第52話 蝕まれる王都
それからロックは、イオナに言われるがまま、王都へ、そして国王の元へと向かった。
ロックは吸血鬼、いわゆる鬼族に分類される種族である。鬼族は本来なら火の国に属するが、勇者パーティの一人だ。顔は知られている。王城を訪ねようと、すぐに大騒ぎになることはない。
とはいえ、国王への即時の謁見は、さすがに不可能だ。無理を通そうとすれば、城を警護する騎士たちに警戒される。
「そこをなんとか頼むよっ!」
「あなたと言えど、勝手に通すわけにはいかないんですよ。ご存知でしょう? 一体何を考えているんですか?」
だがそれも最初だけ。
「私からもお願い。素敵な騎士様っ!」
イオナが騎士の顔を覗き込む。
「貴女は……。大変、失礼しました。ロック様、ご案内いたします」
すぐに魅了にかかり、警備などあってないようなものだった。
*
「ちょっと待て。おまえたち、何を勝手に通している? 今日は謁見の予定など、なかったはずだ」
「あら、騎士様。そんな固いこと言わず、お願いします」
「なんだおまえは……。おまえが何かしているのか? そのフードを外せ!」
騎士の中でもより強い者。団長や各部隊の隊長などのように、精神力の強い者は抵抗を見せていた。
騎士がイオナを取り押さえようとする。
だが……。
「おい、俺の女に触るなよ!」
そういう者は……
「ロックさん、あなた……」
ぐあっ__
ロックが組み伏せた。
「どうされましたか?」
騒ぎを聞きつけ、多少集まったところで……
「この方がご乱心みたいですよ。牢屋へ連れて行かれてはどうですか?」
「そう……ですね…………。隊長……いきますよ…………」
「おい、やめろ! 目を覚ませっ!! おい……!」
すぐに魅了されていった。
*
二人は国王の元へと到着した。
国王だけではない。政事の話し合いの最中だろうか? 大臣たちも揃っていた。
「陛下、お伺いを立てたいことがございます。お時間、いただけますよね?」
丁寧だが、どこか図々しい態度で、ロックは国王に進言した。
「あら、好都合ね。お偉い様方がこんなにたくさん♪」
イオナはいつも通りだ。敵国の王。敬意を払うつもりも毛頭ないらしい。
「勇者パーティのロックだな。いくらあんたでも不敬だぞ。勝手にこんなところまで来て」
「騎士たちは何をやっているのですか?」
大臣たちは冷静に対処する。だが……。
「あら。皆さん、とても親切に、ここまで案内してくれましたよ。騎士様方はやはりエスコートの仕方が違いますね〜」
イオナが挑発するように、不敵に笑いながら言葉を発した。
「おまえ……何者だ?」
フードを取り、今度は丁寧な口調で名乗った。
「王様。お初にお目にかかります。〝イオナ〟と申します。どうぞ、お見知り置きを」
「魔族っ!?」
「ロック、あんたが手引きしたのか!? おい……、騎士たちを……早く…………」
国王と大臣たち。糸が切れた人形のように、揃ってその場に立ち尽くした。
「……イオナ様、どういうご用件でしょうか?」
最初に口を開いたのは、王に次ぐ権力を持つ大臣だった。
「ええ、実はね……」
こうしてロックとイオナは、国の中枢を担う国王や大臣をも魅了してしまった。
城の占拠は早かった。真っ向から騎士たち全員とぶつかれば、ロック一人ではどうにもできなかっただろう。しかし、城門から騎士に案内されながら、すれ違う騎士たちを次々と魅了にかけていくことで、大きな騒ぎは起こらなかった。
魅了された者がほとんどの異常の兆しを隠していったからだ。異常に気がついた者が現れたとしてもロックが取り押さえ、即座に牢へ幽閉される。
国王と大臣を魅了してからも、それは広がっていった。
意識に靄がかかるといっても無意識になるわけではない。戦闘や生活する上ではなんの問題もないのだ。ただ、認識の一部を上書きされるような感じだ。上書きされた部分に触れさえしなければ、何も変わらない。
魅了された者たちは普段通り生活していく。
仲間たちとコミュニケーションをとり、
王都を守り、
本来の恋人や家族と過ごすのだ。
それらは溶け込んでいった。
最初こそ抵抗を見せていた者たちも、幽閉され、何度も訪れるイオナと接するうちに次第に魅了された。
その侵食を止められるものはいなかった__。
しばらくして、国王や大臣などの有権者。騎士団長をはじめとする騎士たちのすべてが魅了に落ちた。イオナは勇者の国家転覆を伝え、魔族との協力の必要性を示した後、王城を去った。
*
ロックの話は終わった。
ロックが魅了されるまでの経緯。そして、王都で起こったことを……。
王都で何かが起こっていることは、ラットも感じていた。
だが、予想を遥かに超えていた。
王都は魔族の手に落ちていたのだ。
