幻となった祭の、後
「今回は色々と、世話になったな。」
「いえ。こちらこそ、お元気そうで何よりです。」
言葉を交わす、バウジェとヒィ。
打ち合わせの席でアーシェが言った様に、長の交代の件は無かった事にされた。
今回の武闘会も、非公認の大会として。
歴史に刻まれる事となる。
今ヒィ達が居るのは、バウジェの屋敷。
武闘会会場及び打ち合わせ会場は、既に解体が進み。
影も形も無い。
この後木の苗が植林され、元の森林へと戻される。
残念そうだったのは、ハチロク率いるゴーラ応援団。
折角ラモーが優勝したのに、参考記録とされてしまった。
まあ、あの場に居た者は皆。
『勝者など居ない』と感じているだろうが。
敢えて挙げるとするなら、やはりヒィだろう。
しかし彼は人間族、獣人では無い。
だから、該当者無し。
それで良いじゃないか。
そう考えながら、観客や参加者の各応援団は。
帰路に就いた。
武闘会はこうして閉幕したが。
まだ、後処理が有った。
依頼として受けたので、当然の様にサフィは。
運営側へ報酬を要求する。
それなりの心遣いが、サフィの懐へ。
ニンマリとしたほくほく顔のサフィは、荷物持ち役のジーノを伴って。
『買い物して来るー』と言って、テトロンの商店街へと向かった。
運営側はバウジェへ、謝罪の言葉を述べる。
バウジェも運営側へ、頭を下げる。
お互い、そう言った不穏な動きを事前に察知出来ず。
結果、混乱を防げなかった。
これは自分のミスだと、双方譲らないが。
ヒィの仲介によって、『みんなが悪い』と言う事となった。
これならお互い、過ちを自覚し。
良くする方向へと動き出すでしょう。
『みんな悪くない』にしてしまうと、教訓を学び取ろうとする姿勢が消えてしまって。
再びこの様な事態が起きかねないので。
敢えて、悪い方の解釈を選びましょう。
ヒィがそう言ったのだ。
これには出席者も納得。
ネコ族とイヌ族、そして微ウサギ族。
意外な取り合わせの、種族を越えた絆が。
強くなった瞬間だった。
バウジェの屋敷を後にし。
ミーリ達ネコ族や、キュール達微ウサギ族も。
それぞれの地域へと引き上げる。
その中に、密かにヒィへ近付こうと考えている輩が何人か居たのだが。
ヒィ自身は知る由も無い。
その一方で。
ウォーゲンはマーキーに、自分が犯した行為を謝る。
その中に、心の成長を感じ取ったラモーは。
ライバルの更なる進化に、油断も慢心も無かった。
「そうそう、依頼に対する報酬を支払わねばな。」
テトロンからの去り際に、ラモーが懐をゴソゴソする。
ヒィはゲートを使って帰るつもりだったので、徒歩で移動するラモーより時間的余裕が有った。
だからヒィ達は、ラモーを見送る立場となっている。
『今はこれだけしか無いのだが、また正式に額を指定してくれ』と、懐を探り続けるラモー。
しかしサフィはラモーの腕を掴み、こう言った。
「要らないわよ、あんたからは。」
「え?」
たまげるラモー。
或る意味守銭奴の様に、サフィの事を思っていたので。
意外な反応で、驚いたのだ。
サフィは右手で髪を撫でながら、カッコつける様に言う。
「長の交代は無し、武闘会も非公式。立会人の件も、無かった事にされたも同然。依頼自体が無効化されちゃったんだから、当然よ。」
「し、しかし……。」
それではラモーの気が済まない。
彼等には相当の部分を助けてもらった。
イヌ族の名誉が守られたのも、彼等のお陰。
謂わば、恩人。
それなのに、礼の1つもしないと有っては。
誇り高き獣人として、戦士として。
恥じるべき所業。
そう考え、ヒィとジーノの方を見やるも。
サフィに同意するかの様に、2人も黙って頷くだけ。
ヒィは、今回の件で。
剣士として、かなりレベルアップした。
何よりも、剣の本当の名を知る事が出来た。
イヌ族の平和を守る事にもしっかりと尽くせたし、それだけで十分。
ジーノも、荷物運びとしてここまで来た甲斐が有った。
武闘会の物凄い熱気を、間近で感じられたのもそうだが。
ヒィの急激な成長を目の当たりにして、『やっぱり兄貴は凄えや!』と再認識出来た。
兄貴に付いて行けば、きっとオラも強くなれる。
そう確信を持てたので、ジーノもこれで十分。
心は満ち足りている、これ以上の報酬は無い。
ただヒィには、1つ心に引っ掛かる事が有る。
こう成る事を、やはりサフィは事前に知っていたのではないか?
