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第二十六章 関前の対峙(たいじ)

 一、相まみえる


 八月十六日――雁門関(がんもんかん)の陣前。


 秋風が黄色い砂塵を巻き上げ、頭上の軍旗を猛々しく羽ばたかせていた。


 顧雲深(こ・うんしん)は馬を進めた。従えるのは蘇青(そ・せい)ただ一人。鎧はつけず、漆黒の常服を纏い、腰にはあの青玉の佩(はい)を下げていた。風がその裾を激しく翻す。


 重々しい関門の鉄扉が軋みを上げて開き、李存義(り・そんぎ)が馬を駆って現れた。彼もまた一人の親兵を連れるのみ。髪と髭には白いものが交じり、顔には長年の風雪が刻まれた凄愴な影が差していた。使い古された横刀を腰に差し、身につけているのは国境警備兵の無骨な甲冑であった。


 二人は関前の開けた荒野で馬を止め、十歩の距離を挟んで向き合った。


 四つの目が交錯する。


 時が凍りついたかのような静寂が訪れた。


 顧雲深は目の前の老将を見つめた。目元に刻まれた深いシワ、白髪の混じる鬢(びん)、荒れ果てた皮膚、そしてその深遠な瞳の奥に隠された、重い罪悪感と複雑な葛藤。


 この男こそが李存義――二十年前、顧氏一族の惨殺に関わった男。

 そして同時に、二十年前に自分の命を救った男であった。


「陛下」

 李存義が先に口を開いた。その声は掠れ、地の底から絞り出すように低かった。

「老臣・李存義、陛下に拝謁仕る」


 そう言いながら馬を下り、叩頭しようとする。


「無用だ」

 顧雲深の声は波一つ立たぬ湖面のように静かであった。

「お前と私の間に、そのような虚礼はいらぬ」


 李存義の動きが途中で止まった。彼は苦い顔でそのまま馬上に留まった。


「陛下が老臣を陣前に呼び出されたこと……どのようなご用件でございましょうや」


 顧雲深は老将の目を直視し、一字一字を刻みつけるように言った。

「二十年前の出来事……すべてを知った」


 李存義の全身が激しく跳ね上がった。

 彼は突如として顔を跳ね上げ、信じられぬといった驚愕の目を顧雲深に向けた。

「な……なぜ……それを……」


「どのようにして知ったかなど、問う必要はない」顧雲深は言葉を遮った。

「ただ一つ答えよ。――あの夜の出来事を、お前は後悔しているか?」


 李存義は沈黙した。

 長い、痛切な沈黙ののち、彼は絞り出すように呟いた。

「……後悔しております。一日たりとも、あの罪を忘れたことはございませぬ」


「ならば、なぜ手を貸した?」


「それは……」李存義は苦苛まれたように自嘲の笑みを浮かべた。

「老臣には……選ぶ道が残されていなかったのでございます」


 彼は顔を上げ、血走った眼で顧雲深を見つめた。


「奸賊・趙嵩(ちょう・すう)に弱みを握られておりました。……当時、老臣は北狄(ほくてき)の内部を揺さぶるため、北狄のカガン(可汗)と密かに書状を交わしておりました。それが趙嵩の手に渡り、通敵叛国の動かぬ証拠として突きつけられたのです」


「老臣一人が死ぬなど、何ほどのことがありましょう。しかし、李家一族の命はどうなる? 北疆を守る六万の辺軍はどうなる!? 北狄が牙を剥く中、老臣が倒れれば、一体誰がこの雁門関を守り、奴らの鉄騎を防ぐというのですか!」


 声が次第に細く、掠れていく。

「老臣には……選択肢など、どこにもなかったのです……」


 顧雲深は深く沈黙した。

 李存義の言葉に嘘偽りがないことは分かっていた。記憶の断片を通じ、彼が味わった地獄のような葛藤と痛みを、顧雲深自身も目の当たりにしていたからだ。


 だが、事実を知ることと、その罪を赦すことは全く別の問題であった。


「お前は私の命を救った」顧雲深は静かに告げた。「この腰の玉佩も、お前が授けてくれたものだ」


 李存義は微かに頷いた。「左様でございます」


「お前は言ったはずだ。『大人になり、力がついたなら殺しに来い』と」顧雲深は視線を鋭くした。「『顧氏へ背負った罪は、この命で返す』とな」


 李存義は固く目を閉じ、深く荒い息を吸い込んだ。


「……左様」


 彼は目を開き、一点の曇りもない真っ直ぐな瞳で顧雲深を見返した。


「老臣のこの命など、とうの昔に顧氏へ捧げられるべきものでした。陛下が今ここで老臣の首を跳ねようとも、何一つ怨みはございません。……ただ、一つだけお願いがございます」


