表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
108/108

第108話 消えゆく槌音

 砂漠の町での大規模な戦闘。


 ラットたちの参戦が決まったその夜。


 ラットはマナベルを通してヒーロと連絡を取っていた。



 マナベル越しに話を聞きながら、ラットは小さく頷く。


「そんな事が……」


 ヒーロの方も、どうやら思わぬ事態に巻き込まれているらしい。


 詳しい事情を聞いた結果、やはり獣人たちの協力が必要だという結論に至った。


「あまり無理はしないでね」


 ラットは静かに促した。


 たとえ危険だと分かっていても、困っている人がいれば助ける。

 それがヒーロという人間だ。


 どれほど伝えたとしても、行くときは行く。


 共に旅をした仲間だからこそ分かっていた____。



 それでも伝えたかった。

 敵のことが少しずつ見えてきたからだ。


 目的__。


 能力__。


 戦略__。


 単純な力比べではない。


 向こうも、こちらを決して甘く見ていない。

 周到に準備を進めている。


「早く手掛かりが見つかるといいね」


「ああ」


 短い返事だった。


 それ以上は語らない。


 互いにやるべきことがある。


 ただただ、無事を願う。


 今はそれだけで十分だった。



「そっちの方はどうなんだい?」


 話題を変えるようにヒーロが尋ねる。


「こっちはフェルゼンで、たまたま遠征中のシールと会ったよ」


「おっ、それは運が良かったね!」


 確かに時間だけを見ればそうだろう。


 本来なら地の国の最奥。


 アートベーベンまで行こうとしていたのだから。


 そこまでいく手間が省けたのだ。


 ヒーロのいうように、それだけであれば運がよかったと喜べただろう。


「どうかな……」


 だが、単純に幸運と呼べる話でもなかった。


 シールは怪我が完治していない状態で、罠かもしれない戦場へ向かおうとしていたのだ。


「そっちも色々あったんだね」


 ヒーロへ事情を説明する。


 シールのこと。


 腕試しのこと。


 砂漠の町で待つ決戦のこと。


 罠の可能性のことを。


 だからこそ、ラットは同行を決めた____。



「怪我の経過は順調だったよ」


 完全ではない。

 それでも戦士として戦える程度には回復していた。


「それは良かった」


 その言葉にヒーロも安堵したようだった。


 ラットも自然と笑みを浮かべる。



 自分でも不思議だった。


 シールの無事はもちろん嬉しい。


 だけど、今、一番心に残っているのは別のことだった。



「なんだか嬉しそうだね」


 勇者が言う。

 ラットは少し照れ臭そうに頭を掻いた。


「そうだね」


 少し考えてから答える。


「シールが相変わらずだったのは嬉しいんだけど……」


 脳裏に浮かぶのは、シールと二人の戦いだ。


 必死に食らいつき、一撃を届かせたリオン。

 全力で突破口を切り開いたミル。


「ミルとリオンがシールに認められたんだよ」


 一瞬、通信の向こうが静かになった。


「あの二人が!?」


 そして、次の瞬間には勇者の声が弾んだ。


「やるじゃないか!」


 思わずラットも笑った。


「僕も驚いたよ」


「いやぁ、あの二人がなぁ……」


 勇者は感慨深そうに呟く。


 ラットも同じ気持ちだった。


 ついこの前まで未熟だった二人。


 それが今では、自分の力で道を切り開いている。

 仲間の成長は嬉しいものだ。


(ヒーロもこんな感じだったのかな……)


