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第12話:現実(リアル)の洗礼。女帝・一条との邂逅!

地方都市の、閑静な住宅街。


 そこにある築30年のアパートの一室で、俺は鏡の前で絶望していた。


「……これ、マジで行くのか? この格好で」


 鏡に映っているのは、銀髪イケメンのVアバター「銀凪綴」ではない。

 ボサボサの髪を無理やり整え、近所の『ウニクロ』で買ったばかりの1990円のネイビーパーカーを着た、どこにでもいる「ただの男」だ。


 足元は使い古したスニーカー。

 これから向かうのは、東京の超一等地にある五つ星ホテルの最上階ラウンジ。

 ……場違いなんてレベルじゃない。異世界転移の方がまだ話が通じるレベルだ。


 ——ピコーン。


【グループチャット:円卓の騎士(12人)】

:[軍師]:綴、もう新幹線に乗ったか?

:[軍師]:一条は時間に厳しい。1分でも遅れたら、書籍化の話は白紙だと思え。

:[剣呑]:お前のパーカー姿、想像するだけで草。

:[剣呑]:せめて駅ビルでジャケットくらい買えよ。……まぁ、一条は中身しか見てねーだろうけどな。

:[ござる]:「綴殿! 武士は食わねど高楊枝でござる! 胸を張って、いざ鎌倉……もとい、東京へ出陣でござるよ!」


「……うるせーよ! ござる、お前は絶対面白がってるだろ!」


 俺はスマホをポケットに突っ込み、家を出た。

 街の空気はいつも通り穏やかだ。だが、俺の心臓はミーチュの同接が5万人を超えた時よりも激しく鼓動を刻んでいた。


東京・高級ホテルラウンジ

 自動ドアが開いた瞬間、別世界のような冷気と、高価な香水の匂いが鼻を突いた。

 大理石の床を歩くスニーカーの音が、やけに大きく響く。

 エレベーターで最上階へ昇り、案内された席に座っていたのは——。


「……お待ちしておりましたわ。銀凪綴先生……いえ、今は本名でお呼びした方がよろしいかしら?」


 一条。

 「親衛隊」という名前で、連日俺に万単位のスパチャを投げていた人物。

 彼女は、漆黒のスーツを完璧に着こなし、グラスに入ったシャンパンを眺めていた。


 縦ロールのアイコンとは違い、実物は知的な眼鏡をかけた、冷徹な美貌を持つ女性だった。

 だが、その瞳の奥に宿る「狂気的な熱量」は、間違いなく配信で見せていたあの「親衛隊」そのものだ。


「……あ、初めまして。……綴です。……今日は、その……」


「ふふ、そんなに怯えないで。ウニクロのパーカー、よくお似合いですわよ。

 ……先生が『本物』であることは、昨夜の第1話で証明されましたもの」


 一条は、テーブルの上に一冊の分厚い資料を置いた。

 そこには『せいまも:書籍化プロジェクト企画書』の文字。


「先生、単刀直入に申し上げます。

 わたくしが所属する『カドカワレ』編集部は、本気です。

 初版部数、販促予算、そしてコミカライズの同時連載。

 全てにおいて、新人としては破格の条件を用意しました」


 一条の言葉は、事務的でありながら、獲物を狙う猛獣のような鋭さがあった。

 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


「……俺なんかの小説に、そこまでしてくれるんですか?」


「『俺なんかの』? ――先生、それは昨日まで一緒に地獄を作ったリスナーたちへの冒涜ですわよ」


 一条の眼光が、一瞬で冷たくなった。


「わたくしは編集者です。売れないものに一銭も出しません。

 ですが、貴方の書く文章には……あのアルベルトの、血を吐くような愛の囁きには、何十万人もの読者を狂わせる『毒』がある。

 ……わたくしは、その毒を世界中に撒き散らしたいのです。

 そのために、貴方の全てを……私生活も、睡眠時間も、その『銀髪の仮面』も、全てわたくしに預けていただけますこと?」


 これが、プロの洗礼。

 これまで円卓の騎士たちと「共犯者」として楽しんできた遊びが、

 数千万、数億の金が動く「ビジネス」という名の怪物へと姿を変えた瞬間だった。


「……条件が、あります」


 俺は、震える声を無理やり押さえつけ、一条を真っ直ぐに見返した。


「……たとえ書籍化しても、物語の主導権は俺が持ちます。

 ……そして、ミーチュでの『製作会議』も、今まで通り続けます。

 ……あいつら……軍師や剣呑、ござるたちがいない『せいまも』なんて、俺には書けませんから」


 一条は、驚いたように目を見開いた。

 そして次の瞬間——彼女は、配信で見せる「親衛隊」のように、艶然と笑った。


「……ふふっ。あはははは!

 最高ですわ、先生! まさか、この一条に条件を突きつける新人が現れるなんて!

 よろしい。その『傲慢』こそが、エレオノーラ様を護る騎士に相応しい。

 ……わたくしたち編集部も、その『製作委員会』の一部に加えていただけますのね?」


「……ああ。……あんたも、最初から『共犯者』だろ」


 俺が手を差し出すと、一条はその白く細い手で、力強く握り返した。


帰りの新幹線:グループチャット


 東京からの帰り道。

 俺は自由席の隅で、爆発しそうな通知画面を眺めていた。


【グループチャット:円卓の騎士(12人)】

:[軍師]:……契約、成立か。

:[軍師]:綴、よくやった。これで公式に『一条』という巨大な盾を手に入れたな。

:[剣呑]:へぇ、一条を相手に条件を飲ませたのか。お前、マジで死ぬぞ?

:[剣呑]:一条の追い込みは、聖女リリカルよりエグいって業界の噂だ。

:[ござる]:「【祝・書籍化決定!】綴殿、今夜はお祝いでござるな! 拙者、ウニクロのパーカーを買いに走るでござるよ!!」


「お前ら……。……ありがとうな。

 ……でも、ここからが本当の地獄らしい。

 今夜の配信で、みんなに発表する。……荒れるだろうな」


【コメント欄(予測)】

::書籍化おめでとう!

::魂売ったな。

::どうせ規制でエグい描写消えるんだろw

::綴、お前……変わっちまったな。


「……アンチも、野次馬も、全部まとめて相手してやるよ。

 軍師、剣呑……。次の会議ディベートの準備、しておけよ。

 ……次は、世界中の読者を『共犯者』にするための、史上最大の工作だ」


 新幹線の窓に映る俺の顔は、朝より少しだけ、ふてぶてしくなっていた。

 地方都市の閑静な街に戻る頃には、俺はもう「ただの男」ではいられなくなる。

 「銀凪綴」という物語。

 その第2章の幕が、今、残酷なファンファーレと共に上がろうとしていた。



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