2-6 続けてもいいですか?
「……あー、続けてもいいですか?」
「え、えー? 久しぶりの再会なんだし、もうちょっとゆっくりとかー?」
「続けさせて頂きますね」
中々もう一人――スティアさんが帰って来ないからだろう。何とか引き伸ばそうとした所長さんを、俺は一蹴した。
先に話す事は話して、調書も出来るところまでやっておこう。そうしている間に、おそらくは帰ってくるだろう。
まして、今日のメンバーは普段より時間がかかる可能性が高いのだから。
「こちら、請求された前回の損害に対しての金額になります」
俺は懐から、ベルンシュタイン家に調査に行っていただいた時の被害額を入れた封筒を取り出し、所長さんに手渡す。
彼は驚いたようにしながらも、こちらの依頼による被害や治療にかかった金額だと伝えると、直ぐに金額を数えはじめた。
「……所長、なんかちょっと多くないですか?」
数えている所長さんの横から、クルトさんがひょっこり顔を出しながら尋ねる。おおよその金額、知っていたのか。意外だ。
金銭面はスティアさんのみが得意なのかと思っていた。
「あぁ、多分金額が高いのはベルの武器だよ。あれ、特注品だから」
「ああ! プレートかちーん!」
プレートかちーん……。何の事かは分かるが、間抜けな響きだ。
「プレート部分作り直しだったからね。本当はもう新しいのが出来てるんだけど、まだベルに渡してないんだ」
「えー、何でッスか? フー先輩」
まだベルさんと戯れていたフルゲンスさんが尋ねる。お前はそろそろこっちに戻って来い。
それに対し、所長さんは「また無茶されたら嫌だから」と、ちょっと拗ねた様に返した。いや、拗ねた、というのは違うか。
先日の件に関しては、少なからず怒っているのだろう。そして、心配している。
「持たせて無い方が不安じゃねーッスか?」
フルゲンスさんが首を傾げると、何故か一緒にクルトさんも首を傾げた。
あまりにも息の合ったタイミングで、同じ方向に首を傾げるものだから、ちょっと笑いそうになる。笑わないが。
「いや、せめて怪我が完全に治るまでは渡せない」
「っていう訳で、俺、ずっと一個なんだ」
「でも、そういう理由ならオレもフー先輩に賛成ッス。可愛いベルが無茶しちゃったら嫌ッスもん」
理由を知ると、またしてもフルゲンスさんはベルさんを抱きしめた。
一々抱き着かなければ話の一つも進められないのか。そんな俺の内心を代弁するように、クルトさんが今度は反対側に首を傾げる
クルトさんは、反応が分かりやすい。……時々全く分からないが。
その後、所長さんに渡した金額の話をさらっと済ませると、俺は「では、本題に入りましょう」と、口にした。
いい加減、仕事と行こうではないか。
所長さんの「んげ」の呻きを聞かなかった事にし、担当を割り当てようとすれば、フルゲンスさんはベルさんに頬ずりをしながら「オレはベルの調書を取るッス!」と食い気味に言った。
「わたくしはこの方がいいですわ」
続いたのはネモフィラさんで、クルトさんの後ろに隠れていたネメシアさんを指差す。
……一応、俺が上司なんだけどなぁ。
ネメシアさんは「ふぇー?」と謎の声を発しながら、クルトさんの陰から顔だけを出してネモフィラさんへと向ける。
「……所長も大魔法使いで、13枚だけどな」
クルトさんが小声で呟いたところから察するに、ネメシアさんが大魔法使いだから選ばれたのだろう、という事がバレバレのようだ。最初の視線の向け方で、既に「この人は大魔法使い大好き」とインプットされてしまったのだろう。
「だって、この方、生理的に受け付けないんですもの」
ネモフィラさんはと言えば、完全に悪いレッテルを張られた事にも気が付かず、所長さんへとジトっとした視線を向けた。
あぁ、後で指導しなくては……。
所長さんはと言えば鼻で笑い、「僕も君みたいな子は生理的に受け付けないんだよ」と吐き捨てる。
所長さんの反応は、当然だろう。こんな事を言われて腹を立てない人はいない。
その証拠に、何故かネメシアさんが目をまん丸くしてネモフィラさんを見ると、「ふぇー」と鳴いている。この鳴き声の意味はよくわからないが、少なくとも「何だこの反応!」みたいな驚きのような物には見えた。
「まぁ。しかし、好かれなくても結構ですわ。わたくしとしては、貴方のようなだらしない13枚よりも、彼女の方がマシですわ」
「そういう訳で、僕はジス君か、ベルの調書を終えたルースに調書を取って貰うから、君とは話す必要が無いようだね」
「そうですわね。助かりましたわ」
うんざりとした所長さんの反応。不快そうな視線を向けるクルトさん。「いっそ凄い!」と目をまん丸くしたままのネメシアさん。
それにも気付かず、自らに悪い所など無いような態度のネモフィラさん。
俺は思わず頭を抱えて、大きな大きな大きなため息を吐いた。
指導、しきれるかな。出来るだけ頑張るが。
「調査をする相手への態度は、後程指導しておきます」
「そうして。さすがにこれは不快感マックスだよ」
「申し訳ありません」
俺が頭を下げていると、「マーックス!」とはしゃいだ声を上げながらクルトさんの後ろから飛び出したネメシアさんが、俺の服の袖を引っ張る。
それ、鳴き声か?
「ジッキー任せて! あたしがご指導アンドご鞭撻コースに誘っておくから!」
ネメシアさんはどーんと胸を張って、ニコニコと笑った。
「あー……では、ひとまずお任せして……」
俺は少し迷ったが、とりあえずは頼っておく事にした。本格指導はここでの仕事を終えてからにするとしても、さすがに実技の間は目を離す事になる。
一応、目はあるに越した事は無いだろう。
「クルトさん、先に実技から始めても宜しいですか?」
俺はクルトさんに向き直ると、そう尋ねた。
「お? 手合わせか? 手合わせか?」
クルトさん、なんでちょっとわくわくしているのだろう。目がキラキラしていて、まるで子供のようだ。
「はい。このまま中で全員質問から始まると、実技の方でお待たせしてしまう可能性があるので、前後しますが、先にそちらをお願いしたくて」
「おお、良いぞ!」
弾んだ声に、鼻歌交じり。上機嫌に外へと向かうクルトさんの背中に、所長さんの「クルト、怪我をしないようにね」という気遣いの声がかけられる。
例の一件で怪我をしているからだろう。
「ご安心下さい。怪我はさせないよう、細心の注意を払います」
「大丈夫だし! オレ、頑丈だし!」
元気いっぱいアピールをしたクルトさんと共に、俺は近くの森へと向かったのだった。




