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第三章 天都脱出


雨夜の天都城てんとじょうは、闇の中でうずくまる巨大な野獣のようだった。遠くの城壁の下では、役人たちの持つ松明が揺らぎ、怒号が遠くなったり近くなったりを繰り返している。


顧雲深グー・ユンシェン小環ショウカンの手を引き、曲がりくねった路地を縫うように進んだ。その足取りは確かで、かつ迅速だ。一歩一歩が精密に計算されている。これは、彼が長年金融市場で培ってきた本能——極限状態において最適解のルートを選び出す能力だった。


「システム、リアルタイムの路況を更新しろ」


脳内で念じる。


> 【更新中……】

> 【現在地:西郊外貧民街 第三路地】

> 【直近の巡回隊:200メートル先、南へ移動中】

> 【最適ルート:右折し第四路地へ → 市場を横断 → 西門検問所を回避 → 城外へ】

> 【予測所要時間:15分】


システムの導きに従い、二人は第四路地へ滑り込んだ。さらに道は狭まり、両側にはひび割れた民家が押し寄せる。風雨に揺れる油灯の光だけが、頼りなげに道を照らしていた。


「若……いえ、公子……」小環が息を切らして囁く。「本当に城を出るのですか? 外はもっと危ないと……」


「小環、覚えておけ」顧雲深は立ち止まり、彼女を真っ直ぐに見つめた。「これからは俺を若旦那とも公子とも呼ぶな。……『従兄いとこ』と呼ぶんだ」


「いと……こ?」


「そうだ。俺たちは故郷で災害に遭い、天都へ流れ着いて細々と暮らしてきた従兄妹だ」顧雲深は説明した。「そうすれば、俺たちの身分に理屈が通る」


小環は理解したのかしていないのか、曖昧に頷いた。「わかりました、従兄さん」


「それと」顧雲深は続けた。「何が起きても慌てるな。俺を信じろ。必ずお前を江南こうなんへ連れて行く」


彼の揺るぎない眼差しに、小環の胸の恐怖が少しだけ和らいだ。彼女は力強く頷いた。「はい。信じています」


二人は再び歩き出した。


市場を通り抜ける寸前、顧雲深が足を止めた。


> 【システム警告:前方30メートル、官兵3名が通行人を検問中】

> 【推奨:回避。左側の路地 → 厨房通路 → 市場を迂回】


顧雲深は小環を連れ、静かに左の路地へ引き返した。そこは厨房の裏口が並ぶさらに狭い道で、生ゴミの腐敗臭と饐えた匂いが充満している。


「従兄さん、ここは……」小環が鼻をすぼめる。


「少しの辛抱だ。この先が厨房通路だ」


高級酒楼『酔仙楼すいせんろう』の裏口を通り抜ける。中からは宴席の喧騒や楽器の音が聞こえ、外の雨夜とは対照的な華やかさが漏れていた。


> 【システム提示:酔仙楼は天都随一の酒楼であり、李嵩グループの重要拠点の一つです。速やかに通過してください】


顧雲深は足早にそこを立ち去り、10分後には西門の近くまで辿り着いた。


> 【システム警告:西門検問所は重兵が守備中。官兵20名以上。通常の脱出は不可能。】

> 【代替ルート発見:南へ三里、崩落した城壁箇所あり。登攀可能。】

> 【リスク:付近の廃寺『破山寺』に山賊が潜伏している可能性あり。成功率50%。】


西門は突破できない。崩落箇所を選ぶしかないが、山賊か……。顧雲深は素早く思考を巡らせる。


「システム、崩落箇所の詳細を分析しろ」


> 【分析完了:崩落幅約5メートル、高さ約3メートル。ガレ場を利用すれば登攀可能。】

> 【付近に潜伏する山賊:約10名、首領は『鉄掌てっしょう』。午前零時(子刻)頃は休息中の可能性が高い。】


時計代わりのシステム表示は午後9時半を回っていた。零時まで、あと二時間半ほどある。


「小環、少し待機するぞ。夜が更けて兵が油断する隙を突く」


二人は近くの荒れ果てた土地廟とじびょうに身を隠した。顧雲深は小環を干草の上に休ませると、入り口で外を監視しながら、脳内の「天機システム」にある歴史情報を閲覧し始めた。


