第108話 消えゆく槌音
砂漠の町での大規模な戦闘。
ラットたちの参戦が決まったその夜。
ラットはマナベルを通してヒーロと連絡を取っていた。
マナベル越しに話を聞きながら、ラットは小さく頷く。
「そんな事が……」
ヒーロの方も、どうやら思わぬ事態に巻き込まれているらしい。
詳しい事情を聞いた結果、やはり獣人たちの協力が必要だという結論に至った。
「あまり無理はしないでね」
ラットは静かに促した。
たとえ危険だと分かっていても、困っている人がいれば助ける。
それがヒーロという人間だ。
どれほど伝えたとしても、行くときは行く。
共に旅をした仲間だからこそ分かっていた____。
それでも伝えたかった。
敵のことが少しずつ見えてきたからだ。
目的__。
能力__。
戦略__。
単純な力比べではない。
向こうも、こちらを決して甘く見ていない。
周到に準備を進めている。
「早く手掛かりが見つかるといいね」
「ああ」
短い返事だった。
それ以上は語らない。
互いにやるべきことがある。
ただただ、無事を願う。
今はそれだけで十分だった。
「そっちの方はどうなんだい?」
話題を変えるようにヒーロが尋ねる。
「こっちはフェルゼンで、たまたま遠征中のシールと会ったよ」
「おっ、それは運が良かったね!」
確かに時間だけを見ればそうだろう。
本来なら地の国の最奥。
アートベーベンまで行こうとしていたのだから。
そこまでいく手間が省けたのだ。
ヒーロのいうように、それだけであれば運がよかったと喜べただろう。
「どうかな……」
だが、単純に幸運と呼べる話でもなかった。
シールは怪我が完治していない状態で、罠かもしれない戦場へ向かおうとしていたのだ。
「そっちも色々あったんだね」
ヒーロへ事情を説明する。
シールのこと。
腕試しのこと。
砂漠の町で待つ決戦のこと。
罠の可能性のことを。
だからこそ、ラットは同行を決めた____。
「怪我の経過は順調だったよ」
完全ではない。
それでも戦士として戦える程度には回復していた。
「それは良かった」
その言葉にヒーロも安堵したようだった。
ラットも自然と笑みを浮かべる。
自分でも不思議だった。
シールの無事はもちろん嬉しい。
だけど、今、一番心に残っているのは別のことだった。
「なんだか嬉しそうだね」
勇者が言う。
ラットは少し照れ臭そうに頭を掻いた。
「そうだね」
少し考えてから答える。
「シールが相変わらずだったのは嬉しいんだけど……」
脳裏に浮かぶのは、シールと二人の戦いだ。
必死に食らいつき、一撃を届かせたリオン。
全力で突破口を切り開いたミル。
「ミルとリオンがシールに認められたんだよ」
一瞬、通信の向こうが静かになった。
「あの二人が!?」
そして、次の瞬間には勇者の声が弾んだ。
「やるじゃないか!」
思わずラットも笑った。
「僕も驚いたよ」
「いやぁ、あの二人がなぁ……」
勇者は感慨深そうに呟く。
ラットも同じ気持ちだった。
ついこの前まで未熟だった二人。
それが今では、自分の力で道を切り開いている。
仲間の成長は嬉しいものだ。
(ヒーロもこんな感じだったのかな……)
自分を信じ続けてくれたヒーロ。
かつての自分と、今の二人が重なる。
不思議と胸の奥が温かくなった。
しばらくの間。
二人の会話は尽きることなく続いた____。
*
明日の出立。
決戦へ向けた準備が進む中。
リオンは鍛冶場の隅で、黙々と作業を続ける老土人族の姿を眺めていた。
赤熱した金属。
飛び散る火花。
振り下ろされる槌。
甲高い音が工房へ響く。
一定のリズムで刻まれるその音は、まるで演奏のようだった。
「すげぇな……」
思わず声が漏れる。
シールの盾を前にした老土人の手は迷いがない。
どこを削り。
どこを残し。
どこを補強するべきか。
まるで最初から完成形が見えているかのようだった。
「これが本場の技術か……」
リオンは感嘆した。
「これって一度完全に斬られているんだよな?」
「そうじゃ」
「ここまで完璧に直せるもんなのかよ?」
ハッハッハッ____
老土人は豪快に笑った。
「見事なもんじゃろ?」
「ああ、すげーよ」
目を輝かせるリオン。
そんな姿が気に入ったのか、老土人の表情もどこか柔らかかった。
「アートベーベンへ行けば、あんたみたいな職人がゴロゴロいるんだろ?」
その問いに。
老土人はすぐには答えなかった____。
槌を振るう。
火花が散る。
音だけが工房に響いた。
やがて____。
「……いや……」
短い言葉が返る。
「おらんよ……」
それはリオンの言葉を否定するものだった。
「……え?」
リオンの表情は固まった。
「なんでだ? アートベーベンは鍛冶の本場だろ?」
「昔はな……」
老土人は静かに答えた。
「今は銃や大砲が主流じゃ」
ガンッ__
槌が振り下ろされる。
「地の国の騎士団が得意としていた大槌も戦槍も、もうほとんど使われんのじゃ」
ガンッ__
「造る者もおらんくなった……」
その言葉は重かった。
技術が失われたわけではない。
造れないわけでもない。
だが、必要とされなくなった。
だから継ぐ者もいない。
「弟子を取ってまで技術を残そうとする奴は、もう王都にはおらん」
「そんな……」
リオンは言葉を失った。
土人族といえば鍛冶。
鍛冶といえば剣や槍などの白兵武器。
