№4
何食わぬ顔でいつものように執務室の机の書類を片付けていく彼を親友達は不満気な顔で見ていた。
先程まで熱気に満ち満ちた部屋にて未知なる場面に遭遇していたというのにこの様子はどうだろう。
親友達が不満をつのらせるのもわかる。彼以上に先程の召還という場に興奮した二人だったからである。この国の頭脳と呼ばれる者達が一同に集まり、あのさほど大きくもない空間に魔力を注ぎこむ、それが口で言うのとは違いどれだけ困難の事かは、優秀な魔術師の二人には理解できるからである。
巨大な魔力を溜め込む器、それを準備した我が国の頭脳と呼ばれる者達。ある意味我が国は安泰だと思えるほどであった。本来ならあの中に自分達も参加できたはずなのに…、という不満も実は隠れている二人である。内容が内容なだけに皇太子とその側近の自分達は完璧、仲間はずれだったからだ。
「よく平然と仕事なんかできるよなっ、信じられない…。」
「ああ、俺なんか今も興奮しまくっていると言うのに、あの光見たか?ぞくぞくしたよ。」
そんな二人の言葉にも何の反応もせずに、黙々と仕事をこなしていく。
「三人の異世界人、見事に美女揃いだったな。どんな手をつかったら未知の世界から美女だけを選べるんだろうか…。」
「見た目は俺達とさほど差はないように見えたよな。」
「ああ、妖艶なおねーさま達が三人。なんでよりにもよってみんな同じタイプなんだろうな…。」
「どうせなら、ふわふわ綿菓子みたいな可愛い系とか、冷たい感じのインテリ系とかさ。」
「うんうん、俺は綿菓子がいいかな。」
「俺は…、実は……、冷たい感じの女性かな…、でも中身は情熱的ってのが理想。」
「それにしても、三人の異世界人の他にもう一人召還されていたとはな…。正直驚いたよ…。」
「でも、どう見ても嫁候補には若すぎるだろ? 顔はよくみえなかったけどなんか幼いような…。」
「ああ…、この鬼畜に誑かされるかと思うと…、心が痛むよ…。」
「うん、俺もそう思った…。気の毒すぎる…。」
女の敵とでも言うような視線を彼に向ける二人。
こんな会話がされている間も、彼は仕事を続けるのであった。
「陛下、それにしても三人の異世界人は揃いも揃ってお色気たっぷりでしたわね。なんででしょうか?」
「ん? そうか?それは王妃の気のせいではないのか?」
王は自分達が王子の好みを前もって調べていた事を王妃に告げる事はしない。
「そうだったかしら…、でも…。」
陛下はまだ気づいてらっしゃらないのね…、王子の好みとまったく違うタイプが三人も揃ってしまった事には…、どうしましょう…。言うべきかしら…、それとも…このまま黙っているべきでしょうか…。
「王妃や、心配する事はない、きっと王子も気に入いるはず、安心しなさい。」
王子の好みはわかっておる、夜な夜な街に出て遊んでおる王子の相手をしているのが、みんなあのタイプなのだから。案ずる事はない…。
「はい…、わかりました…。」
私…、どうなっても知りませんからねっ。一年もかけて準備したのに…、………。
もしかして……、王子の好みが変わった? ………。ムンムン系に…。………。
「陛下、宰相閣下がお見えになりました。」
「ああ、わかった。」
控えていた騎士に案内されて宰相が現れた。幾分疲れが残る顔をしている。
「少しは休んだらどうだ?顔色が悪いのではないか?」
「ご心配かけて申し訳ございません、大丈夫です。」
「悪いが三人だけにしてくれ、」
王が騎士達に命ずるとお茶を準備し終わった侍女達とともに部屋をでていく。
「早速ですが、四人目の召喚者はとりあえず後宮の客間に運びました。いま急いで部屋を準備させております。まったく予想もしていなかった事ですので少し時間を下さい。」
「ああ構わない、いつもすまないな…。」
「いいえ、誰かにさせるよりは自分でした方がいいですので、ご心配には及びません。」
「相変わらずだな、あはは。」
「宰相…、これからどうしましょうか…。」
「召喚者が他にも三人居ますので、四人目だけ特別扱いは無理でしょうね…。いくら…幼くても…。」
「それでは…、四人目も王子の…嫁候補にという事ですわね…。」
