第38話:東の覇者
東の国の国土は殆どを砂に覆われた場所。
その中のハーベルト国とイーゼスト国。この2国は幾度となく東の全土を手に入れようと、戦いを仕掛けては引き分けを繰り返し膠着状態になっていた。
被害に合うのはこの2国の間に立たされている小国や少数民族達だ。やがて、戦争の被害を受けたくないからと国を捨てた彼等は散り散りになった。
北へ、南へ、西へと。
とにかく東の地は危険だと言うのが彼等の脳裏にあった。
だから、東ではない方向へと足を向けた。それくらい、この2国の戦いは凄まじかった。毎日、砂嵐が起きとてもではないが生きた心地がしない。
そんな日々を過ごし怯えて死ぬか、慣れ親しんだ土地を離れてでも生き延びるかの2択を迫られ――生き延びる方を選んで次から次へと東の地を離れて行った。
「戦況はどうなっている」
場所はハーベルト国の城内。
要塞のような見た目の城の一番奥の部屋。王族と認められた者しか入れない場所がある。それが王の間と呼ばれる部屋だ。
「依然としてイーゼスト国からの進軍が続けられている。だがそれも時間の問題かと思います。父上」
そう答えるのは王太子であるゼスト。漆黒の髪に群青色の瞳の男性。上から下までピッチリとした髪と同じ黒い制服。シルバーのボタンで留められた軍服のような服装。
優雅に礼をするが、その顔にはひっそりと笑みを零していた。父の前だからと装い、それなりに可もなく不可もないように自らの力を隠してはいる。
「おぉ、そうかそうか。ゼスト、あとどのくらいで落とせそうだ?」
「……あと4日程、でしょうか」
「3日で落とせ」
「…………」
随分と勝手な、と言う言葉を言わずにそのまま飲み込み「仰せのままに」と言って王の間を出て行く。バタンと閉まり、ゼストは小さく溜息を吐きながらさっそくとばかりにイーゼスト国を落としに向かう。
国王であり父上の言う様に、永らく続いたイーゼスト国との争いは終わった。あとに残されたのは、砂嵐が蹂躙したように国があったとされた。
何か大型の魔物が通った様な跡。獣のような叫び声が聞こえたとも言われ、東の地に足を踏み入れる旅人達は居なくなったとされた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
東の地での出来事はすぐに各国へと知らされた。
南の国のディーデット国では既に警戒網を張り巡らせ、東の王者となったハーベルト国に対しての対策を連日行った。
「………イーゼストが落ちた、か」
「思ったよりも早いって感じの反応だね。ギルダーツ」
「王太子のゼスト………奴を見た印象は危険だからな。いつか落ちるだろうなとは思っていた」
大量の書類を処理しながら話を進めるギルダーツ。普段は無表情にも近い顔であり、仕事の時には皺をよく寄せる為に家族以外で彼に近付ける者はあまりいない。
空気を読めない者か、よほど肝の据わった者でないと彼と話すのはそれほどに息が詰まる。本来なら側近がいるべき所を、弟であり第2王子のルベルトが代わりに務めている事からそれらが読み取れる。
「し、失礼いたします。ギルダーツ様!!!」
そこに慌てて入ってくるのは伝令を任された騎士であり、ギルダーツは普通に「なんだ」と言ったがその迫力が凄いのか「ひぃ」と思い切り怖がられてしまった。
それに少なからずショックを受けているとは知らないので、ルベルトが密かに笑いを堪えてる。
「し、失礼しました。………た、たた、ただいまディルランド国から使者と名乗る者からの要請で……ギルダーツ様と話がしたい、と」
「ディルランド、だと」
「っ………」
ピキリ、と部屋の空気が凍り付いたような錯覚に騎士はガクガクと寒くもないのに勝手に震え出す体。それをルベルトが「なら客人として――」と代わりに指示を出す。
なすべき事が分かったからなのか、その騎士は笑顔で「ありがとうございます」と言って勢いよく執務室から出て行く。
「………そんなに、俺の顔は怖いのか」
出て行ったあとで、彼は毎度気にした様子でルベルトに聞いてくる。自分としてはそんなにプレッシャーを与えたのか。そう考えていると……ルベルトからは「えぇ、怖いからあのような反応なのでしょ」とさらりと答える。
「…………」
「はいはい。ショック受けてないで、ディルランドから来た使者の相手をしますよ」
いつものように兄を引きずるルベルト。ショックを受けると一時的に動かなくなるのが欠点だが、少ししたらいつものように戻る。ふぅー、と息を吐き使者を待たせている広間の扉へと姿勢を整える。
「失礼する」
部屋に入り、使者と名乗った人物を観察する。
2人組の男性。瑠璃色の髪と浅葱色の瞳の男性と黒髪に灰色の瞳の男性。思わず東の国の王太子を思わせる風貌に、部屋を包む空気が重たくなった。
「………」
「っ」
ビクリと分かりやすい反応をしたのは、その似た風貌の男性だ。瑠璃色の髪の男性は、何故だがギルダーツを凝視しており驚愕の表情をしていた。