そんなイメージを抱いていたからだ。
大地の城塞アートベーベン。
鍛冶の本場。
職人たちの憧れの地。
自分はそこで技術を学びたかった。
剣を。
槍を。
盾を。
様々な武器を学び。
誰かの人生を変えるような武器を造りたかった。
先人たちが残した知恵を受け継ぎ。
その先へ繋げたかった____。
だが。
今のアートベーベンは違う。
そこにあるのは新しい時代の技術だ。
もちろん銃も武器だ。
学ぶ価値もあるだろう。
それでも。
自分が憧れた景色とは違う気がした。
リオンは揺らめく炉の火を見つめる。
胸の奥に、言葉にできない寂しさが残った。
そういう意味で、アートベーベンはもうリオンの憧れる場所ではなくなったのだ。
老土人は苦笑した。
「皮肉な話じゃろう?」
鍛冶の国でありながら。
剣を打つ者は消えつつある。
「そのうち、お前たち人間族に技術を追い抜かれるかもしれんな」
冗談めかして言った。
だが、その目は笑っていなかった。
土人族にとって鍛冶は誇りだ。
代々受け継がれ。
磨かれ。
積み上げられてきた技術。
それが今、失われつつある。
目の前の老人からは、どこか諦めにも似た空気が漂っていた。
「アートベーベンは今や軍事国家じゃ」
その口調は複雑だった。
「巨大な要塞群、銃、大砲、それらで武装した兵士たち……」
もはや近接戦闘そのものを想定していない。
強力な軍事力を手に入れていた。
前衛よりも長い射程。
魔法よりも速い弾丸。
かつては威力不足を指摘する者もいた。
だが、大砲の登場によってその声も消えた。
「勇者パーティでも正面から落とせんと言われるほどじゃ」
強力な軍事力を手に入れたことで。
王はその成果を称えた。
戦闘による死傷者は減り、多くの兵士たちはその恩恵を実感した。
だが、職人たちは違った。
軍がその力を歓迎する一方で、職人たちはやり甲斐を失った。
槌を握る手が止まる。
今まで磨いてきた技術は何だったのか。
それぞれが積み上げてきたものが、時代の変化と共に価値を失っていく。
誇りを失い。
金、金、金……、利益ばかりを追い求める。
酒、酒、酒……、酔って現実から目を背ける。
そんな時代になった。
銃を造り続ける毎日じゃ。
剣や槍の出る幕などないのだ。
リオンは思わず息を呑む。
そんな国になっていたのかと____。
「そんな中で白兵武器を使うのは、団長含め少数じゃな」
老土人は苦笑した。
「もうシールみたいな戦い方は珍しいんじゃよ」
どこか寂しそうな声だった。
「軽い整備なら王都でもできる」
刃を研ぐ。
歪みを直す。
その程度なら片手間で対応する者はまだいる。
「だが、本格的な調整や造るとなると話は別じゃ」
今の王都では、とにかく銃器の生産が優先されている。
各地への配備。
軍備の拡張。
職人たちはその対応に追われていた。
「今はほとんど置物となった白兵武器の仕事など金にならん」
老土人は深くため息を零す。
「わざわざ受けたがる者もおらんのじゃ……」
だから王都の外へ依頼が回される。
趣味半分。
意地半分。
そんな理由で技術を磨き続けている職人たちへと。
「特にシールの武器は特別製じゃじゃからな」
老土人の手が盾を撫でる。
勇者パーティの武器は魔王を討伐するために、魔導に優れた森人族の技術も注ぎ込まれている。
「求められる技術は高い」
元々は鍛冶の本場だ。
王都にも扱える者はいるだろう。
だが、先の事情があり、技術はあっても誰も受けようとしなかった。
「そこでワシに白羽の矢が立ったんじゃよ」
老土人は笑う。
「本当は隠居するつもりじゃったんじゃがな……」
そう呟いた老土人の表情は複雑だった。
喜んでいるようには見えない。
むしろ、自分のような老いぼれに声が掛かる現状を憂いているようだった。
リオンは改めて目の前の老土人を見る。
王都の外に住む一人の老人。
だが、それだけではない。
王都ですら扱う者が少なくなった武具を任される。
それほどの技術を持っているということだ。
目の前の老人は、間違いなく一流の職人だった____。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
リオンだ!
リオンは、だいぶ職人さんと意気投合しているね。
そりゃそうだろ。
あの人、めちゃめちゃ腕がいいんだよ。
すぐにわかるものなんだね。
ああ。
どれだけその道に打ち込んできたかって、一つ一つの作業に出るんだ。
迷いがないんだよな。
なるほど。
いい人と巡り合えてよかったね。
まあな。
だけど、アートベーベンについては予想外だったよ。
たしかに。
軍事力の強化が進んでいるとは聞いていたけどね。
まさか、その傍らで鍛冶が衰退していってるなんてな。
そうだね。
自国の鍛冶技術が衰退しているなんて、公言するはずはないから当然ではあるんだけど。
そりゃそうか。
それで、これからどうするつもりなの?
正直、悩んでる。
戻って師匠のもとで学ぶか。
ラットたちについていくか。
……
リオンがいてくれると、確かに心強いよ。
だけど、リオンの夢は違うでしょ?
……鍛冶師になることだ。
うん。
だから、リオンがどんな選択をしても応援するよ。
そうだな。
もう少し考えてみるぜ。
後悔だけはしたくないからな。
うん。
次回は、いよいよ街を出ます!
よろしくな!




