第71話 父が遺した想い
魔法学園__。
ブルンネンには、魔導研究機関にて研究するための前段階、研究に必要な基礎知識を得るための施設がある。それが魔法学園である。
魔法学園は講義と実技を軸に構成されており、魔法の基礎理論から応用方法、未知の可能性の探求、実践演習など、多岐に渡る分野を学ぶことができる。その内容は魔導研究機関によって新たに判明した知識や研究成果をもとに、常に更新され続けている。
魔法の研究は常に進んでいるため、一度卒業しても手続きを踏めば特定の講義を受けることができるようになっている。また、学校自体が魔法の発展を推進しているため、研究者にツテがあれば、見学という形で講義を受けることも可能だ。
さまざまな種族が集まっていることもあり、生徒たちの年齢層は幅広い。中には老人のような見た目をした学生の姿も見られる。授業は半年ごとに区切られており、基礎課程から段階的に学んでいく形式となっている。三年ほどで一つの専門分野に必要な単位を修め、卒業となるのが一般的となる。
卒業後の進路はさまざまである。そのままブルンネンに残り研究者となる者もいれば、故郷へ戻り、学んだ魔法を日々の生活へ役立てる者もいる。
魔法学園に入った三人はアリエスの恩師である〝リヴェルナ博士〟の元へ向かった。
博士のことをアリエスは、とても尊敬していた。博士は森人族で、町の巨大な防御結界や一部の地域で使われている天候の操作など、人の生活を豊かにする魔法の研究を長くしており、それを実用段階まで成し遂げたからだ。
アリエスは研究内容に感銘を受けただけではない。結界や天候などの巨大な付与魔法の技術、さらに魔力が関係している病などについて、知識を深めるのに最も適していると考えたため、この研究室を選んだのだ。
「リヴェルナ博士、只今戻りました!」
アリエスは研究室に入り、博士に声をかける。ミルとポニも、アリエスに次いで、研究室へと入ってきた。
「おや、アリエス。結構時間がかかったね。今日は一人って聞いていたから、すぐに戻ってくるかと思っていたのに。混んでいたかい?」
博士は振り返り、三人を見る。
「……」
博士の視線がミルを見て、一瞬止まったように感じた。
「すみません。急な来客になってしまって……。こちら、食堂で出会って意気投合しまして」
「構わないよ」
博士は二人に向き直り、
「いらっしゃい。私は〝リヴェルナ〟だ。ゆっくりしていきなさい」
と告げた。
「ポニといいます」
「ミル……」
二人も挨拶をする。
それを聞き、博士の目は見開かれた。
「ミル……さん……? もしかして……、君の身内に〝ナレッジ・テクノ〟という人物はいないかい?」
「お父さん……」
「お父さん!? いや、……ありえない。どういうことだ……?」
博士の反応を見て、アリエスも平静でいられなくなる。
「あの……、どうされましたか?」
「ナレッジ・テクノ……ナレッジ博士は私の知り合いなんだ」
博士は声を震わせて話し出す。
「彼を父というのなら、君の名前は〝ミル・テクノ〟だろ?」
「……ん」
ミルは博士の言葉に同意した。
「彼がまだここにいた頃、つまり数十年以上前に私は君に会っている……」
博士の動揺の理由はわからない。
だけど……
「ミルが造られたのは数十年前ってことでしょうか?」
ということだろうか。
「造られた? どういうことだい?」
博士との会話が、いまいち嚙み合ってない気がした。
「ミル……、つまり、魔導機械人形はすでに数十年前に実現していたということでしょうか?」
博士は何を驚いているのだろう?
確かに魔導機械人形がそれほど前に完成していたということは驚くべきことだ。
だが、もともとそれを知っていたのなら驚く必要はないはずだ。
数十年前に実現していた魔導機械人形が目の前に現れたとして、それほど驚くことがあるのだろうか?
「ギアノ……イド……? 君は魔導機械人形なのかい?」
「……ん」
アリエスは理解できなかった。
ミルが魔導機械人形ということを知っていたのではないのか?
