女神?それとも魔法使い?
女剣士を治したのは、あくまで『〔女神の力〕に因る物だ』と言い張るサフィ。
しかし、ギャラリーの反応は。
「いや、あれは【魔法】だろ。」
「だよなあ。」
「あの嬢ちゃん、【魔法使い】だったのか。」
「違う!違うって!これはあたし自身の……!」
懸命に主張するも。
その必死さが、反って〔女神〕と言う単語を陳腐にさせる。
うな垂れるサフィの左肩に手を置いて、ヒィが慰める様に言う。
「これで懲りたら、これからはもっと真っ当な……。」
「まあ良いわ!まだまだ、あたしの力を見せつける機会が有るもの!」
ヒィの言葉を遮る様に、サフィの元気な声が被さる。
『バッ!』と、ヒィの腕を払いのけると。
『挫けるもんか!』と言った風で肘を畳み、グッと両拳を体に引き付け。
空を見上げて、『あっはっは!』と高笑い。
あちゃーーっ。
右手を顔に当て、『やっちゃった』と言う顔付きになるジーノ。
折角の、兄貴の優しさが台無しに……。
案の定、ヒィは暗く渋い顔。
気を遣った自分が馬鹿みたいじゃないか。
周りから見たら、凸凹コンビに見えるだろう。
それはもう、仕方無いとして。
ここではっきりさせる事は、2つ。
1つは、サフィがやった事。
もう1つは、〔何故女剣士が、ヒィ達を襲ったのか〕。
サフィが聞き付けた噂の、『怪しい動きを見せる王国』との関係は……?
サフィの傲慢とも取れる態度に、呆れたのか。
ギャラリーは、あっと言う間に居なくなった。
残されたのは、ヒィ達と女剣士。
彼女も、抵抗する素振りを見せず。
寧ろヒィ達と、会話を交わしたがっている。
街道で立ち止まって長話は、通行の邪魔と成る。
ここは一旦、デイヅの町へ向かう事となった。
人口千人弱の、人間コミュでは標準規模の町。
フキに一番近いと有って、ネロウの知り合いも何人か居る。
『話を付けて来るよ』と、落ち着ける場所を確保しにネロウは先行。
馬車の運転はヒィ。
荷台にはサフィと、何故かギュッとジーノを抱きかかえる女剣士。
4人で定員一杯なので、荷台からヒィの隣へ移ろうとしたジーノだったが。
女剣士に捕獲され、揉みくちゃにされた。
さっきまでとは打って変わって、女剣士は甲高い声で『可愛いー!』を連発。
複雑な表情で、固まったままのジーノ。
助けを呼ぼうにも、ヒィは運転中。
サフィはこの様をニヤニヤ笑っているのかと思いきや、ブスーッと膨れている。
ドン引きな態度と目線を取りながら、潮が引く様にサーッと自分の下から居なくなったギャラリーに対して。
大層、ご立腹らしい。
何よ!
あんな奴等に、あたしの魅力が分かるもんですか!
勝手にそう解釈している。
実際は、哀れなアホの子を見る様な目付きだったのだが。
余計な事を言って、これ以上拗らせたく無かったので。
ヒィは黙って、運転に専念。
ジーノの弱々しい悲鳴も聞こえていたが。
ここは正念場、もう直ぐ着くから堪えてくれ。
そう念じる事しか出来なかった。
物の十数分で、デイヅの町に到着。
その頃には、女剣士がジーノに対して平謝り。
何でも、可愛らしいモノに目が無いらしい。
三叉路で初めて見てから、一度ギュウウッとしたかった。
その衝動が抑えられなかった事を、心から恥じている様子が見て取れる。
ジーノはビクビクしながらも、ウルッとする女剣士の瞳を見て。
『許すよ』とポツリ。
『済まぬ!』と再び、ガバァッとひれ伏す女剣士。
『良いから!良いから!』と焦るジーノ。
その中、1人ボーッとしているサフィ。
『誰も構ってくれない』と言う虚しさから、黄昏ているのだろうか。
変な取り合わせに、すれ違う人達はチラッと視線を送るだけ。
見てはいけない物を見てしまった感覚。
『触らぬ神に祟り無し』を、地で行っている様にも思える。
町中へ入って少し直進すると、或る家の前で手を振るネロウが。
彼の知り合いの家の客間を、ちょっとだけ借りられる事に。
家の近くで馬車を止め、馬止めに繋ぎ止めると。
ヒィ達はさっさと降りて、家へと向かう。
『あたしなんてどうでも良いのね、そうなのねー』と、生気を失った感じのサフィは。
ズルズルと、ヒィに引き摺られ。
女剣士は、ジーノの後ろを付き纏う様に。
とんだ珍客に、家主の男性も怪訝そうな顔。
ヒィが直ぐに挨拶する。
「申し訳有りません。ご無理を聞いて頂いて……。」
「いやあ、ネロウの奴が必死でね。あ、そんなに気になさらず。甥の頼みですから。」
「そうですか。ありがとうございます。」