「はい、本人に説明をする際を考慮したら、それが一番かと…、」
「うむ、まさか手違いで呼び寄せてしまったとは言えまい…。」
一時の沈黙の後、王妃が口にする言葉に王と宰相は辛そうな顔をしていた。
あらかた机の上の書類を片付けた彼は、おもいっきり伸びをした後、ゴキゴキと首を鳴らす。
無駄に過ごしてしまった時間の為に休憩も取らずに自分のやるべき事をしていた彼であった。
「そろそろ出掛けようと思っているが、お前達はどうする?」
「はぁ? 今日も行くのか?」
「今日はやめた方がよくないか?」
「別に来たくないなら構わん。一人で行くまでだ。」
そう言って指を鳴らすと一瞬のうちに庶民の衣服に変身した彼であった。
それを見ていた二人も同様に衣服をチェンジする。
「今日王宮にてこれだけの魔力が集中した事、それなりの力を持つ敏感な庶民には気づかれたはずであろう?違うか?それに漏れた魔力の事も気になる、まあ…、中には綺麗な服を着たバカもいるがな…。」
「お前が言ってるのは全部後者だろ? まわりくどい奴めっ。」
「そこまでわかっているのなら、つべこべ言わずに着いて来い。」
「はいはい、わかりました。時間外手当請求したいよ…。」
気だるそうに返事をする者を気にする事もなく彼はその場から瞬時に消えた。
消えたように見えるのは、彼が異空間移動の魔法を使用した為、瞬間移動というものである。
残された二人も急いで彼の後を追う。これはいつもの事であった。
裏路地に現れた彼は今日の行き先をいつもの酒場ではなく、カジノに決めていた。
何故カジノかと言うとそれは本人曰く気分的な事らしい。
だから何も聞かずに当たり前のように彼の後をついていく。
一番に中に入ろうとする彼をオールデンが行く手を塞ぎ自分が先に店内へと入っていく。
店内は薄暗く、空気が悪い。口から煙を吐く者達で溢れていた。
三人は各々が好みのゲームに興ずる。
「お兄さんたまには負けてくれないか?財布が軽くて仕方がない。」
そう言って笑う体格の良い中年の男。
「それは失礼した、気がつかなかった。」ニヤリと笑う彼。
「今日は力が漲ってるから余裕で勝てると思っていたが、選んだテーブルが悪かった。」
「ああ、俺もだよ…、今日は街中に魔力が溢れているからな、俺もあわよくばと思っていたんだが…、あんたが相手じゃなかったらなんとかなったかもな…。」
「やはりそうなのか? 今日は街の空気が違うと思っていたんだ。」
「ああ、滅多にない程にそこら中に魔力を感じる。」
「俺も感じる、それもクズな魔力じゃねえな…。相当の使い手の魔力だ。」
「兄さんは感じないのか?」
「あぁ、俺にはまったく。残念な事だが…。」薄く笑う彼であった。
「気をつけな、こんな夜は他人の魔力のおこぼれを吸った悪い奴がバカな事をやりおる。」
「魔獣や妖魔か?」
「あいつらならなまだましだ、ぶった切ったらそれで終わる。」
「中途半端に魔力を持っていて権力も中途半端にある奴らさ…。たちが悪い…。」
「ふん、そう言う事かっ。」
「権力をかさにやりたい放題だからな…、殺してやりたいが…、そんな事をしたらこっちがヤバイ、傷一つつけただけでもこっちは重罪になっちまう…。」
「お兄さんも因縁つけられたらお終いだ、見かけたら逃げな…。正義感なんか見せるんじゃねぇぞ。」
「ああ、ありがとう。そうする。」そう言って彼はまた薄く笑った。
「デューク…。もういいんじゃない?」
「ん? そうか?」
「そろそろ帰らないとな…。でも今日は面白かったな。」
「今度からはこれもいいなっ。あははははは。」彼が軽快に笑った。
「そうだデューク、三人の嫁を見た感想をまだ聞いてないんだけど、どうだった?」
まるで聞こえないかのように無視をする彼。
「おい、どうなんだよっ。」
次の瞬間彼は消えた。
「逃げられたな…。まあそれが答えか…。」
「ちっ、面白くないな…。」
彼らもまた瞬時に彼の後を追った。
次の日の朝、街には裸にされ縛られた者達が街のあちこちに転がっていた。
誰がやったのかわからない街の人々は、それでも皆その話題を口にしては嬉しそうにしていた。