第三章 一話 新・団員(後)
いつものカフェで、京介、美香、劉は昼食をとっていた。
美香はサンドイッチ、京介はオムライス、劉はカレーを注文している。
ふかふかのソファに高級感のある絨毯、光沢のあるテーブル──。
初めて来たときは戸惑っていた京介と劉も、今ではすっかり慣れてしまっていた。
「ここのオムライス、うまいな」
京介が感嘆の声を上げると、美香が誇らしげに言った。
「ここ、カフェだけどご飯ものにも力を入れてるの。今は暑いけど、冬になったらグラタンがおすすめよ」
「なるほど。カフェって割高なイメージだったけど、ここは満足感があるね」
劉が頷いたところで、京介からサラダの皿がスッと差し出される。
「やる」
「いや、俺のセットにもサラダついてるから!」
「体にいいぞ」
「なら京ちゃんが食べなよ」
「生野菜イラナイ」
片言で返す京介に、劉は「子供か」と呆れつつサラダを押し返す。
「なら私が食べようか?」と美香が申し出る。
「いいのか?」
「ダメだよ草薙さん、京ちゃんを甘やかしちゃ」
劉がたしなめるように続ける。
「こういうときじゃないと野菜食べないんだから。普段、菓子パンでしょ?」
「……そうなの?」
美香が信じられないものを見るような目で京介を見つめる。
「失礼な。弁当も食べてる」
「コンビニでしょ。しかも毎回、同じ店で同じものを買ってる。30代独身のダメ社会人みたいだよ」
「偏見が過ぎるだろ」
「八田くん、普段はどんな生活をしてるの? 一人暮らしだったよね?」
少し空気が変わったのを感じて、京介は声を潜めて語る。
「……うち、両親がいなくて。ばあちゃんと住んでたんだけど、通学が大変だからって一人暮らしをさせてくれたんだ。それであんまり負担をかけたくなくて、食費を抑えてて……」
「八田くん……」
美香は手で口を押え感情移入したように目に涙を浮かべる。
だが、次の瞬間──。
「草薙さん、騙されちゃダメ。家庭事情は合ってるけど、今住んでるのって京ちゃんの祖父母が管理してるマンションで、家賃タダだから。仕送りもちゃんとされてるし」
「ええっ!?」
「ちっ、バラすなよ。サラダ食ってもらえないだろうが……」
「サラダのためだけに気まずい嘘をつくなって。草薙さんは純粋なんだから騙されちゃうじゃん」
呆れながら、劉はサラダを京介の前に押し出す。
「まったく、油断も隙もないんだから……」
美香は頬を膨らませ、不満げな表情を浮かべる。
(そういえば、こいつ前に僕のことを調べたって言ってたけど……どこまで知ってるんだ?
…やっぱり怖いから、記憶に沈めておこう)
そんなことを思いつつ、京介はサラダと向き合った。
⸻
――
「……口の中が苦い……」
京介は美香と劉の冷たい視線を浴びながら、なんとかサラダを完食した。
さっきの嘘がよほど気に障ったらしい。ジョークのつもりだったのに……。
(言い訳したら、もっと怒られそうだ)
「はい、よく食べました〜」
劉が小さい子をあやすように飲み物を差し出してくる。
「私、デザートを頼もうかな〜。あ、八田くん、サラダは単品でも注文できるらしいよ?」
「勘弁してくれ……僕は、バニラアイスで」
「じゃあ俺、フルーツタルトで!」
「はーい、じゃあ千代さんを呼ぼうか」
美香がベルを鳴らすと、軽やかな音が部屋に響く。
間もなくノックがあり、千代さんが扉を開けて入ってきた。
「追加のご注文はいかがいたしましょうか?」
「はい。バニラアイス、フルーツタルト、それとマンゴーパフェをお願いします」
「かしこまりました。お皿はお下げいたしますね」
千代は器用に食器を片づけ、部屋を出ていった。
――
数分後、デザートが届く。
「うーん、おいしい〜」
3人は幸せそうに甘味を堪能していた。
「そういえば、今日は大和くんと静ちゃんが事務所に来るんだったよね」
と劉が言う。
「ええ。なんだか話したいことがあるらしいの」
「また何か問題でも?」
「まさか、もう大丈夫でしょ」
京介の心配を劉が笑い飛ばす。
そのとき、美香が何か思い出したように声を上げた。
「あっ……2人が来る前に、言っておいた方がいいわよね」
「どうしたの?」
「えっとね……夏休みの活動なんだけど、中旬くらいまで私抜きでお願いしたいの」
「「えっ?」」
二人が同時に驚きの声を上げる。
「実はね、補習に引っかかっちゃって……制服だったのもそのためなの。最後のテストで70点取らなきゃダメなの。でも、自分で始めた活動だから、言い訳はできないわ」
「……はいはい。草薙がいなくても、事務所にいればいいんだろ」
もともと事務所のクーラー目当てで居座るつもりだった京介に異論はない。
だが──。
「あのー……俺も空手の試合の応援とかで結構抜けるんだ。補欠だけど練習参加もあるし」
杉原が申し訳なさそうに手を上げた。
「午前だけで終わる日もあるけど、午後までかかる日や丸一日潰れる日もあるから……しばらくは、基本的に京ちゃんと真上さんのコンビになると思う」
(……終わった)
京介は戦慄した。杉原ならうまく言いくるめてサボれるが、真上相手では無理だ。上司ポジションの美香が「外のパトロールをお願い」なんて言えば、真上は律儀に従うだろう。
「……事務所で引きこもる夢が……」
京介のささやかな野望は、泡のように消えた。
―――
デザートを食べ終え、事務所へ戻ると、すでに透が戻っていてお茶の用意をしていた。
「おや、お帰りなさいませ」
「ありがとう、真上さん。お菓子も美味しそうね」
「ほんと、毎回銘菓ばっかり……」
時計を見ると、約束の時間まであと10分ほど。カフェに長居しすぎたようだ。
すると、事務所の扉が三回ノックされる。
「はーい」
美香が出ると、そこには予想通り大和と静の姿があった。
「こんにちは、美香さん」「こんにちは」
「いらっしゃい。どうぞ座って」
「ちょっと来ないうちに物が増えてる……」
「ほんとに探偵事務所だ。漫画みたい」
二人は感想を口にしながら中に入っていく。
「それで、今日はどうしたの? また何か困りごと?」
「いえ! 今回は……その……」
言いにくそうな静の代わりに、大和が口を開いた。
「単刀直入に言うと、僕たちを余白探偵社のメンバーに入れてほしいんです!」
「「ええっ!?」」
想定外の申し出に、4人は驚きの声を上げる。真上も驚きのあまりメガネがずれている。
「助けてもらって、自分たちも皆さんみたいになりたいって思って……」
「お二人のお力を見て、かっこいいなって……!」
その言葉に、美香と京介は(しまった)という顔になる。横で真上がジト目を送ってきていた。
だが──。
「助かるわ!!」
思い切りのいい返事をしたのは、美香だった。
「ちょうど杉原くんも私もお盆まで来られないから、人手が足りなかったの!」
「「やったー!」」
中学生の2人は嬉しそうに声を上げた。
「じゃあ、明日からお願いね。分からないことは八田くんと真上さんに聞いて」
(……全部丸投げだ)
「「はい!」」
満面の笑顔の2人を前に、さすがの京介も怠惰なことは言えなかった。




