第1話 勇者パーティのアイテム係
人々は知っている。
〝女神の加護を持つ勇者パーティ〟
魔王を倒し、世界に平和をもたらした六人の存在を、知っている。
人々は知らない。
〝加護を持たない同行者〟
勇者たちすら認めた最弱の七人目を、誰も知らない。
*
風の国__。
ここは〝ヴィントミューレ〟と呼ばれる風車の町だ__。
……ォォォォォォン________
町の至るところに風車が立ち並び、それらは町全体に新鮮な空気と魔力を巡らせ、人々の生活を支えている。連なる風車の光景は、それはそれは壮観で、訪れる者の目を惹いてやまない。住民たちにとって自慢の景色だ。
風車の羽根が回る音とともに、穏やかな風と人々の楽しげな声が、どこまでも流れていく穏やかな町である。
……ゥゥゥン________
いや……
そのはずなんだ___。
「どんな冗談だ!?」
轟く怒号。巻き上がる砂埃。破壊された町の残骸。焼けつくような熱気。
そこに一人の冒険者が立っていた。
ぐおおおぉぉぉぉぉぉぉ_______
俺たちは、ゴブリン退治や薬草の採取といった依頼をこなす〝C級冒険者〟だぞ。
ドオオオォォォォォォ_______
なんでこんな。
いくつもの〝A級冒険者〟のパーティが束になって、やっと倒せるような……。
ブオオオォォォォォォ_______
戦争で殺戮の限りを尽くした魔物。
ズズ_______ン
魔族たちが使用した〝魔獣兵器〟なんかと戦わされなくちゃならないんだ__
「おい、もっと動け! 的になるぞ!」
「先輩……だけど!」
ギンッ__
大剣がいとも簡単に弾かれる。
この人はA級冒険者の中でもトップ層に足を掛けた大剣使い。突発的に結成されたA級とC級の混成パーティのリーダーだ。
「みんな固まるな! ブレスがある!! まとまってると一気にやられるぞ」
こんな無謀な戦闘をすることになった俺たちが戦えているのは、この人が精神的支柱になっているからだ。
「くそ!! 避難はまだか!?」
「まだだ! まだ合図は上がってない!!」
町民の避難が完了次第。合図となる魔法が打ち上がる手筈だ。
「早くしてくれ! この面子じゃ、大して時間稼ぎにもならないぞ」
<……ファイアボール>
炎の玉が魔物を撃つ。
<…………エアランス>
風の槍が魔物を刺す。
しかし、その厚い皮膚に致命傷を与えるには至らない。
ただの掠り傷だ。
(ぜんぜん効いてないじゃないか……)
息を吸い込み、炎を離す魔物。
ブオオオォォォォォォ_______
「きゃっ」
「ぐあっ」
一人、また一人と倒れていく仲間たち。
「くそ、じり貧だ。このままじゃ全滅する。こうなったらっ!」
ブオオオォォォォォォ_______
再び、炎を放つ魔物。
リーダーは、突っ込むように前に跳び込み、ギリギリのところでそれを躱した。
すぐに起き上がり、その勢いのまま一気に懐に潜り込む。
「くらえっっっっっ!!!!!」
大剣は魔物の腹部へと突き刺さった。
「やった……。さすが、リーダーだ。これで終わっ……」
ズンッ___
「……あれ? リーダーは?」
先ほどまで魔物の前に立っていたリーダーが忽然と姿を消した。
「うぅ……」
うめき声が聞こえる。
そんなはずはない。
リーダーは熟練の実力者が揃うA級冒険者の中の一人だぞ。
〝絶対に違う〟と言い聞かせながら、うめき声のする方へ顔を向けた。
サ____
血の気が引くような感じがした。
目に映ったのは、
爪に肉を裂かれ、吹き飛ばされ、壁に打ち付けられたリーダーの姿だった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
気づかぬうちに、叫び声を上げていた____。
「リーダーっ!」
「いやーーーーーーーー!!」
辺りからも悲鳴が上がる。
ズン。ズン__。
魔物が目の前にやってくる。
ダメだ。足に力が入らない。
他のやつも……戦意喪失しちまってる。
いやだ。死にたくない___。
しかし、脳裏には過ってしまう……。
死___。
のそり__
魔物が腕を振り上げようとする。
そのときだった。
ボッ___
一帯が白い煙で包まれた。
(なんだ……)
視界が悪い。
数メートル先も見えない中、遅れて響いたのはリーダーの声だった。
「俺はまだ戦える! 諦めるなっ!! 魔物も深手を負っている。あと少しだぞ!!!」
諦めかけていた心に、再び小さな火が灯った。
「来ます! 横へ飛んでください!!」
グオォオオオ____
声に反応した。邪魔者を払うように振り下ろされる魔物の前足。空気を裂いた鉤爪を、横に飛んで躱す。
(躱せた……!?)
