魔獣
ーナーク視点ー
2日目の夜会が始まり、ボクはホールが見える位置にと木の影にひっそりとしていた。主であるウィルスが顔を赤くしたまま、最後の相手であろう王子と踊っている姿が見えた。
うん。楽しそうにしてるのが一番だ。主が恥ずかしがるから余計に王子が意地悪になるって、伝えた方が良いかな。止めた方が良いのかな?
「……真っ赤だ」
王子と居る時、主は幸せそうな表情をしている。主が猫に姿を変えてもなんとなくそう思う。王子は猫好きだって聞いてた。……だから、ボクは主が熱でうなされている間も看病をしている王子の事も見ていた。
起きたら喜んで貰おうと猫を拾う作業に入る。カルラも同じ仲間が居たら気が楽だろうと思った。なのに……
「君、ここを猫の住処にする気?」
「……ダメ、ですか?」
王子の側近であるジークさんが苦情を貰った。その間にも周りでは「ニャーン」、「ニャニャーン」とボクが集めてきた猫とか子猫達が王子の執務室で騒ぎまくる。
「可愛いですよ」
「フニャン」
肯定するようにポフッ、とジークさんの顔に手を押し付け頭に乗り「ニャウニャウ」とそのまま座る。その間にもプルプルと体を震わせながらも、彼の周りには子猫が足元から「ニャ、ニャー」と甘えた声を出している。
うん、ジークさん大人気。
ボクにも懐いてくれるし、バラカンスさんが嬉しそうに餌をあげている。クレールさんは猫にもみくちゃにされており、遊ばれているのが微笑ましい。
「仕事の邪魔だーーーー!!!」
怒声を上げれば、ボクも猫達も同時にビクリとなり動きが止まる。むっと睨むと後ろからジークさんを叩く人物が現れた。
「怯えさせるなっての」
王子だ。
嬉しくてぱっと笑顔を見せれば、猫達も同じように王子に擦り寄る。同時に来た猫達に一瞬だけ王子は困ったように、でも嬉しそうに笑みを深めた。
「ごめんなさい。主に喜んで貰えると思って……拾ってきた」
「面倒見れるの?」
「…………考えて、なかった」
主が猫で好きである事。王子も同様だからと、考えなしで拾ってしまい育てると言う事を一切考えてなかった。思わず猫達を見れば、目をウルウルとされている。正直捨てていくと言う選択はなかった。
「そ、育てる!!!」
「……教えるから、ちゃんと世話をして教育をしてウィルスに喜んで貰おうね」
「う、うん!!!」
主の事だとかなり協力的な王子。猫達も喜んでくれている。ボクが色々ともみくちゃにされても、王子は嬉しそうにしていた。
ジークさんが色々と言っていたが、猫達が抗議とばかりに飛び付いて「もう分かった!!! あんまり迷惑かけないならね」と言いボクも猫達も元気よく返事した。
「お前、何してんの………」
主が目を覚ますまでの間、王子から猫の飼い方とか好きな食べ物とか、お昼寝に最適な場所とかを猫達と探す日々が続いた。リベリーが呆れ半分でボソッと呟くもボクは無視を決め込む。
そっから猫達は完全にリベリーを敵とみなしたのか、来る度に「ニャアアア!!!」と猫パンチを繰り出していく。
「猫達の主人なんだから頑張ってね」
「うん!!!」
この猫達が王子とボクを繋いでくれた。
ボクも猫と会えて良かった。こんなに嬉しい日々は本当に……本当に久しぶりで、守りたいと思った。だから、主が目を覚ますまでにはちゃんと躾しないと……。
ボクも、主に褒められたいからね♪
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おい、顔が緩み過ぎだ」
リベリーが注意してきても涼しい顔しているボクに気持ち悪がられる。でも、そんなのも無視出来る程……主のウィルスが幸せでいるのが凄く嬉しいんだ。
先輩にも会えたし……猫達と言う友達も出来た。
「……姫さんと同じように幸せそうな顔しやがって」
「だって……幸せなんだもの。暖かい人達がいるって良いね」
