聖印
「こちらが聖女さまご一行にお泊りいただく家となっております」
お腹も満たされ、満足した私たちは村長の案内で民家にやってきた。
中を覗いてみると家具は一通りそろっており、平均的な家族が住むような家の造りだ。
私たちが泊る分には、まったく問題はなさそうだ。
「本当にこちらでよろしいでしょうか? 私共の家を使っていただいても何ら構いませんが……」
そうなる場合は村長と、そのご婦人が息子夫婦の家に泊まることになる。
さすがに村長を追い出してまで、村長宅に泊まろうなどとは思わない。
キューとロスカの面倒を見てもらっているので、それだけで十分というものだ。
「いえ、こちらで十分ですので、どうかお気遣いなく」
「わかりました。お礼として裏にあるサウナをご用意させていただきました。風呂はありませんが、どうか旅の汗を流していただければと思います」
「ありがとうございます、是非とも利用させてもらいます」
「では、ごゆっくり」
礼を告げると、村長が扉を開けて出ていく。
村長の足音が遠ざかり、周囲から気配がなくなったところで私は振り返る。
「サウナだって! ルーちゃん、リーナ! 早速入ろう!」
「貞淑な聖女の皮が剥がれたな」
「いいんだよ! もう近くに誰もいないし! というか、リーナが聖女っぽく振舞ってくれないから、代わりに私が頑張らないといけないんだよ!?」
リーナが自由に振舞う分、村人たちの理想の聖女像が私に押し付けられている。
「あたしには、ああいうのは似合わねえしできねえよ。理想の聖女はソフィアに任せる」
「うう、私も骨付き肉に思いっきりかぶり付きたかった……」
作法に気を付けて上品に食べたせいで、味がよくわからなかった。
私もリーナみたいに豪快に食べて味わいたかった。
「骨付き肉は屋敷でエステルに作ってもらいましょう」
「うん、そうする。それよりも今はサウナ!」
「私もサッパリしたいですし異論はありません」
「あたしもだ!」
二人も気持ちは同じだったので、私たちは寛ぐのを後にしてすぐにサウナの準備を整えることにした。
バスタオルや着替えを用意すると、私たちは家の裏手へと歩いていく。
そこには石造り民家が建っており、中には小さな受付があり、男性用と女性用サウナが分かれているようだった。
受付役をしている女性の村人に通してもらう。
どうやら今日は私たちが利用するので貸し切りになっているらしい。
時間を気にしないでいいみたいなので、遠慮なく使わせてもらうことにする。
「サウナ♪ サウナ♪」
「ご機嫌ですね」
自然と漏れる鼻歌を聞いて、ルーちゃんが微笑む。
「久し振りに汗を流せるからね」
旅の間に水で濡らしたタオルなどで身を清めていたが、やっぱりスッキリとしない。
お風呂がないのは残念だが、サウナで身体を温めて汗を流せるだけでも嬉しい。
脱衣所で聖女服を脱いで籠の中に入れると、バスタオル一枚を纏う。
ガチャリと重厚な扉を開けて入ると、石造りそのままのサウナ室。
薄暗く、壁に設置された蝋燭がほんのりと灯っていた。
木製の長椅子が設置されており、タオルが敷かれている。
奥にはサウナ用のストーブがあり、熱せられた石が積み上げられていた。
室内は蒸気が漂っており、むわりとしていた。
熱くなった地面を急いで進み椅子に腰を下ろすと、ルーちゃんが右側にリーナが左側に腰を下ろした。
「くー! こりゃいいな! 汗がドンドン噴き出るぜ!」
気持ち良さそうに顔を緩ませるリーナ。
身体が身じろぎするだけで大きなものがたゆんと揺れる。
「王都にいる時は基本お風呂でしたからね。サウナは久し振りです」
額を流れる汗をぬぐいながらコメントを漏らすルーちゃん。
こちらも動きに合わせて大きなものがたゆんと揺れた。
「……右を見ても、左を見ても立派なものが……」
「なんだ? 胸のことを言ってんのか? こんなの大きくても邪魔なだけだぞ?」
自分の胸をわしわしと上下に揺らしながら言うリーナ。
「出た! 大きい人は、皆そう言うんだよ!」
「ソフィア様。本当に大きいと邪魔なんです。固定していないと走る時に痛いですし、なにより重いです。サイズに合う下着は中々ないですし、鎧も特注にしないといけなくて――」