躱しきれない……、そう思った。
鎧を抉られることは覚悟していたのに……躱せた?
俺だけじゃない。
足を止めていた他の仲間たちも、魔物の攻撃を間一髪で避けられている。
(リーダーのいう通り、魔物は弱っているのか?)
隙を作った魔物の脇へ斬りかかる。
(いや、それだけじゃない。身体が軽い。調子がいい)
グギャア______
噴き出す血。
(当たった? しかも、効いてるっ!?)
先ほどまで、その分厚い皮膚に阻まれていた攻撃が効いている。
グゲェエエッ_________
よろける魔物。振り回される腕を掻い潜り、その目に矢が突き刺さる。
(命中した!? しかも、攻撃を掻い潜って、あんな針の糸を通すような隙間を……)
詠唱を聞き取り、咄嗟に飛び退いた。
<焼き払え__ファイアボール>
ボォォォン____
視界の端を、烈火が貫く。
グギィイイイ____!
燃える魔物。痛々しく焼かれていく。
先ほどまで殆ど効果がなかったのになぜ……。
身体が軽い。
魔物の一挙一動がよく見える。
攻撃が当たる。
徐々にだが、魔物の動きは明らかに鈍ってきている。
時間を稼ぐ。それが目的だったが……。
生唾を飲む。
(いける……のか?)
だが__。
グウゥゥゥルルルルルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ___
牙を剥き出しにした大口から、赤が覗く。
ブオオオォォォォォォ_______
視界が、火炎に呑まれる。
(ダメだ……これは避けられない………)
ドォォォォォォン__________
ブレスによって吹き飛んだ音が聞こえた。
…………聞こえた?
瞼を開ける。
立ちこめる黒煙の割れ目から、晴れ間が見えた。
無事だ。
熱い。黒煙に加え、この熱気。火炎が放たれたことは間違いない。しかし、肉体には傷一つない。降り注ぐ火花も自身の肉体を焼くことはなかった。
「な、なんで……」
ふと隣を見ると、焼け焦げた地面に、黒焦げになって横たわっている。どこかで見たような、オブジェが……。
「あれは……」
「次が来ます!」
凛とした声。
裏づけるような殺気を前方に感じ、右へ反射的に跳んだ。
転がった背後で、衝撃が轟く。振り返ると、鉤爪が地面を抉っている。冷や汗が背中を伝う。あと少し遅れていたら、真っ二つになっていた。
直前に聞いた、先程から時折聞こえる声のおかげだ。
一体誰の__
「前を見て。集中して!」
また、聞こえる。
『全力で戦ってください。大丈夫、僕が皆さんを支えます』
ドオォォォン
ズズウウウゥゥゥン___
仲間たちがとうとう魔物に膝をつかせた。
「誰かトドメを__!」
仲間の声だ。剣を構えて走り出す。
グウゥゥゥルルルルルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ___
がばりと、目の前で大口が開く。
喉奥でちらつく火種。
(しまっ……!)
今度こそ焼き殺される。そう脳裏に過ぎった瞬間、
ゴブゥゥウウウゥゥゥ___
大口に飛び込んだ何かが、火種を封じた。
木片。いや、それだけではない。いくつもの木片や瓦礫の塊が、魔物の口を塞いでいる。
取るに足らない塊を。塊に付着する粘液に、口腔をがんじがらめにされ、魔物は噛み砕けない。
一体何が起きたのか、思考が止まりかける。
「今です! 心臓を!!」
その声により、我に返る。
駆け出す剣士の背中が、〝ぱしゃり〟と濡れる。
筋力が途端に増強されるのを感じた。
……わかった。
(〝強化水〟だ……これ…………)
__強化水
各種能力値を上げるアイテムの総称。
基本的には強い武器を買った方が安定した戦力になるため、
殆ど購入されることのない、店に並ぶだけのお飾り商品。
(まさかこんなアイテムを用意してるやつがいるなんて……)
少しずつ思考が鮮明になってくる。
仲間たちが虫のように殺されず、今の今まで、戦ってこられた理由は他にもある。
(こりゃ〝コボルトほいほい〟か? よく見れば、関節の所々に粘着液が纏わり着いてるじゃねえか。どうりで動きが鈍い訳だ……)
__コボルトほいほい
家に住み着いた小魔物コボルトを駆除したり、
狩りで動物を捕まえるときにも役立つ粘着玉とも呼ばれる狩猟用のアイテム。
魔力で暴走し強化された魔物に、使用する者はいない。
体力の限界。しかし、残りの力をふり絞り、走り出す。
(まさか狩猟用のアイテムをこんな風に使うなんて……)
霞む視界、心臓だけに狙いを定める。
(なんでこんなアイテムで戦況を変えられる?)