里が全滅させられ、ギリギリで生き残った。里を出て行ったリベリーはタイミングが良い。運も実力の内だと言うのも分かる。
それでも、ボクは目の前で殺された父も里の人間達、育ててくれた人達、ボクよりも幼い子供達も居た。
みんな、普通に暮らしていたんだ。
ボクやリベリーみたいに暗殺者として、金を受け取るような人達ばかりじゃないけどハーベルト国の中では圧倒的に小さい戦力。
でも、それでも生き残ったのは主と認めればボク達には特有の魔法を扱えると言う点。
その特別な魔法の習得の為に、小さくとも死なせない程度の物資はハーベルト国から定期的に送られてくる。でも、いつまでもそれに頼る訳にもいかない。
そうする中で簡単に金が手に入るのは暗殺の手段だ。
組合を意味するギルドと言うのもある。でも、あれは身分をしっかりとしないといけないし、ギルドの所属であると言う証明の為のプレートが渡される。失くしても魔法で探知して、見付けられるからかなり画期的なもの。
でも、ボク達はそうはいかない。
ボク達の扱う魔法は、契約した主に依存される。契約を行った主が火の魔法が得意なら火の魔法を、風の魔法が得意な主に契約をしたのなら、同じく風の魔法にと言う風になる。
複数の魔法を扱う者を主として契約したのなら、同じく複数の魔法を扱えるがそんな人は殆ど居ない。もし、居たのなら各国の取り合いが始まるし、秘匿して独占する。
トルド族の特殊な力も、ハーベルト国が独占したいが為に隠している。だから、身元をはっきりさせないといけないギルドに所属する事は場所を知られるし、最悪バーベルト国と戦争になる。
プレートが失くしても見付けられるのも、プレート自体に魔力で反応する作用があり1人1人の動きや居場所を管理していると言う噂もある。
その点、暗殺なら自分の不始末で終われるし、身分を証明するものは身に付けない。
依頼主について喋る位なら死を選ぶようにと、幼い頃から才能を見込まれたボクやリベリーはずっと訓練してきた。
だから……ウィルスが、彼女がボクの主になってくれて本当に嬉しいんだ。
「……まっ、大事なもんが見付かるのは良い事だよな。大事にしろよな」
「うん」
いつものように頭を乱暴に撫でられる。いつもなら嫌がるけど、何だか今日は気分が良いからそのままでいた。
でもピリピリとした空気、殺気がダンスホールへと向けられているのを感じた。それを、ボクとリベリーは息を殺して周辺を見渡す。互いに小回りが利くナイフを取り出し気配を探る。
「!!!」
シュッ、とナイフを何もない空へと投げ付ける。空を切る筈のものだけど、不自然にナイフが弾き返されて逆に向かって来た。
避けた途端にナイフは形を無くしたように溶けていく。
「っ、毒か」
気を付けろ、とリベリーが注意を促し同じ場所にナイフを投げ付けた。今度は弾き返されずに、緑の光が放たれて風が巻き起こった。契約した主はバーナン様と言う事だったし、リグート国は風に恵まれた国だ。
魔法を扱う人間も自然と風の魔法を扱う人達が多い。だから、リベリーが扱うのも風だと分かり、魔法でないと攻撃を加えられないのかと舌打ちする。
「……ダレ、ダ……?」
発した声は酷く気分を害するもの。対峙している人物を見定めようとするが、姿を現さないソイツは何処かへと飛んでいくのか不気味な気配が遠ざかる。
「追う!!」
「おい、待て!!!」
不気味な存在。
暗殺者特有の殺気でもなかった。凄く嫌な感じの気配にボクは気配を辿る。リベリーが残れと言うがボクは構わず「王子達の傍に居て!!!」と言い放ち国外へと出て行こうとする存在を追っていく。
「オッテ、グルガ……」
ソイツはリグート国の王都である第1と第2王都をやすやす飛んでいく。羽が生えたようなものでもないのは分かる。羽を生やしてもその動きには音が聞こえる。バサリと言った音はここまで一切聞こえていない。
(嫌な予感がする……主に手出しはさせない!!!)
