乗っ取り画策、その結末は
「乗っ取りだと!」
「どう言う事だ!」
『聞いてないぞ』と言った風に、観客席から怒号が飛び交う。
そこへ。
「鎮まれーーーい!」
声を上げたのは、運営長のミーリだった。
ユキマリがマイクの様な道具を持って、その声を拾う。
ミーリが全体に語り掛ける。
「知らせなかったのは、武闘会を中止するのが難しかったからだ!済まぬ!」
「「「ど、どう言う……!」」」
そこでハッとする観客達。
あれだけ盛り上がっていた状況、それを目の当たりにしては。
如何なる理由が有ろうとも、中止を発表すれば暴動が起き。
テトロンの町が破壊されかねない。
それを懸念しての事、さぞ苦渋の決断だったろう。
ミーリの心中を察する、その一方で。
だからと言って、この現状を認められるものか……!
憤りは収まらない。
そこでミーリは、闘技場内を指してこう告げる。
「託そう!彼等にはもう【依頼してある】!この現状を正常化する事を!」
「当然。承ってるわ。」
自信満々に胸を張り、サフィは言う。
何時の間に、依頼を受けた事に成ったんだ?
ヒィは少し納得行かないが、サフィが水面下で取引でもしたのだろう。
そう思う事にした。
サフィに対し、ラモーが叫ぶ。
「イヌ族の長は、クーシャ様だ!立会人も認めている!もう覆らぬぞ!」
「はいはい、そりゃどーも。」
サラッと流すサフィ。
ラモーの本心では無い事を知っていたから。
サフィは壇上に向けて、こう続ける。
「何が起きても文句を言わない、そう約束したでしょ?覚悟しなさい、【クーシャとやら】。」
このサフィの言葉に、皆が反応する。
「何っ!優勝したラモーが仕組んだのでは無いのか!」
「首謀者は、あの女だと!」
「説明してくれ!俺達にも分かる様に!」
次々と説明を求める声が、観客席から飛んで来る。
『分かった、分かったから』と、それに応える様に手を上げながら。
サフィが言う。
「あたしより適任が居るわ。そうよね?あんた。」
サフィが説明係に指名したのは。
これまで無口を貫いて来た、レッダロンだった。
ポツッと、レッダロンが漏らす。
「お主、知っていたのか……。」
「勿論。あ、こいつと彼女にも一応言ってあるから。」
ヒィとアーシェを指しながら、サフィはレッダロンに言う。
『御指名とあれば、仕方あるまい』と。
レッダロンは語り出した。
〔クーシャが、イヌ族乗っ取りの首謀者である〕事の説明と。
自分が無表情を貫いて来た訳を。
それはヒィと、密接に関係する事だった。
武闘会に関して、不穏な動きをしている輩が。
エルフの中に居る。
そう、とある情報網から齎された。
元々【別の用】で、立会人として参加を求められていた私は。
しらばっくれた振りをして、裏で調べていた。
そして確証を掴んだ。
裏切者が、確かに居る事を。
既にこっそりと、エルフの精鋭をこちらへと向かわせている。
後は、現場を押さえるだけ。
その点では、こちらの彼女と一致している。
さあ、私達も本気を出そうか。
ここで見逃したと有っては、エルフの沽券に係わるんでな。
ここまで、レッダロンの談。
観衆には多少、説明不足では有るが。
後は、そこのお嬢さんに譲ろう。
レッダロンがそう言うので、ご機嫌な感じになり。
サフィが話を受け継ぐ。
「このエルフが言った〔別の用〕ってのは、アーシェと同じよ。」
「まさか!彼が〔救世の御子〕だと!」
思わずバッと顔を上げ、壇上を見上げるアーシェ。
今回の武闘会で優勝した者が、〔救世の御子〕候補。
その称号に足り得る者か、見極めて欲しい。
そう、或る魔導士から頼まれたそうだ。
結局は的外れだったが。
レッダロンは言う。
「こんな【簡単な呪法】に引っ掛かる様では、認める訳には行かんな。」
「でしょでしょー。こいつに、簡単に捻り潰される位だもんねー。」
サフィは嬉しそうに、ヒィの方を見やる。
〔自分が見出した者の方が優れている〕、その事実に満足する様に。
逆にヒィは、困った顔をする。
注目を集めるのは、苦手なんだがなあ。
頭をポリポリ掻きながら、頬を赤らめる。
そこへゴーラ応援団の中に紛れていた、ジーノから。
檄が飛ぶ。
「兄貴ーっ!カッコ良い所、バシッと見せてくれよーっ!」
「だってさ。どうする?」
ジーノの言葉を受けて、サフィがねっとりとした口調で。
ヒィに迫る。
『はあっ』と大きく、ため息を付くヒィ。
結局最後は、こうなるのか……。
まあ、ここは人助けとして。
割り切りますか。
思い直したヒィは、背中から剣を抜くと。
チャッと身体の前に持って来る。
いつもの、中段の構えで。
肩の力を抜き、まずは。
ちょんっ。
アーシェの背中に負ぶられているバウジェの身体を、剣先で軽く突く。
すると。
ブワアアアァァァッ!