「なるほど、そういうことか……」
博士が何かを理解したようだ。
「ミルさん、私はナレッジ博士とは友人で〝リヴェルナ・アメニシア〟というものなんだ」
博士が家名を名乗るのは珍しい。
何か理由があるのだろうか。
「ナレッジ博士とはよく意見交換をしていて、そのときに君とも会っているのだが、覚えていないかい?」
ミルは目を閉じ、記憶を起こしているのだろうか。
少しの時間経つ。
「あなたの記憶……見つけた。お父さんの知り合いみたい…………」
「やはりそうか。記憶がうまく定着していないんだね」
「どういうことですか?」
未だにどういうことか見えてこない。
「魔導機械人形と、その元になる〝精神〟と〝記憶〟の話なんだが……」
博士は説明した。
魔導機械人形というのは、義手や義足の延長線上、肉体そのものを魔導科学によって造り上げた存在らしい。脳に格納されていた記憶を魔導機械人形の記憶媒体に移し、さらに精神そのものを移植して定着させることで、〝本人〟として活動できるようになるという。
これは事故や何らかの病気で、体が致命的なダメージを受けたときに使用する技術だ。
この精神というものは、死ぬなどの理由で肉体を離れると、時間とともに霧散していく。それは再び生を受けるために必要な過程であり、霧散した精神はやがて引き寄せ合い、ときには混ざり合って、新たな精神として生まれ変わる。
この〝精神の霧散〟が進んだ状態で魔導機械人形に移植すると、記憶と定着しにくくなり、記憶の引き出しが困難になるらしい。
例えるなら、これはアルバムの状態だ。正常に定着している場合、記憶は脳へ直接刻まれているため、自然と思い出すことができる。
しかし、定着が不完全な場合は違う。移植することで記憶は存在したとしても、それは整理されたアルバムを一枚ずつ開いて確認するようなものになる。アルバムのように意識しなければ辿り着けず、本来なら知っているはずの相手ですら、すぐには認識できない。
だからこそミルは、博士を見てもすぐには思い出せなかった。
「つまり、ミルはもともと人間族だったということですか?」
「そうだね。その人間族のときに私は彼女と出会ってたんだ」
「そうだったんですね」
研究室に入ったとき、博士がミルを見て、ほんの少しだけ視線が止まったように感じたのは、知り合いに似てるな、程度の認識だったのだろう。
ミルと出会ったのは、ナレッジ博士がヴィントミューレに移住する前の話で、十数年の出来事だ。年齢が合わない。だから、すぐに別人だと判断したようだ。だが、それは誤りだった。
「それにしても、ナレッジ博士はヴィントミューレでも研究の続きをしていたんだね。今はご存命かい?」
「一年前に死んじゃった……」
ミルは首を振った。
そして、博士へそのときの出来事を語った。
それを聞き、博士は悲しそうな表情を浮かべる。
「ナレッジ博士はね。魔道科学の基礎を固めた方でもあるんだよ」
博士はどこか懐かしむように目を細めた。
「それが認められたのが、確かナレッジ博士が三十半ばくらいのときだったかな」
そう言いながら、ゆっくりと窓の外へ視線を向ける。
夕暮れの光が横顔を照らしていた。
「それから十数年、もう亡くなられてしまったのか……」
小さく漏れた声には、僅かな寂しさが混じっている。
「人間族の寿命はやはり短いな。いや、人間族にとっても短いのか?」
博士は静かにミルへ視線を移した。
「それほど無理をして完成を急いだのだろうな……。君のために」
博士はそう呟くと、しばらく黙り込んだ。
まるで遠い時代へ思いを馳せるように、静かに目を閉じる。
魔導科学の礎を築いた天才。
数々の研究成果を残した偉人。
だが同時に、娘のため、自らの寿命を削るほど研究へ没頭した人物でもあったのだろう。
「君の記憶の博士は、どのような表情をされていましたか?」
「二人で色んな魔導機械、造って……笑ってた」
「……そうか」
博士は静かに頷き、再び窓の外へ目を向けた。
「あの……博士。なぜナレッジ博士は自分の命を削ってまで完成を急いだんだと思いますか? 完成を急がなければ、今もミルと過ごせたかもしれないのに……」
アリエスは質問する。
博士はその質問に対して首を振った。
「それは違うかな。今もミルと過ごしている未来はなかった。彼は天秤にかけたんだよ。自分の命と彼女の命をね」
博士は小さく笑った。
「彼のことだ。大方予想はつく……。天秤にかける必要もない。迷わず彼女の命を選択しただろうね……」
「ミルの命……?」
「それは先ほど彼女が見せた〝精神と記憶の定着〟に関するところだね」
静かに告げられた言葉に、アリエスは小さく首を傾げる。
「精神が霧散するまで時間がなかったんだよ」
