


 次にヴァルクが兵の胸元へ指を置いた。


 軽く押す。


 兵は後ろへ一歩下がった。


「これが、立つことだ」


 近衛兵たちの目が変わった。


 派手ではない。


 だが明らかに違う。


 基礎。


 基礎でありながら、彼らが知っている基礎とは深さが違う。



 次に、ヴァルクは歩かせた。


「歩け」


 近衛兵たちは訓練場を横切るように歩く。


 普段なら、ただの移動だ。


 だがヴァルクは一人ずつ止めた。


「音が大きい」


「肩が揺れる」


「目が先に行きすぎだ」


「踵が死んでいる」


「剣を持つ前に、足を直せ」


 短い指摘が飛ぶ。


 兵たちは困惑しながらも従う。


 しかし歩くことを意識した瞬間、今まで自然にできていたはずの歩行がぎこちなくなる。


 右手と右足が同時に出そうになる者までいた。


 観覧席のリリアーナが小さく笑いかけ、慌てて口を押さえた。


 ルナは少し分かる気がした。


 自分も最初、そうだった。


 ヴァルクに「歩け」と言われ、歩いたら「違う」と言われた。


 何が違うのか分からず、何度もやり直した。


 普通に歩くことが、こんなに難しいのだと初めて知った。


「戦う時だけ強くなろうとするな」


 ヴァルクが言った。


「歩く時から、崩れている」


 近衛兵たちは無言で聞いていた。


 その言葉は、誇りを削る。


 だが、削られた下にあるものを見せる言葉でもあった。



 しばらくして、ヴァルクは観覧席の下段へ視線を向けた。


 そこにはガルドがいた。


 教官として見学に来たはずの彼は、すでに椅子から少し前のめりになっている。


 目は訓練場に釘付けだった。


 剣術教官としてではない。


 一人の剣士として、学びたがっている顔だった。


 ヴァルクは短く言った。


「ガルド」


 名を呼ばれた瞬間、ガルドの背筋が伸びた。


「はい」


「参加するか」


 ほんの一瞬、時が止まった。


 ガルドの目が見開かれる。


「……よろしいのですか」


「見るより早い」


 それだけだった。


 だがガルドにとっては、王から勲章を授かるよりも嬉しい言葉だった。


 彼はほとんど反射的に立ち上がった。


「ぜひ!」


 声が少し大きかった。


 周囲の近衛兵たちが振り向く。


 ガルドは咳払いをし、表情を整える。


「参加させていただきます」


 しかし口元は隠しきれずに緩んでいた。


 カインが隣で小さく笑う。


「先生、すごく嬉しそうです」


「黙れ、カイン」


 だがその声にも威厳は薄かった。


 ガルドは訓練場へ降り、近衛兵たちの列に加わった。


 学院の剣術教官が、近衛兵たちと同じ列に立つ。


 それは奇妙な光景だった。


 しかし、誰も笑わない。


 ガルドは真剣だった。


 そしてヴァルクも、彼を特別扱いしなかった。


「歩け」


「はい」


 ガルドは歩いた。


 一歩。


 二歩。


 自分では丁寧に歩いたつもりだった。


 だが。


「重い」


 ヴァルクが言う。


 ガルドは思わず足を止めた。


「重い、ですか」


「足で押している」


「……なるほど」


 分かったような、分からないような顔。


 ヴァルクは近づき、ガルドの足元を示す。


「踏むな。置け」


 またその言葉だった。


 しかし実際に隣で見せられると、違いがある。


 ガルドは真剣に真似た。


 一歩。


 また一歩。


 今度は砂の音が少し小さくなる。


 ヴァルクが頷いた。


「少し良い」


 その一言に、ガルドの顔が明るくなった。


 近衛兵たちは驚いた。


 普段、生徒に厳しく指導する学院教官が、たった一言褒められて少年のような顔をしている。


 だが、それを笑える者はいなかった。


 なぜなら自分たちも、同じ一言を欲していたからだ。



 次の訓練は、剣を振らない剣術だった。


 ヴァルクは全員に木剣を持たせた。


 しかし振ることを禁じた。


「構えて、止まれ」


 近衛兵たちは構える。


 ガルドも構える。


 カインは見学席で息を詰めて見ている。


 ヴァルクは列の前を歩き、一人ずつ姿勢を直した。


 手首。


 肘。


 肩。


 腰。


 膝。


 足指。


 剣先。


 視線。


 たった一人につき、ほんの数秒。


 だが触れられた者は、構えが変わるのを感じた。


 軽くなる。


 それでいて、不安定ではない。


 剣が腕の延長ではなく、身体全体と繋がるような感覚。


「剣を腕で持つな」


 ヴァルクが言う。


「腕で振るな。身体で振るな」


 近衛兵たちは眉を寄せる。


 身体でも振るな?


