第27章 趙宮の遺恨
一、凱旋
天啓元年、九月九日。
帝都・明徳門の外。
文武百官が勢ぞろいし、押し寄せた民衆が沿道を埋め尽くしていた。
顧雲深は甲冑に身を包み、白馬に跨って大軍の先頭を進んでいた。その背後には凱旋する将兵たちが続き、捕虜となった北狄の左賢王・耶律楚と、奪取した無数の戦利品を引き連れている。
「陛下万歳!」
「聖明なる皇帝陛下!」
「大朝に勝利あれ!」
地鳴りのような歓声が途切れなく響き渡り、耳を打つ。
顧雲深は馬の手綱を引いて歩みを緩め、平静な眼差しで両脇に群がる歓喜の人々を見渡した。
徐州の降伏、北疆の平定、北狄の敗北——新朝が打ち立てられてわずか数ヶ月で、これほど輝かしい戦果を挙げたのだ。彼の威望は今や頂点に達していた。
しかし、彼の心にはさしたる歓喜はなかった。
まだ決着のついていない「一つのこと」が残っていたからだ。
——趙煜。
顧一族を滅ぼした元凶が、いまだ生きている。
「陛下」蘇青が馬を寄せ、低く囁いた。「趙煜はすでに行宮から天牢へ身柄を移され、陛下の御裁きを待っております」
顧雲深は頷くだけで、言葉を発しなかった。
蘇青は彼をちらりと見やり、何か言いたげに口を噤んだ。
陛下の心情が穏やかでないことは、彼女にも分かっていた。真相に近づけば近づくほど、その感情は複雑さを増していく。
【システム提示:ホストの心境検知】
冷酷:78 / 仁徳:18 / 決断:90
検知: 期待と恐怖の交錯
備考: 真相の解明が間近であり、ホストの精神状態は不安定
大軍は城内に入り、朱雀大通りをゆったりと進んでいく。
沿道の民衆は次々とひれ伏し、万歳を唱えた。
顧雲深は無表情のまま、まっすぐ前を見つめていた。
彼の頭にあったのは、二十年前のある冬の日のことだ。
まったく同じこの大通り、同じように溢れかえる群衆。しかしあの日、父は囚人車に揺られ、母と妹はその後に続いて泣き叫んでいた。そして沿道の民は、冷ややかな視線で指をさし、噂話を交わしていたのだ。
『おい見ろよ、あれが反賊の顧昀だ!』
『謀反を企てていたらしいぞ』
『自業自得だ! 一族打首でも生ぬるいくらいだ!』
それらの声は、針のように彼の心に刺さった。
あれから二十年。
薪の山に隠れて震えていた子供は、天下に君临する皇帝となった。
だが、何一つ変わっていないものもある。
例えば、憎しみ。
例えば……孤独。
二、天牢
その夜、天牢。
顧雲深はただ一人、薄暗く湿り気のない通路を歩いていた。静まり返った牢内に足音が不気味に響き渡る。
一番奥の牢屋の藁筵の上に、入口に背を向けて座り込む男がいた。
足音に気づくと、その男はゆっくりと振り向いた。
趙煜だった。
囚人服を纏い、髪も髭も荒れ果て、顔つきはやつれ果てている。しかしその瞳だけは、今なお鋭く、帝王としての威厳を失っていなかった。
「来たか」趙煜が口を開いた。声はかすれていたが、どこか落ち着いていた。
顧雲深は鉄格子越しに彼を見つめたまま、何も言わない。
「お前なら来ると思っていたよ」趙煜は苦々しく笑った。「どうした? 北狄に勝ち、意気揚々と朕を侮辱しに来たのか?」
顧雲深は静かに口を開いた。
「趙煜。二十年前の件、貴様の仕業だな」
疑問ではなく、確信に満ちた断定だった。
趙煜の笑みが一瞬凍りついたが、すぐに平静を取り戻した。
「そうだとして、それがどうした?」
「なぜだ?」顧雲深の声は低かったが、抑えきれない怒りを孕んでいた。「父の顧昀は、貴様に心から忠义を尽くしていた。なぜ一族もろとも殺した?」
「心から忠義だと?」趙煜は冷笑した。「顧昀の忠誠は『大朝』に向けられたものであり、朕個人に向けられたものではなかった」
