Episode01 "ヘラクレスの宿命"
ヘーラクレースは一つ一つの試練においてすべてを己の力のみで乗り越えた。一つの試練を突破することは凡百の英雄にも可能だろう。
しかしこの男は十二もの試練を一つの身で乗り越えたのだ。人類史において彼ほどの偉業を成し遂げた者はいないだろう。故に彼の英雄伝は世界に広まり大英雄として歴史に名を刻まれ称賛される運命にあった。
本来なら12の功業を終えたヘーラクレースは神への座へと招待される筈なのだが、オリュンポス山にて女神の頂点であるヘラに新たな試練を言い渡されるため違う形でオリュンポスに招待されることになった。
「...神殿..か」
ヘーラクレースの精神は消耗していた_
自分を信じ待ち続ける家族の帰りをいつまで待たせればいいのだろうか、この試練は真に最後なのだろうかと。ヘーラクレースは女神達の待つ神殿の中心を目指し階段をあがっていく。一歩一歩進むたびに拳に力が入る。
「....私は緊張をしているのか....」
ヘーラクレースはゼウスとペルセウスの孫に当たる娘との子であり半神半人。神殿又はオリュンポス付近へは自らの血に神の血を引いていなければ近寄ることすらもできない。仮に常人が足を踏み入れる事があれば体はたちまち浄化してしまうだろう。
階段を登りきり中央に続く道を歩き始める。神殿は美しく日の光が柱の間を伝い神殿の中にまで広がる。
「この扉を開ければ」
神々との対面に覚悟を決め巨大な扉へと手を伸ばす。
「よくぞ参られた、余の親愛なる義息よぉ。」
皮肉を込めた言い方で黒髪の長耳をした女性が歓迎の第一声を投げた。六席ある王座の内、五席に座る女神達がヘーラクレースの来訪を出迎える。
「余の名は、ヘラである。そなたの父であるゼウスの妻とはこの余を置いて他におらぬ。此度は12の功業、大義である。が、余は貴様の存在を許したわけではない。」
ヘーラクレースの出生というのは前述の通りヘラの眼を盗みゼウスが人の子との間に出来た子供なのだ。
「まあまあ、ヘラさんも落ち着いて下さい。此度は口喧嘩をするためにお呼びしたわけではないでしょう。ヘーラクレースくんもごめんね。」
「アプロディーテー.....余も少々口が過ぎたな。済まぬなアルケイデース。」
ヘラはヘーラクレースを幼少の名で呼び謝罪をした。アプロディーテーと呼ばれた女神は美しいエメラルド色の髪を靡かせヘーラクレースに対し微笑を向けた。
「いえ、ヘラ様には何の落ち度もありませぬ。」
ヘーラクレースは気にしていないと言う気持ちを伝え本題である質問を女神に訪ねた。
「して此度は何故御身をこの場にお呼びしたのでしょうか?」
「使者に言伝を頼んだ筈なのじゃが......まぁ、よい。お主には新たな試練を受けて貰いたいのだ。」
「試練と言うのは、」
嫌悪感を出しながらヘーラクレースはヘラの提案に答える。
「分かあておる、お主がしとうないと言うことわ。安心せい、これが正真正銘最後の使いである。もしこの偉業を成した暁には貴様の家族とやらもオリュンポスに招待しようではないか。悪くない提案であろう?」
確かに悪い提案ではない。地上よりはこちらのほうが安全であり私がいなくても心配する必要がない。だが、妻はどうだ、彼女は神の血を引いていない。それはすなわち
「死なぬ、妾たちの内誰かの加護さえあれば領域に足を踏み入れることが可能だ。」
ヘーラクレースは悩んだ。試練を受けなければ家族との再会は果たすがオリュンポスの座は諦めるしかない。しかし受ければ数年の時をまた離れて暮らさなければならない。
「受けたくなければ受けなきゃいいんだよクレースちゃん!みんなひどいよねぇ12個もやらせておいて、また試練できたからやれーなんてさー。何なら私の加護で君の家族を守ってあげよっか?」
金髪の美神が両手を挙げながら甘い誘惑を投げかける。ヘーラクレースは金髪の女神へと希望の視線を向けようとするが一人の女神の怒声によりその希望は打ち砕かれる。
「黙れヘスティアー!貴様は何故そういつも人の道徳的であろうとする!」
ヘラは彼女が人に対し優し過ぎることを是とはしなかったが故、時折このように怒声をヘスティアーに対し上げてしまうのだ。
「神としての責務を果たせへスティア。」
豊穣神デーメーテールがヘスティアーに対し静かに睨みを効かせ言うことを聞かせる。
「うわっ、こわーい!怒られちゃったぁー!助けてアルテミスー!」
わざとらしく泣いたふりをして狩猟・貞潔の女神に抱きつく。
「こら、私を巻き込まないでっていつも言ってるでしょ!」
「...ふっ」
ヘーラクレースは笑った。数年ぶりの感情の変化が顔に投影されたのだ。戦場にて長年最前線に身を置いてきたヘーラクレースは人とのコミュニケーションをあまり取らずに過ごしたことにより感情が乏しくなっていたのだが久方ぶりの茶番に思わず笑みが溢れる。そしてヘーラクレスは顔を引き締めヘラへと答えを出した。
「.........試練、お受けいたします。」
ヘーラクレースは覚悟を決め試練の承諾をする。
「概要を聞いたら貴様は契約に縛られる。契約の解除方法は貴様が死ぬか、成し遂げるかだ。」
