第38話:世界戦略
「……よぉ、お前ら。……なんだ、今日はやけに日本の古参勢が元気じゃねえか。海外ニキたちの『不謹慎だ!』っていう抗議コメントを、お前らのクソみたいなネタコメで埋め尽くすんじゃねえよ」
夜は静かだが、俺のモニターの中は、もはや制御不能な核融合炉のごとき熱量を帯びていた。同時接続数は驚異の65万人。もはや個人の配信の域を完全に超えている。
【コメント欄】
::綴さん、もっとやれ! 海外勢の顔を真っ青にするようなドロドロの愛を見せてくれ!
:[UK_Church_Watch]:This is heresy! Stop this stream now! (これは異端だ! 今すぐ配信を止めろ!)
::最近、近所の教会がザワついてるんだけど、これ綴さんのせい?ww
:[USA_Girl]:Alberto is a monster... but why do I feel so empty without his updates? (アルベルトは怪物よ……でも彼の更新がないと空虚なのはなぜ?)
::軍師さん、さっきの教会のファイアウォール貫通、マジで神業っすわ。弟子にしてくれ。
「……『異端』だの『ハックしろ』だの、お前ら勝手なことばかり言いあがって。……だが、いいぜ。お前らが望むなら、この物語を単なる『小説』の枠から、現実を侵食する『猛毒』にまで昇華させてやる」
【チャットグループ:円卓】
俺は画面に、一条さんから送られてきた「世界各国の検閲状況」のマップを表示した。欧州や北米の一部が赤く塗られている。
「……一条さん、この『赤色』の地域は、俺の小説が物理的にブロックされようとしてるってことか?」
一条:……左様でございますわ、先生。
スピーカーから、優雅でありながら氷のような一条の声が響く。
一条:彼ら『聖法正教連盟』は、先生の筆を「精神的バイオテロ」と定義しました。……現在、いくつかの国では『せいまも』へのアクセス自体が犯罪とされる法案すら検討されています。
軍師:……無駄な足掻きだな。
軍師が、キーボードの打鍵音をバックに割って入る。
軍師:俺が構築した『分散型(P2P)配信プロトコル』は、中央サーバーが存在しない。……奴らが国単位で回線を遮断しても、信者のスマホ一台一台がサーバー(発信源)になる。……一度放たれた毒は、世界を一周するまで止まらん。
剣呑:ハッ! 法律で愛(執着)を縛れると思ってんのか。
剣呑が苛立ち混じりに吠える。
剣呑:綴! 奴らが『隠れ家』を探してるなら、いっそこの配信場所自体を物語のネタにしてやれ。……世界を絶望させる。……その『ギャップ』が一番エグいんだよ。
ござる:「ぬおおおおお!! 拙者、既に地元の名産品を模した『ハッキング防護お守り』を10万個製作済みでござる! 世界中から注文が殺到して、郵便局がパンク寸前でござるよ!!」
「……よし、お前らの覚悟は受け取った。……今から書くのは、アルベルトとエレオノーラが『世界そのもの』から亡命する話だ。……画面から目を離すなよ」
【小説内パート:『せいまも』第37話「亡命者の聖域」】
聖域は崩壊していた。
アルベルトが放った「執着のウイルス」によって、高潔を誇っていた信者たちは互いの醜い欲求をぶつけ合い、神聖な神殿はただの阿鼻叫喚の地獄へと成り果てた。
「……行きましょう、エレオノーラ様。……もう、この世界に君を縛る光はない」
アルベルトは、魔力の汚染によって髪が紫色に変質したエレオノーラを、優しく横抱きにする。
彼女の瞳には、かつての「聖女」としての正義感はない。ただ、自分を汚し、世界から切り離してくれた男への、狂おしいほどの熱い光だけが宿っている。
「……どこへ行くの? アルベルト。……天国も、地獄も、もう私たちの居場所はないわ」
「……国境も、法も、神の目も届かない『空白地帯』です。……俺が構築した、俺たち二人だけの、世界で一番狭くて、一番自由な監獄へ」
アルベルトは、教会の心臓部である水晶演算機を完全に破壊し、その魔力の残滓をハッキングして、次元の狭間に『隠れ家』を生成した。
それは、世界中の誰からも認識されず、誰からも干渉されない、絶対的な孤独の空間。
追っ手である異端審問官たちが踏み込んだ時、そこにはもはや、聖女も、異端者も、存在していなかった。
ただ、床に残されていたのは、アルベルトが精神汚染を解除した教会の幹部達と、世界への「最後通牒」として刻まれた、皮肉なメッセージだけだった。
『――正義が君を殺すなら、俺は悪として君を生かす。……さらばだ、美しい地獄よ』
「……更新完了だ。……さあ、日本のお前らも、海外のニキたちも。……この『絶望の亡命』、どう受け止める?」
【コメント欄】
::うおおおお!! カッコよすぎる!! 「救う」んじゃなくて「世界から消える」のか!!
:[German_Niki]:Philosophical suicide... Is this what Tsuzuru means by "Love"? (哲学的な心中……これが綴の言う『愛』なのか?)
::てか、この隠れ家の描写……綴さんの今の部屋に似てない?ww
:[軍師]:……フッ。鋭いな。綴、今お前の家の周辺で不審なIPアドレスが3つ。……だが、既に一条の『調整』が完了したようだ。
親衛隊:……ええ、ご報告いたします。
親衛隊:先生のご自宅周辺を徘徊していた「自称・正義のジャーナリスト」の方々ですが、……今頃、地元の警察署で『別の重大な余罪』を追及されているはずですわ。
親衛隊:完全にストーカー行為ですもの。先生の聖域を侵す者は、例え神であろうと私が許しません。
ルナ:……Sensei. 教会の本部サーバーから、面白いデータを抜いたわ。
ルナ:……彼ら、次の作戦として「アルベルトに似た偽物のキャラクター」をSNSで流行らせて、先生の物語の価値を下げようとしてる。……いわゆる『公式によるネガキャン』ね。
テツ:……ふざけんな! そんな偽物、俺がペンで叩き潰してやる! 綴のアルベルトは、俺が世界一カッコよく描く!
クロエ:……私も。……本物の『闇』を知らない奴らに、この紫色の絶望を描けるはずがない。……綴、安心して。……あなたの物語の彩度は、私が守る。
「……ハハッ。……心強いな。……だが、お前ら。……これはまだ、始まりに過ぎない」
俺は画面越しに、世界中の視聴者を睨みつけた。
「……世界が俺たちを追い詰めるなら、俺たちはさらに深い闇へ潜るだけだ。
……アルベルトとエレオノーラが辿り着いた『隠れ家』。……そこは、お前らの心の中にもあるはずだぜ」
「……今日の配信はここまで。……一条さん、次の『世界戦略』の準備、進めておいてくれ。……日本だけじゃなく、全世界の教会の鐘を、絶望の音色に変えてやるんだ」
親衛隊:……かしこまりました。……先生。
配信を切った瞬間、部屋を支配したのは、重厚な静寂だった。
窓の外、夜はどこまでも平和だが、俺のキーボードからは、まだ世界を焼き尽くすほどの熱が、紫色の光となって漏れ出していた。
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