第34話 『禁じ手』
母である先代ブリジットの遺体が眠る棺の隣で、ブリジットはボルドの胸に顔を埋めながら涙声で胸の内を訥々と語った。
母は自分にとって理想の女性像であったこと。
そうであったからこそ父を失ってからの取り乱した母の姿を見るのが辛く悲しかったこと。
いつしかそんな母を心のどこかで疎むようになってしまったこと。
しかしこうして母が亡くなってしまい、そんな自分の心を悔やんでいること。
もっと娘として母に寄り添いたかったこと。
ブリジットの口からは彼女の感情の奔流が言葉となって溢れ出す。
そんなすべてをボルドは静かに受け止めた。
彼女のひとつひとつの言葉を大切に自分の心に刻む。
30分ほどそうしているとブリジットはようやく落ち着きを取り戻したようで、ボルドの胸からそっと顔を離した。
そして赤く腫れた目を恥じるように顔を背ける。
「……すまない。ボルド。みっともないところを見せたな」
「いえ、そんな……」
そう言うボルドの言葉を遮り、ブリジットは彼をベッドに押し倒す。
そして照れ隠しのように、自らの唇でボルドの口を塞いだ。
突然のことに驚きつつも、ボルドは差し込まれる彼女の舌に自分の舌を絡ませた。
「んん……」
そうしてブリジットはボルドと口づけをかわしたまま、彼の体をまさぐり、その夜着を脱がしていく。
だが……
ブリジットはその手をボルドの下半身を這わせたところで、彼の口から唇を離した。
そして気遣わしげにボルドを見る。
「ボルド。元気がないな。どうした?」
「す、すみません。滋養食は……朝も夜もしっかり頂いたのですが」
いつもならばこうして熱のこもった口づけをかわすだけで、ボルドのそれは熱い血潮が通うはずなのだが、今日に限ってはそうはならなかった。
先代の遺体がすぐ傍に安置されているこの状況にボルドは自分で思った以上に緊張していたらしく、いつものように熱い滾りを感じることが出来ずにいたのだ。
黒く艶やかな夜着に身を包んだブリジットは美しく艶めかしい。
そしてブリジットを喜ばせたいという思いは自分の中に満ち溢れているはずだった。
だが、そう考えれば考えるほどボルドのそれは沈黙する。
「も、申し訳ございません。少しお時間をいただければ……」
「気に病むことはない。この状況では仕方あるまい」
そう言って苦笑するとブリジットはボルドのすぐ隣に身を横たえた。
「アタシの父もそうだったらしいが、この黄泉送りの伽の際は、すんなりとはいかないものらしい。ダニアの記録にも残っているが、代々のブリジットがその気になれなかったり、情夫が緊張のあまり縮こまってしまったりすることも少なくなかったとのことだ」
そう言うとブリジットは身を起こし、ベッドのすぐ脇に置かれた小机の上に手を伸ばす。
そしてそこに置かれていた小さな白亜の壺を手に取った。
悠々と手の平に乗るくらいのその小さな壺の蓋を開けて、彼女は中に人差し指と中指を差し入れる。
中には軟膏のような白い粘液が収められていて、ブリジットはそれを自分の手の平の上でよく伸ばした。
そしてボルドに視線を送る。
「ボルド。少しおとなしくしていろ。これは普段は使わぬ禁じ手なのだがな」
「は、はい……」
そう言うとブリジットは粘液を塗った手でボルドのそれを優しく包み込む。
そしてボルドのそれに粘液をゆっくりと練り込んでいった。
「あっ……」
「少し辛抱するんだぞ。毒になるものではないので案ずるな」
「は、はい」
粘液を塗り込まれた途端にボルドのそれは急激な熱を感じ始めた。
そして彼の意思に反して、それは徐々に力強く屹立し始める。
その反応を見たブリジットの目に淫靡な光が宿った。
「男をいきり立たせ、女を湿らせる媚薬だ。少々強引な手だが、この黄泉送りの伽では、よく使われるものだと言われている。アタシも使うのは初めてのことさ」
そう言うとブリジットは媚薬をふんだんに塗り込んだ己の手を自らの下腹部にあてがった。
そうしてブリジットとボルドは互いに熱い視線を交わし合う。
亡き母の葬送を彩る艶やかな宴が始まろうとしていた。




