第43話:2026年秋「冬眠」
京都の熱狂から地元へ戻ると、街はすっかり秋の装いになっていた。
スタジオでの狂乱が嘘のように、俺の自室は重苦しいほどの静寂に包まれている。
制作は「中抜き」のフェーズに入った。
原画と動画の膨大な山が京都のスタジオを埋め尽くし、監督たちが死に物狂いでそれらを繋ぎ合わせている間、原作者である俺に残されたのは、ただ一つ。
物語を「完結」させることだけだ。
「……はぁ。……結局、ここに戻ってくると落ち着くんだよな」
俺はキーボードに指を置き、コタローが足元で規則正しく鳴らす「プピー」という寝息を聞きながら、溜息を吐いた。
配信を点けると、そこには相変わらず世界中から集まった「飢えた狼」たちが、更新を待ちわびて陣取っている。
【コメント欄】
::綴さん、おかえり!!
::京都の空気はどうだった? 完全に毒に染まったか?
:[Niki_from_USA]:Welcome back, Tsuzuru! We need more Alberto!
:[ルナ]:senseiのバイタル安定を確認。ただし、執筆への没入による「深淵へのダイブ」が観測されます。……注意してください。
「……ああ、ただいま。……京都の空気は、最高に美味かったよ。……あいつらの狂気が、俺の脳のバグを直してくれたんだ」
俺はコタローの頭を撫でて、一条さんから届いた特大の「コタロー用・最高級デンタルガム」を棚に置く。コタローが尻尾を振って喜びの舞を踊るのを横目に、俺はエディタを睨みつけた。
「……さて、お前ら。……今日から少しの間、俺は『冬眠』に入る。……物語のクライマックス、アルベルトとエレオノーラの『最後の選択』を決めるために」
【コメント欄】
::冬眠!? 執筆か!!
::ついに結末が見えるのか……心臓が持たねえ……
::綴さん、俺たちの執着も全部書き込んでくれよ!!
:[軍師]:……綴、俺もこの数日間、サーバー監視の合間にアルベルトの思考経路を再計算してみた。……あいつの執着は、もはや神の演算すら超えているぞ。
俺はアンケート機能を開いた。
【問:アルベルトの「最後の選択」は何が一番エグいと思う?】
1. 世界を壊して、二人だけの箱庭を作る
2. 世界を支配して、自分たちを『神』として崇めさせる
3. 全てを捨てて、ただ二人が「人間」として消える
4. エレオノーラを世界の一部にし、自分だけが彼女を観測する
【コメント欄】
::1!! これぞアルベルトの執着!!
::3だろ……! 全てを捨てて、二人だけで生きるのが一番の『ざまぁ』になるんだよ!!
:[Germany_Niki]:Option 4! A lonely god watching his eternal doll. Pure insanity! (孤独な神が永遠の人形を観測する……純粋な狂気だ!)
:[ござる]:「拙者、4に一票でござる!! 二人だけの、誰にも邪魔されない虚無……これぞ究極の結末でござる!!」
アンケートの結果は、綺麗に割れた。
リスナーたちも、アルベルトの行く末に迷っているのだ。
「……みんな、ありがとう。……お前らの『欲』の数だけ、結末の形があるってことか」
俺はキーボードを叩く指を止め、窓の外を眺めた。
「……俺には、もう見えているよ。……アルベルトが最後に何を選ぶのか。……それは、お前らが思っているような『救い』じゃない。……かといって、単なる『破滅』でもない」
俺が配信を閉じると、静寂が部屋を支配した。
コタローが満足そうにガムを噛む音が、夜の闇に響く。
俺は、物語の「深淵」へとダイブする。
執筆の孤独。そこは、誰にも邪魔されない、俺とアルベルトだけの聖域。
「……待ってろよ、エレオノーラ。……俺が、君を世界で一番『賢くて悪い魔女』にしてやる」
カチ、と。
キーボードを叩く乾いた音が、静かな冬眠の夜に響き渡った。
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