〔救世の御子〕による奇跡、その一端をご覧あれ
「こ奴を引っ立てーい!」
生き生きとした表情を取り戻し、バウジェは控えていた男衆に命ずる。
既に戦意を喪失していたクーシャは、絶望したかの様に全身の毛が真っ白に。
グタッと成りながら、連行されようとしていた。
その時、会場の外から声が聞こえて来る。
「そっちへ行ったぞー!」
「取り逃がすなー!追えー!」
どうやら、レッダロンの言っていた精鋭部隊が。
裏切者のエルフを追い回しているらしい。
その声は段々近付いて来て。
闘技場の真上に、その姿を現した。
それは。
「黒い……エルフ?」
普通のエルフとは真逆の、闇の様に真っ黒な肌。
手足の形も、若干エルフとは異なっている。
そして、驚く事に。
バサッ!
背中から、本来は無い筈の翼が。
腕の長さの2倍は有るだろうか、コウモリの様な形状をし。
それを羽搏かせ、空中を滑空している。
武闘会会場の真上をグルグル旋回しながら、中の様子をうかがう。
連行途中のクーシャと、こちらを睨んでいるレッダロンを見て。
『作戦は失敗した』と悟ると。
今度は空中で羽搏きながら留まり、両手を天に掲げる。
するとそこから、黒い球が生まれ。
急激に大きさを増す。
不味いっ!
そう思ったレッダロンは、武闘会会場全体に向け。
大声で叫ぶ。
「皆の者!何かにしっかりと掴まれ!吸い込まれるぞ!」
それを聞いた観客席は、大混乱。
既に黒エルフの生み出した球体は、小さな物から飲み込み始めている。
捨て身の殲滅作戦に出たらしい。
球体の直径は。
2メートルは有ろうかと言う黒エルフの背丈の、2倍以上と成る。
それを上に掲げた状態から、真下へと向ける黒エルフ。
背後を襲う様に、エルフの精鋭達が。
会場の最上段から飛び上がり、黒エルフの背中に向けて剣先を振るう。
しかし何故か、体制が空中で捻じ曲げられる。
術を発動し、身体の重さを増す事で。
吸い込まれるのを何とか回避。
地上へ着地すると、レッダロンの下へ集い。
指示を求める。
更に大きさが倍となった、黒球を見上げながら。
会場全体に、重量を増す術を掛ける様命じる。
このままでは会場毎、丸呑みされてしまう。
懸念するレッダロンとは対照的に、黒エルフの方は高笑い。
ハハハハハ!
消えろ!
消え失せろ!
何もかも、ここからなぁ!
フハハハハ……ハッ!?
グルグルと、黒球を中心に渦巻く空気。
『飲み込まれまい』と必死に身を屈め、周りの何かにしがみ付いている観客。
その中で、普段通りに平然と立っている者が居る。
それを見つけ、黒エルフは声を荒げる。
「何故だ!何故そんなに、呑気にして居られる!」
それに対し、立っている者からは。
呆れた様に、こう言われる。
「あんた、あたしが誰か分かって言ってんの?」
「何をほざく!人間風情が!」
こんな時にそんな事を言うのは。
サフィしか居ない。
実際、黒球が生み出している渦にも。
重力の歪みにも。
びくともしない。
そして〔この状況を収集する係〕を、無理やり押し付けられた様に。
ヒィも同じく、平気な表情で立っている。
まーたこんな役目か。
やれやれ、サフィと居ると苦労が絶えそうに無いな。
何でこう、次から次へと厄介事が起こるのかねえ。
辟易した顔付きに変わるも。
飲み込まれまいと必死になっている、観客席のジーノ達を見て。
『助けねば』、心の底からそう思う。
でもどうやって、打開すれば……。
その時、サフィからヒィへ声が飛ぶ。
「『出来る』と信じるのよ!剣を!自分を!」
「う、うーん……。」
右手に持ったままの、〔不殺の剣〕を。
ギュッと力強く握り直すと。
心の中で、火の精霊に訴え掛ける。
どうしたら良い?
どうすれば、打開出来る?
すると、ヒィの問い掛けに反応し。
火の精霊が、答えを返す。
『君なら出来るよ。大丈夫。ボクの言う通りにして。』
わ、分かった。
心の中でヒィは、火の精霊と話し合いをする。
そしてヒィの目に、決意の炎が灯る。
周りの〔或る者達〕に、目配せすると。
中段の構えで、黒球と向き合うヒィ。
じっくりと、睨み合い。
幾時が過ぎたのか、この場に居る者全員の時間感覚が麻痺する。
刹那が永遠に、永遠が刹那に感じられる位の。
ヒィと黒エルフの牽制のし合いは、限り無く続くかに思われた。
しかし意外な所から、均衡が崩れる。
それは。
ザシュッ!