「なにか」
「あ、いえ……自分の記憶違いです。なんでもないです」
「………そうか」
「ラーグレス、何したんだよ」
小声で話せばすぐにラーグレスと呼ばれた男性からすぐに「関係ないです。バーレスト様、話しをして下さい」とギロリと睨まれる。
「な、なんだよお前……急に態度変えて」
「どうでもいいです。早く用件を言いましょう」
じゃれ合うような雰囲気にルベルトは微笑みながら「仲が良いようだね」と小声で、ギルダーツに教えて来る。その後、バーレストと名乗った男性からディルランドとの交渉を進めたいと、その為に徒歩でここまで来たと言えば王子である2人からは驚かれた。
「凄いな。魔物の遭遇率を減らす薬があると言うに、それをなしでこの国まで来たのか……」
「凄いですね。魔物の遭遇率が高いでしょうに」
「平気ですよ、彼が処理したんで」
「えぇ。思い切り疲れましたよ……。何もしてくれないんですから」
「俺は魔法は使えないんだ。悪いな」
ニッと笑うバーレストに少し殺気を覚えかけたラーグレス。座らずに立って会話をしている彼の事をひっそりと観察するルベルト。
騎士であるのはその格好から読み取れた。
腰に下げられた剣と自国の色を示した紅い制服。もう1人のバーレストと名乗った彼の胸元には、ディルランド国から来た証明として宝石のガーネットが見えている。
(………魔法を扱える、と言う事ですか。水の魔法を扱うようですね。それに……)
チラッとギルダーツを盗み見る。
彼とラーグレスは確かに一瞬だけ目を見開きながらも、次の瞬間には2人共普通に戻っていた。あれは……驚いた様子だと分かり、ギルダーツの思考を読む。
彼が表情を自ら崩す事は少ない。
いつも自身を律し、他人に厳しくする王子。弱みを見せないと言う姿勢からそれを崩すと言う事は本当に予想出来ていない時だと考える。だから、ルベルトは思い切って質問してみたのだ。
「すみません………ラーグレス。貴方はバルム国の出身の方ですか?」
答えたくないなら構いません、と言う意味で聞きギルダーツはピクリと反応を示した。バーレストもじっとその姿勢を見守り、ラーグレスの好きにして良いと言わんばかりに頷かれる。
「………よく、分かりましたね。自分はバルム国出身です。髪で分かるのでしょうか」
「すみません。兄が……ギルダーツと貴方が同じような反応をしたので。兄は自ら崩すことはしない方だ。以前、バルム国に1度だけ両親に内緒で向かった事があるんですよ」
だから、その時にでも会いましたか? と言ってのけるルベルトに、ギルダーツからはキツク睨まれる。ラーグレスは驚いたとばかりに「え、えぇ。その、見た事がある人だなと」そう戸惑いながらも答えてくれた。
「いえ、ありがとうございます。お陰でスッキリしました」
その後、滞りなく話し合いが終わり客人として2人を城内に泊まる形をとった。執務室に戻り、ギルダーツから「何であんな質問した」と低く言われた。部屋に辿り着くまでに纏う雰囲気が、いつもよりも怖いのでルベルトはある程度の予想していた。
「理由はさっき話した通りだよ。互いに同じ反応されたら気になるよ」
「………っ」
自覚があるのだろう。ギルダーツはふんっと怒ったように椅子に座り、先程のバルム国の出身だと言うラーグレスの事を思い出す。やはり、と心の何処かで思っていた。
自分の記憶が正しければ、彼はウィルスの傍に控えていた。それこそ、バーレストが話している時に立った位置と姿勢はその時と被るのだ。
「だがこれで確信を得たな。遠見の魔法で確認したが、あれはウィルス姫本人だ。それに俺としてはディルランドとの友好は別に構わないと思う。確執があるのは俺達の祖父にあるだけだろう」
「まぁね。私も気にしてないし……君が気になるウィルスの事も会って話をしてみたいからね」
「俺をイジって楽しむ為だろ」
「え、それ以外に何があるの?」
「…………」
ジト目で見るもルベルトには効かない。しかし、とギルダーツは言った。遠見の魔法があれ以降、全くと言って良い程に見えなくなったのだ。
「それって……」
「どうやらリグート国には感知する者が居るのだろう。魔法を発動させたその度に壊されていくんだから」
「………珍しく笑ってるね」
「そうだな。やっぱり他国を見聞きするのは楽しい物だと思ってな……あぁ、ルベルト。リグート国に行く口実を考えたんだ。王子2人の結婚祝いの為に赴く、と言うのはどうだ?」
「祝い事で訪れる、か。……どんな品を送る? 女性に喜ばれるような物が良いよね。そのまま外交に持ち込めればよし、運よくウィルスと会えればよしと考えればいかな」
遠見の魔法を打ち消す者が居るとされるリグート国。
自分の知らない知識と魔法がある事に喜びを隠せないギルダーツとルベルト。2人は幼い日に戻ったかのようにそのまま語らった。こんなにもワクワクしたのは久々だと言わんばかりに……楽しくて時間を忘れさせた。