 老将は言葉を区切り、哀願するように語った。


「どうか……この北疆をお守りください。北狄を関内へ入れてはなりませぬ。天下の民は……これ以上の戦乱には耐えられぬのです」


 顧雲深は老将を見つめたまま、永い沈黙を守った。


 ---


 > 【システム提示:宿主の心境検知】

 > 冷酷: 75(-10)

 > 仁徳: 20(+10)

 > 決断: 90(-5)

 > 状態: 復讐の念に揺らぎを検知。帝王の視座から李存義の存在価値を再評価することを推奨。

 >

 >


 ---


 殺すべきか、生かすべきか?


 斬り捨てれば、顧氏一族の血海深仇(けっかいしんきゅう)は晴らされる。だが北疆の守護神を失えば、北狄がなだれ込み、天下は再び地獄絵図と化す。

 生かしておけば、顧氏の無念の冤魂はどこへ浮かばれればよいのか?


 顧雲深の指先が、腰の青玉を愛おしむように、そして呪うように撫でさすっていた。

 この玉佩は一族滅亡の悲劇の証であり、同時に命を繋いだ絆の証でもあった。


 ---


  二、北狄来襲


 その時――突如として大地を揺るがす急烈な馬蹄の音が、重苦しい静寂を破った。


 北方から一騎の斥候(せっこう)が狂ったように馬を走らせてやってくる。その顔は恐怖で引きつっていた。


「報――っ! 北狄の大軍です! 北狄の大軍が押し寄せてまいります!」


 李存義の顔色が一変した。「兵数は!?」


「少なく見積もっても十万!」斥候は喘ぎながら叫んだ。「左賢王(さけんおう)自らが率いる大軍、すでに雁門関より百裏(約50km)の地に接近中! 明日の午刻(正午)にはここに到達いたします!」


 李存義の表情が目に見えて強張った。

 十万の北狄騎兵――本格的な大侵攻の構えであった。


「陛下」李存義は急ぎ顧雲深を仰ぎ見た。「北狄の勢いは凄まじく、十万の鉄騎となれば尋常の相手ではございませぬ。我らは……」


「まずは協力して敵を退けましょう」と言いかけた言葉を、李存義は途中で呑み込んだ。今の自分に、そのような要求をする資格などないと思い知っていたからだ。


 顧雲深は老将を冷ややかに一瞥すると、静かに手綱を引いた。


「陣へ戻るぞ」


 翻然と馬頭を巡らせ、顧雲深は去っていった。

 蘇青がそれに続く。


 立ち尽くす李存義は、小さくなっていく顧雲深の背中を見つめ、複雑な情念に胸をかき乱されていた。


「大帥……」親兵が恐る恐る声をかける。「我らは……」


「城内へ戻る」李存義は重い溜息を吐き出した。「城防を固めよ。決戦の準備だ」


 ---


  三、軍局を破る


 中軍の大幕舎。


 諸将が集結し、空気は密閉された部屋のように重く沈んでいた。


「陛下、北狄の十万の大軍が迫っております。いかに応戦いたしますか?」

 蕭千山が真っ先に声を上げた。


「何を迷うことがあろうか! 叩き潰すまでだ!」王遠(おう・えん)が拳を握りしめる。「我が軍の八万に李存義の六万を加えたら十四万! 北狄などに後れを取るものか!」


「そう単純な話ではございません」蘇青が首を振る。

「北狄はすべて騎兵、その機動性は圧倒的で風のごとく襲いかかります。対する我が軍は歩兵が多く、正面からのぶつかり合いでは不利を免れません。それに……」


 彼女は言葉を濁した。「それに、李存義が我らと真に手を組むかどうか……」


 幕舎内が再び静まり返った。

 そう、李存義の態度は不透明であった。もし彼が土壇場で北狄と結託すれば、我が軍は挟み撃ちとなり、全滅の憂き目に遭う。


 顧雲深は将軍の座に深々と腰掛け、肘掛けをトントンと指で叩くだけで、口を開こうとしなかった。


 ---


 > 【システム起動:戦略シミュレーション】

 > 戦況: 北狄10万の大軍が接近中。

 > 我方兵力:8万(歩騎混合)