彼は立ち上がり、鉄格子に近づいて顧雲深と視線を交わした。
「知っているか? お前の父親は三代に仕えた元老であり、その功績は主君を脅かすほどだった。先帝の代から警戒されていたのだ。ただ、先帝が情に厚かったゆえに手を下さなかっただけに過ぎん」
「だが朕は違う」趙煜の瞳に残忍な光が宿る。「即位間もない朕の基盤は脆弱だった。対して顧昀は軍政の全権を握り、門下生や旧臣は朝廷中に溢れていた。奴を排除せねば、朕の玉座は安泰ではなかったのだ」
顧雲深は彼を睨みつけた。「だから一族を皆殺しにしたというのか? 赤子も含め、三百十二人もの命を!?」
「雑草は根から絶たねばならん」趙煜は冷淡に言った。「それが帝王の術だ。その座に就いたお前も、いずれ嫌でも理解することになる」
「理解などせん」顧雲深の声が激しく震えた。「死んでも理解してたまるか!」
【システム提示:ホストの感情が激しく変動】
冷酷:95(+17)/ 仁徳:5(-13)/ 決断:95(+5)
警告: 心境の均衡が崩れ、暴走の危険あり
趙煜はそれを見て、突如として笑い出した。「どうした? 腹が立ったか? 朕を殺したくなったか?」
鉄格子に顔を近づけ、声を潜めると、そこには不気味な悦楽が滲んでいた。
「顧雲深、勝ったつもりでいるのか? 復讐を果たせたとでも思っているのか?」
「大きな間違いだ」
顧雲深は眉をひそめた。「どういう意味だ?」
趙煜は身体を起こし、彼に背を向けてゆっくりと言った。「顧昀がなぜ死んだと思う? 本当に『功績が大きすぎて主君を脅かしたから』だとでも思っているのか?」
顧雲深の心に衝撃が走る。
「何が言いたい!?」彼は再び問いただした。
趙煜は振り返り、嘲笑うかのような光を瞳に浮かべた。「知りたくなったか?」
「話せ」
「乞うのだな」趙煜の口元が吊り上がる。「跪いて懇願しろ。そうすれば教えてやる」
顧雲深は握りこぶしを硬く握り締め、指の関節が白く浮き出た。
この狂人とこれ以上無駄口を叩くまいと、踵を返して去ろうとした。
だが、心の奥底で疑問が頭をもたげた。
顧一族の滅亡には、さらに深い裏があったというのか?
「話さずとも、自力で調べ上げるまでだ」顧雲深は冷ややかに言い放った。
「無理だな」趙煜は首を振る。「すべての証拠は朕が抹消した。真実を知るのは、この世で朕ただ一人だ」
一呼吸置くと、戯れるような調子で言った。「どうした、顧大皇帝陛下よ。知りたくとも手に入らぬものがあるとはな?」
顧雲深は息を荒げながら、彼を激しく睨みつけた。
やがて大きく深呼吸をし、己を無理やり落ち着かせた。
「趙煜、そんな脅しが効くと思っているのか?」顧雲深は冷たく笑った。「己を買い被るのもいい加減にしろ」
彼は背を向け、歩き出した。
「待て!」後ろから趙煜の叫び声が響いた。
顧雲深は足を止めたが、振り返りもしなかった。
「母親が死に際に何を言い残したか知りたいと思わんのか!?」趙煜の声が追ってくる。「妹がどうやって死んだのか、知りたくはないのか!?」
顧雲深の身体が凍りついたように硬直した。
ゆっくりと振り返る彼の両目は、真っ赤な血走りに満ちていた。「……今、何と言った?」
趙煜は勝ち誇ったように笑った。「膝をつけ。乞い願え。さすれば教えてやる」
三、記憶の欠片・第八層
青玉の佩玉が突如として熱を帯びる。
顧雲深の視界がにわかに激しく歪んだ。
システム画面が激しく点滅する。
【システム警告:記憶の欠片が強制解除されました!】
【システム警告:ホストの精神状態が不安定です!】
【解除進行度:100%】
【第八層・最終真相】
——
天和三十四年、冬。
趙宮、御書房。
若き日の趙煜が玉座に腰掛け、陰鬱な表情を浮かべている。