どうやら、ネロウの親戚の家らしい。
一礼して、ヒィが先頭で家の中へ。
『こっちだ』と、ネロウが案内する。
続いてサフィ、ジーノ。
女剣士も、一礼して入って行く。
その鎧姿に、何処かで見た事の有る様な感覚を覚える家主。
それがはっきりするのは、この後の事だった。
「済まなかったーーーーっ!」
ネロウに導かれて、入った客間で。
全員が席に付いた、その瞬間。
開口一番に女剣士が発した言葉が、これ。
やや広い部屋の真ん中に置かれた、大きな長方形のテーブルの周りに。
入り口から奥に在る、家主が座る椅子が1つ。
入り口を背にする位置に当たる対面に椅子1つ、ここに女剣士。
家主から見て右側に、ネロウとヒィ。
左側に、ジーノとサフィが。
それぞれ着席している。
女剣士は、皆が席に付いたのをしっかりと確認し。
ガバッと立ち上がって、深々と頭を下げ謝罪の言葉を述べたのだ。
話を進める為ヒィが、頭を上げる様促す。
「こっちも怪我を負わせてしまったんだし、お相子と言う事で……。」
「相子では無い!これを見てくれ!」
突然、鎧を脱ぎ出す女剣士。
止める間も無く、鎧はその場に置かれ。
無垢な姿が晒される。
なんて事は無く。
中にはしっかりと、艶々とした真っ白な厚手の服を着込んでいる。
驚いたのは、服にダメージが全く見られない事。
当然、身体の方も。
「無傷なのだ。派手に鎧が溶け、物凄い熱量を被ったのにも係わらず、だ。」
「不思議な事も有るもんだ。」
家主はその場に居合わせなかったので、どの様な惨状だったのか知らない。
だからそんな、呑気な言葉が出て来た。
しかし、しっかりと見ていたネロウは違う。
「確かに!金属が溶ける程なのに、何とも無いなんて!」
「だーかーらー。あたしの力なんだってば。癒しの力。」
右肘をテーブルに付いて、『やれやれ』と言った感じで右掌を上に向けながら。
退屈そうに、サフィが言う。
すると女剣士が、サフィの発言に反応する。
「だとすれば。あなたには相当、高位の精霊が付いているとしか……。」
この世界に、魔法は有る。
土の妖精ドワーフと、それと縁の深い土の精霊が居る様に。
妖精も精霊も【火・風・水】等、他の要素が存在し。
精霊の力を借りる事で、妖精も他の種族も魔法として力を行使出来る。
癒しの力は、主に水の精霊が関わる範囲。
サフィの持っていた、透き通る様な水色の棒が。
その力の根源を表している。
そして精霊の中にも、5段階のランクが有り。
高位の精霊に認められれば認められる程、それだけ凄い力を発揮出来る。
〔神器〕とサフィが呼ぶその棒が、魔法具だとすれば。
色々と納得が行く。
そしてサフィが再三〔自分は女神だ〕と主張するにも係わらず、皆が〔魔法使いだ〕と考えるのは。
ヒィの質問から、明らかだった。
「お前。俺が対峙していた時、棒から何かを出したよな?あれは明らかに、〔水系統〕じゃ無かったぞ?」
「オラも見たぞ。どっちかと言うと、〔火系統〕だった。ボウッと燃えた感じのさぁ。」
「そ、それは……。」
まごつくサフィ。
ヒィが畳みかける。
「神なら、管轄が決まっている。【別系統の技は使えない】筈だが?」
「ええと……何の事かな?」
惚けるサフィ。
この世界の神は、〔領域不可侵〕の暗黙の了解が有るらしく。
八百万と形容される様に沢山は居るが、系統ごとに分ける事が出来る程。
だから神なら、複数系統を操るなんて御法度。
別系統の精霊と契約し魔法を使う事が出来る〔魔法使い〕なら、話は別だが。
だからこそ、サフィの主張は否定されるのだ。
不味いっ!
ズズズイイィッと、ここぞとばかりに迫って来るヒィに。
危機感を感じたのか、話題逸らしを。
ガタッと立ち上がると、勢い良く女剣士を指差しながら。
震え声で、サフィが訴える。
「そ、それよりあんた!謝る位なら、まずは名乗りなさいよ!それが礼儀ってもんでしょ!」
「それもそうだ。私もその鎧に見覚えが有って、気にはなっていたんだ。」
家主が相槌を打つ。
ナイスアシスト!
サフィが家主へウィンクするも、気付かれずスルーされる。
家主がそう言うので、ネロウもジーノも追従する。
渋々、ヒィも同意。
一先ず、サフィへの追及は後回しにされた。
ホッとするサフィ。
ヒィはまだ、疑惑の目を向けていたが。
女剣士は姿勢を正し、改めて深々と頭を下げながら。
自己紹介をする。
「私は【カッシード公国】所属の騎士、【アルシャンディ=エスラ=ゼストリアン】と申す。お見知り置きを。」