「では何で振るのですか」


 思わず一人が尋ねた。


 ヴァルクは答えた。


「流れで振る」


 また分からない言葉だった。


 だが今度は、誰も笑わなかった。


 分からないのは、自分たちがまだそこに至っていないからだと、全員が薄々感じ始めていた。


 ヴァルクは木剣を持ち、ゆっくり振った。


 速くはない。


 だが、見た者は息を呑んだ。


 剣が動いたのではなく、剣の通る道が先に生まれたように見えた。


 肩も肘も無理をしていない。


 足裏から始まった小さな動きが、膝、腰、背、肩、腕へと渡り、最後に剣先へ流れる。


 音がない。


 力みがない。


 けれどその一振りが、もし人に向けられていたら避けられないと分かる。


「これを百回」


 ヴァルクが言った。


 近衛兵たちは一斉に構える。


 だがすぐに止められた。


「違う」


 まだ一回も振っていないのに。


 兵たちは困惑する。


「振ろうとした時点で、肩が上がった」


 数名が顔を赤くする。


 ヴァルクは表情を変えない。


「振る前に負けている」


 その日、近衛兵たちは、剣を振ることすら許されるまでに長い時間を要した。



 観覧席で見ていたカインは、拳を握っていた。


 自分もやりたい。


 そう思った。


 だが今は見学者だ。


 この場所に立てるほど、自分はまだ鍛えられていない。


 それでも、見るだけで学べることがあった。


 ルナがなぜあのように動けるのか、少しだけ分かった気がする。


 ルナの剣は、ただの技ではない。


 立ち方から違う。


 歩き方から違う。


 剣を振る前の身体が違う。


 カインは自分の足元を見た。


 今まで何度も素振りをしてきた。


 打ち込みも、型も、試合もしてきた。


 だが、自分は本当に立てていただろうか。


 その問いが胸に刺さる。


 そして、その問いを持てたことが嬉しかった。



 訓練はさらに進んだ。


 次は、恐怖に耐える訓練だった。


 ヴァルクは近衛兵たちを一人ずつ前に出した。


 向かい合う。


 ただ、それだけ。


「剣を抜くな」


 そう言われ、兵たちは木剣を下ろしたまま立つ。


 ヴァルクはほんの少しだけ剣気を出す。


 先ほどよりもさらに弱く。


 だが、向かい合う者には十分だった。


 足が震える。


 喉が鳴る。


 視線が逃げそうになる。


「逃げるな」


 ヴァルクが言う。


「恐怖を消すな。見ろ」


 恐怖を消すのではなく、見る。


 それは近衛兵たちにとって新しい考えだった。


 恐怖は抑えるものだと思っていた。


 克服するものだと思っていた。


 だがヴァルクは、消すなと言う。


「恐怖は知らせだ」


 彼は淡々と続ける。


「何が危ないかを教える。捨てるな。呑まれるな。持ったまま立て」


 レオンハルトはその言葉を、誰より重く受け止めていた。


 先ほど、自分は恐怖した。


 近衛兵隊長でありながら、足が止まりかけた。


 恥だと思った。


 だがヴァルクは、恐怖を否定しなかった。


 それは知らせだと言った。


 ならば、恥じるべきは恐怖することではない。


 恐怖に呑まれ、動けなくなることだ。


 レオンハルトは静かに拳を握った。


 学ぶべきことは、多い。



 ガルドの番が来た。


 ヴァルクと向き合う。


 距離は三歩。


 剣は下ろしている。


 ヴァルクの剣気が、薄く触れる。


 ガルドは歯を食いしばった。


 身体が逃げようとする。


 足が半歩引きたがる。


 心臓が速くなる。


 だが彼は踏みとどまった。


 一人の剣士として。


 教師として。


 そしてルナの師に認められたいという、少し少年じみた願いを胸に。


 ヴァルクが彼を見る。


「悪くない」


 その一言で、ガルドは危うく笑いそうになった。


 必死に顔を引き締める。


「ありがとうございます」


「だが肩が硬い」


「はい!」


「返事で硬くなるな」


「……はい」


 近衛兵の数名が思わず口元を緩めた。


