Episode02 "西王"
西王と呼ばれる男はかつて神の啓示を受け、国を建国した。建国というにはあまりにも小さな国で、建国時の人口は30にも満たなかった。彼は神々から受けた知識を使い自国の領土を広げた。時に交渉で、時には戦を行い少しずつ武力と領土を広げ大国とまで上り詰める。
西国と呼ばれるまでに約60年の月日を費やし、ただ一つ受けた神の啓示を己の力で完遂したのだ。しかし西王に後継者はなく衰退の道を辿っていた。
「はは、己の使命を果たす為だけに人生を使いきってしまうとは情けないなぁ。」
「これでは操り人形と同じだなぁ。只々必死だった、ボクは特別なんだってね。でもね、こんなの誰だって出来たんだよ。」
寝室のべッドで横たわる老人。メイドに自身の心情を聞かせ少しでも気を楽にしようとしていた。
「そんなことはありません、西王陛下。陛下の活躍があったからこそ西国の現在があるのですよ。そんな悲しいことはおっしゃらないで下さい。」
メイドは真剣な顔で西王を見つめ励ましの言葉を送る。
「まったくメイド長には敵わないなぁ。そんな事を言われたら後20年くらいは頑張らないとないけないじゃないか。」
「そうです!陛下にはまだまだ国を支えて貰いますよ!」
二人は目を合わせ声を上げて笑った。しかし、その穏やかなひと時はドアのノック音によって終わりを告げる。
「陛下、お休みの所申し訳ありませぬ。広間にて大英雄ヘラクレス殿がお会いしたいとお待ちですがどう致しましょう。」
西王の城を守護する親衛隊の一員が陛下に申し上げる。
「すぐに参ると伝えよ。客室への案内も怠るな。」
「は!」
親衛隊の一員はすぐさま広間へと足を進める。
「いったい何のようなんだろうぉ、面倒事だけは勘弁だよぉ...はぁ」
「生きる伝説が何用なんでしょうねぇ。私、気になります!」
西王はため息をついていると目をキラキラさせるメイド長が西王に尋ねた。
「僕も知らないよぉ。第一あったことも話したこともないのにアポとってから来てくれよぉ。仮にもボク王様だよ!それとさっきのは年の割に少し...何でもありません。」
無言のプレッシャーをメイド長に掛けられ言葉を中断する西王。アラフォーと呼ばれる年代に達っしたメイド長はジト目でこちらを見てくるが顔を逸らし身支度を整える。
「さて、準備もできたしことだし大英雄様との初見に行くとしますかね!」
まだまだ現役だと言わんばかりに八十と言う齢を超えた西国の長は客室へと向かった。
客間に案内されたヘーラクレースは思考を巡らせる。どうすれば西国を東国にぶつける事が出来るのかと。人間と言う種が特に密集する国と言うのは現在の世界に置いて西国と東国と呼ばれる二つの大国だ。そしてヘーラクレースは白羽の矢をこの国へと立てたのだ。
「待たせましたなヘーラクレース殿、遠路遥々ようこそ御出で下さいました。」
西王は客間の扉を開けヘーラクレースに対して挨拶をする。
「此度はどのような要件で参られたのかな?」
ヘーラクレースは無言で席を立ち西王の前に身体を進める。西王の二倍はある身長が西王の眼前に迫り西王は上を見上げる。
「西王よ、不躾な願いで有るのは承知だ。単刀直入に言う、貴国に東国との戦争を行って貰いたい。」
ヘーラクレースの突然の物言いに西王とメイド長が驚愕する。しかし英雄の顔に嘘は無く、西王は表情を改めその願いに回答を返した。
「私はその願いを承諾しかねる。貴殿が英雄であり我らが祈るであろう神の血を引いていようと我が国民は大切な臣民であり私の家族であるのだ。そのような「神の導きであるとしても、か?」
西王の答えに釘を刺すようにヘーラクレースが述べる。
「西王アトレウス、貴殿が幼少の頃啓示を受けたのは知っている。活躍もこの国を見れば理解できる。しかし其方は一つの啓示を全うするために一つの人生を捧げた。そして私は新たな試練を、神のお導きを受けた。その意味を御理解頂きたい。これは神々の意思なのです。」
