第16話 勇者、逃走中につき
謁見の間を飛び出した二人は城内を駆け抜ける。
「待て!」
「止まれ!」
だが、追手は鍛え抜かれた騎士たち。
簡単には撒けず、鉄靴の騒々しい足音がみるみる迫ってくる。このままでは、追い付かれるのも時間の問題だ。視界に長い階段が飛び込む。
(……しめた!)
鞄から瓶と粘土を取り出すラット。
掴んだ瓶の蓋を外し、階段へと振りまく。陽光に煌めく液体を見ながら、空いた両手で粘土を伸ばす。
「粘土遊びとは気でも触れたか!?」
勝利を確信した騎士の一人が嘲笑う。
「ただの粘土じゃ……ないですよ! これは〝魔力粘度〟です!!」
__魔力粘土
魔力を流すことで形状を固定化することができる。
建物を補修する際には重宝する優れモノだ。
ぐにゅ~~~~~ん
「作れるんです……。こんな風にっ!」
細長い板を即興で完成させ、飛び乗る。
「なっ……!?」
騎士の驚愕は、すぐに置き去りになった。まいた滑水により、板は階段を高速で滑り落ちる。
「それっ!!」
<__ボードスライド!>
<__キックフリップ!!>
手すりや段差を利用しながら次々に技を決めていくラット。
ラットに合わせ階段を飛び降りたヒーロが笑いながら、話しかけてくる。
「久しぶりだね! ラットのスケボートリック!」
「ちゃんと覚えてるよ。ヒーロに教わった技!!」
ヒーロは着地の寸前、階下へと右手をかざした。
<受け止めろ__エアクッション!>
ほわぁん____
発光した手のひらから放たれる風の塊。ヒーロお得意の風魔法。
雲のように広がったそれが、ヒーロの落下の衝撃を吸収する。直後、ラットも到着した。
揃って着地し、走り出す。
(うわっ!?)
(っなんだ、足が……!?)
(くそっ滑る!)
(来るな、罠だ!)
(ぐわぁぁぁぁぁ…………)
背後では、騎士たちが滑る階段に足を取られている。滑水は、高速移動のためだけではない。追手を足止めする狙いもあった。
無事、城内から抜け出すことに成功する。
「っ……!?」
が、城門へ繋がる門は、既に封鎖されていた。
「おい、いたぞ!」
階段下にいた兵たちが集まってくる。
「もう逃げられんぞ! 観念しろ!」
剣先の群れに、じわりじわり、追い詰められる。
ヒーロと目が合う。
「お次はどうする?」
何が飛び出るのか、期待する眼差し。
「お見せしましょう! 新アイテム!!」
背をくるりと向け、塀に向かって突進する。
「馬鹿め、行き止まりだ!」
塀がぶつかる。
直前、駆け上がった。
履き替えた靴!
この魔導機械で____。
<飛び上がれ__フライ!>
ヒーロも後に続き飛翔する。
「それが話していた魔導機械かい?」
飛び上がりながら、靴を輝いた目で見てくる。
「スティックブーツ! これさえあればっ、塀でも崖でもっ、上れない場所はないっ!」
__スティックブーツ
壁や崖などにくっついて容易に登ることができる靴型の魔導機械。
探検家にとって、重宝すること間違いなしの一品だ。
息を弾ませつつ、そびえ立つ塀を平地のように走り抜ける。騎士たちの遠吠えは、風にかき消されてもはや聞こえない。
上る。
上る。
上る!
