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第35話 『ただの女と男として』

 黄泉よみ送りのとぎが始まった。

 亡き母の眠るとなりで、ブリジットはボルドを抱き寄せる。

 そしてつややかにうるんだ目でボルドを見つめた。

 そしてボルドの手を取ると、それを自分のほほにあてがう。

 ボルドはわずかにおどろきの表情を浮かべた。


「ブリジット……よろしいのですか?」

「ボルド。堅苦かたくるしいのはやめだ。これからは寝室にアタシと2人でいる時は、その手でアタシの肌に触れてくれ」


 そう言うとブリジットはわずかにほほを赤らめる。


「……それがアタシの望みだ。おまえはアタシに触れたくないか?」


 そう言ったブリジットの顔には今までボルドが見たことがないような臆病おくびょうな色がにじむ。

 ボルドは知った。

 彼女も怖いのだと。

 途端とたんにボルドの口は恐れを振り切り言葉を発する。


「……触れたいです。あなたに触れてみたい」

「ならば何もおくすることはあるまい。ボルド。アタシは触れ合いたいのだ。おまえと……ただ1人の女と男として」


 そう言うとブリジットはボルドのくちびるに自分のくちびるを重ね合わせた。

 たがいに吸い合うような口づけをかわし、その勢いで2人はベッドに倒れ込む。

 局部に塗り込んだ媚薬びやくの効果が出ていることもあるが、ボルドの心身から先ほどまでの緊張は抜け落ち、ブリジットの美しい素肌を前にして彼は極度の興奮状態にあった。

 ボルドは無我夢中でブリジットの素肌をで、その乳房ちぶさくちびるわせる。

 そして初めて彼は自分からブリジットの湿しめったぬくもりの中へと潜り込んでいった。


 繰り返される摩擦まさつの中で、これまでに感じたことのない男の本能がボルドの体のしんをビリビリと刺激して顔をのぞかせる。

 今までは抱かれるばかりだった。

 我が身をブリジットにささげ、彼女の劣情れつじょうを全身で受け止めた。

 それがボルドにとっての幸せになっていた。


 だが今は、それとは明らかに異なるけものじみた欲望が、気を抜くと彼の身の内を支配しようとする。

 このまま本能のまま力の限り彼女にのしかかりたくなる衝動に駆られる。

 それでもボルドは目の前のブリジットを大切に想う心を失わず、必死に力の加減をした。

 だが、ブリジットはそんなボルドを鼓舞こぶするように言う。


「もっとだ。ボルド。もっと来い。遠慮えんりょなどするな。おまえが多少力を入れたくらいでは、アタシの体はビクともしないぞ」

「ライラ……」


 彼女の真の名を呼び、ボルドは自分の限界まで己の欲望をぶつけ、ブリジットはそんなボルドにしがみついて体を震わせる。

 そして2人は各々に大きく息をついて絶頂のいただきで共に果てた。


「はぁ……はぁ……」


 荒い息をつきながら、ブリジットとボルドはしばしそのままベッドに身を横たえる。 

 いつもの数倍の疲労を感じながらもボルドは深い幸福感に包まれてブリジットを見つめた。

 ブリジットはほほを赤く上気させ、ゆっくりと息を整えてボルトを見つめる。


「ボルド。1つ頼みがある」

「命令……ではないのですか?」


 そう言うボルトのほほを指で軽くつつきながらブリジットはわずかに笑みを浮かべ、しかしすぐに神妙な面持おももちで言う。


「命令ではない。頼みだ。母に……その黒髪を触れさせてあげてはくれまいか」


 ブリジットの言葉にボルドはわずかに目を見開くが、すぐに柔和にゅうわな笑みを浮かべた。


「……喜んで」


 そう言うとボルドは身を起こしてベッドから降り、先代のひつぎのすぐ横にひざ立ちになる。

 ブリジットも同様に彼の横に座ると、ひつぎの中の冷たくなった母の手を取る。

 そしてその手をボルドの黒髪に触れさせた。

 かつて先代ブリジットがこよなく愛した情夫バイロンと同じ黒髪だ。

 そしてブリジットは亡き母に優しく語りかけた。


「母上。後のことは何もご心配なさらず、どうか父上とお幸せにお過ごし下さい」


 そう言うブリジットの目には涙がにじむ。

 そんな彼女をボルドはそっと抱きしめた。

 ブリジットは彼の抱擁ほうようを受けて安心したように目を閉じる。

 そのほほをひとすじの涙が伝い落ちた。


 黄泉よみ送りのとぎはこうして幕を閉じた。

 女王と情夫の立場である2人はこの夜、亡き母の前でただの女と男として愛し合ったのだった。

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