ヘラが試練の契約の規則を説明しパチンと指を鳴らす。すると自分の人差し指へと違和感を感じとり確認をすると指輪が嵌められていた。
「それでは契約の儀を開始する。」
バーンと柱へと何かを打ち付ける音が女神の間を震撼する。
「すまない、遅れた。」
「遅刻だアテーナ。」
銀髪の女神、城壁都市アテーナイを守護する女神が柱の横に姿を現したのだ。
「.........ヘーラクレス、君は契約を承諾するのかい?僕はやめた方がいいと君に推奨しておくよ。」
来てそうそうにヘーラクレースにそう発言する守護の女神。
「君は後悔をすることになる。」
アテーナはヘーラクレースの眼を見て契約の反対を押した。
だがヘーラクレースはそれを挑戦だと受けとる。自身には絶対の自身があり試練の失敗などありえる筈がないと心の底で思った。
「いえ、私はこの偉業成し遂げて見せます。」
ヘラクレスの瞳には覚悟のみが映されていた。瞳にはどのような説明も受けいれないと言う覚悟と傲慢が渦巻いていた。だからこそアテーナは彼の根本的な間違いにため息を漏らす。
「もう一度いうけど君は後悔するよ、そして失望に溺れる。まぁいいさ、ボクは行くよ。これ以上悲しい人間の顔を見たくないからね。精々狂気に飲まればいいさ人形」
「待てアテーナ!」
ヘラはアテーナを止めようとするがアプロディーテーがそれを遮る。
「始めましょうか、契約の儀式を」
英雄と呼ばれたへーラクレースの悲しき試練は始まりを告げる。それから暫くの間、契約の儀が行われへーラクレースは新たな試練の概要を知ることになった。
「これは試練ではない、ただの虐殺ではないか!」
へーラクレースは怒りの声を上げ女神達を睨んだ。彼は人類から英雄として祭り上げられ栄光の人生を歩む運命にあった存在。それが今は契約の縛りで人類を敵にまわし悪に徹しなければならないのだ。
「何故だ!...何故..なの..ですか....」
怒りが悲しみに変わり声が掠れていく。
「済まぬな、貴様には荷が重すぎるほど苦しい試練になるであろうがこれも天の総意であり天啓なのだ。トロイアの戦だけでは足りなんだ。」
ヘラは淡々と言葉を並べ人の種の未来を語って行く。
「人と言う種はな、近日共に我々が何もしなくとも滅ぶであろう。それを救う事こそが試練の本質であり希望に成り得るのだ。貴様が悪になりきることで人の滅びは少なくとも先伸ばしになり現在を救う。」
ヘラは盃を手にこう言った。
「鬼になれアルケイデース。」
へーラクレースは立ちくらみと同時に吐き気がこみ上げた。これまでの試練とは違い大英雄は人類の半数を地球上から駆逐しなければならないのだ。
「それとなぁ、アルケイデースよ。言いたくはないが自害しようものなら貴様の親族は下界の最下層に送らせてもらうことになる。」
「それは...」
「謀反を起こし我々に危害を与えぬための楔だーってヘラちゃんはいいたいんだよぉ!」
ヘスティアーはヘラの声真似をしながらへーラクレースに脅迫の内容を打ち明ける。ヘーラクレースの表情に曇りが出る。
「うんうん、ひどいよねぇ〜!嘆きの川で永遠の苦しみを味わうことになるなんてー。でもでも大丈夫だよぉ〜クレスちゃんは試練を成し遂げればいいだけなんだから、がんばってぇー!」
へーラクレースは現状をヘスティアーの説明を受けたことにより理解する。そう自身の身体には神の血が流れている。神々の肉体に触れることができるということだ。それはすなわち神々への身体に傷を与えることができるということ。
「ごめんなさい、脅しって形になるけど受け入れてもらえると助かります。」
アプロディーテーはへーラクレースに申し訳なさそうに謝罪を口にするがへーラクレースはそれを無言で返し女神一同の顔を今一度確認し理解をする。
_誰一人として心というものから話をしていないのだと。
へーラクレースは神が自分を道具としか見ていない現実を突きつけられ恐怖した。そして彼は自身の震える体に鞭を与え自身の内に決意を決め動き出す。
「また会おうぞ、アルケイデース。」
へーラクレースは女神達に一礼をし女神ノ間から退出をする。ヘーラはその後ろ姿に声をかけ扉が締まるその瞬間まで彼を黙視した。そのヘラ含める他の女神達の口元は邪悪な笑みを浮かべていた事にヘラクレス気づかない。
オリュンポスから離れたへーラクレースは自馬に乗りながら考えていた。どうすれば人類の半数を減らせるのかと。簡単な話、彼自身がそれを行えばいいのだがいかんせん試練の最中に人類は総出で彼の首を取りに来るだろう。
いかな大英雄といえど世界を敵に回すことは自身の死に繋がる蛮行と言えよう。どんな試練が来ようとそれを乗り越える覚悟、そして自信はあった......が今回はまた違った話だ。
樹海を越え大草原を走るヘーラクレースは風を感じながら心を落ち着かせる。彼は心の中でいつまでもこうして相棒の馬と共に草原で走っていられたらどれほど幸福かと感じる。しかし現実はそれを許してはくれないだろう。大英雄は眉間に皺を寄せ眼を瞑り草原を駆けて行くのであった。