その下座には、宰相の趙嵩、内侍総管の趙忠、私兵や陰謀を司る黒いローブに身を包んだ謎の人物が立っていた。
「それはまことか?」趙煜の声が微かに震える。「顧昀が……本当に気づいたというのか!?」
「陛下」謎の人物はかすれた低い声で応じた。「顧昀はすでに『例の件』の手がかりを掴んでおります。手遅れにならぬうちに処理せねば……」
「あり得ん!」趙煜は激しく机を叩いた。「あの件は完璧に処理したはずだ! 奴に察せられるはずがない!」
「壁に耳あり、にございます」神秘人は淡々と言った。「顧昀は三代に仕えた重臣。その人脈の広さは陛下の想像を超えております。奴はすでに、先帝の死因を探り始めております」
趙煜の顔から一瞬で血の気が引いた。
先帝の死因……それこそが、彼の最大の秘密だった。
「ゆえに」趙嵩が深く一礼して進み出た。「陛下におかれましては、先手をお打ちになるべきかと。顧昀を排除せぬ限り、玉座が安泰となる日は訪れません」
趙煜は沈黙した。
顧昀を殺すこと自体は容易い。だが、忠臣として名高い顧一族を何の咎もなく処刑すれば、朝廷内が大混乱に陥る。
「大義名分が必要だ」趙煜は重々しく口を開いた。
「名分など容易いことです」趙嵩が不気味に笑った。「謀反、でございます」
「謀反だと?」趙煜は眉をひそめた。「顧昀の忠心は周知の事実。誰がそんなことを信じる?」
「証拠など、作ればよいのです」神秘人が言葉を引き継いだ。「すでに手配は済んでおります。陛下のお許しさえあれば、一夜にして完璧な証拠を用意してみせましょう」
趙煜は謎の人物を見つめ、その瞳に逡巡の色を浮かべた。
この一線を越えれば、二度と後戻りはできない。
「陛下」趙忠が甲高い声で促す。「断ずるべき時に断ぜねば、後悔を残しますぞ。もし先帝様の件が明るみに出れば……」
「黙れ!」趙煜はその声を遮った。
彼は立ち上がり、御書房の中を何度も往復した。
殺すべきか、生かすべきか。
殺せば秘密を守れるが、忠臣を手にかけた悪名を背負うことになる。
殺せねば、秘密が漏れた時点で皇帝としての命運は尽きる。
やがて足をとめた彼は振り返り、その瞳に冷酷な決意を宿した。
「よい」「お前たちの言う通りにせよ」
趙嵩と趙忠は視線を交わし合わせ、歓喜の色を浮かべた。
神秘人は深く頭を下げ、何事もなかったかのように低く応えた。「御意のままに」
趙煜は再び玉座に深く腰を下ろし、目を閉じた。「分かっているな。手落ちのないよう処理しろ。証拠は一切残すな」
「ご安心召されよ」神秘人は言った。「仕損じなどいたしません」
一瞬の間の後、言葉を継ぐ。「……ただ、顧一族は三百余名。婦人や幼子も含まれますが……」
「雑草は根こそぎ絶やせ」趙煜の声は氷のように冷たかった。「一人たりとも生かしておくな」
——
画面が切り替わる。
顧家の邸宅、奥御殿。
炎が天を焦がし、絶叫と泣き声が天地に響き渡っていた。
顧雲深の母・沈氏は、わずか五歳の娘を抱きしめ、庭園の築山の陰に身を潜めていた。
「お母様、こわいよ……」幼い少女は身を縮めて震えていた。
「怖がらないで、蓁ちゃん」沈氏は声を殺して宥めながらも、涙を流し続けていた。「お父様が助けに来てくださるわ。お兄様もきっと……」
その時、兵士の一隊が雪崩れ込んできた。
「あそこにいるぞ! 捕まえろ!」
沈氏は青ざめ、娘を抱きかかえて走り出した。
しかし、力なき女の足で訓練された兵士から逃げ切れるはずもない。
あっという間に包囲された。
「顧夫人」隊長格の将校が冷ややかに告げた。「おとなしく同行していただこう」
沈氏は娘をしっかりと抱きしめたまま壁際まで後ずさりし、その瞳は恐怖と絶望に染まっていた。