「神の意思か.....」
西王は客間の窓際から見える空を見て呟く。
「私に貴殿の後継者としての地位を頂きたい。戦争を起こし歴史に泥を塗るのは私だけで構わない。其方の善功偉業は私が命に変えてでも世に伝え受け継がせていく。」
「ふ、後継者か。確かに悪くない提案だ。しかし英雄殿、私にも通さなければならない信念と言うものがある!始まりは強い信仰から啓示に従ってきた。だが貴殿が起こそうとしているものは我が宝である臣民を失う行いになる!従って私はその提案を謹んでお断りする!」
八十を越える歳を経てなお衰えぬ己の思いを声を上げて宣言をする。
「メイド長、ヘラクレス殿が御帰りのようだ。」
もう話すことはないと西王は態度で示す。
「畏まりました。ヘラクレス様こちらです。」
メイド長が客間の扉を開き先に客間から退出し廊下にてヘーラクレースの退出を待つ。ヘーラクレースは思考した。他に方法はないのだろうかと。しかし何も思い浮かばずヘーラクレースは苦渋の表情を浮かべる。
「......残念だ」
ヘーラクレースは目を瞑り悲しい表情をとる。
「貴方のような.....素晴らしい王を」
部屋の扉の横に待機していた二名の親衛隊は何かを感じ腰の剣に手をかけようとしたがそれよりも早くヘーラクレースが動いた。
「えっ」
西王は何事かと声を漏らすが、ブシャっと音を立て頭部を失った身体からは血が流れ出す。
「失うことが。」
ヘーラクレースの片手には西王の頭部が握られていた。
何事かとメイド長が二名の親衛隊を押しのけ客間へと足を伸ばす。初めに目撃したのは床に倒れる西王アトレウスの姿そしてその横に立つヘーラクレースの姿だった。ヘーラクレースの手には西王の頭部が握られていることに気づき瞳から涙を流し崩れ落ちそうになるが壁に身体を寄せる。
「うう、うううう....」
メイド長は涙を流しながらも西王の身体に駆け寄って行く。扉の前に控えていた親衛隊二名は抜刀し戦闘態勢に移り親衛隊の一人が片方に指示を出す。
(俺が時間を稼ぐ、お前は元老院に事実を伝えろ。)
(しかしそれでは上官殿が...)
(心配するな、行けっ!)
指示を受け親衛隊の一人が廊下に出ようとした瞬間、その隊員にヘーラクレースの手が迫るが。
「させませんよ、ヘラクレス殿。」
それは親衛隊の上官により塞がれる形となった。上官の男は自身を含む客間に結界を張り閉じこめたのだ。
「結界か、」
ヘラークレースは結界の壁を触り上官の男を睨む。
「そんな風に睨まないで下さいよぉ、惚れてしまいますよ。」
額に汗を流しながら冗談交じりに口を動かし上官の男はへーラクレースの瞳を捉えて話を続ける。
「冗談はさておき、何故あのような蛮行に及んだのですか。」
静かに怒りを表し質問を投げる。へーラクレースは西王の頭部を床に置きながら上官の質問に答えた。
「神の意思だ。結界を解け、凡兵。」
ヘーラクレースは結界をコンコンと叩きながら命令をする。上官は深く息を吐き覚悟を決めた。
「神の意思だろうが何だろうが、この剣はその方に捧げてんだ!仇取らせてもらうぜ英雄さんよぉ!!!」
剣を両手で構えヘラークレースの元へと駆け出す。
「うおおおおおおらああああ!!」
剣をヘーラクレースの頭部目掛け振り落とすが上官は振るった腕を掴まれヘーラクレースのもう片方の腕で心臓を貫かれる。
「ぐふっ」
上官の男は口から血を流し握っていた剣が地に落ちる。一瞬自分が何をされたのか理解できずにいたが自身の胸元を見て理解する。
「..英雄になる..奴ぁ..こうも...反則じみて」
息が途切れ、上官の男はヘーラクレースの身体に向けて倒れる。
「忠義ご苦労である。」
握っていた心臓を潰し腕を引き抜くと、引き抜いた衝撃で上官の体は後方に倒れ結界は解かれた。
罪悪感がヘーラクレースに追い寄せる。自身はこれまで神々の正義を信じ事の解決に当たってきた、しかし今回の事象はこちら側が悪なのだ。罪も無き人の子を殺しまた殺さなければならない。
