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魔法長会議

 ギルバート様は、あれから少しずつ変わっていった。

 みんなの前でも甘いものを食べるようになったし、口数も増えた。眉間に皺が寄ることはもうクセになっているようだが、前ほどではない。確実に一本は皺の数は減っている。

 以前より話しかけやすくなり、怖いオーラがなくなってきたギルバート様に、使用人も街の人たちも驚いていた。しかし、それは喜ばしい変化だったようで、今では自らギルバート様に話しかけに行く人も増えてきている。フェリクス曰く、〝前までだったら考えられない状況〟らしい。

 この前、街にある美味しいパンケーキ屋さんにギルバート様とフェリクスと三人で行ったのだが、それはもう楽しかった。まずお店の人は突然の来客に驚いて目をまんまるにしていたし、恥ずかしそうにしながらちゃっかりクリーム二倍の激甘パンケーキを頼むギルバート様もおもしろかった。フェリクスはバターとメープルシロップ以外を乗せるパンケーキは邪道だとか言って、どっさりクリームが盛られたギルバート様のパンケーキを終始引いた目で見ていたっけ……。

ギルバート様が街の小さなお店に突然訪問してくることはかなりめずらしかったようで、このことはすぐに広まり、あの怖い陛下が実は甘党というギャップに萌える国民は多かったようだ。


このような感じで、ギルバート様はずっと囚われていた父親の呪縛から、少しずつ自立しようとしている。


「リアーヌ、お前って――本当に偶然の事故でここに来ちまっただけなんだな」


 シャルムでの生活も残り一か月を切った頃、昼食の片づけをしている私を眺めながらギルバート様が言う。


「え、今更ですか? 逆に、今までまだどこかで私がなにか企んでここへ来たと思っていたのです?」

「いや、改めて思ったっつーか……。ていうか、人間って普通なんだな。魔法が使えないってだけで、ほかは俺たちと変わらない。むしろ、魔法が使えないということは人間のほうが俺たちより力はないってことだ」

「なに当たり前のことをドヤ顔で……。やっとわかったんですか? 私が無害だってことに! ギルバート様以外はとっくに気づいてましたよ。そんなこと」

「う、うるせぇな! だいたいまだ帰る気にならないのかよ。さっさと帰れ! いつでもルヴォルツに帰してやる!」

「いや! ギリギリまではここで遊んでたい!」

「遊ぶな! 働け! ……ったく」


 ギルバート様とのこんな口げんかはもはや日常茶飯事だ。私たちのやり取りを、ほかの使用人はいつも微笑ましそうな顔をして眺めている。前まではふたりきりになったときや、フェリクスの前でしか私とも必要最低限の会話しかしてくれなかったギルバート様だったけど、今はこうやってどんな場所でも会話してくれるようになった。

 私が食器を厨房まで運んでいると、途中でフェリクスとすれ違う。フェリクスは私の頭をすれ違いざまにぽんっと撫でると、そのままギルバート様になにか話しかけにいっていた。


◇◇◇

(ギルバート視点)


 相変わらず毎日騒がしいリアーヌが、慌ただしく厨房へ向かう後ろ姿を眺めていると、入れ違いでフェリクスが俺のところにやって来た。


「どうした。情が湧いてきたか?」

「は……?」


 急にそんなことを言われ、わけがわからずフェリクスのほうへ目線をやると、フェリクスはほくそ笑みながら俺を見ている。


「自分で気づいていなかったのか? 彼女を見ながらにやついていたぞ」

「なっ……! んなわけあるか。お前と一緒にするな!」


 無意識に笑っていたのか、自分でもわからない。フェリクスに指摘され、俺はおもわず手で口元を覆う。くそ、俺の許可なく勝手に緩むな、俺の口!