バウジェの身体から、黒い煙が勢い良く噴き出して。
ジュッ!
煙は呆気無く、空中で消滅する。
ゆっくりとアーシェが、背中からその身を降ろすと。
観客席から、ドッと歓声が沸く。
あんなにヨボヨボだった長が、シャキッとしている。
ブルドッグみたいに、小さく感じた見かけが。
土佐犬の様な、立派な姿に。
こちらが、本来のバウジェ。
まだまだ現役で、長を務められる位に。
筋肉隆々、茶色い毛並みも艶やか。
まるで全盛期の様な雰囲気を醸し出している。
それを見て満足するサフィ。
『おおーっ』と、思わず感嘆の声を漏らすレッダロン。
しっかりと大地を踏み締め、高らかにバウジェは宣言する。
「長を引退するとは、一言も言っておらん!全ては、あ奴の作り話だ!」
「な、何をーっ!」
クーシャの心中を代弁する様に、ラモーが怒鳴る。
しかめっ面のまま。
早く、開放して下され。
目でそう訴えているのが、ヒィには分かる。
ヒィは剣を右手で高く掲げ、思い切り叫ぶ。
「浄化の炎よ!我が意思を以て、その不浄を消し去り給え!」
すると、剣先が青白く輝き。
ボウッ!
青い炎が1メートル程立ち上り、剣から離れ『ブワッ!』と空中へ。
5メートル程の高さまで浮き上がったかと思うと、バッと四方八方へと散り。
一目散に飛んで行く。
その行き先は。
ジュルッ!
「あーーーーっ!」
観客席から、悲痛な叫び声が。
声の主は、〔武闘会のパス〕収集家。
今回の武闘会でも獲得しようと、事前に何人かの立会人達と交渉していたらしい。
しかしもう、手に入らない。
何故なら。
青い炎で、完全に溶かされてしまったからだ。
そう、裏切者のエルフは。
クーシャと手を組んでいた。
クーシャは、イヌ族を乗っ取る為に。
そしてエルフの方は、【〔救世の御子〕候補の抹殺】の為に。
パスに呪術を仕込んで、クーシャがしれっとそれを渡す。
まさか自分が、そんな大それた事をしようとしてるなんて。
夢にも思うまい。
『しめしめ』と思っていた所に、アーシェからの報告。
その事を、アンビーが広めてしまった噂から伝え聞いた。
焦りはしたが、『大丈夫だ』とエルフに言われ。
堂々と振る舞っていた。
しかし今は、完全にアウェー。
自分に対して敵意剥き出しの奴等に、囲まれている。
味方は最早、誰も居ない。
顔面が真っ青になるクーシャ。
その喉元には、ラモーの剣が付き付けられている。
「よくも私達を、侮辱してくれたな……!」
その声には、ただならぬ憎しみが込められている。
どうしてくれよう!
観客席からも、『殺せ!殺せ!』の大合唱。
精神的に追い詰められる、クーシャ。
こうなれば、潔く死のう。
自らラモーの剣の刃先に、首を出そうとする。
そこへ。
「ふざけるなーーーーーーーーっ!」
大きな声を張り上げたのは、ヒィ。
人一倍優しいヒィは、『誰も死なせたくない』と望む。
『みんなを助けたい』と願う。
だから、叫び続ける。
「裏切者のエルフと、同類になりたいのか!お前達はーーーーっ!」
活を入れるヒィ。
そこで、はたと気付く観客達。
何て事だ……!
俺達は、何て恐ろしい事を口にしていたのか……!
『殺せ!』の声から、一瞬静まり返ったかと思うと。
今度は、パチパチと拍手が。
何処からともなく湧き上がり。
それはうねりとなって、場内を包む。
空気をがらりと一変させた、その技量。
ほう、やるではないか。
ヒィをジッと見ながら、レッダロンは思う。
その視線に気付いたのか、サフィは割って入り。
レッダロンに宣言する。
それはもう、必死に。
「あたしが初めに目を付けたんだからねっ!横取りしようったって、駄目なんだからねっ!」