第26話:彼女の計画
ーウィルス視点ー
最初に驚いた、と言うのが私の印象だ。
今、ラーグレスと共に踊っているんだけど……彼は幼い頃から私のお世話とか面倒を見てくれているから何でも話した。無論、レントと幼い頃に会った時とか猫を好きそうにしてくれているとか色々と話したお兄さんのような存在。
彼は伯爵家の息子だけど、どうもダンスとかマナーは嫌いらしく「姫様のお世話があります」、「すみません、姫様から至急にと連絡を受けました」と逃げの口実に使う程嫌いだったと言う事を覚えているから。
幼い私に兄妹も、姉妹の居なかったからラーグレスが傍に居てくれるのは嬉しかったし何か協力できる事ならばと私の名前を出して良いと言った。
恐らくはそれがお父様が、ラーグレスを私の婚約者にと推そうとしたきっかけになったのかも知れない。
だから……今、苦も無く普通に踊り私をリードするラーグレスがあの時の彼だとは到底信じられなかった。
それ位、成長した彼が何だか誇らしくて嬉しくて……つい夢中になって踊り続けた。
「どうですか、驚きました?」
まるで意地悪が成功したような表情のラーグレス。それに思わず「うん。素敵ね」と言えば驚いたように目を見開かれた。
少し顔を赤くして「……昔から姫様に褒められるのは嬉しいです」と優しく微笑みかけてくれた。
「……言っていませんでしたが、俺はディルランド国の宰相の養子なんです。昨日、夜会に来ていたとは思いますが恐らく、あまり目立たないようにしていたので会っていないと思います。確か、この国の宰相とは仲が良いと言う事。あとで聞いてみたらどうでしょう?」
顔を赤くしたのを少しでも紛らわそうとしているラーグレス。少しだけ早口になっているのがその証拠だ。でも、私は別の事に気を取られていた。
「えっ、あの宰相さんと……」
そう思わず怖がってしまった。
バラカンスさんの父親である彼は……レントと私の仲を反対していた。カルラとなってレントと居た時にも彼の想いは理解している。
亡国の姫と言う事。それが魔女による呪いも付加させている危険な存在と言った事。レントはそれに怒って睨んだけど、それも仕方ない事だし国を支える立場の宰相なら当然の判断だ。
「………」
「あまりいい印象ではないんですか?」
「えっと、まぁ……彼、私の体質も知っているし」
「そう、ですね……失礼しました。では俺も一緒に説明します。義父であるラーガ様と話をすれば印象も変わりますよ」
ラーグレスはニコリと言い切った。
何だろう……会わない間に随分とカッコよくなった上に、年上だからか余裕がある様に見え思わず笑顔で「お願いね」と頼んだ。
そうしている間に曲が終わり、2人で礼をすれば途端に会場からは拍手の嵐が来た。思わずギョッとなりつつも、ラーグレスは手を取りそのままエリンス殿下の方へと引き寄せてた。
「では次は俺とお願いします。……レントから逃げたいから、頼む」
「は、はい……」
後半は小声で言い、チラッとレントを見る。
バーナン様もレントも私と同じエメラルド色を基調にした正装を着ていた。なんでも、式典や大事な時には水色の服を基調としており、エメラルドの羽が飾りとして頭に添えられる。
国の色と言われているエメラルド色の正装は結婚式や、婚約の申し込みなど王族にとっての本気を見せる為に服だとか。本気度の違いだと説明したファーナムは妙に熱が入った様子だったな、と思い出す。
レントは変わらない笑顔で微笑み、バーナン様も同様だ。
でも、エリンス殿下は「逃げたい」と言いつつ私を自然に引き寄せてダンスへと逃げる。そうしている間に、私以外にもダンスを始める。
イーグレット様にはバーナン様が、クレールさんにはレントがと言う風に。
「はぁ……やっと離れられる」
ダンスをする中で殿下がほっとしたように言う。思わずどうしたのか、と聞くもなかなか話そうとはなさらない。
「……やっぱり、あの時に見たのは貴方だったか」
ふと、そんな事を口にする。「えっ」と見え上げれば彼は教えてくれた。
つい1カ月ほど前にレントと私が第1王都に居たと言うのを見たと。その時にしていた髪型も言われてしまった。
1つに結ぶよりその時の方がよく似合うと。
「……い、いつから……いえ。私、姿を見ていませんよ? 殿下の顔を忘れるような……カッコいい顔を忘れる筈ないのに……」