「今だーっ!」
「やって頂戴っ!」
そう叫んだのは、拭いようの無い屈辱をクーシャに味わわされた2人。
ベッシードとメランダ。
ヒィから目線を向けられた時、火の精霊から作戦を告げられた。
プライドの高かった2人だったが。
これ以上、自分達が侮辱されるのは御免だ。
そう考えたのと。
『ここで彼に協力して置けば、大きな貸しになるよ』と。
火の精霊が告げたので。
作戦に従う事にした。
ベッシードは、持っていた槍を思い切り投げる。
それは地を這い、あらぬ方向へと向かう。
だから黒エルフは無視した。
しかしベッシードが放つと同時に、槍にメランダが風魔法を掛けた。
それにより、槍は向きを変え急上昇。
黒エルフの頭上高く上がったかと思うと、急速に落下。
奴の右肩を貫いて、そのまま地面へと刺さる。
不意の事に、『ぐっ!』と強烈な痛みが走り。
魔力放出のバランスが崩れ、黒球はその形状を揺らめかせる。
と同時に、黒エルフも黒球の中へ吸い込まれそうになる。
ここで消えて堪るか!
空間に体を固定しようと、別の術を発動させようとする。
そこで、決定的な隙が生まれた。
ヒィは上へ剣を振り被り、大声でこう叫びながら。
黒エルフに向け、剣先を振り下ろす。
「〔不殺の剣〕!いや、【ヒノカグツチ】よ!今こそ、その偉大な!神聖な力を!」
示せーーーーーーーーっ!
ビュンッ!
〔何時」振り抜いたのか、〔どうやって〕〔何の〕斬撃を飛ばしたのか。
感知出来たのは、ヒィとサフィしか居ない。
ヒィは、火の精霊から前もって聞かされたから。
そしてサフィは……ファンタジーだから?
いずれにせよ、斬撃はとっくに黒エルフの身体を両断し。
黒球はその衝撃で、『バンッ!』と弾け消えた。
シュルルルーーーッ!
ボスンッ!
縦に真っ二つとなった、黒エルフは。
その切れ目を黒で染め上げながら、地面へと降下。
吸い込みによってガタついていた祭壇へと、そのまま突入した。
「解除!解除ーーーっ!」
慌ててレッダロンが、術を行使しているエルフ達に命ずる。
フッと身体が軽くなる観客達は、その反動で転げ落ちそうになる。
しかし大半が、参加者の応援団だったので。
彼等獣人が多種族の人達を、しっかと助け上げる。
観客の中で、絆が深まった様だ。
その一方で、崩れ落ちた祭壇から這い出す者が。
それは、異様な見掛けの者。
カバの様に出っ張った腹、その背中から生えたコウモリらしき羽。
脚は人間の赤ん坊の様に短く、手もヒョロリと細長い。
顔は、様々な生物が混同している。
鼻はブタ、耳はネズミ。
口はワニ、目はヘビ。
首は外からは見えず、顎も境目が分からない。
全身、毛は無くツルツル。
肌が真っ黒なので、単に把握出来ないだけかも。
ジーノを一回り小さくした感じの大きさのそれは、尚もヒィを倒そうと。
ジリジリと這って迫り来る。
しかし悲しそうな目で、ヒィが青白い炎を剣先から放つと。
『ゴウッ!』と身体を燃やし尽くされる。
ぐわあああぁぁぁっ!
苦しそうにもがくも、時既に遅し。
黒い見掛けが、明るいグレーへと変わる。
それは奴が、完全に燃やし尽くされた事を意味していた。
まあ、奴には。
ヒィの憐れんだ眼差しの方が、消え去る事より屈辱だっただろうが。
異形の者の落下地点から、別の者が。
純白の肌を持ったエルフが、五体満足のまま発見された。
〔彼女〕はどうやら、森の中を彷徨っていた時に。
奴に憑り付かれたらしい。
森に迷い込まされた時点から既に、奴の術中だったのだが。
何者かの命令で、〔救世の御子〕抹殺の手先として。
利用されていた。
その間も意識は有ったので。
瓦礫の中から救出され、地面に横たわったまま。
正気に戻ったエルフは、心境を吐露した。
いっその事、私の身も裁いて下さい。
自分には、生きている価値は有りません。
そう涙ながらにレッダロンに懇願するも、却下される。
生きて生きて生き抜いて、その身で罪を償え。
彼が、そう望んでいる。
そう言われたエルフが顔を横に向けると、ヒィがニコッと笑い掛けている。
その中に、神々しい何かを感じ取ったエルフは。
ああ、私は出会ってしまった……。
一生仕えるに値する、素晴らしいお方に。
自らを罰する様要求する、冷たい涙は。
ヒィの笑顔に柔らかく照らされ。
ほのかな温もりの、喜びの涙へと変わっていた。
こうして多くの謎を残しながらも、武闘会に纏わる一連の出来事は。
漸く幕を下ろした。
ここで起こった事は、この世界の各地へと伝えられた。
そして本格的に、予言・天啓に纏わるモノが。
動き出すのだった。