 > 李存義部: 6万(地形に熟知した精鋭辺軍)

 > 敵方兵力: 約10万(機動性と凶暴性に優れた鉄騎)

 > 【案一:単独迎撃】 勝率 35% / 被害甚大

 > 【案二:李存義と共闘】 勝率 70% / 私怨を保留する必要あり

 > 【案三:関内へ撤退】 勝率 50% / 北疆全域が戦火に包まれる

 >

 >


 ---


「陛下」蘇青が慎重に口を開いた。

「臣が思いますに……今は北狄を撃退することこそが最優先にございます。李存義との恩怨は、敵を退けたのちに精算されても遅くはありません」


「蘇大人のおっしゃる通りです!」蕭千山が同意する。

「国難を前にしては私怨など取るに足らぬもの! 陛下、一時的に李存義と手を組み、まずは北狄を叩き潰しましょう!」


 顧雲深は顔を上げ、幕僚たちを見渡した。

「皆、そう思うか?」


 諸将は視線を交わし、一斉に膝をついた。

「末将ら、大局を最優先とすべきと存じます!」


 顧雲深は一瞬の沈黙ののち、立ち上がった。


「――全軍に勅命を下す」


 全将兵が伏服する。


「明朝、全軍出陣。朕自ら陣頭に立ち、北狄を迎え撃つ」


「……では、李存義へはどのような打診を?」蘇青が尋ねる。


 顧雲深は幕舎の入口へ歩み寄り、遠く雁門関の影を見つめた。

「奴は必ず動く」


「なぜそれほど確信を持たれるのですか?」


 顧雲深は振り返らず、淡々と言い放った。

「あやつは李存義だからだ。二十年間北疆を守り抜いた男が、北狄が関内へ踏み入るのを黙って見過ごすはずがない」


 彼は言葉を区切った。

「李存義へ文を送れ。――『明日の戦、朕が左翼となり、卿が右翼となれ。北狄の左賢王の首級、先に挙げた者を勝ちとする』とな」


 蘇青の瞳が瞬時に輝いた。「陛下、これは……!」


「共闘ではない」顧雲深は冷徹に言い放った。「これは勝負だ。どちらが先に敵将の首を取るかのな」


 彼は振り返り、鋭い眼光を放った。

「李存義の自尊心は高い。朕の軍門に下るような共闘は拒むだろうが、この勝負ならば決して逃げはせん」


「陛下英明なり!」諸将の声が揃った。


 ---


 四、決戦の前夜


 その夜、雁門関の本陣。


 李存義は顧雲深からの手紙を、何度も、何度も読み返していた。


『明日の戦、朕が左翼となり、卿が右翼となれ。左賢王の首級、先に挙げた者を勝ちとする』


 ただそれだけの短文であった。


 李存義はくっくっと笑い出した。その笑顔には自嘲と、深い感概が入り交じっていた。


「勝負、か……」彼は呟いた。「青二才め、老いぼれに見事な引き下がりどころを作ってくれるではないか」


「大帥」将校が一歩進み出る。「我らは……この勝負に応じますか?」


「応じるに決まっているだろう」

 李存義は手紙を懐に収め、その瞳に鷹のような鋭い光を蘇らせた。「断る理由がどこにある?」