「俺はだいぶリアーヌに情が湧いてきてしまったのだが――できればこれ以上は、湧かないよう気をつけたいところだ」

「……まぁ、そうだろうな」


 フェリクスの言っていることの意味がわかり、俺はなんともいえない気持ちになった。

 理由はわからないが、フェリクスは最初からリアーヌのことを気に入っていた。

こいつも俺と同じで、あまり自分から深く人と関わろうとするタイプじゃない。だから俺は、積極的にリアーヌに話しかけにいくフェリクスを見て、内心驚いていた。あの女のなにに惹かれて、あんなに構ってやっているんだろうと、不思議でたまらなかった

やはり人間というのは人をたらしこむ能力に長けていて、フェリクスまで簡単にやられてしまったのかと思っていたが――今ならわかる。あいつには、不思議と惹きつけられる魅力がある。簡単に人の心に土足で入って来るが、それがなぜか悪い気がせず、むしろ心地よいと感じてしまう……そういう魅力。

明るく元気でポジティブで、なにも知らない場所なのにひとつの弱音も吐かない。前向きすぎるその姿勢は、ときに危なっかしくもあり目が離せない。狙ってやっているようにもみえないし、これは天性のものなんだろう。人間が皆こういう生き物なのかはわからないが、少なくとも、リアーヌという人間はそういうやつだった。

実際、リアーヌが来てからの城は以前より明るい。魔法使い以外のものが一度も足を踏み入れることのなかった500年もの歴史を、こいつはなんなく打ち破ってしまったのだ。しかも、警戒されることもなく受け入れられている。


「ギル、取り返しがつかなくなる前に、リアーヌをルヴォルツに帰したほうが自分のためだぞ」

「……どういうことだ」

「たらしこまれるなということだ」

「お前にだけは言われたくねぇ!」


 すっかりリアーヌにたらしこまれてるやつがなに言ってんだ。獣化した姿まであっさり見せてたくせに。


「……かつての魔法使いが、人間と恋に落ちてしまった気持ちがわかる気がするな。魔法使いは頭が固いやつが多い。自由奔放で無邪気で、魔法を使えずとも己の力で突き進む。そんな姿に、憧れを抱くのかもしれない」

「それは、ただあいつがそういうやつなだけだろ。魔法使いだって、全員頭が固いわけじゃねぇよ」

「フッ。それはそうだな」

「話はそれだけか? そろそろ魔法長会議の時間だ。準備ができたら地下に行くぞ」


 そう言うと、俺は椅子から立ち上がり、一度書類を取りに執務室に戻ろうとした。


「その会議なんだが――すまない。俺は急用で行けなくなったんだ」

「急用? 会議より大事な用があるってのか?」

「ああ。だから俺の代わりに、リアーヌを連れて行ってくれ」

「……あいつを!? 連れてってどうすんだよ。あいつは魔法の知識なんかない。それにもうすぐいなくなるんだぞ」

「だからこそだ。魔法の知識のない人間なら、いつも変わり映えのない内容のつまらない会議に、おもしろい意見を投じてくれるかもしれないだろう? いなくなるからこそ、人間の意見が聞ける最後のチャンスだ。というわけで頼む。リアーヌからは、俺からギルに同行しろと伝えておこう」

「あ、お、おい! 勝手に決めるな――」


 俺の声なんて聞こえないかのように、フェリクスは涼しい顔をしてスタスタと歩いて行く。……いつもやり方が強引なんだよ。あのクソ狼!


 でもまぁ、言ってることは一理ある。リアーヌの意見に俺はつい最近助けられたばかりだ。魔法長のやつらも、リアーヌにじっくり会ってみたいと興味を持っていたし、いい機会かもしれない。


「……行くか」


 俺は書類と少々の不安を抱えて、リアーヌが来るのを待つことにした。


◇◇◇


〝俺の代わりにギルと一緒に魔法長会議に同行してくれ〟。

 フェリクスにそう言われたのは、ほんの数分前のことだった。


 魔法長会議がなにかもわからなければ、私が一緒に行く理由もわからない。名前だけでもなんだか重要そうな会議な気がするし、私のような部外者がいて迷惑にならないのだろうか。

 フェリクスは私のそんな心配事を話す隙さえ与えてくれず、私はわけもわからないままギルバート様と合流し、その会議の場とやらに行くことになった。

 場所は城の地下にある魔法長会議専用の会議室らしい。城の地下に一度も足を踏み入れたことのない私は、こんな場所があったことに驚く。もっと下の階には地下牢もあるらしく、禁忌の魔法を使ったものや、法を犯したものはそこで罰せられるらしい。