目的は分からない。でも、嫌な感じをこのまま放って置く訳にはいかない。姿形は目視できなくても、さっきリベリーが投げ付けた時に放たれた風の魔法の魔力を感知して追う。
トルド族の特徴なのか契約を交わした時から、魔力の探知が行えるようになる。ボクの目にはしっかりと緑色で囲われた何かだと言うのが分かる。何処に逃げてもそれを感知できるから、逃げ場なんて与えない。
「はあっ!!!」
リベリーと同じくナイフに魔法を纏わせて標的へと投げ付ける。魔法での攻撃が有効ならばと放ったもの。弾かれる事なく攻撃が通り、痛みなのか雄叫びが響く。
「オオオオオオオッ」
「うくっ」
耳を塞ぎたくなるような声だ。獣が吠えるような、遠吠えのような叫びに思わず足を止めて耳を塞ぐ。
「くっ!!!」
咄嗟に左へと避ければ同時に叩き込まれ、地面が割れる。あのまま止まっていたらペシャンコになるなと思いながらも、足は自然と一定の距離へと離れる動きを取る。
場所が分からないけど、リグート国からそんなに離れていない。隣国のディルランド国とも方向が違う事から、目の前に広がっている大森林だと考えた。
ボクは手元の武器を取り出し、ワイヤー付きの特殊なナイフを取り出す。動きを封じたり、そのワイヤーで殺す時に用いるから多用する。ボクの姿が分かっていないのか、さっきから違う所に拳を叩き込むように打ち込んでいく。
(魔獣……か)
連中は共通で黒い体を持つ。獣、巨人と言った報告が多いけど魔獣は魔法で倒せる存在だ。国が抱える魔法師団なら対処は可能だ。
でも、少しだけボクは不安を覚えた。
姿が見えない。
何で姿を晒さないのか。月明りでも影が見えないから、全長がどんなものなのか大きな獣なのかも分からない。
そもそも獣なのかどうかも分からない。
全てが何もかも不気味。
(主の国は魔獣に襲われたって言う話だ。……主の国に手を出したなら、ボクの敵だ!!!)
不安を覚えるなと言う方が難しい。でも、確実にここで殺さないといけないと本能が告げる。主の笑顔を守る為、ボクの力は彼女の為にと動きを封じる為にナイフを様々な方向へと投げ付ける。
「グオ……オオオッ」
——引っかかった。
上手く掛かったと思い即座に近付く。向こうはこっちのスピードに追い付いてきていない。居場所を感知される前に、悟られる前にと真正面から刃渡りが大きいナイフでブスリと刺そうとして――突然、動かなくなった。
「!?」
瞬時に整理する。
毒で溶かされたと思う武器には触れていない。攻撃も全部避けていたし、向こうは見当違いの攻撃をしていた。そもそも認識できていない時点で、動きを止められると言うのが不可能に近い。考えられるのは——
「っ、うくっ……仲間、か」
「正解で~す。引っかかったおバカさん♪」
動かない体を無理に動かして何とか動かせたのは頭と首だけ。必死で声がした方に目を向けた。青とも黒とも見える長いコートを羽織り、仮面で素顔を見せない。
声で判断しようとして、真横から来た見えない攻撃に殴られる。まともに当たり大木に叩き付けられた。
「かはっ……」
ズルズルと落ちる。でも、意識は強く保たないといけないと思ったらフワッと持ち上げられた。
「お、まえっ……何者、だっ……」
恐らくは姿が見えないのに何かがボクを吊すようにしているのだろうと思う。近寄ってきた人みたいなのは、ボクの事を仮面越しに見て面白そうに言ってきた。
「ほうほう。これはこれは……口も頭も元気ですか」
ソイツは笑いを始めた。森林中に轟かせる声は不協和音だ。耳を塞ぎたいのに、動きを封じられているから全てが耳の中に残る気持ち悪さだ。
意識を、持っていか、れる……。
「……これは良い材料だ。新しい実験が出来る……ん? おや、おや? 貴方、まさかとは思いますが……いや、でも……だとしたら」
考える素振りをした後で見えない存在に声を掛ける。ボクは殆ど意識を保とうと必死だから、ソイツがどうしたいのなんか知らない。
「実験だ。飲み込みなさい、ディーガ」
ポイッとゴミを捨てるような動きで、ボクは真上に投げられる。何故だか主の呼ぶ声が聞こえた。
安心出来る声に、自然力が入る。さっきまで動かなかったのに、不思議な感覚がボクを包むような感じ。
「このっ……!!!」
主から受け取った魔力を、今だけ動く体を集中して持っていたナイフに宿す。
淡い光を宿したそれと見えない何かとぶつかる。ボクが意識を保っていられたのはそこまでだ。
暗い闇の中で、それでも光の守られているような……幸福な気持ちのままボクの意識はそこで途切れた。