> 【大夏王朝史:宣和20年、宰相・李嵩が政変。宣和帝を殺害し、7歳の傀儡・恭帝を擁立。李嵩は私人武装10万を擁し、北方蛮族とも通じている。弱点:名声への執念。】


「名声か……。歴史に名を刻むのは間違いないな、売国奴としてな」


顧雲深が冷たく笑ったその時、遠くから蹄の音が響いた。


> 【警告:禁軍の騎兵約50名が接近中。距離500メートル。】


顧雲深は素早く小環を揺り起こした。馬のいななきと、兵の怒号が廟のすぐ外まで迫る。


「おい、ここも調べるか?」

「土地廟なんぞにいるわけなかろう。狙いは顧の逆賊だ。あんな乞食同然の奴が逃げ切れるはずもない。さっさと城門の封鎖を固めるぞ。李相府からも『逃がせば首を撥ねる』と通達が来ているんだ!」


蹄の音が遠ざかる。顧雲深は安堵したが、状況はさらに悪化していた。李嵩が全力を挙げて自分を消しにかかっている。


「従兄さん……本当にお役人が追ってきているんですね……」小環の声が震える。


「怖いか? だが、奴らが焦っているのは俺を恐れている証拠だ。真実を知り、奴らを倒せる唯一の人間を恐れているのさ」


顧雲深は立ち上がり、窓の外を見た。雨は止み、東の空がわずかに白み始めている。


「行くぞ、小環。今がその時だ」


二人は土地廟を抜け、システムのナビに従って城壁の崩落箇所へ辿り着いた。そこは絶好の脱出ポイントだった。砕けた石を足場に、顧雲深は小環を引き上げ、城壁を越えた。


だが、城外に降り立った瞬間、遠くから鋭い叫び声が上がった。


「誰だ! あそこに影が見えるぞ!」


破山寺の方向から、数人の人影が松明を持って走り寄ってくる。山賊だ。


「走れ!」


顧雲深は小環の手を引き、荒野を駆け出した。後ろから風を切る音が聞こえ、一本の矢がすぐ脇の地面に突き刺さる。


> 【警告:山賊が追跡中。距離100メートル。南東の小川へ向かえ。水に入れば追跡を撒ける。】


「追え! 捕まえれば銀20両だ!」


山賊たちの下卑た笑い声が聞こえる。顧雲深は内心で鼻で笑った。俺の価値がたったの20両だと? 21世紀のウォール街で、俺が数分で動かしていた金の額を教えてやりたいものだ。


二人は冷たい小川に飛び込み、膝まで浸かりながら対岸へ渡った。追ってきた山賊たちは、凍えるような冬の川を見て追撃を断念し、悪態をつきながら引き返していった。


森の中へ逃げ込み、ようやく二人は一息ついた。

朝日が昇り始め、遠くに天都城のシルエットが浮かび上がる。かつて栄華を誇った都が、今は虚像のように見えた。


「従兄さん……私たち、逃げ切れたんですね……」


小環は涙を流していた。顧雲深は懐の銅銭を取り出し、数えた。——わずか12枚。


「小環、これが俺たちの全財産だ。12枚の銅銭で、一ヶ月かけて江南へ行くぞ」


あまりに無謀な旅路。だが小環は、顧雲深の瞳に宿る輝きを見て、迷いなく頷いた。


「はい、従兄さん。どこまでもついて行きます」


顧雲深は南の空を見据えた。

今は一文無しの乞食かもしれない。だが、現代の金融知識という最強の武器がある。この腐り果てた大夏王朝のルールを、俺が根本から叩き潰してやる。


> 【システム提示:脱出任務完了。メイン任務第二章:江南での立足。】

> 【新任務:旅先で軍資金を調達せよ(現代の商業知識を活用せよ)。】


「金を稼ぐことか」顧雲深の口角がわずかに上がった。「それは俺の専門分野だ」


21世紀の「狼」が、古代の市場に牙を剥く。


「小環、ついてこい。すぐにいい暮らしをさせてやる」


二人は朝日に背を向け、南へと続く長い街道を歩み始めた。

大夏王朝を揺るがす逆転劇は、ここから加速していく。



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