――地下牢って、嫌な響きだわ。久しぶりに聞いて、私は体が震えた。だって、私はルヴォルツで将来地下牢へ入れられる可能性があるんだもの。

 最近完全に平和ボケしていて、この先待ち受けている破滅的な未来をうっかり忘れかけていた。


「いいかリアーヌ。お前は今日フェリクスの代打だ。主な仕事は会議で話した内容のメモをとることやお茶を出すこと。簡単だろ」

「わかりました。……というか、魔法長会議っていうのは?」

「……時間がないから、ざっと説明するだけだぞ」


 会議室までの道のりで、ギルバート様が私に魔法長会議のことを軽く教えてくれた。


 魔法長会議とは、シャルムで魔法長の称号を得た魔法使いが集まり、それぞれが今取り組んでいることや優秀な魔法使いの名を挙げたりなど、いわば近況報告の場らしい。

ひとりは火、水、風、土など、自然にあるものの魔法を得意とする自然魔法長。魔法使いは自然魔法のどれかを使えるものが最も多く、火の魔法だけを極めるものもいれば、いくつかの魔法をある程度使える魔法使いもいる。自然魔法長は、数多ある自然魔法すべての能力値が高いものに与えられる。三人いる魔法長の中でも、自然魔法長がいちばんすごいと言われており、実際魔力のみで考えるとギルバート様の次にすごい魔法使いといえるとか。それほど、自然魔法の種類は膨大らしい。


 次に、治癒、癒し、光の魔法などを得意とする白魔法長。白魔法自体が使えるものが少なく、白魔法をひとつでも使えるだけで優秀とされる。


 最後は呪術、影、闇、破壊など禁忌の魔法ももっとも多いとされる黒魔法を得意とする暗黒魔法長。罪人の監視や裁きなどには、おもに黒魔法が使用される。危険と言われている魔法が多いので、基本的に勝手に使用することは許可されていない。呪術は内容によっては白魔法のものもあるが、人の感情を勝手に変えてしまうものなどは、禁忌魔法のひとつとされる。

 

「どうして黒魔法長じゃなくて暗黒魔法長なの?」

「今の黒魔法長が改名しろってうるさかったんだよ。〝黒より暗黒のほうがいい響きだ〟とか言って……気味悪いやつ」


 ――三人の中では、暗黒魔法長がいちばんクセが強そうだ。


 ほとんどの魔法はこれら三つのどこかに属するが、属さない魔法もいくつかある。だが、それらの魔法は魔法長になるほど極めているものがおらず、それらすべてを含めてもいちばん魔法を扱えるのはダールベルクの血を引いたギルバート様らしい。結界魔法などの類がそうだ。


魔法長の称号は、現魔法長がその称号を次期魔法長となるにふさわしいものが現れた場合、自ら称号を受け渡す。なので、魔法長候補の育成も大事な仕事である。


魔法長はシャルムでは魔法使いの憧れであり、目指すものも多い。

魔法長の下には、それぞれの種類に特化した有能な魔法師たちが数名控えている。


「わざわざ魔法長という役職を作るのはどうしてなの?」

「魔力が高いものを放置して、なにか変な気を起こされたら困るだろう。こういった肩書を作り英雄とされることで、高い魔力を持った魔法使いを国を統一するための頼れる仲間にできる。それに、魔法にはまだ可能性がたくさんある。新たな魔法がこれから生まれるかもしれない。そういったとき、魔法長がいればすべての魔法の現時点での情報を共有できて、魔法研究者たちもありがたいってわけだ」

「へぇ。とりあえず、すごい人にはすごい役職を与えるってことね!」

「……お前、俺の話ちゃんと聞いてたか?」


 ギルバート様がため息をついたところで、私たちは会議室へと到着した。

 扉を開けると、大きな四角いテーブルを囲むように椅子が四つ置かれている。既に三席は埋まっており、ギルバート様は残りのひとつの椅子にどかっと乱暴に腰かけた。……私の席はないから、隣で立っていればいいのだろうか。メモをとるとき、机があったほうが書きやすいんだけどな。


「ああ……お前、立ちっぱなしだとしんどいか。隣の部屋に余った椅子があるからそれを使うか」

「いいんですか? 助かります! じゃあ私、とってきま――」

「その必要はありません」


 私とギルバート様の会話を聞いていたひとりの男性がそう言うと、隣の部屋から椅子が暴風で飛ばされてきたかのように私のもとへ運ばれた。


「あ、ありがとうございます……」

「いいえ。ただでさえ開始が五分遅れているというのに、これ以上余計なことで時間を取られたくありませんから。……ギルバート王、時間はきちんと守ってくださいね。僕はこの中の誰よりも忙しいんですから」