 彼は立ち上がり、幕舎の中央に置かれた巨大な砂盤(戦術模型)の前へ歩み寄ると、雁門関の外に広がる平原を指さした。


「全軍へ通達! 明朝五更(午前四時)に飯を食み、夜明けとともに出撃する! 左翼は顧雲深に任せ、我らは右翼を突く! 左賢王の首級は、我ら辺軍がいただくぞ!」


「ハッ! 御意!」


 将校たちが引き揚げ、静まり返った幕舎に李存義は一人佇んでいた。


「顧兄……」老将は掠れた声で囁いた。「お前の息子は、お前にそっくりだ。……聡明で、そして鼻持ちならぬほど誇り高い」


 彼は深く息を吐き出した。

「明日の戦、老夫が持てる全ての力を貸してやろう。……だが、お前たち顧家に背負った罪は、いずれ返さねばならぬ。この戦が終われば……」


 言葉はそこで途切れた。

 幕舎の外では、秋風が嵐の予感を孕んで吹き荒れていた。


 ---


  五、激突


 翌朝、夜明け。


 雁門関の外に広がる広大な平原。


 十万の北狄騎兵が、地平線を黒く塗り潰す潮水のごとく押し寄せてきた。地響きのような馬蹄の音が天地を揺るがし、巻き上がる黄砂が太陽の光さえも遮りつつある。


 陣頭に立つのは、黄金の兜と甲冑を身に纏った男――北狄の左賢王、エリュ・チュ(耶律楚)であった。


「ハハハハッ!」耶律楚は手綱を押し引きし、雁門関を指さして高笑いした。

「李存義の老いぼれめ! 二十年間守り続けたこの雁門関も、今日限りで我が北狄の手に落ちるのだ!」


 背後の十万の鉄騎が一斉に勝ち鬨をあげ、その叫び声は野山を震わせた。


 ――まさにその時!

 雁門関の巨大な鉄扉が激しい音を立てて全開した!


 李存義率いる三万の精鋭辺軍が怒涛の勢いで飛び出し、右翼へと展開する!

 同時に、南方からは顧雲深率いる五万の皇帝直属軍が疾風のごとく駆けつけ、左翼へと陣を敷いた!


 左右に分かれた二つの軍勢は、あたかも二振りの巨大な利刃のごとく、北狄の大軍の側腹を一直線に狙っていた。


 耶律楚の高笑いが一瞬で凍りついた。


「何だと……!?」彼は眉をひさしにした。「顧雲深がなぜここにいる!? 奴は徐州にいるはずではなかったのか!?」


「左賢王様!」部族の首長が蒼白な顔で叫ぶ。

「李存義と顧雲深が……手を組みました! 我らは……」


「手を組んだとて何となす!」耶律楚は冷笑した。

「我が北狄の鉄騎は一騎当千! 全軍――突撃ぃッ!」


 ブォォォォ――ッ!


 牛角の号角が吹き鳴らされ、十万の北狄騎兵が突撃を開始した。

 雷鳴のごとき馬蹄が大地を打ち、とてつもない圧迫感をもって押し寄せてくる。


 顧雲深は陣頭に立ち、迫り来る怒涛の騎兵の群れを前にしても顔色一つ変えなかった。


「弓弩手、構えよ!」


「ハッ!」


 三千の弓弩手が立ち並び、一斉に弦を引き絞って空へと銃口ならぬ矢先を向けた。


「放てっ!」


 シュババババッ!


