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18話 決めていい

 「……どうしたメル。マリーに殴られたか?」

 

 翌日の昼食時に顔を合わせた師匠の言葉で、私の顔がまだ酷いことになっていることがわかった。泣き疲れてつい先程目覚めた。完全に寝坊だ。マリーベルに支度してもらってる間に水で濡らした布を当てていたけど、まだ腫れは引いていないようだ。


「姫様を殴るくらいなら、自害します」

「死んじゃだめ!!」


 座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がり叫んだ私に、師匠もマリーベルも目を丸くしている。2人とも冗談で言ってるのに、昨日のことで『死』に対して敏感になっている。慌てて椅子を起こして座り直す。


「ごめんごめん。せっかく作ってくれたのに冷めてしまうわね。いただきましょう」


 何食わぬ顔をして、手を組んで感謝を捧げてからポトフを食べ始める。2人の何か言いたげな視線を無視して食べ進める。寝起きだからか、昨日の夜から食べてないにしては食欲がなかったが、無理矢理押し込んだ。

 下手に喋ると心が乱れて何を言うかわからなかったので、手早く食べて部屋に戻った。2人の心配する視線を背中に感じた。


 ……ごめんね。今はまだ元気に振る舞えないの。明日はきっと元気になるから……


 


「――ル。メル!」


 師匠の声にハッとする。


「聞いていたか?」

「……聞いていませんでした。ごめんなさい」


 翌日になっても私の気分は晴れないままだった。今は師匠が魔力講義をしてくれていたのに、全く頭に入っていなかった。


 せっかく師匠の時間を割いて教えてくれてるのに。私、迷惑掛けてる。マリーベルにもずっと。私付きの侍女を辞めたら、もっと待遇が良くなるはずなのに。


 涙が浮かんできたのを隠すために俯く。捨てられた時はまだ安全な場所と生活が保障されていたこともありすぐに立ち直れたけど、存在することを許されないと思ったら悲しくて、思考が悪い方へ傾いていくのを止められない。このままじゃいけないと思うのに、悲しい気持ちは一向になくならなくて、どうすればいいのかわからなかった。


「今日の講義は別の話にする」


 しばらく黙って私を見ていた師匠がそう言うと席を立った。付いてくるように言われ、私とマリーベルも師匠に続いて食堂を出る。階段を上り、3階に着くと1つの部屋の前で立ち止まった。ポケットから鍵を出して解錠すると、ドアを開けて持っていてくれる。鍵のかかった部屋は立ち入り禁止だと聞いていたので、本当にいいのかという思いで師匠を見ると、師匠は察したようで頷いた。


「入っていいぞ」


 躊躇いがちに部屋に入ると、大きな部屋の真ん中に立派な台座に乗った大きな魔石の原石があった。私の身長よりも少し大きいそれは、黄色のような金色のような色をしていた。


「すごい……こんな大きな魔石、初めて見た……」

「これがこの国を守ってる結界を張っているんだ」

「え?師匠が張っているのではないのですか?」

「数日に1回魔力は注いでる。……紙と布に描く魔術陣の違いは説明したが、魔石に魔術陣を刻んだものとの違いは説明していなかったな」


 紙に魔術陣を描き、魔術を発動するためには人が魔力を注ぐか、魔石で魔力を注ぐかになるそうだ。一方魔石に魔術陣を刻むと、刻んだ魔石自身から魔力を注いでくれる。魔石の魔力が尽きるまで魔術が発動できるようになるという。

 結界の魔術は魔力が切れると大変なので、師匠が都度魔力を注いでいるみたいだ。


「あれ?じゃあ私とマリーベルの結界はずっと張られているということですか?魔力の補充はしていないのですが……」

「いや、敵意ある攻撃に反応するようになっている。そうじゃないと術者である俺しか2人に触れなくなる」

「それは困りますね」


 マリーベルが大きく頷きながら言う。私の世話をするマリーベルには大問題だろう。


「ああ、そうだ。言い忘れていた。攻撃されなくても身の危険を感じたら魔石に少しの魔力を流せば結界が発動するようにもなっている」


 私は首から下げている師匠にもらった結界の魔石を指で摘んで魔石を見る。師匠は結界の魔術の説明を続ける。


「結界に触れれば大体の位置がわかる。知った者の魔力なら誰が触ったのかもわかる」


 そこまで言うと巨大な結界の魔術の魔石を見ていた師匠が向きを変え、私を正面からしっかりと見据える。


「だからメル、君のことは俺が絶対に守るから怖がらなくていい」


 師匠がまさかそんなことを言ってくれるとは思わなくて驚いた。一瞬、師匠にとって私は失いたくない存在なのかと思って嬉しくなったが、そういえば殿下から私を守るように命令されていることを思い出し、勝手に失望する。


「……殿下の命令は守らなくてもいいのですよ?王妃様や殿下がこの前の刺客を放ったのかもしれませんし」

「そんなことはどうでもいい。俺がメルに生きてほしいから守るだけだ」


 今度こそ驚きすぎて声が出せなかった。


 『生きて欲しい』?家族に命を狙われてるかもしれないのに?肉親からこれ程、疎まれているのに?


 自然と涙が溢れてくる。


「…………私……生きててもいいですか……?」

「……それは俺が決めることじゃない。陛下や王妃様、殿下が決めることでも、ない。……何で自分の生死を、他人に決められないといけないんだ」


 師匠は何かを探すように、考えながらゆっくりと話す。


 「メルは生きたいか?」


 師匠は生きてほしいと言う。

 陛下たちは死んで欲しいと思っているかもしれない。

 でもそんなの関係ないのなら、私の気持ちは……


「……生きたいです……!もっと魔術を学びたいし、料理もしたい!新しいこと、もっといっぱいしたい……!!」


『誰か』のことを気にしなくていいのなら、生きて楽しいことをたくさんしたい。


 師匠はこれまで見た中で一番優しく微笑んでいた。手を伸ばし、私の涙をそっと拭ってくれる。涙を拭い終わったら今度は頭を撫でられる。


 ……いいんだ。私は私のしたいことをしても。自分で決めてもいいんだ……


「……そうだ。『価値』なんて人に言われて決まるものじゃないんだ。自分が決めていいんだ……」


 師匠は私だけではなく自分に言い聞かせるように呟いている。水色の瞳は私を見ているようで何処か遠くを見ている気がした。その間、手はずっと頭をなでなで……


 ど、どうしたらいいんだろう?少し冷静になったら恥ずかしくなってきた。


 私は少し俯き顔が赤くなってきたのを感じていた。すると師匠を押し退けるようにマリーベルが私の目の前に来て、両手をマリーベルの温かな手に包まれた。


「姫様!私も姫様に生きて欲しいです!幸せになって欲しいです!私は姫様がやりたいことができるように協力しますからね!」


 マリーベルの金色の瞳が潤んでいた。それを見たら止まっていた涙がまた浮かんできた。

 居ても立っても居られなくなって、左腕でマリーベルに押し退けられて少し横にいた師匠を、右腕で正面のマリーベルに抱きつく。


「ありがとう2人とも……もう……もう大好き!」


 顔を上げると涙目で微笑みながらマリーベルは「私も大好きです」と返してくれた。師匠は驚いた顔のまま固まっていた。しばらくすると泣きそうに顔を歪め、笑った。

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