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第97話 『炎の悪魔』

「オラアッ! 人間様をナメんじゃねえぞ!」


 ベラはあらしのごとき勢いで槍を振るい、次々と黒熊狼ベアウルフどもを突き殺していく。

 辺りに転がる黒熊狼ベアウルフ死骸しがいはすでに10匹を超えていた。

 周囲にいる黒熊狼ベアウルフもさすがにベラを警戒して、簡単には近寄ってこなくなった。

 それを見たベラは周囲に注意を向けたままボルドの元へ歩み寄る。


「こんなもん外しちまえ」


 ベラはそう言うと何の躊躇ちゅうちょもなくボルドを椅子いすに縛りつけている拘束こうそく具を外した。

 体の自由を取り戻したボルドは戸惑いながらベラを見上げる。


「こんなことをしたらベラさんが……」

「人の心配をしている場合かよ。このままじゃ処刑の前に黒熊狼ベアウルフどもに食い殺されちまうぞ」


 そう言うとベラは前方に鋭く槍を突き出す。

 白煙はくえんを突き破って襲いかかってきた黒熊狼ベアウルフのどを貫かれて即死する。

 先ほどからベラはずっとボルドを守っていた。


 そのことには感謝しているが、こうして自分を拘束こうそくから解くようなことをすればベラも責を負うことになる。

 ボルドはそのことを懸念けねんしていた。

 だというのにベラはまったくいつも通りの笑顔でボルドに言ってのける。


「ボルド。このままおまえを連れて逃げるからな」

「い、いけません。それだけは絶対に」


 そう言うボルドの首根っこをベラはガシッとつかんだ。 

 

「いいからだまってついてこい。チッ。風で白煙はくえんが途切れ始めやがった。せっかくの目眩めくらましが……」


 そう言いかけたベラはハッとして背後を振り返る。  

 そこには厳然とした顔つきのユーフェミアが立っていた。


「ベラ。何をしている」


 その表情の冷たさにベラは思わず言葉を失った。

 咄嗟とっさにボルドがベラの前に出る。


「ベラさんは私が処刑を受ける前におおかみに殺されてしまってはいけないと、一時的に拘束こうそくを解いてくれたんです。私に逃げたりする意思はありません」

「よせボルド……」


 そんな2人の言葉に耳を貸さずユーフェミアはベラに剣を突きつける。


「万が一にもそんなことはないと信じたいが、ブリジットのためにボルドを逃がそうとしているならそれは重罪だぞ。ベラ」


 ユーフェミアの目に浮かぶ冷たい眼光を目の当たりにしてもベラは引き下がらない。


「……ブリジットにはこいつが必要なんだ。あいつからボルドを奪わないでくれ!」


 そう言うとベラはユーフェミアに対して槍を構える。

 だがユーフェミアは動じない。


「今すぐにその槍を下ろせ。ベラ。おまえは友を思う気持ちからそうしているのだろうが、友情をき違えるな。本当にブリジットのためになることが何であるか……」

「あんたが大事なのはダニアだろう! ブリジットじゃない。アタシはそうしてあんたがかたくなに守り続けるダニアなんかより、ブリジットのほうがはるかに大事なんだ!」

 

 ベラの熱のこもったその言葉にもユーフェミアは冷然としてまゆ一つ動かさずに剣を下ろした。

 風にまかれて白煙はくえんが霧散していき、徐々に周囲の見通しが回復してくる。


「ベラ。そんな姿を周りの者に見せるな。おまえを不審に思う者が増えるだけだぞ。今なら見なかったことにしてやる」


 ユーフェミアの言葉にベラはギリギリと歯を食いしばり、敵意をむき出しにして槍を握ったまま下ろそうとしない。

 このままではいけないとボルドがそう思った時、強い風が吹いて周囲の白煙はくえんが晴れていく。

 そこでボルドは見た。

 少し離れたところでブリジットとバーサが斬り合い、ブリジットが鋭く振り上げた剣がバーサの義手を切断するのを。

 

 その瞬間だった。

 切り離されたバーサの義手が一瞬、まぶしく光ったかと思うと、轟音ごうおんを立てて爆発した。


「うわっ!」


 すさまじい爆風にあおられ、ボルドは後方に倒れ込む。

 

「ゴホッ! ゴホゴホッ!」

 

 吹きつけてくるけむりにむせながらボルドが顔を上げて周囲を見ると、ベラとユーフェミアも爆発の衝撃でその場に倒れている。

 どうして義手が爆発したのか分からなかったが、この距離でもこの衝撃なのだから、すぐ近くにいたブリジットはひとたまりもないはずだ。

 ボルドは即座に身を起こし、青ざめた顔で前方に目をらす。


「ブ、ブリジット……」


 ブリジットもバーサも地面に倒れ、ピクリとも動かない。

 特にバーサは腰の辺りに下げていた火炎瓶かえんびんの残りが引火したせいで、その体は炎に包まれていた。

 凄惨せいさんなその姿にボルドは息を飲む。

 

 そして倒れている2人の間ではバーサの義手だったそれが、黒()げの状態でいまだパチパチと火を噴いている。

 その時、ブリジットの手がわずかにピクリと動いた。


(い、生きてる!)


 安堵あんどするボルドだが、すぐにその顔が引きつる。

 倒れているブリジットの後方から一匹の黒熊狼ベアウルフが彼女をねらって猛然と向かってくるのを見たからだ。

 ボルドは弾かれたように立ち上がり駆け出す。


「ブリジットォォォ!」


 ボルドは無我夢中で走ると、ブリジットに飛びかかってきた黒熊狼ベアウルフに体当たりを浴びせた。

 黒熊狼ベアウルフはたまらずに後方に転げ、ボルドも勢い余って地面に倒れ込む。


「ぐっ!」

  

 あわてて起き上がろうと地面に手をついたボルドは、その手が何かに触れたのを感じた。

 それはブリジットの剣だった。

 目の前からうなり声を上げて黒熊狼ベアウルフが迫って来るのを感じたボルドは、咄嗟とっさにブリジットの剣を握る。

 そして非力な腕に目いっぱいの力を込めてそれを前方に突き出した。


「ギャンッ!」  


 握っている剣にドスッという衝撃を受けて、ボルドはたまらずにブリジットの剣を取り落としてしまう。

 見るとブリジットの剣の切っ先が黒熊狼ベアウルフのどに深々と突き刺さり、黒熊狼ベアウルフは口から血を流して痙攣けいれんしながら息絶えていた。


「ハアッ……ハアッ……」


 あらく息をつきながらボルドは振り返る。

 そして倒れているブリジットの無事を確かめようとしたボルドだが、ふいに背後からその肩に手をかけられた。

 反射的に振り返ったボルドはおどろきと恐怖に目をく。


邪魔じゃまを……するな」


 そこに立っていたのは顔と髪を黒()げにし、体のそこかしこを炎に包まれた異様な姿のバーサだった。

 それはまるで火炎地獄の底からい上がってきた炎の悪魔のようだった。

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