紅い髪の男性で身長も高い。野生のようなキリッとした顔、仕草を見ればそれだけで育ちの良さが分かる。こんな印象的な人を見ていたのなら絶対に忘れないのに……と残念がる私に殿下はクスッと笑う。
「ふっ、そう言って頂けるなら良かった。なに、ほんの一瞬だ。レントにも会っていないよ。声を掛けたぐらいだけど」
「なんて声を掛けたんです?」
「……そんな表情もするんだなって声を掛けたんだ。レントは振り向いたが、すぐに俺は居なくなったからな。……だから昨日初めて会ったが、俺的には初めてではないんだ」
「………国を空けて良かったんです?」
「ん? あぁ、抜け出して来たからダメだろうな。だから、俺と貴方の秘密にしてくれ……良いかな」
フワッと風が待ったように髪が揺れ、優しめに目を細めて来る。でも、すぐに後ろを見てサッといつもの気さくな感じの雰囲気に戻った。
「あ、あの……」
「いや、いい。何でもない……が、秘密にしてくれると助かる」
「は、はい……」
何だろう、少し冷や汗をかいているようにも見える。
そんな疑問をかき消すように曲が終わる。どうにかダンスも出来たし、まだカルラも代わりたいと言った声を出さないから(よしっ)とガッツポーズをする。
「お疲れ、ウィルス。次、良い?」
「バ、バーナン様っ」
あ、そうだ。
2日目は殿下、バーナン様、レントと順番に踊り両国の仲の良さを見せる為のものだと。ほっと息をする間もなくバーナン様に連れられ、3度目のダンスが始まる。
私達以外にも既に周りではダンスをする人たちで埋まっているが……どうも私とバーナン様の踊るスペースに妙な空間が開いているようにも見える。
「昨日、私達2人に婚約者が居るのを紹介したからね。知らないだろうけど、昨日も含めて今日も城の中ではウィルスとクレールの事で大騒ぎだよ」
「え、えっと……すみません」
「謝らなくて平気だよ。むしろこんな強硬手段で悪いと思うが、元々はウィルスの考えなんだろ?」
うっ、と顔をしかめる。
ジーッと見られ、気まずさを覚えるもレントの兄だからかお見通しと言う事なのだろう。
今回、この夜会を開こうと言ったのも私がレントの婚約者としているのも全部……私が考えたものなのだから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私が熱にうなされている間にも、レントは仕事をしながら看病してくれたとファーナムが教えてくれた。それは目を覚ました時にレントが傍に居たし、何となくそんな感じはしていた。
———覚悟を、決める。
心の中でそう言いつつも実際に事を起こすのには私だけでは無理だ。
実際、私を痛めつけたあの人はレント王子が自分以外に見せた笑顔。心の底から嬉しそうに、愛おしそうにしていたのが許せないと言う理由から。
自分が隣に居るべき筈の所に他人が入り込んだのだ。そう簡単に許せるものでもない。彼女以外にもレントの隣をと狙う人達は多いのだ。なら、私の存在が面白くないと言うのも分かるしこれからも増える可能性があるのは十分に予想がつく。
「え……今、ウィルス。なんて」
「無茶、かな。私がレントの隣に、婚約者として居るの」
「嬉しい、けど………」
実行する前にレントに相談した。1人で出来る事なんて少ないし、私に後ろ盾もないし財があるわけでもない。自分のワガママも含んでいる。
レントは真剣な表情で考え込む。恐らく私がこんな事を言い出した原因を考えているのだろうと思う。そして、はっとしてすぐに「もしてかして……」と私の顔を優しく撫でながらもドレスを着ていても隠し切れない鞭で叩かれた痕。
それを苦しそうに、悔しそうに見ているレントに「大丈夫」と言って抱き寄せる。
「……私の、甘えが招いた事だもの。考えが及ばなかったから怪我しちゃった」
「そんな程度の事と思わないで……。私がもっと上手く立ち回れば……そうすればこんな事」
「ううん。レントがそうしてもいずれは来るよ……」
だって、あの人も私もレントが好きだと言う共通の想いがある。
例えレントが上手く立ち回っても、上手くかわし続けていても些細な事でも何かあると分かるのが……恋心を知った、自分も含めての事だ。
「だってレントの事を、知りたい気持ちはあの人も私も同じ。レント自身は何でもなくても、ちょっとした事で変化を読むのは……人を好きになった人なら誰でも起きる事だよ」
私の事だって全部知りたいでしょ?
