悪魔の切り札、炸裂
次期エリメン卿を乗っ取った。
国王が無理なら。
実力者本人か、その息子を奪えば良い。
悪魔はそう考えていた。
そのチャンスが訪れた。
悪魔が、それを逃す筈は無い。
まんまと挫いてやったぞ、あいつ等の威勢の良さを!
ガハハハハ!
高笑いするセージ。
レギーを取り巻く黒い煙が、晴れて行く。
その中から現れたのは……。
「あれっ?」
隣りのクリスが、思わず声を上げる。
目の前に居るのは、レギー。
何の変哲も無い、ただの子供。
レギー本人も『やられた』と思ったらしく。
何とも無い自分の姿に戸惑っている様だ。
そしてその後ろに転がっている、真っ黒な球。
ギロリと目が1つだけ付いた、直径20センチ程の大きさ。
手足だろうか、ヒョロリと細長い物が4本伸びている。
10センチ程の長さのそれ等は、なよっと垂れ下がる。
自由に動かせないらしい。
目の部分から、悪魔の声がする。
怒声の様な、がなり声が。
「どうなってるんだ!乗っ取れないぞ!」
「お前!そんな姿じゃ無かっただろ!」
悪魔に向け、言葉を投げ掛けるセージ。
弱々しく横たわる黒い球は、更に声を発する。
「力が……抜ける……!」
気のせいか、表面に少しずつしわが見えて来る。
紙風船が萎んで行くのに似ているだろうか。
「か……くなる……う……えは……!」
ギラッ!
表面が光ったかと思うと、フワッと浮き上がり。
ビュンッ!
最後の力を振り絞る様に、セージの方へ飛んで行く。
何だ?
と、とにかく受け止めよう!
あいつの事だ、何か考えが有るのだろう。
それに賭けるしか無い。
セージは構える。
「どんと来い!」
「良し!しっかり受け止めろよ!」
そう叫ぶ黒球は。
一層輝きを増し、セージの下へ。
悪魔の企みに気付き、アーシェは叫ぶ。
「お前の生命力を奪って、自爆する気だぞ!避けろ!」
「な、何ぃ!」
アーシェの言葉が信じられないセージ。
これまで過ごして来た時間の中で、心を許し過ぎてしまった様だ。
相手は悪魔なのに。
悪魔は叫ぶ。
「俺が助かる糧と成れぃ!」
「そ、そんなぁ!」
ドスッ!
アーシェの指摘が間に合わず、セージの胸に体当たりする黒球。
ギュウウウウンッ!
セージからエネルギーを奪い取り、爆発しようとする。
悪魔は、自爆如きでは消えない。
ヒィが前に悪魔をぶった切れたのは、〔浄化の炎〕を纏っていたから。
自爆しても、黒い靄となって漂い。
直ぐに纏まり、再生する。
セージを生贄に、自分だけ逃げ切ろうとする。
悪魔の所業、そのまま。
高らかに悪魔は宣言する。
「俺は逃げる!一帯を爆破して、貴様等を皆殺しにしてな!さらばだ!」
ドーーーーンッ!
悪魔は見事に爆発した。
その衝撃波は周りに広がって……。
行かない。
大きな音が轟いたが、振動は伝わって来ない。
呆然とするセージ、その前にポトリと落ちる黒球。
さっきより、フニャフニャに萎んでいる。
力を使い果たしたらしく、もう動けないらしい。
声を上げる事も困難に見える。
『死んだ』と思って、その場にへたり込むセージ。
腰が抜けて、立ち上がれない。
ハッと気が付き、エドワーとヘレンがセージに駆け寄ると。
荷物に入れていた縄で、グルグル巻きに縛り上げる。
念の為、その傍らに倒れているダイエンも。
気が付いたのか、『うーん……』と唸るダイエン。
目を開けた途端、びっくりし。
「ここは……何処だ……私は……何を……。」
「静かに。」
近寄っていたヒィが、そっと剣先をダイエンの体に当てる。
シュボッ!
剣先から【緑色の炎】が灯り、ダイエンの身体の上へチョンッと飛び乗る。
すると、ダイエンの顔色が。
見る見る内に、良くなって行く。
倒れていた時は、生気を無くした様に真っ青だったのが。
今はもう、自力で動き回れそうだ。
ヒィがダイエンに問い掛ける。
「記憶が有る筈です。ここに至るまでの記憶が、断片的に。」
「記憶?……た、確かに!」
思い出したらしい。
悪魔に乗っ取られた後の事を。
うな垂れるダイエン。
この様子なら、大丈夫だろう。
しかし、その縄を解く訳には行かない。
何せ、まだ……。
「何とかしてやったわよ!褒めて褒めてー!」
「はいはい、偉い偉い。」
「えっへん!」
自慢気に胸を張るサフィ。
そして、怪物と化した国王の表面を撫でながら。
優しく言う。
「ご苦労様。もう姿を戻しても良いわよ。」
《感謝致します。》
シュルルルルッ!
その姿は見る見ると、小さくなって行き。
40代後半に感じられる中年男性へと、見掛けを変えた。
そして、サフィの足元で膝間づく。
「お久しゅうございます。」
「堅苦しい挨拶は良いって。」
「左様でございますか。」
『では』と、男性は立ち上がる。
スタスタとヒィの下へ歩いて行くサフィに、男性も続く。
そして、ヒィに声を掛ける。
「なるほど、愛される訳だな。」
「光栄です。」
ヒィは男性にお辞儀する。
サフィは萎み続ける黒球を摘まみ上げると、ミカの方へポイッと投げる。
ミカはそれをパシッと受け取ると、何時の間にか腰にぶら下げていた瓶へ。
ギュウウッと押し込む。
『スポン!』と瓶に収まると、その中で転げ回る悪魔。
脱出不可能と悟ると、その後は大人しくなった。
サフィはミカに言う。
「それを持って、【あれ】に会いに行きなさい。雇ってくれるでしょうよ。」
「ありがとうございます!」
「あたしに頼らず、上手くやるのよ。」
「はい!」
元気に返事をして、ミカはフワッと浮き上がったかと思うと。
シュバッ!
天高く飛んで行った。
こうして、窪地での一連の争いは幕を閉じた。
しかし、完全に解決した訳では無い。
まだ、【後処理】が残っている。
その為、一度フラスタへ帰らないと。
そう思い直し、ヒィは。
元気良く通路へ向かって歩いて行く、サフィの後ろへと。
ジーノやアーシェ達と共に、続くのだった。