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第96話 『最後の一騎打ち』

 ブリジットとバーサの激しい戦いが続いている。

 周囲にはまだ黒熊狼ベアウルフを懸命に迎え撃つ女たちの姿があったが、ブリジットとバーサの戦いは別格で、誰も手出しは出来ない。

 バーサは片腕を失っているため以前に比べると前面からの重圧は少なく感じられるはずなのだが、それをブリジットに感じさせない気迫で打ち込んでくる。

 さらには義手の動きがやや不自然であり、それが返って予測しにくく、ブリジットはわずかに防戦気味になっていた。


(くっ! さっさとこいつを片付けてボルドを助け出さなくては……)


 バーサは時折、煙幕えんまく弾を火の中に投げ込んで煙幕えんまくを継続するが、それでも周囲を取り巻く白煙はくえんは徐々に薄くなりつつあった。

 夜になって風が出てきたのだ。

 ベラは近くで黒熊狼ベアウルフを相手に槍を振るっているが、黒熊狼ベアウルフたちはそんなベラと一定の距離を置きながら彼女を取り囲んでいた。


 おおかみは群れで狩りをする際、獲物の群れの中で一番弱い個体をねらう。

 おそらくボルドにねらいを定めたのだろうと思い、ブリジットは歯を食いしばった。

 ベラは注意深く周囲をうかがいながら槍を構えてボルドをその背に守っている。

 ブリジットはいのるような気持ちでベラと一度だけ視線を合わせた。


(ベラ。もう少しだけ辛抱しんぼうしてくれ)


 ベラはブリジットの気持ちが手に取る様に分かるようで、任せろと目で語る。

 一方、白煙はくえんただよう様子を確認しながらバーサは短剣を構えた。

 

「さっさと決着をつけよう。ワタシは誰にも邪魔じゃまされずにおまえを殺したいんだよ」


 そう言うバーサの目にブリジットは修羅しゅらを見た。

 戦場で何度も見たことのある目だ。

 相手を殺すことに取りかれ、自らの命すら惜しまず突っ込んでくる者の目。

 そうした目をした者は腕や足を斬り落としても、なお向かって来ようとする。

 

 ゆえに迎え撃つ側は容赦ようしゃなく相手の命を断ち切る覚悟と殺意が必要だった。

 ブリジットは強く剣を握り締める。


「バーサ。その復讐心ふくしゅうしんごと斬り捨てて、おまえをこの世から解き放ってやろう。ベアトリスの元へくがいい」 


 そう言うとブリジットは今この瞬間だけ、全ての懸念けねんを頭から振り払った。

 ただ1人の戦士としてバーサを斬ることに集中する。

 2人がにらみ合ったのはほんの一瞬のことで、次の瞬間には互いに地面を蹴って真正面から激しく打ち合った。

 

「ハァァァァッ!」

「オオオオオッ!」


 打ち合う剣の衝撃が互いの腕に伝わる。

 避け損ねた刃の切っ先が体のあちこちを傷つけて鮮血が舞う。

 特に自らの命を顧みずに激しく打ち込むバーサの体は次第に血まみれになっていく。


 おそらくこれが最後の一騎打ちになるだろう。

 どちらかが死ぬ。

 それ以外の決着は無い。

 ブリジットもバーサもそれを肌で感じていた。

 だが痛みも恐れも抱いていないようにバーサは嬉々として短剣を打ち込んでくる。


「くっ!」


 バーサの短剣がブリジットの脇腹をかすめ、ブリジットは顔をゆがめる。

 だが即座にひじでバーサの顔面を強打して押し返すと、ブリジットはそのままの勢いで剣を振り下ろした。

 その切っ先をバーサはかわし切れずに肩口に浴びたが、それでも体をひねって腕を斬り落とされるのをまぬがれた。


(こいつ。一度見ただけのアタシの剣筋に慣れ始めている)


 前回の初対戦をて、バーサはブリジットの剣筋を学習した。

 そのため力も速さも上回るブリジットの剣から致命傷を受けずに済んでいるのだ。

 それをたった一度の対戦で見抜けるバーサの眼力にブリジットはそれでもあせらなかった。


(ダニアのブリジットはそんなに底の浅い戦士ではない)


 バーサとの打ち合いの中でブリジットは唐突に剣の持ち手を左右逆にして構えを変えた。

 それまでの右手を上にした柄の握りを、左手を上にする握りに変えて体の向きも変える。

 それは左利きの構えだった。


「いくぞ!」


 気合いを込めてブリジットは再度攻撃を仕掛けた。

 バーサの反応が先ほどよりも明らかにワンテンポ遅れる。

 ちょっとした間合いの変化が彼女を戸惑わせた。

 バーサは歯を食いしばって顔をしかめる。


「くっ!」


 普段は右利きのブリジットだが、左利きの戦い方でも全く同じように戦えるよう訓練されている。

 右利きと左利きを戦いの途中で変えられると、それだけで相手は戦いにくくなるものだ。

 特に今のブリジットとバーサのように実力が伯仲はくちゅうしている場合は尚更なおさらだ。

 バーサは次第に追い詰められていく。


 だが、ブリジットは攻撃の手をゆるめない。

 短剣を駆使して必死に応戦するバーサの腕や足を斬りつけていく。

 出血が増え、バーサは徐々に息を切らし始めた。

 ブリジットはそこで一気に勝負に出る。


「ハアッ!」


 ブリジットはバーサの太ももをねらって鋭い太刀筋たちすじを下段に向ける。

 だがバーサがそれを左手の短剣で防御しようとする寸前に、すさまじい手首の力で剣をグイッと引き上げて軌道を急変化させ、そのままバーサの首をねらった。

 バーサは右手の義手に握った短剣でこれを必死に防御しようとするが間に合わなかった。


「喰らえっ!」


 気合い一閃いっせん

 ブリジットの振り上げた剣が、今度はバーサの義手を容赦ようしゃなく斬り裂いた。

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