「私が行きます」彼女は震える声で哀願した。「どうか、この子だけは助けてください。まだ五歳なのです、何も知りません……!」
将校は鼻で笑った。「帝のご命令だ。顧一族は皆殺し。一人として残すなとの仰せである」
沈氏は眩暈を起こし、倒れそうになった。
彼女は首を垂れ、腕の中の我が子を見つめた。少女も母を見返し、瞳に涙をいっぱいに溜めながらも、唇を噛み締めて必死に声を殺していた。
「お母様」少女は小さな声で言った。「蓁ちゃん、怖くないよ。お母様と一緒がいいの」
沈氏の涙が、ついに溢れ出た。
彼女は娘を強く抱きしめ、その額に優しく口づけた。「良い子ね、蓁ちゃん。おやすみなさい……眠ればね、もう痛くないのよ」
懐から短刀を取り出す。刃が鋭く光を弾いた。
将校の顔色が変わる。「何をする気だ!?」
沈氏は顔を上げ、その瞳には決死の覚悟が宿っていた。「顧家の者が命を絶つ時は、自らの手で絶ちます! お前たちのような悪党の手など借りぬ!」
言い放つや否や、短刀を高く突き上げ、己の胸へと突き刺した。
「お母様——!!」
少女の叫び声が、引きちぎられるように響き渡る。
しかし沈氏の手は止まらなかった。
短刀は深々と胸に刺さり、鮮血が噴き出した。
地面に倒れ込みながらも、彼女は残された最後の力を振り絞り、娘を庇うように抱きかかえた。
「蓁ちゃん……お逃げなさい……お兄様を……探すのよ……」
そう言い遺すと、彼女は二度と目を開けることはなかった。
少女は血まみれになりながら母の身体の下から這い出し、狂ったように叫んだ。「お母様! お母様、目を覚まして!」
だが、母が再び応えることはなかった。
将校はその光景を冷ややかに見つめ、顔をひそめた。「そのガキを連れて行け」
「ハッ!」
兵士が進み出て、幼い少女の腕を強引に掴み上げた。
少女は必死に暴れ、泣き叫んだ。「放して! お母様がいい! お兄様、お兄様——!!」
悲痛な叫び声は、燃え盛る火光の中にいつまでも響き渡っていた。
四、崩壊
「うああああっ!!」
顧雲深は頭を抱え込み、床に崩れ落ちた。
記憶の断片が激流のように脳裏へ雪崩れ込む。血の海に倒れる母の姿、引き裂かれるような妹の泣き声が、何度も何度も脳裏で繰り返される。
「陛下!」蘇青が飛び込んできて、慌てて彼を支えた。「陛下、しっかりなさってください!」
顧雲深は肩を上下させて激しく息を吐き、額には冷や汗がびっしりと浮かんでいた。血走り、野獣のように猛々しくなった瞳で鉄格子の奥の趙煜を睨みつける。
趙煜はその視線に一瞬怯んだが、すぐに冷笑を取り戻した。「なんだ? 何か思い出したのか?」
「貴様……」顧雲深の声は掠れ、恐ろしいほど低かった。「この畜生め……!」
「畜生だと?」趙煜は大笑した。「顧雲深、自分だけは清廉とでも思っているのか? お前の手が染まった返り血も、朕と大差なかろう!」
「違う!」顧雲深は跳ね起きるように立ち上がり、鉄格子を激しく掴んだ。「我が殺したのは敵だ! 貴様が殺したのは忠臣であり、何の罪もない婦女子だ!」
「無辜だと?」趙煜の笑みが歪む。「帝王の道に無辜など存在するものか! お前の父・顧昀は、先帝を殺したのが朕だと知りながら探りを入れようとした。自業自得なのだ!」
顧雲深が鉄格子を握り締める手に力が入り、関節が白く浮き出る。
牢に踏み込んで趙煜を殺したかった。自らの手で絞め殺し、八つ裂きにしてやりたかった。
だが、あまりの感情の乱れに身体が麻痺し、動くことすらできなかった。
【システム警告:ホストの精神が崩壊寸前です!】
【システム警告:ただちに退避することを推奨します!】
【システム警告——】
システムの警告音が脳内で鳴り響いていたが、今の彼には届かない。