 ガルドは顔を赤くしたが、怒らなかった。


 学ぶ立場であることが、今は心地よかった。



 訓練の終盤、ヴァルクは全員を整列させた。


 近衛兵たちは汗を流していた。


 激しく走ったわけでも、剣を何百回も打ち合ったわけでもない。


 それでも疲労は深い。


 立つこと。


 歩くこと。


 構えること。


 恐怖を見ること。


 それらは、単純であるほど難しかった。


「今日は終わりだ」


 ヴァルクが言う。


 誰も安堵の声を漏らさなかった。


 むしろ、もう終わるのかという顔すらあった。


 ヴァルクは続ける。


「次までに、毎日歩け」


 近衛兵たちは一瞬、意味を測りかねる。


「訓練場だけではない。廊下、庭、階段、夜警。全部だ」


 それを聞いて、レオンハルトが深く頷いた。


「日常から直せ、ということですね」


「そうだ」


 ヴァルクは短く答える。


「戦いだけ強い者はいない」


 その言葉は、この日の締めにふさわしい重さを持っていた。



 訓練が終わると、ガルドはヴァルクのもとへ歩み寄った。


 汗を拭うことも忘れていた。


「ヴァルク殿」


「何だ」


「本日、参加を許してくださり、ありがとうございました」


「必要だった」


「必要?」


「ルナを見る者が増える」


 ガルドは少し目を見開いた。


 ヴァルクは淡々と言う。


「近衛が強くなれば、王都が安定する。お前が強くなれば、学院でルナを見られる」


 その言葉に、ガルドは胸を打たれた。


 彼が自分を訓練に参加させた理由。


 それは好意でも、気まぐれでもなかった。


 ルナを守る者を増やすため。


 それを聞いた瞬間、ガルドの中で何かが静かに定まった。


 自分は、ただ未知の剣を学びたいだけではない。


 学院の教師として、ルナを守る責任もある。


 あの少女が安心して剣を学び、友人と笑い、学院に通えるように。


 そのために、自分も強くなるべきなのだ。


「……承知しました」


 ガルドは深く頭を下げた。


「私も、学院で彼女を守れる者になります」


 ヴァルクは短く頷いた。


「頼む」


 それだけだった。


 だがガルドには十分だった。



 観覧席からその様子を見ていたルナは、少し不思議な気持ちになっていた。


 自分の知らないところで、自分を守るための輪が広がっている。


 アルト。


 セラフィス。


 ヴァルク。


 王家。


 近衛兵。


 ガルド。


 カイン。


 それは嬉しい。


 けれど同時に、少し申し訳なくもある。


 自分のために、こんなに多くの人が動いている。


 そう思うと、胸が重くなりかけた。


 だが隣のアルトが静かに言った。


「受け取ればいいのです」


 ルナは顔を上げる。


「私、何も言ってない」


「顔に書いてあります」


「また」


 アルトは微笑んだ。


「守られることは、悪いことではありません」


「でも」


「いつか、あなたも誰かを守ればいい」


 その言葉に、ルナは黙った。


 守られるだけではなく、いつか守る。


 それは彼女がずっと思っていたことだった。


「……うん」


 ルナは小さく頷いた。


 訓練場では、近衛兵たちが片づけを始めている。


 ガルドはまだヴァルクの立ち方を真似しており、カインは観覧席の端で自分の足元を何度も確認していた。


 リリアーナはそんな彼らを見て、少し楽しそうに笑っている。


 王族たちも、王国の未来を考える目で訓練場を見下ろしていた。


 白砂の上で始まったのは、ただの剣術指導ではなかった。


 それは、ルナの周りに少しずつ築かれていく守りの輪。


 そして、王国が新しい強さを知るための第一歩だった。


 ヴァルクは最後に木剣を肩へ担ぎ、短く言った。


「次は、もっとやる」


 近衛兵たちは、その言葉に静かに背筋を伸ばした。


 恐怖ではなく、期待を込めて。


 王都の空は高く、風は白砂の上を穏やかに撫でていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