表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界最強の引きこもりは、人と生きる意味を知る  作者: わまたよ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/78

第二話 友達の作り方


 昼休みを告げる鐘は、王立学院の白い塔々に反響しながら、澄んだ音を幾重にも広げていった。


 午前の授業を終えた生徒たちが、堰を切ったように廊下へ溢れ出す。制服の裾が揺れ、革靴の音が石床を打ち、笑い声と噂話が窓辺の光に混ざって流れていく。


 その賑わいの中心に、ルナはいなかった。


 Sクラスの教室、その窓際の席。


 朝と同じように背筋を伸ばして座る少女の姿は、周囲の喧騒から一歩だけ切り離されているように見えた。


 机の上には整然と閉じられた教本。手は膝の上に揃えられ、視線は窓の外へ向いている。


 校庭では、魔法実技科の生徒たちが昼の自由時間にも練習をしていた。小さな火花が散り、水球が跳ね、風が木々を揺らしている。


 けれどルナの目は、そこにも定まっていなかった。


 ただ、考えていた。


 朝から何人もの生徒に声をかけられた。


 “主席合格の子だろう?”


 “辺境出身って本当?”


 “どうやって勉強したの?”


 “王女殿下と知り合いなの?”


 質問は多く、笑顔もあった。だが、そのどれもが彼女自身へ向けられたものというより、“珍しい存在”へ向けられた視線に思えた。


 どう答えるのが正しかったのか、いまだにわからない。


 何を言えば喜ばれ、何を言えば嫌われるのか。


 そんなことを、ルナはまだ知らない。


 知らないままここへ来た。


「……難しい」


 ぽつりと漏れた声は、自分にしか聞こえないほど小さかった。


 そのとき。


「やっぱりここにいた!」


 弾むような声が、教室の入口から飛び込んできた。


 ルナが顔を上げる。


 栗色の髪を二つにまとめ、小柄な身体を元気いっぱいに動かしながら、こちらへ手を振っている少女がいた。


 見覚えがあるどころではない。


 市場通りのパン屋で、小麦粉まみれになりながら笑っていた顔。


「……ミーナ?」


「そう! 忘れてなくてよかったー!」


 ぱたぱたと駆け寄ってきたミーナは、机に両手をついて身を乗り出した。


「すごいね、Sクラスじゃん! 私、朝から探してたんだよ!」


「どうして学院に……?」


「うち、商業区画に店出してるの。お父さんのパン屋、学院祭とか平日販売とかで中に入れるんだ。今日は配達手伝い!」


 胸を張る姿が妙に誇らしげで、ルナは瞬きをした。


 学院の中に、知っている顔がいる。


 その事実だけで、胸の奥の緊張が少しほどけるのを感じた。


「……そうだったんだ」


「なにその安心した顔。朝、めちゃくちゃ緊張してたでしょ?」


「え」


「してた」


 断言された。


 ミーナはけらけら笑う。


「顔に書いてあったよ。“ここにいていいのかな”って」


 ルナは思わず視線を逸らした。


 図星だった。


 この学院の白い壁も、高い天井も、整えられた庭園も、自分には眩しすぎると思っていた。


 ここは選ばれた者たちの場所で、自分は偶然紛れ込んだ異物なのではないかと。


「……そんな顔、してた?」


「してたしてた。だから助けに来た!」


「助けに?」


「学院案内人、ミーナ様に任せなさい」


 腰に手を当てて胸を張る。


 その芝居がかった仕草に、ルナの口元がほんの少し緩んだ。


 ミーナはすぐそれに気づいたらしい。


「今笑った!」


「……笑ってない」


「笑ったよ!」


「笑ってない」


「じゃあ証明するから、ついてきて!」


 返事を待たずに手首を掴まれる。


 温かく、迷いのない手だった。


 ルナは抵抗する間もなく立ち上がり、そのまま教室の外へ連れ出された。



 王立学院の校舎は、一つの小さな街のようだった。


 本館から渡り廊下が伸び、図書塔、実技棟、食堂棟、寮舎、訓練場へと繋がっている。さらに外周には商業区画があり、文具店、衣料店、菓子屋、書店、魔道具修理店まで揃っていた。


