20話 魔術陣を描こう(前編)
「今日は魔術陣を描いてみよう」
今日も昼食後、師匠の魔術講義を受ける。
「魔術陣が描けなくては、魔力があっても自分で魔術が使えないからな」
厳密に言うと魔術陣なしで魔術を使うことはできなくはないが、莫大な魔力と明確なイメージが必要になるそうだ。初級の魔術に上級の魔術よりも多くの魔力が必要になるそうで、非効率すぎる上に師匠ほどの魔力がなければほぼ無理ということで魔術陣を使うとのことだ。魔石があれば魔力を補えるが、いくら金の属性の土地で、魔石が他の土地より採れるとは言っても魔術陣の代わりになるほどの量が採れるわけではない。そういう訳で魔術を使うには魔術陣が必要なのだ。
魔術陣が描けないとなると、魔術陣が刻まれた魔石を使うか、誰かに描いてもらった魔術陣を使うしかない。そもそも魔術陣が描けない貴族なんてそうそういないのだが。
師匠が小さな透明の魔石を2つ机の上に置く。
「良い魔石が手持ちになかったからメルたちの魔術ペンはまだ作製できてないんだ。兄に魔石を送ってもらってようやく作れるようになったからこの魔石に魔力を注いでくれ」
私とマリーベルは小さな透明の魔石をそれぞれ手に取り、言われた通りその魔石に魔力を注ぐ。注ぎ終わると私が魔力を注いだ魔石は緑、赤、黄、白、黒がマーブル状に、マリーベルが魔力を注いだ魔石は緑、黄、白のマーブル状に色が変化した。マリーベルの方の魔石は白の分量が多いが、私の方は全て同じくらいの分量に見えた。
確かマリーベルは金の属性が一番強かったから白の分量が多いのだろう。
「これで魔術ペンを作っておく。今日はこれを使ってくれ」
先程の魔石を回収した師匠が、今度は机に白と黒の魔術ペンを置く。
「白が金の属性、黒が水の属性の魔術ペンだ。マリーは金の属性が一番強かったから白の魔術ペンを、メルは黒の方を使ってくれ」
「師匠、これがあれば魔術陣が描けるなら、わざわざ新しい魔術ペンを作らなくてもいいんじゃないですか?勿体無いです」
「お金に苦労してる貴族じゃない限り、自分専用の魔術ペンを使った方が効率がいい」
魔術陣は難易度によって必要な魔力量が変わってくるが、一定の魔力を流しながら描くというのは共通している。自分専用の魔術ペンは自分の魔力を含んでいるため、魔力の流しやすさが全然違うらしい。ただでさえ一定の魔力を流しながら魔術陣を描くのは大変なので、自分専用の魔術ペンを買えない一部の貴族以外は自分専用の魔術ペンを使うのが常識という。
「そのペンはメルたちのペンができれば売るから、無駄にはならない」
師匠が言うにはこれはそれぞれ金と水の一属性だけなので、下級貴族に売れるだろうとのことだ。うちの国は他国に比べれば全体的に豊かだが、それでも多少の貧富の差はある。さらに魔術関連のものは高価だ。下級貴族の中で領地が狭く、それほど余裕がない家は、跡取り以外は専用の魔術ペンを作らないことはまあまああるそうだ。
「自分の属性と合っていれば、見た目ではわからないからプライドも傷つかないしな。ただ上達の早さは段違いだ」
「だからメルたちは自分専用の魔術ペンを持つように」と言われ、ほうほうと納得していたがハッとする。
「しっ師匠!魔術ペンはおいくらなんですか!?」
「高価なんですよね?私たちには払えないのでは……」
マリーベルも顔を曇らせている。
「あっそれに食費の件も話していませんでした!」
「……チッ気づいたか」
いや何でそんな嫌そうな顔してるんですかね?大事なことじゃない。
「食費は食事を作ってもらうということでいいじゃないか」
「いえ、そのお礼ということで魔術を教えてもらってるんですけど」
「…………」
師匠がむっつりと黙り込んでしまった。
とは言っても私もマリーベルもすぐにお金が稼げるわけではない。買い物もままならないのに、外に働きに行けないし、師匠の仕事はまだ魔術を学び始めたばかりの私たちに手伝えるのかわからない。
うーんと考えているとマリーベルが口を開く。
「……今までは国が支払っていたのですよね?でしたら保護の経費で食費は落ちませんか?」
「経費か。俺は別に払ってもいいのだが、メルたちが気にするなら交渉してみるか」
私たちには払えないので、師匠持ちか国持ちかになるのは仕方がない。捨てられ、ましてや命を狙われている可能性がある人たちのお世話になるのは、正直どうなんだろうという気はするが、よくしてくれてる師匠に支払ってもらうよりはいいとだろうと思うことにする。
「じゃあ食費はとりあえずそれでいいとして、魔術ペンはどうしましょう?」
私は引かないぞという決意を込めて師匠の水色の目をじっと見る。数秒師匠は迷っていたが、やがて諦めてため息をついた。
「……じゃあ魔術陣が描けるようになったら仕事を手伝って欲しい」
「私たちで手伝えますか?」
高度な魔術陣は魔力がたくさん必要なため、私には描けないと以前言われたことを思い出す。
「ああ、大丈夫だ。俺が結界を張っていることを考慮して、魔力が少なくても描ける魔術陣の仕事が多いんだ。だが……これは国には言わないで欲しいのだが……」
そう前置きして続いた話によると、師匠の魔力はとんでもなく多いので、2つの結界を常時張り続けていると言っても魔石の魔力も使っているので、みんなが思っているほど魔力を消費していないらしい。
……いやいやいやいくら魔石を使ってるからって、師匠の前に結界張ってたのは上級魔術師数人だって聞いてるよ。
改めて師匠の魔力量が多すぎることがわかってちょっと引いてしまった。
「魔力が多いと、少ない量を注ぐのは気が張って疲れる」
げんなりした師匠がそう言うが、魔力の少ない私にはそんなに?と思ってしまう。私のその気持ちが伝わったのか、師匠が少し離れた所にあるお茶のカップを指差す。魔術陣を描くのに邪魔にならないように机の端のほうに置いてある。
「例えばメルの魔力量がそのカップいっぱいに入った水だとする。俺は……樽だとして、どちらも並々入った状態から少しずつ水を傾けて、一定の量を流そうと思ったらどちらのが簡単だと思う?」
そう言われて想像してみる。カップは片手でも少しずつ傾けてその状態を維持すればいい。樽は私が中にすっぽり入れるくらい大きい。それに並々の水が入っているとしたら筋肉のない私は傾けるだけでプルプルするだろう。さらに少しずつという条件が加わると、一定の量を流し続けるのは私には至難の業だ。
「なるほど〜確かに魔力が多い人が、少ない量を注ぐのは大変ですね」
「だろう?上級魔術師の中にはうまくコントロールできない者もいるくらいだ。だからメルたちが手伝ってくれるなら助かる」
「私でお役に立てるなら喜んで!」
「借りっぱなしは嫌ですから私も手伝います」
師匠の役に立てる!それも魔術で!
自分が役に立てることにちょっと鼻息が荒くなっていたが、次の師匠の言葉に意気消沈する。
「まあ安定して魔術陣が描けるようになるのに早くても3つの月は必要だろうけどな」




