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三流剣士と六位の魔法使い  作者: 静間
第一章 ウエストダーレン州
2/2

2話目

辺りは夜のように薄暗い。


「ねぇ、ベル。見てっ、あの明かり光続けているわっ」


興奮気味に短い黒髪を揺らし、アウラは鉄線で吊り下げられた照明を指差した。

仄青く釉薬ゆうやくのかかったような質の悪いガラスの容器。そこに光る鉱石が閉じ込められている。1つじゃない。ぼんやりとした光の道の如く、ずぅっと遠くまで続いていた。そのおかげか商工市場は人で賑わっていた。


アウラは得意気な表情で、ベルと呼んだ男、ベルトモンドの顔を覗き込んだ。


「あれも魔法で出来ているんでしょ?」


「違うよ。ランキンと呼ばれる簡易照明だ」


ベルトモンドは、購買客の間を掻き分け「光石という発光石にトトの木の樹脂を塗り数時間かけて乾燥させ、火を点けたものだ。あれで五日程度光を失わない」と知識を披露してみせた。「分かったかい?」まるで子供を諭すように。

アウラは、額に眉を寄せた。快く思っていないようだ。


「…分かったけど、その子供扱いした感じ、やめて」


「どうしてだい?」


「親子だと思われるじゃない…」


「私達を見て親子だと想定するのは至って一般的な見解だ」


ベルトモンドは齢四十二。年相応のシワを刻んだ容貌であった。

対してアウラは、まだ体型も出来上がりきっていない十七の少女。顔立ちも、まだ幼さが残っている。

ベルトモンドとアウラではその容姿も、実年齢も親子ほど離れている。揺るぎない事実だ。だがアウラはやけに「親子じゃないし、親子には見えないから」を強調した。


「やめてよ、そうやって父親っぽく振る舞うの。…腹たつ」


「私が父親役では不満か?」


「別に不満じゃないわよ、そうじゃなくて…、なんていうか、ベルは、そういうのじゃない。そういうのじゃないのよ」


「迷子にならないように手を繋ごうか?」


「もうっ」


大きく悪態をつくアウラを、そっと後目に見やりベルトモンドが笑みをこぼす。


商工市場は朝市の時間だった。

行き交う人で溢れている。通りの両面には交易を行う商人たち。右を見ればテント、左を見れば露店。景気の良い客呼びの声と値切り交渉の声が飛び交っていた。


「さすがに商業で栄えた街だな」


ベルトモンドは振り返ると、アウラにローブを羽織はおわせた。

いつの間にかアウラに視線が集まっていた。皆、黒い髪を、異物を見るような視線で一瞥し通りすぎる。誰も彼も浮浪者や孤児に対する、可哀想だと思いながら、心の何処かで自分より下の人間だと見下したような冷えた目付きだった。


「商人は嫌いよ」


「そうだったね」ベルトモンドは、アウラの姿を覆い隠すようにローブを広げて、それから「やめてったら」と不機嫌そうな様子の彼女を優しく撫でるのであった。


「君には嫌な思い出あるかもしれない」


「…こういう街は、嫌な感じがする。金が全てでみんなそのために生きているみたいな冷酷さがある。気持ち悪い」


「だが、この社会はお金で成り立っている」


「何が言いたいの」


「生きていくためにはみんなお金が必要なのさ。何かを守る力は魔力や武力だけではない。家族を守るために、あるいは恋人を守るために、最低限必要な分のお金は稼がなくてはならない」


「金より大切なものはあるわ」


「なんだと思う?」


「…すぐには出てこないわよ」


「考えてみると良い」ベルトモンドは笑って、皆の視線からアウラを守るようにフードを深く被せた。

アウラは何も言い返せなかった。

この街の人間からは、説明出来ない「つめたさ」を覚えていた。人を人と思っていないような「つめたさ」。店に来る人間を、客あるいは交渉相手という役割を持った記号としか思っていないような「つめたさ」。ベルトモンドの言葉を借りれば「社会はお金で成り立っている」からなんだろう。商売をするためには、物事を簡略化して見る方が都合良いから、「つめたさ」が必要なんだろう。

じゃあ逆はなんだろう。

人の「あたたかさ」とは?

「金」を得るより「大切なもの」は?


