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第六章 婿選び初試(しょし)

 翌朝、杭州こうしゅうの空は格別に青く澄み渡り、微風が西湖の蓮の香りを運んでいた。


 蘇府の門前は、すでに黒山の人だかりができていた。江南各地から集まった才子や佳人たちが、ある者は意気揚々と、ある者は緊張に震え、またある者は自信満々な様子で佇んでいる。


「従兄さん、見てください。すごい人ですよ!」小環ショウカン顧雲深グー・ユンシェンの袖を引き、驚きに目を見開いた。


 顧雲深が周囲を見渡すと、ざっと見積もって少なくとも三、四百人はいる。その多くは儒学者の服を纏い、扇子や書物を手にした文人の風貌だ。中には豪華な衣装に身を包み、傲慢な態度を隠そうともしない富商の子弟も混じっていた。


「人が多いのは当然だ」顧雲深は冷静に言った。「蘇青そ・せいは江南第一の才女であり、首富(トップの富豪)の娘だ。彼女を娶りたいと願う者が多いのは無理もない」


「従兄さん、合格できるでしょうか?」小環が心配そうに尋ねる。


「できるさ」顧雲深の口調は断定的だった。「合格するだけでなく、すべての者に『顧雲深』という名を刻み込んでやる」


 その時、蘇府の大門がゆっくりと開き、一人の中年男が姿を現した。深い紺色の錦袍をまとい、儒雅な面持ちながら、その瞳には精明さと知恵が宿っている。


「皆様、お静かに」中年男が朗々と声を上げた。「私は蘇府の執事、王遠おう・えんと申します。我が家のお嬢様の婿選び試験にお越しいただき、感謝申し上げます」


 群衆は一瞬で静まり返った。


「本日の初試、試験科目は『詩詞歌賦ししかふ』。お題は『江南の春』です。皆様には一炷香(いっしゅこう/線香一本が燃え尽きる間)のうちに、一編の詩または詞を完成させて選考に付していただきます。作品は我が家のお嬢様が自ら評定し、復試(二次試験)へ進む上位十名を選出いたします」


 群衆の間にざわめきが広がった。


「江南の春? 簡単すぎるだろう!」

「そうだ、そんなお題、五歳の子供でも書けるぞ!」

「蘇家のお嬢様も、我々を侮りすぎではないか?」


 王遠は微かに微笑んだ。「お題は単純に見えるかもしれませんが、それだけに誰が新意を出し、深みを書けるかが問われます。お嬢様が求めているのは、ありふれた春の詩ではありません。江南の特色を体現し、時代の風貌を反映した佳作なのです」


「では、開始いたします!」


 王遠が手を振ると、従者たちが線香に火を灯した。


 顧雲深は机の前へ歩み寄り、毛筆を手に取って構想を練り始めた。


 江南の春……。

 脳裏に浮かぶのは、柳の堤、咲き誇る桃の花、西湖に浮かぶ舟、そして行き交う商船。それは単なる美景ではなく、江南の繁栄であり、商業の興隆であり、富の流動そのものだ。


 昨夜書いた《江南春》を思い返したが、あれでは不十分だと感じた。もっと蘇青の心を揺さぶり、自らの商業と時代に対する理解を叩きつけるような詩が必要だ。


 彼は目を閉じ、思考を21世紀へと飛ばした。

 そこでは、何度も春の江南を訪れた。蘇州のシルク産業の視察、杭州の茶市場の調査、寧波ニンポーでの対外貿易のリサーチ。そのたびに、彼は江南の商業的な活力に圧倒されてきた。


 江南の春は、風景の春である以上に「商業の春」なのだ。


 彼は目を開け、一気に題名を書き記した——《商春しょうしゅん》。


 東風は緑柳を吹き 糸の如く長く

 商船は織るが如く 銭塘を下る

 千金 散じ尽くすも 還た復た来たり

 貨は天下に通じ 四方を利す


 絹糸は雲の如く 四海に翻り

 茶葉は玉に似て 万邦を酔わす

 かれ 書生 用処無しと

 経世済民けいせいさいみんこそ れ商邦なり


 最後の一行を書き終え、顧雲深は満足げに筆を置いた。

 この詩には江南の春の美しさだけでなく、商業繁栄の情景が込められている。江南の地位を讃えるのみならず、「商業こそが世を治め民を救う(経世済民)」という、重農抑商の古代においては転覆的な観点を表明したのだ。


 経済に精通した蘇青なら、必ずこの深意を読み解くはずだ。


 線香が燃え尽き、王遠が告げた。「時間終了です! 筆を置いてください」


 集められた作品は後堂へと運ばれ、蘇青による評定が始まった。

 待っている間、周囲の者たちは自信ありげに自作を披露し合っていたが、顧雲深は鼻で笑った。彼らが伝統的な枠組みの中で風景を愛でている間に、自分は現代の商業思考を用いた「劇薬」を投じたのだから。


