依頼、発生(3?件目)
「御免下さーい。」
「はーい。」
フキに在る、自警団の集会所。
そこを、人間の男が訪ねて来た。
偶々休憩中だったブレアが、玄関まで出て行って応対する。
どうやら、ヒィに依頼したい事が有るらしく。
屋敷に行ったら、『何でも屋!』の看板に札が下げてあり。
そこには、こう書かれてあったとか。
『屋敷の主人は、ただ今見回り中。御用の有る方は。お手数ですが、〔自警団集会所〕までお越し下さい。』
「何、それ。」
ポツリと呟きながら、このまま立ち話も何なので。
団員に許可を貰い、中へと男を入れる。
身元がはっきりしないので、奥まで通す事は出来ないが。
『助かりますよー』と、男は言う。
他の者が、一人掛けの椅子を持って来ると。
恐縮しながら、そこへ腰掛ける男。
旅でしょっちゅう使っているのか、少しくたびれた感じのマントを羽織り。
中から見える服は、派手な色彩など無く。
やや煤けた焦げ茶色。
裾や襟元がビヨーンと伸び掛かっている所を見ると、何年も使い続けているらしい。
上等な物に感じられないのは、ズボンも同じ。
こちらも膝の辺りが擦れ続けたのか、そこだけ中が透けそうだ。
地味な深草色のそれは、ベルトの様な物で無理やり腰に固定されている。
でなければ、簡単にずり落ちるのだろう。
穴が開きそうで開いていない靴も、長旅の供として愛用しているらしく。
靴底には、何回も修理した跡が見える。
見た目は、やや無精髭が目立つので。
30代より上に見える。
黒髪は伸び過ぎたのか、後ろでチョンとポニーテール崩れの様に結ばれている。
背格好は、決して逞しいとは言えず。
寧ろ旅が出来ているのが不思議な程、線が細い。
こんな人が、ヒィに何の用かしら?
疑問に思いながら、温かい飲み物を男に持って来るブレア。
そして、『もう直ぐ戻って来ると思いますので』と男に告げて。
ブレアは奥へと下がった。
それから十数分後。
休憩をしに、ヒィとネロウの班が戻って来た。
『お前さんに客だとよ』と、自警団の人に男を紹介されるヒィ。
取り敢えず、男に挨拶するヒィ。
男もガバッと立ち上がり、思い切り頭を下げる。
そして、名乗りを上げる。
「私は、【ペルデュー国】内に在ります【モンシド】と言う村から参りました。名を【セージ】と申します。あなたの噂を旅の途中で耳にしまして、是非ともお頼みしたいと参上した次第です。」
見掛けとは違い、中々どうして。
しっかりとした物の言い様。
小さい頃からきちんと礼儀作法を叩き込まれた、そう感じさせる口調。
そんな人が、どうして旅を……?
『むーん』と、悩む様な顔付きになるヒィ。
セージが続ける。
「ここでは何ですので。あなたのお屋敷で、詳細を語らせて頂きたいのですが。」
「そ、そうですね……。」
目を逸らしそうになるヒィ。
余りにも熱心に、ヒィの顔を見つめて来るので。
照れくさいやら、向き合い辛いやら。
複雑な心境になるも。
その眼差しには、一点の曇りも無い。
変な事を企んではいないだろう。
そう判断し、ヒィはセージに言う。
「分かりました。休みを頂けるか上の者に聞いて参りますので、少々お待ちを。」
「ありがとうございます!助かります!」
セージはまた、ヒィに対して深々と頭を下げた。
『おっ、頑張れよ』と、ネロウから言葉を掛けられ。
ヒィはセージを連れて、屋敷へと戻る。
そこには珍しく、帰って来ていたサフィが。
あんなヘンテコな札を勝手に作ったのは、どうやらサフィらしい。
ん?
セージの姿を見つけると。
んーーーーーーー?