 遮光の矢の雨が降り注ぎ、突撃する北狄の先鋒が次々と射抜かれて馬もろとも転倒した。だが敵のスピードは凄まじく、わずか三連射ののちには陣前に肉薄していた。


「槍兵、突絶せよ!」


「うおおおっ!」


 長槍の森林が立ち上がり、命を賭して北狄騎兵の突進を受け止めた。

 肉が裂け、血が飛び散る惨劇が広がり、戦闘は開始数分にして凄惨を極める白熱へと突入した。


 ---


 六、陣形崩壊


 右翼――李存義率いる辺軍。


 左翼の歩兵主体の陣形とは異なり、辺軍は全員が熟練の騎兵であった。北狄の強靭な騎兵と真っ向からぶつかり合い、一歩も引かぬ死闘を繰り広げている。


 李存義は陣頭で横刀を振り回し、一閃ごとに敵の騎兵を血煙とともに馬上から斬り落としていた。


「野郎どもッ!」李存義が咆哮する。「我が大朝の辺軍の恐ろしさを、北狄の野蛮人どもに思い知らせてやれ! 殺(や)れぇッ!」


「オオオオッ!」


 三万の兵が虎のごとく猛り、圧倒的な圧力で敵の右翼を押し潰しにかかった。

 予想外の猛攻に、北狄の右翼陣形は大きく動揺し、徐々に後退を余儀なくされた。


 中軍で戦況を見ていた耶律楚は顔色を変えた。

「怯むな未熟者めが! 左翼の二万を右翼の救援に向かわせろ!」


「ハッ!」


 北狄の左翼から二万の騎兵が離脱し、乱れた右翼の補強へと移動を始めた。


 左翼からその動きを冷徹に見抜いていた顧雲深が、即座に命令を下す。


「蕭千山!」


「ハッ!」


「一万の精鋭騎兵を率い、敵陣の側面に迂回せよ。北狄の中軍を直接突き崩せ!」


「末将、命を拝受いたします!」


 蕭千山が率いる一万の直属騎兵が本陣を離れ、円を描くように大きく迂回して耶律楚の中軍本陣へと一直線に突撃を開始した!


 右翼の動揺に気をとられていた耶律楚は、顧雲深がこのタイミングで中軍を狙ってくるとは夢にも思っていなかった。気づいた時には、蕭千山の尖角陣が中軍の喉元まで肉薄していた!


「しまっ……! 中軍親衛隊、防げ! 奴らを止めろ!」


 だがすでに遅かった。

 蕭千山の騎兵隊は鋭利なナイフのごとく北狄の中軍を貫通し、北狄の指揮系統は一瞬にして麻痺した。


 顧雲深はその一瞬の隙を見逃さず、剣を抜き放った。


「全軍――突撃!」


「うおおおおおっ!」


 左翼の五万の大軍が一斉に押し寄せ、北狄の十万の陣形は完全に崩壊へと向かい始めた。


 ---


 七、左賢王の落日


 戦いは午刻(正午)まで続いた。


 勇猛を誇る北狄の大軍であったが、顧雲深と李存義による見事な挟み撃ちの前に完全に足足をすくわれ、壊滅状態に陥っていた。


 戦局の崩壊を悟った耶律楚は、敗走を決意する。


「全軍撤退! 撤退だ!」


「左賢王様! 今撤退すれば全滅いたします!」将校が悲鳴をあげる。「左右両翼は完全に包囲され、中軍も散り散りです……!」


「構うものか! 親衛隊、私に続け! 突破するぞ!」


 耶律楚は三千の親衛隊を率いて北方へ向けて突囲を試みた。

 だが、わずか数里逃げたところで、前方から一隊の白銀の軍勢が立ちふさがった。


 陣頭に立つのは、返り血で甲冑を赤く染めた蕭千山であった。


「耶律楚! どこへ行くつもりだ!」


 耶律楚は顔を歪め、刃を抜いた。「死ねぇッ!」


 一騎打ちが始まった。激しい一閃が交錯し、火花が散る。

 しかし耶律楚は長時間の戦闘で体力を消耗しきっており、精神的にも追い詰められていた。十数角の打ち合いの末、蕭千山の一撃が耶律楚の肩口を深く切り裂き、王は悲鳴とともに馬上から転げ落ちた。