協力関係というレベルではない。
騎士団長からはじまり、一国の最高戦力が全て……
魔族の下についたのだ。
ゴクリ___
その場にいる者たちが唾を飲む。
しんと静まり返る病室。
無理もない。
国家を揺るがすような能力。
自国がすでに魔族の手に落ちていた現状。
最初に声を発したのはリオンだった。
「おい、そんなの本当に信じるのか? 嘘なんだろ!? 早く嘘だって言ってくれよ!!!」
リオンはかなり動揺している。
無理もない。リオンはその真っ只中、王都にいたのだ。それだけではない。リオンの師匠。育ての親とも言える存在が王都に残っているのだ。冷静になれる訳がない。
ロックは目を逸らす。
それを見て、本当なのだと思い知らされた。
「まさか! あのクソ師匠。何か勘づいていたわけじゃないだろうな!? だったらぶん殴ってやる!」
そして、リオンの視線はラットに向けられた。
「ラット! おまえも何か知ってたんじゃないだろうな」
「王城の動きがおかしい……。大きな戦争が起きるかもしれないって、噂になっていたみたいだよ」
「勇者さんの件だけじゃなかったのかよ……。なんで黙ってたんだ?」
「リオンは残ろうとするだろうからって、話されてた……」
リオンが拳を上げ、ラットを殴ろうと振りかぶる。
リオンの怒りも当然だ。大切な人の危険を伝えずにいたのだ。
ラットはそのまま殴られようと目を閉じた。
だが……。
「ダメです! ラットさんだって知らなかったんです!!」
ポニがリオンに抱きつき、それを止め、
「わたしもいた……。ラットだけ殴るのダメ…………」
ミルがラットの前に立ちふさがった。
……リオンの拳から力が抜ける。
「悪かった。頭に血が上っちまった」
「ううん、僕の方こそ、ごめん…………」
ポニはリオンを抑えていた手を緩める。
「ポニもありがとう。危うく友達を殴っちまうところだったぜ……」
ポニは笑った。
*
リオンが感情を荒らげたおかげで、全員の動揺が緩和されていた。
ラットは冷静に思考を巡らせることができた。
魅了とはわかっていた。
しかし、普通の〝魅了〟ではない。
明らかに効果が強力すぎる。
通常の〝魅了〟は、できても数人程度だ。
しかも、ちょっとしたダメージで解けてしまうこともある。
それが大怪我レベルのダメージでないと解けない上、人数にいたっては底があるのかさえわからない。
精神力が低いものは数刻で魅了され、抵抗力のある者も時間次第で魅了されてしまう。
これを〝魅了〟といえるのか?
ロックとて精神力が弱いわけではないし、加護によって状態異常から守られている。
いきさつを聞けば、この魅了について、なにかがわかると思っていた。
しかし、特殊な魔具や大精霊の力が加わったわけではなかったし、儀式の類でもなかった。
そういったことが関係ないとするなら、〝使用者本人の力〟ということになってしまう。
加護ですら守り切れないほどの強力な力を使用したことになる。
いや……
話から察するに、
ロックの件についてだけは…………
魅了されたのは心を許したから…………か?
そういうタイミングだった気がする。
そうして考えていると、病室の扉が開いた。
森へ出ていたエレと護衛隊が戻ってきたようだ。
扉から入ってきたエレが口を開く。
「ラットくん、ちょっと訊きたいことがあるの___」
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
ロックだ!
ロックの話、続くね。
物語的に重要だろ?
まあ、正体不明の敵のど真ん中にいたわけだからね。
まさか、ヒーロがいた王都が、こんなことになってるなんて思わなかったよ。
俺たち勇者パーティは、王様や大臣たちとはあんまり気が合わなかったからな。
そうだね。
だからこそ、狙われたのかもしれない。
というと?
ほら、ヒーロからすれば、王都は拠点みたいなものだったでしょ?
それに、慕ってくれてた人たちまで敵に回る。
精神的にも、かなり追い詰められると思うんだ。
……たしかに。
敵にも、切れ者がいるってことか。
うん。
力だけじゃなくて、ちゃんと勇者パーティを理解したうえで動いてる感じがするよね。
あ、そういえば、次回のこのコーナーは別の方だよ。
まじか!?
レギュラー入りしたかったんだがな~。
それはできないよ。
しばらく出番なさそうだし、一つ言っておきたいことがあったんだ。
なにかな?
俺のスーツに、なんてことしてくれたんだよ!!
あっ!
変な臭いつけるわ、虫までたかるわで、散々だったんだからな!?
いや~、あれは緊急事態だったから……
しかも、あのあと洗ってもらったけど、全然臭い落ちなかったんだぞ!?
次回は急展開!!
おい、ラット逃げるな!!