道端で座る浮浪者が幾度か「金を恵んでくれ」とせがむ光景も少なくなかった。彼らはこの街の敗者。商業の街が生み出した闇。多くの人々はその「闇」を見て見ぬフリしていた。それが社会というなら、この世は勝者だけが生きられる「つめたい」世界だ。アウラは浮浪者に小銭を恵もうとするベルトモンドを見つめながら「あとで回収しなきゃ…」と溜息を吐いた。


「少し寄りたいところがある」ベルトモンドはアウラを連れて、小さなテントの中に入った。

古臭い雑貨屋のようだ。壁には日用品が吊り下げられ、床には加工前の布地が山積みにされていた。どれも華やかさには欠けている。がしかし、丁寧な織り目であることは見て取れた。

奥で初老の女性が編み物をしていた。

この店の店主のようだ。


「あら、いらっしゃい、ベルトモンド」


知り合いのようだ。

アウラは見覚えがなかった。


「インギスさん、お久しぶりです」


「元気そうで良かったわ」


「インギスさんもお元気そうで何よりです」


「もう60を過ぎたわ、昔よりは元気じゃないわよ」


「旦那さんはどうですか?」


「あの人の病気は治らないわね、」


知らない話をしている。

アウラは疎外感を覚えた。

ベルトモンドはあまり自分の昔話をしない。質問をすると困った顔をするか、あるいは表情が暗くなり言葉数が少なくなる。整理が付いていない過去があるのか、時々アウラ自身を通して別の誰かを見ているようなことがある。その度、アウラはどうしようも出来ないでいた。ベルトモンドに寄り添って、彼の過去の傷を治すことは、恐らくアウラには出来なかった。

アウラが出来ることは剣となり盾となることだけ。

「どうしてなんだろう。何もないわたしを。どうしてベルは、わたしを側に置くんだろう、」

こんな慰み者にならない三流剣士、


「何の役にも立たないのに…」


「何がだい?」


「なっ」


いつの間にかベルトモンドの顔が近くにあった。

アウラは慌ててフードを深く被り直す。「なんでもない!」独り言の筈だったのに、聞かれてしまった。気恥ずかしさから耳朶まで真っ赤になる。一刻も早くこの場を逃げ出したいアウラの気を知ってか知らずかベルトモンドは「おいで」と彼女の手を引いた。


「インギスさん、この子に合う手袋をお願い出来ますか?」


「わたしの、装備?」


ベルトモンドが昔馴染みの露店を訪れた理由は、アウラの装備を買うため。

彼女の手は剣士であることを証明するようにボロボロであった。保護用の包帯は殆ど意味のない状態で、皮は擦り切れ、剣ダコができ、切り傷が痛ましげに付いていた。ここまでの旅路で幾度か戦闘があったが、その度に剣に、盾になるようにアウラは前線で戦い続けてきた。それしか出来ないと思っていたから。

店主は、アウラの『黒髪』をじっと見つめて、ベルトモンドに問いかけた。


「ベルトモンド、あんた奴隷を買ったの?」


「…事実だけを見るならそうなります」


「『黒』はずっと虐げられてきた。今も奴隷制が王都で横行している。そういうのに反対ではなかったかしら?」


「ええ、今も反対ですよ」


それなら、どうして?

どうして、わたしを側に?

どうして、『黒髪』を側に置くの?

アウラも答えを欲した。


「どうしてか。先ほどの言葉に誤りはないです。奴隷制には今も反対です。私は確かに奴隷商人から彼女を買いましたが、『黒髪』だからといって虐げている訳ではないし、命令を無理やり聞かせている訳でもありません。奴隷のような扱いをしたことは一度もありません。…アウラは、私にとって大切な剣士なのです」


アウラは顔を上げることが出来なかった。

大切な剣士。ベルトモンドの言葉が心の穴をそっと埋めてくれた気がした。


「大切なものが傷付くのは、心が痛みます」


「あんたは、優しいベル坊やのまんまだね」


買い物が終わるまでアウラはずっと、ベルトモンドの顔を見れなかった。

テントを去る時、インギスはベルトモンドを呼び止めた。

声音は、真剣なものに変わっていた。


「ベル。その剣士。あの子に似てるね」


「ええ、そうですね、恐いくらい似てます」


「気を付けなさいね。この街でも、元6位の魔法使いが逃げているという話が回ってきたわ。昔馴染みの人間だからといって信用し過ぎないようにね…」


「分かっています」


テントを出ると、街の朝市は終わっていた。活気もだいぶ落ち着き始めている。

時刻は昼を回ろうとしていたが、辺りは薄暗い。


「ねえ、ベル」


アウラは、新品の皮の手袋を簡易照明の下で見つめながら、ベルトモンドに声をかけた。


「わたし、お金より大切なもの、分かった気がする」


「へえ。なんだと思う?」


「きっとね、誰かの側にずぅっと居たいと思う気持ちよ。それはお金では買えない想いだわ」


「…そうだね。ああ、きっとそうかもしれない」


ぽんぽんと大きな手がアウラの頭を撫でた。


「本当にそう思ってる?」


「思っているよ」されるがままになるアウラを見てベルトモンドが意地悪く笑った。「頭を撫でられるのは子供扱いされた感じがして嫌じゃなかったのかい?」

少し迷ってアウラは小さく微笑んでみせた。


「もう少しそうしていて、暖かくて安心するから」

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― 新着の感想 ―
[一言] シリアス恋愛な流れが良かったです すみません。今別作品と混同してコメント送信してしまった事に気がつきましたm(_ _)m
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