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第48話 君に見せたい景色

 夜、ラットはある扉の前に立っていた。ノックをしようと拳を持ち上げるが、寸前のところで止まってしまう。


 魔導機械アーティファクトの話をするためならば、最近は物怖じすることなく、ノックすることができるようになったというのに。この拳は、なんとも情けないものだ。


(いや、違う。情けないのは僕だ……)


 諦めて自分の部屋に帰ろうとしたときだった。


 スッ__

 ドアが開いた。


「ラット……」


 そう。ここはミルの部屋の前だ。偶然にもミルが扉を開けたようだ。


「ぐ、偶然だね。ちょうど訪ねようとしてたんだよ」


「ラット……。昨日も…………きた?」


 なぜ、それを!?

 確かに、昨日もある目的のために来ていたのは間違いない。いや、昨日だけではない。ここフルーテンにきてから、ずっとだった。


「後ろ姿……見えたから……」


 見られていた!


「昨日も用があってきたんだけど、うっかり忘れちゃって……」


 流石にこの言い訳は苦しいか?


「ミルこそ、扉開けてたんだね」


「最近、ラット……こなかったから…………」


 確かにここのところ、魔導機械の話をしにきていなかった。ミルも不審に思ったのだろう。


「用事……なに?」


 昨日に引き続き今日。もう忘れたなどと言い訳はできない。それをしたら、不審者へ一直線だ。


 覚悟を決めるしかない__。


「こ、これからさ。散歩なんてどうかな? フルーテンの夜って、幻想的ですごく綺麗なんだ。なにか感情が揺さぶられるかもしれないし…………どう?」


 ラットが躊躇っていた理由。つまり、これはデートのお誘いだ。ミルはそうは思わないかもしれないが、ラットはそうではない。どうしても意識してしまう。


「準備……」


 そう言って、部屋へと戻った。そういってくれるだろうとは思っていた。けれど、緊張した。

 声は震えていなかっただろうか?

 不審には思われなかっただろうか?

 それだけが気になった。


 しばらくして、準備を終えたミルが部屋から出てくる。彼女を連れ、ラットはある場所へと歩いていった。



 フルーテンの夜は、昼とは別の顔を見せていた。

 昼間であれば無邪気な妖精族フェアリ森人族エルフの子供が走りまわり、大人たちは長寿故に日々をのんびりと過ごしている。


 だが、夜になると喧騒は途絶え、灯りも消える。とは言え、真っ暗ではない。


 ここ水の国は各国の内で精霊がもっとも集まり、魔力に溢れている国だ。特に水の精霊が多いため、飽和して漏れ出た魔力は青白い光となって宙に浮かぶ。おかげで、森の中にあっても、フルーテンの夜は闇に沈まない。街全体が発光しているように見えるのだ。


 淡い光の中を、ラットたちはゆっくりと歩いていく。


「どう? 夜は部屋にいたから気がつかなかったでしょ」


「うん……、綺麗だと思う…………」


「フルーテンの夜は知る人ぞ知る名所なんだ」


 昼間とは異なった見え方をすることから、はじめて訪れるものからすると、この景色はちょっとした名所となる。


「うん…………」


 ミルなりに景色を見ているのだろうか。いつもよりも少しだが、返ってくる声に力がない。


「どこへ向かっているの?」


「初日に世界樹に登ったとき、途中分岐してるところがあったでしょ。本来は物見台なんだけど、そこから見下ろす街の景色はここで一番綺麗なんだよ」


「……わかった」


 感情の起伏はない。ただ、拒む理由もないというだけの反応。それでも、今は十分だった。



 コッコッ__

 世界樹に沿ってつくられた階段を、再び上っていく。


 世界樹は、どこか柔らかく、ゆっくりと呼吸しているように感じた。夜の風は冷たいが、不思議と不快ではない。むしろ、世界樹の大きな生命をより際立たせた。


 上る間、ラットはミルと、口数こそ多くはないものの、言葉を交わしていた。喋りながら、以前ここに来たときのことを、ふと思い出す。一望した街は、息を呑むほどの光景だった__と。


 そして、今度は、誰かに見せるために上っている。


 いくつもの階段を乗り越え、ついに辿り着く。


「ミル、こっちだよ」


 ラットよりも僅かに遅れる形で、ミルも物見台の端へとやってきた。漆黒の瞳が、街へと静かに向けられる。


 彼女と共に、眼下の景色を見下ろす。

 そして、やはり、息を呑んだ。


 精霊たちから、大地から、世界樹から。

 溢れ、とけ合う青白い光。

 流れるように、たゆたうように。

 光の雫が、街全体を優しく包み込んでいた__。


「どうかな……?」


 ミルは答えない。

 ただただ、光の海を見つめていた__。


 何かを感じているのか。

 それともただ視界に映しているだけなのか。

 わからない。

 わからないけれど。


「前にここに来たとき、驚いたんだ」


 ぽつり……

 と、言葉を続ける。


「僕たちがいるこの世界の壮大さに……」


 誰に言うでもない。

 ただの独り言のようなものだった。


 伝わるかどうかもわからない。

 それでも、ここに連れてきた理由は、それだけだった。


 言葉でなくていい。

 理屈でなくてもいい。

 ただ、この光景を見せたかった。


 ミルに。


 沈黙が続く。

 風が、静かに通り抜けていく。

 光の水面が、その流れに合わせて微かに揺れた。

 そのときだった。


 ふと、彼女の横顔に視線がいく。

 いつもと変わらないはずだった。


 けれど__。

 ほんのわずかに___。


 光の加減かもしれない。

 風に揺れた影のせいかもしれない。

 それでも、確かに。

 その口元が、柔らかく緩んだように見えた。


 笑ったのかもしれない。

 確証はない。

 ただ、その一瞬。

 眼下の、壮大な世界よりも。



 目を奪われたんだ___



※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。



ラットです。


ミル……


フルーテンの夜景、綺麗だったね。


……ん。


木の中に灯りが浮かんでる感じも、風の国では見ない景色だったし。


……ん。


魔力が街全体に溢れてる感じも、珍しかったよね。


……ん。


ミルも、気になったところとかあった?


……星、近かった。


ああ、わかる。

上を見ても星で、周りを見ても灯りで……


淡い夢の中みたいだったよね。


……ん。


ジーーー……


どうしたの?


……また、つれてきて。


もちろん!!


……ん。


次回は、急展開です!!


よろしく……


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