耳に届くのは、妹の悲痛な叫び声だけだった。『お兄様——!』『お兄様、助けて——!』
「蓁ちゃん……」顧雲深は呟き、頬を伝って涙がこぼれ落ちた。
蘇青が彼の涙を見たのは、これが初めてだった。
冷徹で、果断で、決して敗北を知らないはずの帝王が、今はまるで幼子のように涙を流している。
「陛下……」蘇青の声も湿っていた。「参りましょう……ここを出ましょう……」
彼女は顧雲深を支え、連れ出そうとした。
だが顧雲深はその手を振り払い、再び己の足でしっかりと立ち直った。
頬の涙を拭い、大きく息を吸い込んで、強引に冷静を取り戻す。
「趙煜」彼の声は静かだった。だが、それは恐ろしいほどの静寂だった。「我が一族を殺した罪、一筋縄では済まさん。しっかりと精算させてやる」
「ほう?」趙煜は片眉を上げた。「どう精算する気だ? 凌遅の刑か? 胴切りか? それとも……車裂きの刑か?」
顧雲深は彼を静かに見つめ、告げた。「お前を殺しはしない」
趙煜は呆気にとられた。「……何と言った?」
「殺しはしない」顧雲深は氷のように冷たい声で繰り返した。「命を奪うなど、あまりに生ぬるい」
彼は背を向けた。「生かしてやる。お前が踏みにじり荒廃させたこの国を、我がいかに建て直すか、その目でとくと見届けるがいい。民が安らかに暮らし、天下が太平へと向かう様をな」
「死ぬよりも遥かに惨めな苦痛を味わいながら、生き永らえるのだ」
言い捨てると、彼は大股で去っていった。
趙煜は鉄格子の陰からその背中を見送り、顔から笑みが消え失せていった。
「顧雲深……」彼は呟いた。「狂人め……」
五、名誉回復(昭雪)
三日後、太和殿。大朝会。
顧雲深は龍袍(皇帝の正装)を纏い、玉座から眼下の文武百官を見下ろしていた。
顔色はまだ蒼白さを残していたが、その瞳にはかつてない確固たる決意が宿っていた。
「本日の朝会にて、伝えるべきことがある」彼が重々しく口を開くと、その声が殿内にくまなく響き渡った。
群臣は息を呑み、耳を傾けた。
「二十年前の顧一族的事件は、濡れ衣であった」顧雲深の声は穏やかだったが、絶対に揺るがぬ威厳に満ちていた。「前帝・趙煜は奸臣の言に惑わされ、忠臣を不当に手にかけた。本日、我が顧一族の名誉をここに完全回復させる」
殿内が一瞬静まり返り、次の瞬間、百官が一斉にひれ伏した。「陛下、誠に聖明にございます!」
顧雲深は言葉を続けた。「亡き宰相・顧昀に『忠武公』を追贈し、諡号を『文正』とする。亡き一品告命夫人・沈氏には『慈孝夫人』を追贈する。顧家一族の者たちにも、相応の官位爵位を追贈する」
「さらに、連坐された顧家の旧部下や門下生らもすべて罪をそそぎ、元の官職へ復帰せしめる」
「御意!」
蘇青が進み出て一礼した。「陛下、顧一族の冤罪が晴らされましたこと、誠に天下の喜びにございます。……ですが、趙煜の処分はいかがなさいますか?」
顧雲深はしばし沈黙した後、応じた。「趙煜は愚昧にして道に外れ、忠臣を害した。されど、かつて帝位にあった者に免じ、死罪は免ずる。平民に格下げした上で、天牢にて一生幽閉とする」
この発言に、殿内は騒然となった。
「陛下! 趙煜の罪は万死に値します、なぜ生かすのですか!」「左様です! 奴を殺さねば、顧一族の御霊も浮かばれません!」「どうかご再考を!」
顧雲深が手をかかげると、殿内は即座に静まり返った。
「我が決定は揺るがん」彼は静かに語った。「趙煜を殺すのは容易いが、天下を安泰に導くのは難い。今奴を断罪すれば、旧朝の遺臣らは保身のために動揺し、新たな波乱を生むだろう。命を助けることで、我が仁徳を示し、人心を落ち着かせるのだ」