「左賢王を生け捕りにしたぞっ!」

「北狄は大敗したッ!」


 その叫びが戦場全体に響き渡ると、北狄の兵たちは完全に戦意を喪失し、武器を捨てて命からがら草原へと逃走を始めた。


 顧雲深は馬を止め、逃げ惑う敵兵を見つめていた。


 蕭千山が捕らえた耶律楚を引きずりながら戻ってきた。

「陛下! 追撃の許可を! 敵の息の根を止める絶好の機会です!」


「追撃は不要だ」顧雲深は静かに首を振った。

「北狄の主力は敗れたとはいえ、草原の奥深くにはまだ残党がいる。深追いは伏兵の毒皿に飛び込むようなものだ」


 彼は遠く、雁門関の威容を仰ぎ見た。


「この戦……我らの勝ちだ」


 ---


 > 【システム提示:雁門関の大捷(たいしょう)】

 > 戦果:北狄軍壊滅、左賢王・耶律楚を生け捕り。

 > 敵損害: 討ち取り約3万人/捕虜約2万人

 > 戦利品: 馬匹・兵器・糧食多数

 > 我方損害: 約8000人

 > 主線任務第五章進捗: 45%

 > 宿主パラメータ: 冷酷80、謀略90(+2)、仁徳15(+5)、決断92

 >

 >


 ---


  八、誓い


 戦後、両軍は再び関前で対峙した。


 だが今回は、重苦しい緊張感の中にどこか澄み渡った雰囲気が漂っていた。


 顧雲深が馬を進め、李存義もまた進み出た。


「左賢王は我が手の中にある」顧雲深が静かに口火を切った。


 李存義はしばし沈黙したのち、自嘲気味に微笑んだ。

「……陛下の勝ちにございます」


「勝ち負けなどない」顧雲深は首を振った。老将の目を直視する。

「李存義……朕に帰順する気はあるか?」


 李存義は顔を上げ、驚愕と揺れ動く感情を目に宿した。


 帰順――?

 この言葉を、彼は二十年間待ち続けていたのかもしれない。

 だが、いざそれを突きつけられた時、胸を突くのは言葉にできない罪悪感であった。


「陛下……」李存義は重く言った。「老臣の罪は万死に値します。あの惨劇の過去は……」


「すべて知っていると言ったはずだ」顧雲深は言葉を遮った。

「お前には罪がある。だが、真の元凶(首悪)ではない。首悪は趙嵩であり、そして……趙煜(ちょう・いく)だ」


 彼は一拍置いた。

「お前は二十年に渡り北疆を守り、天下の防波堤となった。その功績は、過去の罪を相殺するに足る」


 李存義の全身が激しく震えた。

「陛下……老臣を……斬らんとおっしゃるのですか……!?」


 顧雲深は老将を見つめ、静かに、だが逆らえぬ絶対の威厳を込めて告げた。


「斬らぬ」

「お前が罪なき者だからではない。……この北疆に、李存義という男が必要だからだ」


 顧雲深は馬頭を巡らせ、背を向けた。


「引き続き、雁門関を守るが良い。北狄の動向はお前が一番熟知している。――ただし」


 声が一瞬で凍りつくような冷たさを帯びる。


「忘れるな。お前が今守っているのは、朕の天下だ。万一、二心を抱くようなことがあれば――」


「老臣、決して二心など抱きませぬッ!」


 李存義は馬から転がり落ちるように下りると、泥の中に両膝をつき、激しく頭(こうべ)を地面に擦り付けた!


「この李存義! 謹んで陛下に帰順いたします! 命の続く限り北疆を死守し、死して後に止まりましょうぞ――ッ!」


 顧雲深は振り返ることなく、ただ静かに手を一振りした。


「立て」


 秋風が吹き抜け、荒野の黄砂を高く舞い上げた。

 二十年の歳月を隔てた恩怨の糸が、この日、決して完璧とは言えぬ形ではあるが、一つの結び目を迎えたのだった。


 だが顧雲深は知っていた。これは終わりではないことを。

 趙嵩は死んだ。しかし、顧氏滅門の真相には、まだ明かされていない最後の「闇」が残されている。


 傀儡皇帝・趙煜――あの男こそが、本当の黒幕なのか?

 それとも、さらに深い絶望が潜んでいるというのか……?


 ---


 > 【システム提示:記憶の断片(第八層)解放条件接近】

 > 解読進捗: 75%

 > 解放条件: 天都へ帰還し、趙煜を直接審問すること。

 > 解読の手がかり: 顧氏滅門事件の最終真相。

 >

 >


 ---


 顧雲深は顔を上げ、遥かなる南方の空――天都の存在する方角を見据えた。


(趙煜……朕は戻るぞ)

(お前の終焉の時だ)


 ---


【第二十六章 完】


【次章予告:凱旋の軍勢が都へと帰還する。追い詰められた傀儡皇帝・趙煜の最後の崩壊。明かされる一族惨殺の本当の理由……顧雲深が目にする絶望の真相とは!?】


 ---


【本章 核心データ】


 雁門関の大捷: 北狄軍は大敗し、左賢王・耶律楚が捕虜となる。

 李存義の帰順: 北疆の六万辺軍が正式に新朝の傘下へ。

 新朝総兵力: 約22.3万人へ拡大。

 北狄の損害: 約5万人(戦死・捕虜含む)。草原の奥深くへと後退。

 主線任務第五章進捗: 50%(北疆平定、天都へ凱旋開始)。

 宿主の心境パラメータ: 冷酷80、謀略90、仁徳15、決断92。

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