そう込めて言えば、レントは「そう……だね」と優しく抱きしめ返す。引き寄せられて自然とキスを交わす。
初めは恥ずかしがったのに、今は慣れてしまった。だからレントの言う徐々に慣れさせると言う有言実行さに、思わず笑ってしまった。
「どうしたの?」
「ううん。何でもないの」
「……私以外の事、考えていたの?」
レント以外の事なんて考えていないのに。
そう言いたいのに噛みつくようなキスに、そんな発言も出来る訳もなく……。うっ、どうしよう……流されやすいのかな。
「……ウィルスの覚悟は分かった。私が下手に隠した事で起きた事だから……私も反省しないと。でも、それでも危険になりそうなことは避けたい」
「だから堂々とレントの婚約者ですって言うよ。バルム国の名前を出して亡命した国の者でも、レントを好きでいる気持ちは誰にも負けませんって宣言するもん」
「………ウィルス。語尾にもんって言うのはなし」
「何で!?」
「言う事聞かないなら……見える位置にキスマークを落とすよ」
「ッ!?」
黒い笑みと共に落とされる爆弾。
思わず肩を手で隠す。少し前に、ファーナムから言われたのだ。「王妃様、いつから痣が……いえ、何でもないです」と今考えればワザとらしい発言に思わず首を傾げた。
服を着替えさせて貰い、すぐに鏡を見に行く。自分の肩の部分を見て赤面してしまった。鞭で打たれたのとは明らかに違う跡。上から真新しいものに……顔がどんどん赤くなるのは無理ないよね。
「や、やっぱりこれっ……レントの仕業!?」
「当たり前でしょ。ウィルスは私のだからその印。付けて何が悪いのさ。……あぁ、薄くなってしまったね。もっと濃く残さないと、君には分からないか」
待った!!!
行動が早いよ!!!
抗議を上げる前に体を固定される。これは不味いと思って「そ、そんな事しなくてもレントのものだもん!!!」と大声で言えばピタリと動きを止めるレント。
恐る恐る目を開ければ、彼は顔を赤くして「……だから、もんって言うの禁止」と悶えている。
「だ、だから!!! 堂々と言えば、こんな隠れてするような事しなくても平気だよ!!!」
「そう。……そっか。それはとても良いね」
ニコリ、と極上な笑顔を向ける。おかしい、何で背筋が凍るのだ。
そのまま抱きしめられ嬉しそうにされる。なんだか、自分でとんでもない事を言ったような気がしたが……なんだろう、上手く思い出せない。
そこからの動きは早かった。
レントの父親のギース国王、妻のラウド様も凄く協力的で……傷跡を完全に治してからは、夜会を開く為にとダンスのレッスンをする日々が続いた。ラーファルさんからは、カルラと私の身体を入れ替えるタイミングや魔力のコントロールを学び少しずつでもその時間を調整するように至った。
夜会を開くのに1カ月掛ったのはこういった経緯が含まれていた。隣国のエリンス殿下からは「お預けを喰らった」と残念がられ、申し訳ない気持ちでいた訳だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「成る程……道理で最近、慌ただしい訳だ」
バーナン様にそう説明した。周りは妙な空間が空いている上に、第1王子の彼がいる事で近寄ろうとする貴族もいない。リベリーさんが言うには威圧感があるんだって。
私には凄く優しいですって言ったら「偽物じゃね?」と疑ったんだ。嘘なんて言ってないのになぁ。
「経緯は分かったが、無理はしないで。……それとレントの事、頼むね」
「は、はいっ……」
頼むねと言われて驚いた。だって囁くように、大事にするように言われたからだ。一瞬、クレールさんの方を見たバーナン様は「片方無視だが、もう片方は……」と訳が分からない事を言っている。
「随分、楽しそうにしてるね……ウィルス」
瞬間、ゾクリと獲物を定めたような悪寒にゆっくりと振り向く。いつの間にかダンスは終わりを告げており、バーナン様はレントと代わる。
それはいい。分かるよ?
でも、何でかな。レント……凄く不機嫌だ。
笑顔なのに、私は冷や汗をかきたいのにかけない状態。最後にバーナン様が「頑張ってね」と言っていたが……どういう意味ですか!?
嫌な予感しかしないんですけど!?
「考え事なんて余裕だね?」
「ひうっ」
ダンスをするんだから体を引き寄せれる。でも、レントが怖くて思わず悲鳴じみた声を上げてしまった。気分を害したかと恐る恐る見るが……ずっと笑顔のままだ。
それが怖いと言いたいが、とても告げられるような空気でもない。
「今日を、忘れられない日にしたあげるね♪ ウィルス」
なんでかな。
心地良い筈なのにとてもそんな空気にもならない。
その日の夜会も滞りなく終わり、私がバルム国の人間である事も含めてギース国王は宣言した。今後、これが覆るような事も一生ないと。
私は何故かレントに連行されてた。無論、レントの部屋であり……待って、説明したい。色々と誤解があるから、説明させてよ、レント!!!
笑みが怖いって思ったの初めてだよーーー!!!