自分の力を向上させる為、そして新たに発現した力を利用する為。
ラモーの依頼を引き受けたのでは?
そんな疑惑の眼差しをサフィへ向けると。
「あらやだ!公衆の面前よ?あたしをそんな、やらしい目付きで見ないでよねー。」
いつもの様に、すっ呆ける。
これは真意を隠す為では無く、ただの照れ隠しではないか?
そんな風に思い始める、ヒィだった。
『せ、せめて……』とラモーが粘るので、鬱陶しくなったのか。
『だったら』とサフィが、提案する。
この先、こいつが危機に陥った時には。
真っ先に駆け付ける事。
良いわね?
『ヒィが大変な時に助ける事』で妥協して。
そう言いたいらしい。
つまり〔ヒィと、友の様な仲間の様な関係に成れ〕と。
それなら、あんたの自尊心も傷付かないでしょ?
サフィはそう付け加える。
そこまで言われて、漸くラモーも引き下がる。
ギュッとヒィの手を握り締め、ブンブンと大げさに握手する。
「何時でも頼ってくれ!必ず期待に報いようぞ!」
「ど、どうも……。」
ヒィの手は、ラモーの依頼を受領して握手をした時の様に。
また、血まみれとなった。
ラモーは意気揚々と、ゴーラへ戻って行った。
その後、サフィはレッダロンと。
ヒィはドギンと。
何やら話していた。
サフィの方は、〔救世の御子〕に関する情報交換だろう。
残っていたアーシェは、話に加わりたがっていたが。
『ひ・み・つ!』とサフィに、遠ざけられてしまった。
『代わりにこいつを抱き締めて良いから』と、ジーノを差し出す。
生贄の様で、腑に落ちないジーノも。
ギューーーーッ!
満足気な顔のアーシェを見て、諦める。
ヒィの方は、ドギンに『剣を貸して欲しい』と言う申し出に付いて。
詳しい理由を問い質していた。
しかしドギンは、『そ、それはちょっと……』の一点張り。
仕方無いのでヒィは、ドギンにこう言ってやる。
「困った時には、俺の屋敷まで尋ねて来てくれ。その時は、力になるから。」
「うん!」
元気な返事で答えるドギン。
ヒィの背中に向け、一礼しながら。
剣に向けて、一言。
「その時は宜しくお願いします、【サラマンダー】様!」
剣に宿っている火の精霊は、この世界では最高位に座する〔サラマンダー〕らしい。
見掛けは、トカゲの様にぬるりとした感じの時も有れば。
ドラゴンの様に逞しい感じの時も有る。
しかし今は、ドギンに近い小人の姿をしている。
ドギンには、そう見えるのだそうだ。
まあ、相手に合わせているだけかも知れないが。
因みに、ヒィ達が打ち合わせ会場でひそひそ話をしていた時。
こっそり覗いていたのは、ドギンだった。
『ヒィの剣が気になって、話し掛ける機会をうかがっていた』との事。
だからあの時気付いていたのは、サフィと〔火の精霊〕だったのだ。
立会人席で、ヒィの方から話し掛けて来た時は。
『バレた?』と心の中で焦っていたとか。
火の精霊から、あの時キツい言い方をした事に対して謝られ。
恐縮していたが。
こうして、ドギンと火の精霊との蟠りも解け。
足取りも軽く、ドギンは帰って行った。