一呼吸置き、群臣を見渡す。「異論のある者はいるか?」
百官は視線を交わし合わせ、一斉に深く頭を下げた。「陛下の深謀遠慮、恐れ入り入りました。異論などはございません」
顧雲深は静かに頷いた。
【システム提示:メインクエスト第五章——新朝樹立(進捗55%)】
顧一族の冤罪晴らし: 完了
趙煜の処分: 終身幽閉
朝廷の安定度: 85%
民心: 90%
ホストの心境: 冷酷+85、謀略+92、仁徳+12、決断+90
退朝後、顧雲深はただ一人、太廟を訪れた。
父・顧昀の位牌の前に立ち、長い間動かずにいた。
「父上」彼はぽつりと呟いた。「無事、仇を討ちました」
「ご安心ください。この国土を断羽として守り抜き、父上のご期待に背きませぬ」
「母上……蓁ちゃん……」声が詰まった。「ごめんなさい……二人を守れなくて……」
太廟の中は静寂に包まれていた。彼の声だけが、静かに殿内に響いていた。
六、暗闘(暗流)
その夜、蘇青の屋敷。
一人の黒衣の男が、気配もなく書斎へと忍び込んだ。
蘇青は文机の前に座り、黒衣の男を落ち着いた様子で見つめた。
「分かったの?」彼女が問う。
黒衣の男は礼をした。「判明いたしました。当時の『例の件』は、間違いなく趙煜が関わっております。しかし……」
「しかし、何?」
「趙煜は主謀者ではございません」男は重々しく言った。「真の黒幕は別に存在します」
蘇青は眉を寄せた。「誰なの?」
男は懐から一通の密報を取り出し、蘇青に差し出した。「こちらをお確かめください」
蘇青は密報を受け取り、目通すなり顔色を劇的に変えた。「そんな……あり得ないわ……」
「紛れもない事実でございます」男の低い声が響く。「当時、裏で全てを操っていたのは趙煜でも趙嵩でもなく……」
彼は一呼吸置き、ある名前を口にした。
蘇青の手が小さく震えた。「この件、陛下はご存知なの?」彼女は尋ねた。
「まだご存知ありません」男は首を振った。「差し当たっては、陛下のお耳には入れぬ方がよろしくかと存じます」
蘇青は言葉を失った。
長い沈黙の後、彼女は重い口を開いた。「あなたの判断で正しいわ。この件はまだ陛下に伏せておきましょう」
彼女は密報をろうそくの火にかざして燃やした。ゆらめく炎が、彼女の複雑な瞳を照らし出す。
「陛下は一族の無実を晴らしたばかりで、ようやく気持ちが落ち着かれたところよ。今これ以上衝撃を与えるわけにはいかないわ」
「では……大人はいかがなさるおつもりで?」
蘇青は立ち上がり、窓辺へ歩み寄って夜空を見上げた。「調べるのよ」その声には強い意志が宿っていた。「徹底的に調べる。真実をすべて暴くの。陛下にご報告する前に、揺るぎない証拠を固めなければならないわ」
「ハッ!」
黒衣の男は一礼し、静かに姿を消した。
蘇青は窓辺に立ち尽くし、いつまでも動かなかった。その手には、密報の灰が残っていた。
「顧兄……」彼女は呟いた。「あなたには、一体どれほどの秘密が隠されているというの……」
窓の外には、水のように静かな月光が広がっていた。だが、より深き闇の底では、不気味な暗流が蠢き始めていた。
【本章完】
【次章予告:新朝立ち上がり、百廃待興。顧雲深が新政を推進し、各方面の利益と衝突する。事故や旧貴族の反発が相次ぐ中、顧一族皆殺しの陰に隠された「真の真相」が、静かに浮かび上がり始める……】
【本章の主要データ】
顧一族の冤罪: 完全名誉回復
趙煜の処分: 終身幽閉、平民へ格下げ
朝廷の安定度: 85%
民心: 90%
記憶の欠片: すべて解除(最終的な真相には別の裏がある)
メインクエスト第五章進捗: 55%(北疆平定、朝堂安定)
ホストの心境: 冷酷+85、謀略+92、仁徳+12、決断+90