 学院内で生活の大半が完結するよう設計されているのだと、ミーナは得意げに説明した。


「ここが食堂! 安い、うまい、多い!」


「標語みたい……」


「で、こっちが図書塔。寝てる先生もいる」


「いいの?」


「よくない」


 くすくす笑いながら、二人は石畳の道を歩いていく。


 行き交う生徒たちは、やはりルナへ視線を向けた。


 Sクラスの制服章。朝から話題の主席合格者。辺境出身の少女。


 ざわめきが耳を掠める。


 だが朝と違い、今日はその隣にミーナがいる。


「気にしなくていいよ」


 前を向いたまま、ミーナが言った。


「みんな暇なんだよ。すごい人とか珍しい人とか見つけると、すぐ噂するの」


「……すごい人、ではない」


「じゃあ珍しい人だね」


「それもあまり嬉しくない」


「ははっ、そっか」


 軽やかな笑い声。


 否定も同情もせず、ただ受け流す。


 その距離感が心地よかった。


「ミーナは……どうして普通に話せるの?」


「ん?」


「私は、変だと思われてる」


「思われてるかもね」


 あっさり言う。


 ルナは少し傷ついた顔をした。


 ミーナは慌てて手を振った。


「いや違う違う! 変って悪い意味じゃなくてさ。目立つってこと」


「……同じでは?」


「違うって。たとえば、すっごく綺麗な花が咲いてたら見るでしょ?」


「……うん」


「でも花に罪はないじゃん」


「たぶん、ない」


「だから堂々としてればいいの!」


 理屈が雑だった。


 だが不思議と、嫌ではなかった。



 商業区画の一角には、小さなパン屋台が出ていた。


 焼きたての香りが風に乗り、人の足を止めている。


「ただいまー!」


 ミーナが叫ぶと、奥から恰幅のいい男が顔を出した。


「おう、遅いぞミーナ……って、あんたはこの前の嬢ちゃん!」


 市場通りで会った、ミーナの父だった。


 日に焼けた顔に粉をつけたまま、大きく笑う。


「学院入ったって聞いたぞ! しかも主席だってな!」


「……ありがとうございます」


「硬い硬い! 祝いだ、食え!」


 有無を言わさず焼きたてのパンを渡された。


 まだ熱い。


 表面は香ばしく、中はふわりと柔らかい。


 口に運ぶと、バターの香りが広がった。


「……おいしい」


「だろ!」


「お父さん、それ毎回言わせてるよね」


「商売だ」


 堂々としている。


 ミーナは呆れながらも笑っていた。


 そのやり取りを見て、ルナは胸の奥に小さな熱を覚えた。


 家族の声。


 当たり前のような掛け合い。


 怒鳴り声でも命令でもなく、笑いを含んだ言葉の往復。


 それはルナの知らない日常だった。


「どうした?」


 パンを持ったまま止まったルナに、ミーナが首を傾げる。


「……なんでもない」


「泣きそうな顔してる」


「してない」


「また顔に書いてある」


 困ってしまう。


 この少女は、どうしてこんなに人の心を見つけるのが早いのだろう。



 午後の授業までまだ少し時間があった。


 二人は学院の裏庭へ移動した。


 人の少ない芝生の広場。噴水の水音が遠く響き、春の花々が揺れている。


 木陰に腰を下ろし、ミーナは足を投げ出した。


「で、どう? 学院」


 ルナも隣に座る。


 少し考えてから答えた。


「広い」


「うん」


「綺麗」


「うん」


「……怖い」


 ミーナは何も言わなかった。


 ただ、続きを待っている。


「みんな賢くて、強くて、自信がある。私は何を言っても間違えそうで……何もしないほうがいい気がする」


 言葉にすると、自分がどれだけ萎縮していたかがわかった。


「そっか」


 ミーナは膝を抱え、空を見た。


「でもさ、ルナ」


「……うん」


「何もしないと、誰にもわかってもらえないよ」


 風が吹いた。


 木々の葉が鳴る。


「私、最初ルナのこと怖かったもん」


「え?」


「無口で、綺麗で、何考えてるかわかんなくて」


「……そんなふうに?」


「うん。でも話したら、全然違った」


 ミーナは横目で笑う。


「優しいし、真面目だし、ちょっと抜けてる」


「抜けてない」


「パンの値段、三回聞き返したじゃん」


「貨幣単位が複雑だった」


「言い訳うまくなってる」


 また笑う。


 ルナも、つられて少し笑った。


「友達ってさ」


 ミーナが草を一本抜いてくるくる回す。


「最初からなるものじゃなくて、話して、知って、気づいたらなってるものだと思う」


「……気づいたら」


「うん。“なろう”って契約するわけじゃないし」


「それは、そうかもしれない」


「だからルナも、少しずつでいいんじゃない?」


 少しずつ。


 その言葉は、どこか救いのように響いた。


 すぐ完璧にならなくていい。


 すぐ馴染めなくていい。


 失敗しながら、覚えていけばいいのだと。



 午後の鐘が鳴る。


 二人は立ち上がった。


「じゃ、私は店戻る! また昼休み来るかも!」


「授業は?」


「商人に授業はいらん!」


「それ、お父さんに怒られる言い方」


「ばれたらね!」


 走り出しかけたミーナが、ふと振り返る。


「ルナ」


「なに?」


「私たち、もう友達だから」


 あまりにも自然に言うものだから、ルナは返事を忘れた。


 友達。


 その言葉はまだ少し遠く、くすぐったい。


 けれど嫌ではなかった。


「……うん」


 小さく頷く。


 ミーナは満足げに笑い、商業区画へ駆けていった。



 午後の教室。


 Sクラスの扉を開けると、何人かの生徒がこちらを見た。


「誰といたんだ?」


「商業区画の子?」


「知り合いか?」


 朝なら、ルナは黙って席へ向かっただろう。


 けれど今は違った。


「……友達です」


 一瞬、教室が静かになる。


 言った本人が一番驚いていた。


 だが次の瞬間、リリアーナがぱっと笑った。


「まあ! 素敵ですわ!」


 その声に空気が和らぐ。


「へえ、友達いるんだな」


「その言い方失礼だろ」


「どんな子なんだ?」


 矢継ぎ早の言葉。


 ざわめきはまだある。


 視線も多い。


 けれど、朝ほど冷たくは感じなかった。


 ルナは席につき、窓の外を見た。


 遠く、商業区画の屋台の屋根が見える。


 そのどこかで、ミーナが笑っている気がした。


 胸の内に、名前のわからない温かなものが灯っている。


 たぶんこれは、安心だ。


 あるいは――始まり。


 友達とは何か、まだ全部はわからない。


 けれど一つだけ知った。


 それは、誰かといるとき、自分が少しだけ自然に笑えることなのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