 自分を信じ続けてくれたヒーロ。


 かつての自分と、今の二人が重なる。

 不思議と胸の奥が温かくなった。


 しばらくの間。

 二人の会話は尽きることなく続いた____。



 明日の出立。


 決戦へ向けた準備が進む中。


 リオンは鍛冶場の隅で、黙々と作業を続ける老土人族ドワーフの姿を眺めていた。



 赤熱した金属。


 飛び散る火花。


 振り下ろされる槌。


 甲高い音が工房へ響く。


 一定のリズムで刻まれるその音は、まるで演奏のようだった。


「すげぇな……」


 思わず声が漏れる。


 シールの盾を前にした老土人の手は迷いがない。


 どこを削り。


 どこを残し。


 どこを補強するべきか。


 まるで最初から完成形が見えているかのようだった。


「これが本場の技術か……」


 リオンは感嘆した。


「これって一度完全に斬られているんだよな?」


「そうじゃ」


「ここまで完璧に直せるもんなのかよ?」


 ハッハッハッ____


 老土人は豪快に笑った。


「見事なもんじゃろ?」


「ああ、すげーよ」


 目を輝かせるリオン。

 そんな姿が気に入ったのか、老土人の表情もどこか柔らかかった。


「アートベーベンへ行けば、あんたみたいな職人がゴロゴロいるんだろ?」


 その問いに。


 老土人はすぐには答えなかった____。



 槌を振るう。


 火花が散る。


 音だけが工房に響いた。



 やがて____。



「……いや……」


 短い言葉が返る。


「おらんよ……」


 それはリオンの言葉を否定するものだった。


「……え?」


 リオンの表情は固まった。


「なんでだ? アートベーベンは鍛冶の本場だろ?」


「昔はな……」


 老土人は静かに答えた。


「今は銃や大砲が主流じゃ」


 ガンッ__


 槌が振り下ろされる。


「地の国の騎士団が得意としていた大槌も戦槍も、もうほとんど使われんのじゃ」


 ガンッ__


「造る者もおらんくなった……」


 その言葉は重かった。


 技術が失われたわけではない。


 造れないわけでもない。


 だが、必要とされなくなった。


 だから継ぐ者もいない。


「弟子を取ってまで技術を残そうとする奴は、もう王都にはおらん」


「そんな……」


 リオンは言葉を失った。


 土人族ドワーフといえば鍛冶。


 鍛冶といえば剣や槍などの白兵武器。


 そんなイメージを抱いていたからだ。



 大地の城塞アートベーベン。


 鍛冶の本場。


 職人たちの憧れの地。


 自分はそこで技術を学びたかった。



 剣を。


 槍を。


 盾を。


 様々な武器を学び。


 誰かの人生を変えるような武器を造りたかった。


 先人たちが残した知恵を受け継ぎ。


 その先へ繋げたかった____。



 だが。


 今のアートベーベンは違う。


 そこにあるのは新しい時代の技術だ。



 もちろん銃も武器だ。


 学ぶ価値もあるだろう。



 それでも。


 自分が憧れた景色とは違う気がした。


 リオンは揺らめく炉の火を見つめる。


 胸の奥に、言葉にできない寂しさが残った。


 そういう意味で、アートベーベンはもうリオンの憧れる場所ではなくなったのだ。



 老土人は苦笑した。


「皮肉な話じゃろう?」


 鍛冶の国でありながら。

 剣を打つ者は消えつつある。


「そのうち、お前たち人間族に技術を追い抜かれるかもしれんな」


 冗談めかして言った。

 だが、その目は笑っていなかった。


 土人族にとって鍛冶は誇りだ。


 代々受け継がれ。


 磨かれ。


 積み上げられてきた技術。


 それが今、失われつつある。

 目の前の老人からは、どこか諦めにも似た空気が漂っていた。


「アートベーベンは今や軍事国家じゃ」


 その口調は複雑だった。


「巨大な要塞群、銃、大砲、それらで武装した兵士たち……」


 もはや近接戦闘そのものを想定していない。

 強力な軍事力を手に入れていた。


 前衛よりも長い射程。


 魔法よりも速い弾丸。


 かつては威力不足を指摘する者もいた。