進まなければならない_悪に成りきらねば人は滅びる_ならば私は鬼となり人という種を救おう_
そう心に言い聞かせ客間の扉を開け退出しようとした刹那、ヘーラクレースは危機を察しバックステップで客間の中央に戻る。扉と周囲の壁は跡形もなく破壊されていたのだ。そして声が西王の死体付近から聞こえてくる。
「ヘーラクレース....西王陛下の仇、取らせて頂きます。」
そこには殺意と共に虚ろな目をしたメイド長が瞳に涙を溜め立っていた。
「ああっ、風の精よ、汝己の身体を媒介に奇跡の蝕を与えたまえ風!! 」
腰にぶら下がった小さな杖に触れ詠唱を唱える。ヘーラクレースは自身の上半身を大きく左にずらし向かいくる風の魔術を紙一重に避ける。ヘーラクレースは横にずらした上半身を元の姿勢に戻しゆっくりとメイド長の方向を目指し足を進める
「何故私が結界を破壊せず術者を先に仕留めたか分かるか?私は力の加減が分からぬゆえ結界ごと城を半壊させかねな「「バン!! 」」
メイド長の二射目がヘーラクレースの顔面に直撃する。
「その程度のそよ風では私に傷を負わせることは不可能だ。」
ヘーラクレースは自身の戦闘の経験則として必ず初撃を躱し見極めることをこれまでの偉業で身につけている。故に一度見た技は英雄に届かず無力に終わる。しかしメイド長は自身の魔力を爆発させ目の前に向かってくる英雄に向かい連続で同じ魔術を打ち続ける。
「風よ風よ風よ風よ風よぉぉぉ!!!」
爆風が晴れると何事も無かったかかの様に仁王立ちするヘーラクレースの姿があった。そして、英雄はメイド長を見下ろすと周りの被害を一度見渡した。
「この城は我が拠点となるゆえ、これ以上の被害は女人子供と言えど容赦はできぬ。」
「黙れ!!!!風の精よ、汝己の魔術においてっ!?」
詠唱を再び紡ごうとするメイド長は途中でその詠唱を終わらせた。
「貴様の魔術は未熟すぎる。」
へーラクレースは詠唱の途中にメイド長の首を右手で掴み宙に上げたのだ。
「ぐっ...が...な.....せ」
暴れまわるが拘束は外れず意識が遠のいていく。
「西...お...さ」
ド ド ド ド ド ド ド ド と複数の足音が客間へと押し寄せる音。
「逆賊ヘーラクレース!!貴様は我が祖国の祖であり我らが王を殺した。極刑の罪である!直ちにメイドを開放し投降しろ!!!」
城内全ての兵が集結し客間の周囲を包囲したのだ。
「全兵に告げる、戦闘態勢を強めろ!!此度の相手は英雄と呼ばれる男であるぞ!!!」
_無駄だ
包囲していた兵達がバタバタとその場へと倒れていく。だがその中にも数名の兵士は辛うじて立つ者達もいた。
「.....いったい何が.....」
片目を髪で隠した若い兵が壁に寄り掛かりあたりを見渡す。辛うじて立っていたのは8名の兵のみ。その中央に立つ英雄はメイド長を地に下ろし若い兵へと近づく。
「...オレも...ここまでか....」
近づく英雄の手が迫ると同時に意識が薄れ走馬灯が駆け巡る。英雄の手が若い兵の肩にかかるとヘーラクレースは言葉を紡いだ。
「意識のみを刈り取るよう力を弱めたつもりだったのだが人の子と言うのは存外脆弱なのだな。」
若い兵は理解する。自分は生き残ったのだと。しかし何故自分は生き残ったのかと言う疑問が頭を過る。
「疑問、か。獅子ノ咆哮、咆哮を周囲の精神に同調させ呼吸器官に乱れを促す。」
若い兵は意識を何とか保ちながらも思考を張り巡らせるが理解出来ずにいた。
「理解できないようだな。強い信念、野望、欲望を持つ強靭な精神を持つものこそが英雄となり得る器だ。貴様には死んでも死にきれぬ理由があるのだろう?」
言葉が重く響く。
「ならば私に従え、我が覇道に連れ従うのであれば自ずと悲願は達せられるであろう。」
片目を髪で隠す若い兵は目を見開きへーラクレースを真っ直ぐと見捉える。
「あんたに従え、か。どの道それ以外では助かる術は無いんだろう?」
若い兵は小さく呟くとその場へと壁を背に腰を下ろした。