「ちっ。うるせぇやつだな」


 ギリギリ聞こえないくらいの声で、ギルバート様は悪態をつく。


「まぁまぁ、たかが五分だしいいじゃんっ! ディオンってば、ピリピリしすぎぃ! ていうかギルたん、その子が噂の人間リアーヌたん!?」

「おい! その呼び方はやめろと言ってるだろ!」

「えー。ギルたんはギルたんなんだもん。国王になったからって、昔からの呼び方変えられないって!」


 今度はへらへらと笑いながら、ギルバート様をギルたんと呼ぶ勇者のような女性がハイテンションに話し出す。


「あぁもう、さっさと終わらせるぞ! それと――ベアトリスの言う通り、こいつが結界のひずみからシャルムに落っこちてきたっていうルヴォルツの人間、リアーヌだ。お前らにも一度きちんと会わせておかねばと思って、今日はフェリクスのかわりに連れて来た」

「初めまして! リアーヌ・アンペールといいます! 魔法長のみなさん、本日はよろしくお願いいたしますっ!」


 ギルバート様に紹介された流れで、私は一歩前に出て自己紹介をするとぺこりと頭を下げた。


「わー! やっぱり! 噂には聞いてたけど、すっごく綺麗な子ね!」

「……へぇ。あなたが。それにしても、魔法長の僕らにはもっと早く会わせるべきと思いますけどね。ま、人間から学べることなんてないのでいいですけど」

「…………」


 ひとりは目を輝かせ、ひとりは毒を吐き、ひとりはさっきからうんともすんとも言わない。


「あの、よければどなたがどの魔法長なのか教えていただいても……?」


 正直見た目である程度察しはついているが、名前をちゃんと把握したくて私は三人にそう尋ねる。


「はいはーい! じゃあアタシからね! アタシの名前は――」

「お前が話すと長くなるから俺が説明する」

「えぇ!? ギルたんってばいけず!」


 勢いよく手を挙げた女性の言葉を遮り、ギルバート様が本人に代わって魔法長をひとりずつ紹介し始める。


「まず、こいつが自然魔法長のディオン。嫌味な奴だが、この若さで自然魔法長の称号を得たのはこいつが初めてだ」

「……よろしくお願いします」


 ディオンさんは軽く挨拶をすると、すぐにふいっと目を逸らした。揺れるベージュの髪はサラサラで傷みなど微塵も感じられず、着ているシャツは第一ボタンまできちんと留められている。潔癖で真面目そうな印象だ。


「こいつは白魔法長のベアトリス。基本へらへらしているが、腕はたしかだ」

「よろしくぅ! リアーヌたんっ!」


 そう言って、私にウインクをするベアトリスさん。白金のふわふわの髪は天使のようで、金色のまんまるな瞳はキラキラと輝いている。唯一の女性魔法長、しかも優秀といわれる白魔法の使い手……。親しみやすさがありその事実をおもわず忘れそうになるが、すごい人なことは確実だ。


「最後にこいつが黒魔法長の――」

「暗黒だ」

「……暗黒魔法長のクロード。見た通り、変わったやつだ。恨みを買うと呪われるからやめておけ」


 呪いって!? 否定しないし、本当にしそうで怖い。

 クロードさんはやっとしゃべったと思ったらすぐにまた口を閉ざす。口数が少ない人なんだろう。全身黒の服の上に、さらに黒いマントを羽織っている。

ほぼ黒に近い、濃い藍色の肩近くまである髪。長い前髪が顔にかかって、表情はほとんど見えない。……こういう言い方はいいのかわからないが、見るからに黒魔法を得意としていそうだ。


 ギルバート様もフェリクスも結構キャラが濃いと思ってたけど、この三人も全然負けていない。きっとフェリクスなら何食わぬ顔をして、この三人……いや、四人をまとめあげられるのだろう。実はいちばんすごいのはフェリクスのような気がしてきた。


「よし。自己紹介も終わったことだし……それでは今から、魔法長会議を始めるぞ」


 ギルバート様の声が会議室に響き、いよいよ会議が始まろうとしていた。



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