 だが、大砲の登場によってその声も消えた。


「勇者パーティでも正面から落とせんと言われるほどじゃ」



 強力な軍事力を手に入れたことで。


 王はその成果を称えた。

 戦闘による死傷者は減り、多くの兵士たちはその恩恵を実感した。


 だが、職人たちは違った。

 軍がその力を歓迎する一方で、職人たちはやり甲斐を失った。


 槌を握る手が止まる。


 今まで磨いてきた技術は何だったのか。

 それぞれが積み上げてきたものが、時代の変化と共に価値を失っていく。


 誇りを失い。


 金、金、金……、利益ばかりを追い求める。


 酒、酒、酒……、酔って現実から目を背ける。



 そんな時代になった。


 銃を造り続ける毎日じゃ。

 剣や槍の出る幕などないのだ。


 リオンは思わず息を呑む。

 そんな国になっていたのかと____。



「そんな中で白兵武器を使うのは、団長含め少数じゃな」


 老土人は苦笑した。


「もうシールみたいな戦い方は珍しいんじゃよ」


 どこか寂しそうな声だった。


「軽い整備なら王都でもできる」


 刃を研ぐ。

 歪みを直す。


 その程度なら片手間で対応する者はまだいる。


「だが、本格的な調整や造るとなると話は別じゃ」


 今の王都では、とにかく銃器の生産が優先されている。


 各地への配備。

 軍備の拡張。


 職人たちはその対応に追われていた。


「今はほとんど置物となった白兵武器の仕事など金にならん」


 老土人は深くため息を零す。


「わざわざ受けたがる者もおらんのじゃ……」


 だから王都の外へ依頼が回される。


 趣味半分。

 意地半分。


 そんな理由で技術を磨き続けている職人たちへと。


「特にシールの武器は特別製じゃじゃからな」


 老土人の手が盾を撫でる。


 勇者パーティの武器は魔王を討伐するために、魔導に優れた森人族エルフの技術も注ぎ込まれている。


「求められる技術は高い」


 元々は鍛冶の本場だ。

 王都にも扱える者はいるだろう。


 だが、先の事情があり、技術はあっても誰も受けようとしなかった。


「そこでワシに白羽の矢が立ったんじゃよ」


 老土人は笑う。


「本当は隠居するつもりじゃったんじゃがな……」


 そう呟いた老土人の表情は複雑だった。

 喜んでいるようには見えない。


 むしろ、自分のような老いぼれに声が掛かる現状を憂いているようだった。



 リオンは改めて目の前の老土人を見る。


 王都の外に住む一人の老人。

 だが、それだけではない。


 王都ですら扱う者が少なくなった武具を任される。

 それほどの技術を持っているということだ。



 目の前の老人は、間違いなく一流の職人だった____。



※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。



ラットです。


リオンだ!


リオンは、だいぶ職人さんと意気投合しているね。


そりゃそうだろ。

あの人、めちゃめちゃ腕がいいんだよ。


すぐにわかるものなんだね。


ああ。

どれだけその道に打ち込んできたかって、一つ一つの作業に出るんだ。

迷いがないんだよな。


なるほど。

いい人と巡り合えてよかったね。


まあな。


だけど、アートベーベンについては予想外だったよ。


たしかに。


軍事力の強化が進んでいるとは聞いていたけどね。


まさか、その傍らで鍛冶が衰退していってるなんてな。


そうだね。

自国の鍛冶技術が衰退しているなんて、公言するはずはないから当然ではあるんだけど。


そりゃそうか。


それで、これからどうするつもりなの?


正直、悩んでる。

戻って師匠のもとで学ぶか。

ラットたちについていくか。


……

リオンがいてくれると、確かに心強いよ。

だけど、リオンの夢は違うでしょ?


……鍛冶師になることだ。


うん。

だから、リオンがどんな選択をしても応援するよ。


そうだな。

もう少し考えてみるぜ。

後悔だけはしたくないからな。


うん。

次回は、いよいよ街を出ます!


よろしくな!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