剣を一直線に構え。
(ほんとに誰が……?)
魔物の心臓を。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
渾身の力で、貫いた___。
*
ズズウウウゥゥゥン___
「倒した……のか?」
横たわる魔物を視界に納める。
ハァハァハァ__
手を膝につき、肩で息をする。
「いっ、生き残れた……! 生き……残れたんだ………」
叫ぶ力すら湧いてこない。仲間たちもそうだ。
「なんとか……倒せましたね。リーダ……?」
リーダーがいない。さっきまで仲間を奮い立たせていたはずのリーダーが……。
朧げな視界を頼りに、目を細め、辺りを見回す。
「いた……」
(……ポーションは入り用ですか?…………)
(おわ!? ……ありがとう、助かるよ…………)
リーダーが吹き飛ばされたときの壁の窪みの前。横たわる鎧の大男。
ふらつく足を引きずりながらた、どり着く。
「あれ……?」
(……ブレスの熱気すごかったですよね。お水はいかがでしょう?…………)
(きゃ!? ……ちょうど喉がカラカラだったの。いただくわ…………)
おかしい__。
気を失っており、治療され、寝かされている。
血痕を見るに、あれから動いたような形跡もない。
「たしかに、声……聞いたよな?」
いや、リーダーだけじゃない。
戦闘中、他の倒れた仲間もすでに治療されている……?
(……立てませんか? そんなときは、体力ポーションです! どうぞ!!…………)
(おっ!? ……ありがとう)
「ん!?」
勢いよく振り向いた。
仲間にアイテムを渡そうとしている少年が、そこにいた。
鼠色の髪。小柄な身体。大きな鞄。そして、何より特徴的な丸い眼鏡__。
「お前……、いつからいた?」
一瞬、二人の間に静寂が通り過ぎる。
「……あ、僕ですか!?」
「おまえだよ。町民たちは避難をしているはずだ。ここには冒険者しかいない」
そうだ。こんな危険な場所にいるはずがないんだ。自分を含め、死を覚悟してここにいる。
「僕は商人ですから」
いやー、ハハハァァァァァ____。
苦笑する少年。
商売する為にきたってことか?
こんないつ殺されるともしれない場所に……?
(あれ……? この丸眼鏡……、なんとなく覚えがある。たしか……)
記憶を辿る。
(そうだ。町でぶつかったやつだ)
*
ドン__
通りを歩いていると、何かにぶつかった。
「わっ」
振り向くと少年が尻もちをついていた。
「すまない、大丈夫か?」
手を差し伸べる。
「いえ、こちらこそ、すみません。不注意でした」
傍らに落ちたよくわからない〝オブジェ〟を拾い上げる。
(なんだこれ?)
「これお前のか?」
「はい、ありがとうございます」
何度もお辞儀をしながら、去っていった少年がいた。
日常のそれだけの出来事だった。
*
だが、急に現れたから驚いたのを覚えてる。
顔は覚えてない……。
だが、この特徴的な丸眼鏡はあいつだ。
いや、それよりも___
「あのオブジェ……、おまえか?」
「……?」
指を差し、確認する。
「あれだよあれ! お前のだろ?」
「あっ、ああ……、そうですね……。あれは……僕のです…………」
少年の目が泳ぐ。なぜ言い淀む?
「まさか……お前が助けたのか?」
「……」
「お前が! あのアイテムを使って! 助けたのかって聞いてんだ!!」
一瞬の沈黙………………。
…………。
……。
丸眼鏡が光る。
「いや〜、バレちゃいましたか!」
頭をかきながら、気まずいのを隠そうとするかのように明るく振る舞う少年。
「おまえ……、何者だよ…………?」
「…………です……」
小さな声。未だに少年は抵抗をみせてくる。
「はっ? 聞こえなかった。もう一度いってくれ」
「僕は……勇者パーティの七人目…………」
くいっ
眼鏡を上げる__
「勇者パーティの〝アイテム係〟です!!!」
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語の主人公、〝ラット・クリアノート〟と……
A級冒険者パーティのリーダーだ!
とうとう〝改訂版〟が始まりましたね。
ああ、始まったな。
今回の改訂版は、作者が執筆を始めたばかりの頃に書いた一章と二章を、改めて見直したいと思ったのがきっかけなんです。
へえ、そうなのか。
というわけで、1話の滑り出しはいかがでしたか?
旧版は後輩が多大な迷惑をかけて終わりだったからな……。
2話では、今回の話の裏で僕が何をしていたのか。
語られていなかった部分が明かされます。
気になるやつだな。
読んでいただけたら嬉しいです。
よろしくな!