「それってつまり……」
「そうだね。彼女は一度、亡くなっているんだよ」
博士は静かに目を伏せた。
博士の専門は、生活向上や病の治療に関する研究だ。
魔導科学そのものは専門外だった。
それでもナレッジ博士の研究には共感する部分が多かった。
〝魔導や科学で人々の生活を豊かにする〟
その考え方は、博士の研究とも通ずるものがあったからだ。
それがきっかけで、二人は交流を深めていったらしい。
ナレッジ博士には娘がいた。
だが、重い病を患っていた。
おそらく最初から娘を救うためだったのだろう。
義手や義足……身体の一部を補う技術の研究から始まり、やがて魔導機械人形という構想へと繋がっていった。
博士も基礎理論だけは、見せてもらったことがあるようだ。
しかし、当時の魔法都市では到底実現不可能な代物だった。
記憶媒体への記憶の保存。
精神の移植、そして定着の技術。
魔導機械による肉体の再現と成長させるための機構。
どれも当時の技術水準を遥かに超えた、まさに空想の産物だった。
それでもナレッジ博士は、一つずつ課題を解決していった。
ときには、何人もの博士たちとコンタクトをとり協力を仰いだ。
だが、その途中で娘の病状がさらに悪化した。
ナレッジ博士は苦渋の決断を強いられ、都市を離れることにした。
ナレッジ博士と娘は、娘の魔力の性質に合っていて療養に適しており、
先立たれた妻の故郷でもあるヴィントミューレへ移住した。
そして数年後、娘は亡くなった。
そう手紙に書かれていたという。
「移住した頃は、まだ構想に毛が生えた程度だったんだけどね……」
博士は苦笑混じりに息を吐く。
「研究を続けてたのにも驚いたけど、まさか十年足らずで完成に至るなんてね」
そして、その視線は静かにミルへ向けられる。
「完成は早かった。ただ、それでも精神の霧散は進んでいたはずだ」
博士はゆっくりと言葉を続けた。
「いや……本来なら、完全に消えていてもおかしくないほどの年月が経っている」
それでも、彼女はここにいる。
「つまり、それほどまでに彼女が、彼女の精神が、〝生きたい〟と願っていたんだと思う」
静かな声。
だが、その言葉には確かな重みがあった。
「だからこそ、ナレッジ博士は……そんな娘の願いを叶えたかったんだろうね」
その言葉を聞き、ミルは小さく俯き、何かを考え込むように黙った。
やがて、ぽつりと呟く。
「……お父さんの研究資料、ある?」
「ああ、確か魔導大図書館に保管されていたはずだ」
「見たい……」
博士は頷いた。
「かなり貴重な資料だからね。閲覧には制限がかかっているはずだから、手続きをしておこう」
「……うん」
ミルは静かに頷いた。
「君は感情の起伏が薄いんだね。以前とはかなり異なっている」
「……わたし、感情がない」
ミルは自分を確かめるように、小さく呟いた。
「それは、感情というものが記憶の積み重ねによって形成されるからだよ」
博士は穏やかな口調で続ける。
「記憶が乖離しているから、感情がないように見えるんだ」
しかし、その言葉を否定するように博士は微笑む。
「でも、今の君を見る限り、完全に感情がないわけではないみたいだね」
ミルは不思議そうに瞬きをする。
「おそらく博士と過ごすうちに、新しい記憶から感情が生まれ始めているんだ」
静かな声が部屋に響く。
「だから博士は……〝経験することで、感情は得られるかもしれない〟……そう考えたんじゃないかな?」
ミルはしばらく黙ったまま、自分の胸元へそっと手を当てた。
「……経験、することで……」
感情は、経験によって得られるかもしれない。
その言葉だけが、静かな部屋の中へ残っていた。
ミルは何も言わない。
博士も、それ以上は語らなかった。
ただ、穏やかな沈黙だけがそこにあった____。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
ミル……
今回は、ミルの昔の知り合いに会ったんだね。
……ん。
ミルについても、いろいろ話してくれたね。
……お父さんと、よく話してた。
ミルも覚えてはいたんだよね?
……昔の記憶の中。
それって、すぐには思い出せないものなの?
……ん。
接続が必要……
なるほど。
思い出を探しにいく感じなんだ。
……そんな感じ。
不便だったりしない?
最初は……ちょっとだけ。
生活する上で必要だから?
……ん。
でも……もう大丈夫。
そっか。
ミルは昔の記憶をすぐに思い出せなくても平気なの?
……大事なもの。
でも……今の記憶も大事。
ミルが、今まで生きてきた証だもんね。
……ん。
あるだけでいい。
そういう考え方、僕は好きだよ。
……ん。
次回は、制服のお披露目なんだね!!
……ん。