辿り着く天辺。
青空の麓で、すかさず、抜き放った。
バシュ__
銃口から放出されるワイヤー。乱立する塔の一つに貼り付いた頑丈なそれを支えに、ダイブする。
猛風が髪を逆立たせ、浮遊感が全身を襲う。自殺行為も、ワイヤーがあれば移動手段に早変わりだ。重力を退け、塔までラットを導いてくれる。
踏んだ塔をスティックブーツで蹴り、先端まで一気に躍り出る。
すると、ヒーロが追い付いた。
「いいね~、面白そうだ。ワイヤーアクション!!」
「その名も〝ワイヤーガン〟だよ!」
「今は冒険用に、こんな便利なものがあるんだね」
「ふふ、洗濯用だよ!」
ヒーロの目が丸くなる。
「ってことは、洗濯紐ってこと? ははっ、本当かい!?」
次いで、面白そうに笑い出した。
「色んな場面で使えそうだなって、即決したんだ。僕の目に狂いはなかったね!」
「アイテムの使い道にかけては、右に出る者はいないね」
__ワイヤーガン
二度の射出で二点間に洗濯紐を取り付ける洗濯物干し用の魔導機械。
ワイヤーを射出し、任意の位置にペタッと即座に取り付けることができる。
割と遠い位置まで届くため、崖の間だろうと洗濯物が干せるようになる。
魔力的にくっついているため、剝がれることはなく、人一人くらいぶら下がってもびくともしない。
ワイヤーは特殊な物質で作られているため、例え放置したとしても数日で消滅する。
ワイヤー切り離し、新たなワイヤーを別の塔へと貼り付かせては、またダイブする。
すでに追手の声は遥か彼方に置き去りとなっていた。
塔から塔へと飛び移る間に喋り合う。
「ヒーロが転移してきたばかりの頃は、こうしてよく逃げてたよね」
「まだ戦いも慣れてないし、加護をもらう前だったからね」
転移してきたばかりの頃、商人であるラットの両親が商品として扱っていた剣を使い、ヒーロは戦った。
ヒーロは、故郷ではそれなりに強く、ケンドウでの試合ではいつも上位に食い込んでいた。だからこそ、動きの遅いオーク程度なら多少大きく、人数がいても問題はなかった。
だが、トロールやサイクロプスのようにさらに大きな魔族。
ブラックウルフのように群れを成して襲ってくる魔物。
そんな元の世界で戦うことなかった相手の場合は、護衛でもなければ躊躇なく逃げた。
「ヒーロはその辺り割り切ってたよね。冒険者だと突っ込んで命を落とす人も少なくないのに……」
「そりゃあ、命は大事……」
突然、ヒーロが凍り付いた。
視線の先__
眩い光____
「これは……」
ラットは光に包まれる。
「……ラット!!」
視線の先を見ると、眩い光。
(攻撃!?)
飛んだばかり……足場がない。
次の足場は……まだ先。
躱せない。
狙われた。
絶対に躱せない瞬間を!
これは……!!
<守れ__エアウォール>
割り込んだ風の防壁が閃光を弾き飛ばす。
無傷で到着した塔の裏に隠れ、言った。
「助かったよ、ヒーロ」
「この距離と絶妙なタイミングの狙撃、そして、ラットを捕捉する観察眼……ロックだろうね!」
「間違いないと思う」
射手は〝ロック・スネイク〟……。
仲間のはずの男だ。
「手まで貸すとは……」
ヒーロの気持ちもわかる。口裏を合わせるだけでなく、その力まで貸すなんて。
(一体、何があったの、ロック)
ドドドドド______
寄越されたのは、返事ではなく、煌めき。
<即座に撃て__リ・エアショット>
閃光の軍勢を、ヒーロは無数の風の弾丸で迎え撃つ__相殺する。
(今は考えてる場合じゃない)
矢面に立つヒーロに話しかける。
「ヒーロ、開けたここじゃロックが有利だよ。いったん下に降りて逃げ道を探そう」
転移門を使えず距離を詰められない以上は、足場の悪い塔の上では的になるだけだ。
謁見の間に騎士が集められていたおかげで、この辺りには騎士たちは少ない。
撒いた騎士たちが追い付いてくる前に、下に降りて逃げ道を探した方が安全だ。
頷くヒーロ。
<即座に撃ち抜く風となれ__リ・ソル・エアレイ>
ウィイィィィィィィィ____________________ドドドオォォォォ…………
ロックへと放たれた無数の風のレーザーは目くらまし。
視界が塞がれている間に、二人揃って塔の下へと駆け降りた。
*
謁見の間、大勢の騎士たちが立ち並び。さらには、塔の周囲にも大勢の騎士たちが囲うように配置されていた。ここまでの念の入れようだ。当然のように城門は閉じていると考えていた。だが、
遠目に見える城門は、意外にも封鎖されていなかった。