「そんなに自慢しないでよ!」
「ひゃっ! 揉まないでください。自慢じゃないですから!」
腹いせに立派なものを揉んであげると、ルーちゃんはサッと離れた。
「じゃあ、リーナのを揉む!」
「おお? 別にいいぞ?」
代わりとばかりにリーナの立派なものを揉みしだく。
ルーちゃんのよりのも少しだけ小さいが、張りはかなりのものだ。
筋肉と脂肪が絶妙なバランスで共存しているのがわかる。
「これがポテンシャルの差……ッ!」
私の小さな胸とは比べ物もならなかった。
なんだか悲しくなった。
「なんだ? もういいのか?」
「もういい。十分にわかったから」
胸から手を離すと、視界の端でリーナの太ももに翡翠色のものが見えた。
薄暗い中でも微かに発光している。
「……リーナ、太ももに何かついてる?」
「んん? ああ、見えちまったか」
私が指をさすと、リーナは恥ずかしがるように頭を掻いた。
胸を揉まれるのは何ともないのに、こっちは恥ずかしがるんだ。
「これは聖印だ」
「聖印と言われると、聖女が武具に付与するものですが、まさかそれを身体に直接刻んでいるのですか……!?」
「そうだな」
こちらを覗き込みにきたルーちゃんが驚愕の声を上げた。
精緻な魔法式を描き、聖力の付与を施すことによって、瘴気に対する高い攻撃力や防御力を宿すことができる。
便利ではあるが非常に習得が困難な聖魔法の一種。それが聖印だ。
「身体に直接刻み込むなんて初めて聞いたよ」
「だろうな。めちゃくちゃ痛えし、下手すりゃ拒否反応が出て、死んじまうような技術だからな」
「なんでそんな危ないことを!?」
「あたしはソフィアや他の奴等と違って、一般的な聖魔法が使えねえ。だから、あたしがもっと強くなるために、皆の役に立つためにやったんだ」
「別にリーナが浄化や治癒をできなくたって問題ないよ! リーナは聖騎士よりも強いんだし、そういった部分は他の誰かが――」
「そうやって、あたしたちが甘えていたからソフィアが犠牲になった」
「ッ!」
「あたしだって聖女だったし、他にもたくさん優秀な聖女はいた。だけど、結局はお前一人に重荷を背負わせることになっちまった」
「それはリーナたちが悪いんじゃない! 私が決めて行動しただけだよ!」
「でも、あたしたちがもっと強ければ、そんなことにはならなかったかもしれない! 一緒に肩を並べられたかもしれない! お前一人が犠牲になる必要はなかったかもしれない! ……そう考えると、悔しくてな」
ドンと拳を打ち付けるリーナ。
俯いた彼女の表情はとても悔しそうだった。
まさか、リーナがそんなことを考えていたなんて。
彼女が今も聖女として活動しているのは、種族的なものだけでなく、その時の悔しさがあるからなのかもしれない。
「リーナ様の気持ちは私もわかります。ソフィア様だけが帰ってこなかった時、私も悔しかったですから」
ぎゅっと自分の肩を抱きしめながら呟くルーちゃん。
あの時は勇者パーティーの聖女である、私が頑張らないといけないと思っていた。
周りのことなんてあまり見ず、がむしゃらにできることだけをやっていたけど、周りの人は色々と思うことがあったに違いない。
「だから、あたしは強くなるために聖印を身体に刻んだ。また魔王みたいな奴が出てきた時は、あたしがぶっ飛ばしてやろうと思ってな」
どう言葉をかけるべきか悩んでいると、リーナは拳をグッと前に出して明るく笑った。
「私も次こそはソフィア様と一緒に戦えるように腕を磨き、聖騎士になりました」
「すごいな、二人とも」
「あたしなんて全然すごくねえよ」
「たくさんの人を守り、救えるソフィア様の方がすごいです」
誰かを守るために死んじゃうかもしれない聖印を施して、努力し続けたリーナ。
目覚めるかわからない私を二十年も待ち続けながら、聖騎士として鍛えていたルーちゃん。
そんな二人を私は心から尊敬し、仲間に持てたことを誇りに思った。
「リーナ」
「なんだ?」
「リーナの聖印、綺麗だよ」
私がそう言うと、リーナはきょとんとした後にニシッと笑った。
「へへっ、ありがとな!」
新作はじめました。
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