噂に係わるモノ
「ええと、ゼストリアンさんでしたっけ?」
「【アーシェ】で結構だ、【救世の御子】よ。」
ヒィの問い掛けに、そう答える女剣士アーシェ。
彼女の自己紹介に、家主が驚きの声を上げる。
「そうか!カッシード公国か!道理で見覚えの有る鎧だと……。」
「叔父さん、知ってるのか?」
不思議そうに尋ねるネロウ。
家主は昔、行商人として各地を旅していた時期が有る。
その中でも特徴的な国家だと、家主は言う。
「あそこは、実り豊かな大地に恵まれていてな。その土地を狙って、攻めて来る種族も多いんだよ。」
「そう。だから、他の人間コミュとは一線を画す程の軍事力を保有している。騎士団なる物が幾つも組織され、軍備が増強されているのだ。」
付け加えるのは、アーシェ。
何でも、武力強化の為に提携している各コミュの技術を吸収し。
武器や防具を量産している。
しかし貴族階級のそれは、或るドワーフ族の特注で。
持ち主が限られているのだとか。
軽くて丈夫、大抵の攻撃は難無く跳ね返す。
鮮やかな銀色を放ちながら。
アーシェの脱ぎ捨てた鎧が、正にそれ。
家主がカッシード公国の重要拠点を訪れた際、目の前で現物を見た。
光り輝く中、細やかな文様の彫り。
その丁寧で見事な仕事振りに、感銘を受けたと言う。
だから、良く覚えていた。
ふむふむと頷く家主。
アーシェが話を続ける。
「実は。この地を訪れたのは、〔或る者〕を探し出す為なのだ。」
「それが、兄貴?」
ジーノがアーシェに聞く。
少し躊躇った後、コクンと頷く。
「私は、そう考えている。『彼こそが、そうだ』と。」
「そういやさっき、〔救世の御子〕とか何とか言ってたな。」
ネロウが反応する。
ヒィに対して、明らかに場違いな呼称を用いた。
そのヒィが、サフィを指差しながら。
アーシェに質問する。
「こいつが、変な噂を聞いたらしいんですけど。『或る国があちこちに人を派遣して、何かを探している』とか。あなたと何か、関係が有りますか?」
ヒィにとっては、普通の質問だった。
この場に居る者にとっても、何の変哲も無い。
しかし、それを聞いたアーシェは。
ギョッとした顔付きになり、わなわなと震え出す。
「そんな馬鹿な!こちらの動きは洩れぬ様、何重にも秘匿されている筈だ!」
?
皆、頭の上にハテナマークが浮かぶ。
噂を齎した、肝心のサフィを除いては。
明後日の方角へ目線を向け、舌をぺろりと出し。
誤魔化そうとするサフィ。
「あっれー?そうだったっけ?」
「そなた!何処で!誰から!その情報を!」
ガタッと椅子から立ち上がり、つかつかとサフィの傍まで来ると。
強張った顔で、サフィに詰め寄る。
目の前のテーブルをバンバン叩き、まるで取り調べの様。
それでも惚け続けるサフィ。
「そんなの、忘れちゃったわよ。あたしだって結構、忙しいのよ?」
「いーや!私達の隠密行動に抜かりは……!」
サフィの胸ぐらを掴む勢いのアーシェを、諫める様に。
ジーノが割り込む。
「ちょっと!良く考えて見なよ!何でオラ達が、三叉路に居たあんたをあんなに警戒していたのかって!」
「それは、私の存在が町へ伝わって……。」
「ボロ布に包まれている位だったら、『何処かの貧しい人が居る』ってだけだろ!」
「だからそれは、私が剣を抜いて……。」
「その前からよそよそしかっただろ!そもそもオラの帽子が、そっちに転がっていなかったら……。」
そこまで言って、あの時の失態を思い出したのか。
うな垂れるジーノ。
その時、ポツリとサフィが。
「あ。あれ、あたし。」
「え?」
ガバッと顔を上げ、素っ頓狂な声を上げるジーノ。
直ぐにサフィの顔をジロッと睨む。
むむむむむーーーっ!
ひゅ、ひゅーーっ。
中途半端に鳴らない口笛を吹きながら、サフィは天井の方へ向かってまたポツリ。
「そ、その方が手っ取り早いかなあって。」
「お前が風を吹かせたってのか!」
「わ、悪かったわよ。この剣士が、そんなに血気盛んな奴だとは思わなかったからさぁあ。」
事態の収拾を、とっとと図りたかった。
どうせ三叉路では、派手なやり取りは出来ないし。
そんな事をしたら、屈強な奴等がわんさか湧き出て来て。
力を示す所では無くなるから。
ただ、簡単に斬り掛かるとまでは思ってなかった。
そう言い訳するサフィ。
ニタニタしながら、ジーノとやり取りするので。
段々馬鹿らしくなって来るジーノ。
これも、あいつの作戦か?
アホを演じているのか、純粋なアホなのか。
今一、掴み所が無い。
対して、サフィの発言に反応する者。
それはヒィと、アーシェ。
ヒィがサフィに迫る。
「やっぱり知ってるな?何もかも。」
「な、何の事かなー?」
目が完全に泳いでいるサフィ。
その顔を固定する様に、頭の両側を両手でバシッと挟み込み。
ジロッと睨み続けるヒィ。
余りの迫力に、流石のサフィも。
苦笑いの中、冷や汗たらたら。
冷や汗が出そうなのは、アーシェも同じ。
サフィは確かに言った。
〔手っ取り早い〕と。
つまり。
ボロ毛布の中身が誰かを、事前に知っていたと言う事。
念には念を入れて、辺りの情報操作までして。
自分の正体が悟られない様、万全を期した筈なのに。
何故か筒抜けだった。
自分に嗾ければどうなるかまで、或る程度想定していた事まで。
不思議が不思議を呼び、頭が沸騰しそうだ。
しかしサフィは、ヒィの顔の前に手を突き出し。
近過ぎるヒィの怖い顔を、無理やりギューッと押し返して。
焦りながらいつもの様に、あの言葉で押し切ろうとしていた。
「ほら。ファンタジーだから、これ。ね?ね?」
サフィの言動で、多少場が混乱したが。
アーシェの話をもっと聞きたい、家主とネロウの尽力により。
何とか落ち着きを取り戻す。
にゃはははー。
頭を掻きながら、未だに誤魔化し続けるサフィ。
頬をちょっぴり膨らませ、抗議の意思を示すジーノ。
呆れや憐れみを通り越して、最早サフィの仕草にピクリとも反応しないヒィ。
冷静な場が整ったのを確認し。
『コホン』と1つ咳払いした後、アーシェは話し出した。
隠密行動の意味と、〔救世の御子とは何ぞや〕に付いて。
それはこの世界にとって結構、深刻な内容だった。