「開いてるね」
「罠かもしれない。慎重に行こう」
ヒーロを先頭に、城門へ用心しながら接近していく。
(いるね……)
ヒーロが真っ先に存在を捕捉する。やはり騎士たちが待ち構えていたのかと警戒を強める。
さらに近づくと、風に混ざり、喋り声が届く。
……が、実際に確認した彼らは、想像と違って剣を抜いてはいなかった。
剣を、運んでいる。荷車で。
「あれ……武器?」
「そうか、納品だ。チャンスだ、ラット」
納品のため、偶然にも門を開けていたようだ。
ヒーロは、聖剣を構え、駆ける____。
「おい聞いたか、勇者が逃げたそうだぞ!」
「やはり国家転覆は本当だったんだな。反逆者め!」
「急いで城門を閉めるぞ。こっちに来るかもしれない」
「……!?」
騎士たちが、飛び出すヒーロに気付いた。
「な、勇者!?」
「食い止める! 早く城門を!」
先頭を買って出た一人が剣を瞬時に抜く。
騎士の攻撃は、しかし当たらない。
<流し__>
騎士の剣は誘導され、誰もいない場所へと振り下ろされる。
流れるように剣を誘導された彼は胴体へと刀身を打ち込まれ、地に沈む。
「この……っ!?」
キイィィィィ__________ン
二人目の剣が天高く弾かれた。
<破__>
武器を失い無防備となった彼も、刀身を叩き込まれる。
「うおおおおっ!!」
三人目がどうにか斬りかかろうとするが遅い。
<閃__>
騎士の攻撃の起こりを見抜いたヒーロは踏み込んだ。
剣を振り上げるその瞬間、その身に一閃を喰らわせている。彼は、攻撃さえできずに散った。
それからも、その場にいた十数人の騎士たちを、ものの数分で無力化していった。
ヒーロの剣はケンドウをベースに、彼がこの世界で生き抜くために編み出した剣術だ。本来、ベースにしたとはいえ、新たな剣術を編み出すなど簡単にできることではない。しかし、彼はやり遂げた。圧倒的なセンスの塊……天才。それがヒーロだ。
「連絡が回る前で助かったね」
聖剣を鞘に収めながらヒーロが事もなげに呟く。
「いつ見ても、強いね」
あれだけいた騎士たちを風のように仕留めた。殺さないよう、力を絶妙に加減して。見事というほかない。
「大したことないさ。行こう!!」
それを鼻にかけることもせず、ヒーロは進む。
城門を潜り、王城から抜け出すことに成功した____。
*
崩れた塔の傍__。
「ふ〜、やだやだ。狙うにはいいんだけど、こういう狭い塔は逃げ道が限られるんだよね。せっかくのスーツが汚れちゃうよ」
ロックがスーツについた砂埃を叩きながら、軽口を叩く。
「大丈夫ですか?」
フードを深く被った影__。
「まさか勇者パーティのあなたが、こんな簡単に逃してしまうとは思いませんでしたよ」
噂に見合わないお粗末な仕事ぶりを責め立てる。
「あ〜、いいのいいの。どうせパフォーマンスだから。無駄とわかってることに力を使うなんてスマートじゃないでしょ」
ロックは手のひらであしらう。
「昨日までは〝お前らのような弱小騎士団でも俺様がいれば、勇者一人くらい捕まえられるさ〟__なんて大口を叩いてたのにコレですか……」
「状況が変わったんだよ~。対局を見ないとね!」
はあぁぁぁぁ____。
溜め息を漏らす。
「で、これからどうするんです?」
「二人が一緒のうちは勇者を捕らえるなんて、王都にはできないだろうな。指名手配の人海戦術がどこまで通用するか……」
腕を組み、考える。
「とりあえず、できることは行き先を知ることくらいかな。こっちは北門で張ってるからさ。そっちは南門へ向かってくれよ」
「あなたの適当さにはほんと呆れてしまいますね……。南門には向かいます。ただ、勇者は……捕らえさせてもらいますよ!!」
二つの影は暗闇へと消えていった____
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
ヒーロだ!
さすがに、騎士たちは速いね。
追いつかれるんじゃないかって、ハラハラしたよ。
国の上位にいる人たちだからね。
それでも逃げ切ったんだから、すごいと思うよ。
ヒーロだってそうでしょ。
捕まらないかって緊張はしてたんだけど、
城の中を全力で走るのって、意外と楽しかったよね。
僕もそれは思った。
階段を滑り降りたり、塔の間をワイヤーで渡ったり。
普段なら絶対怒られることばっかりだけど、
罪を着せられて追われてる最中だと、妙に気兼ねなくできるんだよね。
みんなは絶対に真似しないでね。
約束だっ!