 半刻(約一時間)ほど経ち、王遠が名簿を手に戻ってきた。


「皆様、お待たせいたしました。お嬢様の選考が終了しました。復試に進む十名を発表いたします」


「第一位、顧雲深! 作品名《商春》!」


 わが意を得たりと、顧雲深は内心で喜んだが、顔には冷静さを保った。


「第二位、趙文淵!」「第三位、李子墨!」……。


 名前が読み上げられると、群衆は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

「顧雲深? 誰だそれは?」

「あのボロ服を着た書生じゃないか!」

「どこかから盗作したに決まっている!」


 非難の声が飛び交うが、顧雲深は意に介さない。真の強者は他人の評価ではなく、己の実力のみに価値を置く。


「合格した十名は後堂へ。復試は明日、『経済策論けいざいさくろん』を行います」


 後堂へ通されると、そこには静謐で雅な庭園が広がっていた。円卓には茶と菓子が用意されている。合格者たちは互いを牽制し合うように席に着いた。


 そこへ、屏風の裏から一人の女性が現れた。

「皆様、お待たせいたしました」


 淡い青の衣を纏ったその女性は、十八、九歳ほどに見えた。しなやかな身のこなしと聡明な面差し、そして人の心を見透かすような強い意志を感じさせる瞳。

 彼女こそが蘇青だった。


「皆様、私の婿選びにご参加いただきありがとうございます。初試の作品はすべて拝見しました。中でも最も深い感銘を受けたのは、顧殿の《商春》です」


 全員の視線が顧雲深に突き刺さる。


「顧殿」蘇青は彼を見つめ、称賛の光を浮かべた。「『商もまた経世済民なり』という貴方の観点、私は深く共感いたします。ぜひ詳しく伺わせてください」


 顧雲深は立ち上がり、淀みなく答えた。「蘇小姐(お嬢様)、商業は多くの者が蔑む『末業』などではなく、国家の根本です。物资を流通させ、生産を促し、税収を増やす。国を富ませ、民を強くする。商業の繁栄なくして、真の強国はあり得ません」


「素晴らしい!」蘇青の瞳に興奮が走った。「では、現在の大夏たいか王朝の商業における問題点はどこにあるとお考えですか?」


 見識を試されている。顧雲深は迷わず核心を突いた。


「三つの大きな病根があります。第一に、重農抑商の国策が商業の発展を縛っていること。第二に、官商癒着による独占が市場を歪めていること。そして第三に、貨幣制度が混乱し、流通の効率を著しく下げていることです」


 蘇青の目はますます輝きを増していく。具体的な解決策を問われると、顧雲深は「商業政策の緩和」「公平な競争環境の構築」「金融体系の統一」を挙げた。


「顧殿……貴方の見識、脱帽いたしました」


 他の候補者たちが反論を試みるも、蘇青は「私は、理屈だけでなくそれを実行できる能力を持つ人を探しているのです」と一蹴した。そして顧雲深に向き直り、「明日の復試、期待しております」と微笑んだ。


 その夜、顧雲深は蘇府の客間に泊まることになった。


「従兄さん、凄いです! 蘇小姐があんなに褒めるなんて!」小環が興奮して飛び跳ねる。


「今日は顔合わせのようなものだ。明日の『経済策論』が本当の勝負になる」顧雲深は窓の外の月を見上げた。


「何をテーマにするつもりですか?」


「『金融体系の改革』だ」顧雲深は言った。「21世紀の核心概念だが、この時代にはまだ存在しない概念だ。銀行の設立、通貨の発行、信用取引の発達……。これを大夏王朝に持ち込めば、地殻変動が起きる」


 小環には理解しがたい話だったが、従兄の語る未来には絶対的な説得力があった。


 顧雲深は目を閉じ、脳内で巨大な経済の青図を構築し始めた。

 これは蘇青を驚かせるためだけのものではない。この青図こそが、李嵩り・すうを破滅させ、王朝を新生させるための礎となるのだ。


 蘇青。彼女を味方に引き入れ、江南の資本を手に入れれば、復讐のカウントダウンが始まる。


「明日、本物の商業天才を見せてやる」


 不敵な笑みを浮かべ、顧雲深は静かに意識を研ぎ澄ませた。


【システム提示:初試を突破。蘇青の初步的認可を獲得。】

【現在地:蘇府】

【目標:復試(経済策論)を突破せよ】

【支線任務:蘇青の認可。進捗30%。】


 21世紀の金融の「狼」が、古代の経済を喰らい尽くす。

 その幕が、ついに上がろうとしていた。

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