ドタドタと駆け寄って来る。
そして、セージの顔をまじまじと見る。
若干引き気味に成りながらも、セージが挨拶する。
「麗しきお嬢さん、こんにちは。今回、こちらの方へ依頼を願いに参った者で……。」
「依頼!依頼者なのね!なぁんだー、早く言ってよー。」
さささ、どうぞどうぞ。
ガシッとセージの腕を掴んで、客間へと引き摺り込むサフィ。
てっきり使用人だと思っていたサフィに、強引な態度を取られ。
困惑しながらも、セージは玄関を通り過ぎる。
ほんっと、こいつはアホだなあ。
サフィの言動につくづつそう思いながら、ヒィも屋敷へと入って行った。
「お客さんなのよ!依頼人なのよ!菓子や飲み物位、パッパとお出し出来無いの!」
「だったら、お前がやれ。俺はお前の部下でも何でも無い。」
「良いから!持って来ーい!早う!」
「ちぇっ、仕方ねえなあ。」
ぶつくさ言いながら、ヒィは奥へと下がる。
「あの、私は彼に用が……。」
「あたしが承るわ!問題ナッシングよ!」
セージが言い掛けるも。
『ビッ!』とグーの形から右親指を立てて、そう答えるサフィに。
無理やり押し切られ。
仕方無くセージは、サフィに事情を話し始める。
それは、こんな内容だった。
セージは元々。
ペルデュー国を治める王に仕える、貴族の出。
それが政争に巻き込まれ、一時的にモンシドへと避難しているらしい。
財産はその時差し押さえられ、今着ているのは村人からの借り物だそうだ。
国を動かしているのは、怪しい術を使う魔法使いと。
そいつの力をバックに、政争で覇権を握った或る貴族。
そこで留まれば良かったものを。
調子に乗って、【触ってはいけないモノ】に触ってしまった。
お陰で国内は、とんでもない事態に。
魔法使いすらお手上げで、さっさと逃げ出してしまった。
国王に責任転嫁をし、その貴族も逃亡。
そのせいで国内では『国王辞めろ』の大合唱。
主犯を探し出したい所だが、今は国を落ち着かせる事が先決。
国の中枢から離れていたお陰で、自由に各地を周れる自分が。
事態を収拾出来る者を探しに、旅へ出た。
そしてフキ近くの、あの三叉路で。
ヒィの噂を耳にした。
テトロン帰りのゴーラ応援団と、偶然すれ違ったらしい。
何でも、凄まじい力で。
危機的な事態を、あっさりと沈静化したとか。
しかも、彼に関する事を話している子供達の目は。
皆キラキラと輝いている。
羨望の眼差し、そう捉えられる煌めき。
そこで彼に付いて、詳しく聞かせて貰う。
心技体揃った彼は今、フキの町で〔何でも屋〕を営んでいると言う。
これは渡りに船、駄目元でお願いしてみよう。
そう考え、ここまで来たそうだ。
「〔ペルデュー〕とな。それは興味深い。」
「知ってるのかい、アーシェ。」
「ああ。『あそこには特殊な宝物殿が有る』との噂だ。凄いお宝で満たされている、と。」
セージの話を聞かされ、興味を示すアーシェ。
ヒィの質問にそう答えた後、続ける。
「中には、人知を超える能力を秘めた物も有るらしい。人間では使いこなせないので、仕方無くそこへ仕舞ってあるとか。」
「お宝……お宝ねえ。」
ジーノが頷く。
〔お宝〕と言われる物には、災厄が付き纏う。
皆がそれに魅せられ、争いが絶えないから。
小さい頃から、老ドワーフにそう聞かされていた。
だから、余り乗り気では無い。
逆にサフィは、〔お宝〕と言う単語に狂喜乱舞。
なーにーが有ーるのっかなあー。
そればかり繰り返している。
依頼を受けるかどうか決めるには、全員が揃ってでないと。
ヒィからそう言われ、アーシェとジーノの帰りを待っていたセージ。
サフィに聞かせた内容をもう一度話し、ドキドキしながら待機している。
家主の席には、ヒィ。
その右側に手前から、サフィ及びアーシェ。
左側に、ジーノ。
住人が4人に増えてからは、この様な席順に。
そしてヒィの対面には、客人のセージ。
決を採るまでも無く、受ける気満々のサフィ。
『断った方が……』と漏らすジーノ。
何か引っ掛かる、アーシェ。
肝心な事を聞いていない。
ヒィもそう思い、セージに尋ねる。
「『事態を収拾して欲しい』と仰いましたが。具体的には、どの様に?」
そう。
国政を正常化したいのか。
民を宥めて欲しいのか。
〔触ってはいけないモノ〕に関する事なのか。
セージはまだ、はっきりと明言していないのだ。
『分かりました』と、ヒィの要求を受け入れると。
セージはこう答えた。
「今回の混乱の中心、【宝物殿の怪物】を退治して頂きたい。それが依頼の内容です。」