旅支度、何時(いつ)の間にっ!
エルフの長に会う事となったが、ヒィ達は一旦引き返す。
ここには話し合い〔だけ〕をするつもりで訪れたので、本格的な旅の装備を持ち合わせていない。
なので、屋敷に戻って荷作りをしないと。
〔エルフの戯れ〕を離れ、細い道を辿る。
筈だった。
しかし……。
「戻る必要は無いわよ。」
抜けようとするヒィを、サフィは引き止める。
思わずオウム返しするヒィ。
「何でさ。」
「こんな事も有ろうかと思ってねー。ちゃーんと用意していたのだよ。」
自慢気に言うサフィ。
すると何時の間にか、サフィの後ろに荷物らしき袋が。
袋を担ぎ上げては、『これがあんたの分、こっちはユキマリの分』と渡して行く。
冗談だろ?
俺達はここに来る前、旅支度なんてして無いぞ?
疑心暗鬼になりながらも、袋の中身を除くヒィ。
恐る恐る、ユキマリも。
すると。
旅立つ時に自分が詰めている、いつもの衣服が入っているではないか。
ギョッとした顔になるヒィ。
ユキマリと目線が合う。
彼女も驚いた顔付きになっていた。
そりゃそうだ、身に覚えが無いのだから。
しかし確かに、この感じは俺自身の手でやった物だ。
『不気味過ぎる』と、おっかなびっくりの2人。
それとは逆に、『ふんふんふーん』と鼻歌交じりのサフィ。
こいつが何か仕掛けたのか?
うーん、良く分からない。
悩む2人に、サフィが言う。
「そんなに信じられないの?〔あれ〕を入れさせて良かったー。」
「あれ?あれって何だ?」
直ぐ様反応するヒィ。
サフィは荷物袋を指しながら言う。
「入っている筈よ。〔手紙〕がね。」
何を言い出すんだ?
そう思いながらも、2人は袋の中を探る。
すると『ガサッ』と言う音と共に、何か薄っぺらい物を掴んだ。
ゆっくり取り出してみると、ただの紙だった。
便箋らしきそれには、文字が書いてある。
ヒィとユキマリ、双方同じ文言が。
それは。
《何とかなったから、頑張れ。》
「こ、これって私の……!」
紙を持ったまま、わなわなと震え出すユキマリ。
確かに自分の筆跡だ。
思わずサフィへ叫ぶユキマリ。
「どうなってるの、これっ!私、書いて無いわよ!こんなの!」
「でもあんたの字でしょ、それ。誰かが真似したって言うの?」
「そ、それしか考え……!」
言葉に詰まるユキマリ。
一方でヒィは、その文言から。
【或る可能性】を見出していた。
それを裏付ける様に、ヒィが取り出した紙には。
ぶら下がっている者が居た。
それは紙から離れ、ヒィの左肩に乗ると。
「ピッピッ。」
頭を左右に傾けながら、嬉しそうに鳴いている。
ヒィが目を丸くして言う。
「リディ!」
「ピーッ。」
それは、ヒナの姿をしたリディだった。
小さな羽をパタパタさせて、頭をヒィの首元にスリスリする。
戸惑うヒィに、サフィが声を掛ける。
「どう?信じる気になった?」
「信じざるを……得ないな。」
トホホ。
結局、付いて来るのか。
大人しく待っている様に言ったんだがなあ。
……いや、待てよ?
あの推測が当たってるなら、これは【大人しく待っていたご褒美】的な感じなのか?
くっそー、サフィのやる事は分からん……。
考え込むヒィ。
その間もリディは、ヒィの身体をあちこち乗り回る。
そして『ここが自分の居場所だ』と主張するかの様に、ヒィの髪の毛の中に潜り込む。
対してユキマリは、混乱が加速する。
リディはただの女の子、〔火の鳥〕なんてただの設定。
そう思っていたから。
ヒィの屋敷に住み始めてから、リディはずっと少女の姿だった。
熱心に慕う姿から、〔ヒィの身内だ〕と考えていた。
だからこそ可哀想に思われ、ヒィとの相部屋を認められたのだ。
今、目の前で。
ヒナを『リディ』と呼ぶヒィが、不思議で堪らない。
ただでさえ手紙を見て、頭の中がおかしくなってるのに。
何よ!
何なのよ!
そう叫びたくなるユキマリ。
でも流石に自重する。
ここで喚いても、何の解決にもならないし。
第一、『この程度でそんな態度を示すなら、同行は無理ね』と。
サフィに判断されかねない。
折角のチャンス、逃す訳には行かない。
絶対に良い所を見せて、これからもヒィと旅するんだから!
そこまで考えると、ユキマリの思考も落ち着きを取り戻す。
現実を受け入れなさい、それが一番の道。
自分にそう言い聞かせ、ユキマリは前を向いて進む事に決めた。
スッキリしたら、悩んでいた自分が馬鹿らしくなる。
顔付きも若干、明るくなって来た。
それは〔気持ちが整理出来た〕のでは無く、〔開き直った〕だけなのでは?
そう思う人も居るかも知れないが、突っ込むのは野暮と言うもの。
ユキマリの為に、そっとしておいてあげよう。
「焔鳥とは、珍しいですね。」
エルフ達に、そう声を掛けられるヒィ。
『成り行きで、まあ……』と照れるも、『ピーッ』と鳴く声がするので。
顔を緩ませる訳にも行かず、ヒィの顔面筋肉は引き攣りそうだ。
ややこしいヒィの表情を見て、ゲラゲラ笑っているサフィ。
ユキマリはすまし顔、『我関せず』と言った感じか。
3人共、既に袋を担いでいる。
何時でも旅立てる、準備は整った。
「それでは、どうぞ。」
エルフ達は満を持して、物体に掛けている幻術を解く。
すると木の様に見えていた物が、キラリと輝き出す。
純銀で出来た、木の彫像。
それと見間違う位に、見事な造り。
恐る恐るヒィは、木の幹に触ろうとする。
その後ろから、『なーにビビってんのよっ!』と。
サフィがドスッと体当たり。
「いてっ!こ、こらっ!何を……!」
怒りながら、右手拳を振り上げようとするヒィは。
バランスを崩し、倒れ掛かる。
不本意ながらその時、左手でガシッと幹を掴んだ。
その途端、ヒィの姿が『シュッ!』と消える。
『さあさあ、あんたもあんたも!』と、強引にサフィが勧めて来るので。
『脅かされては堪らない』と、自発的にユキマリも幹を掴む。
シュッ!
ユキマリも姿を消す。
『じゃあ、あたしも!』と、幹に抱き付くサフィ。
ヒュッ!
サフィの消え方が少し怪しかったが、気にしない。
無事に移動したのを見届け、エルフ達2人は。
〔エルフの戯れ〕に幻術を掛け直し。
自分達も幹に触れ、暮らしている土地へと移動したのだった。
フキ近郊に浮かぶ、空中島へ乗り込んだ3人。
待っているのはワクワク感か、それとも苦難の道か……。