2-5 ……そういえば、幼馴染だっけ
「こちら、ネモフィラ・アウフシュナイターです」
まず、人を値踏みするような視線をあちこちに向けていたネモフィラさんを紹介する。
あの視線も、後で厳重注意だな。俺が気が付いていないとでも思っているのだろうか。
「どうも、始めまして。わたくしはネモフィラ・アウフシュナイターですわ」
「うーわー……。ジス君、ご愁傷様」
苗字を聞き、真っ先に状況を理解したのは所長さんだった。次いで、ベルさん。ネメシアさんは……俺に向けて小声で「ファイト」と応援してくれている。何故小声。
アルメリアさんはソファーでぐったり、最後まで理解出来ていなかったのはクルトさんになる。
彼は暫く首を傾げて考え込んでいたかと思うと、やがて「あー! 国王! 国王の苗字だ!」と大きな声を上げた。
察しが悪い。
「ええ。わたくし、現国王の姪にあたりますの」
「うえぇぇぇぇぇ!? マジで? 何で? 何で国王の姪が、こんな所でプラプラしてるんだ!?」
プラプラって。間違ってはいないが、何とも……いや、いい。彼の素直な所は長所だ。
「国王の姪、階級持ってないんだな」
「……えぇ、まぁ」
ベルさんは、ネモフィラさんを一瞥すると冷たく言った。
矢張り、あの態度を良しとしている訳ではなかったらしい。彼はネモフィラさんに対して、敵意とまではいかないが、不快なものであるかのような顔をしている。
「で、そちらさんは?」
更に所長さんはといえば、ネモフィラさんにはそれ以上の興味を示さず、大人しく帽子を目深にかぶったままのフルゲンスさんを見た。
俺が振り返り、「彼は」と言いかけた所で、フルゲンスさんは口元に笑みを浮かべると、一気に加速し、ベルさんに抱き着いた。
……そういえば、幼馴染だっけ。それにしたって、変な奴だな。
抱き着かれたベルさんは、暫く目を白黒させていたが、フルゲンスさんが彼から離れて帽子のつばを上げると、瞳を煌めかせた。
「ルース!」
「お久ッス、ベル!」
俺に対する不機嫌そうな様子は微塵も見せない、無邪気にはしゃいでいるフルゲンスさん。それと同様に、珍しく花が咲いたように明るい笑顔を浮かべるベルさん。
これが本来あるべき幼馴染という物なのだろうか。
幼馴染、という観点から見れば、彼らは俺の先輩にあたる。ここはしっかりと目に焼き付け、ナチに対してやってみると良いのかもしれない。
……いやいや、今は職務中。いくら仲の良い幼馴染であっても、いつまでもはしゃいでいないで仕事に移ってもらわなくては困る。
俺が考えている間に、二人は新婚さんごっこ? のような幼馴染のやりとりを繰り広げていた。これはナチには出来ないなぁ。
特に、フルゲンスさんがベルさんにやった頬ずりは、難易度が非常に高い。
「あ、フー先輩も、チーッス」
頬ずりをしたまま、フルゲンスさんは所長さんに挨拶をする。失礼なではあるが、親しい間柄のように見えるので、後で軽く注意するくらいにしておこう。
「おやまぁ……相変わらずチャラチャラしてるね」
「お久の後輩に対して、キツくねーっスか?」
「ついでのように挨拶した君には言われたくないよ」
注意はいらないのだろうか?
いや、それよりもフルゲンスさんの紹介がまだだった。
「……彼は――」
「チーッス、お初ッス。オレはフルゲンス・ドライツェーン・ヒルシュ。ルースでいいッス」
俺が口を開けば、最後まで言わせる事なく勝手に自己紹介を始めた。
「オレはベルの幼馴染ッス。フー先輩は、同じ学校で先輩後輩だった時代があるんスよ」
「あー、ベルの幼馴染か」
クルトさんがコクコクと頷いている横で、ネメシアさんが再度俺を見ながら「ファイト」と口にした。
どうやら俺の苦労を理解してくれているらしい。心の中で、こっそりと「ありがとう」と言っておこう。ありがとう。
「うん。俺の幼馴染で友達。こんなにチャラついてるけど、成績は優秀だったんだぞ。チャラいけど」
「うッス。オレ、見た目通りチャラいッス」
ベルさんが二回チャラいと言った後、本人からも追いチャラいがあった。クルトさんも所長さんも、呆れた様子でフルゲンスさんを見ている。
……俺も呆れて見ている。
しかし、管理局内のツンケンしている態度よりは、チャラい方がマシかもしれない。特に人当たりが。
「つーワケで、オレと仲良くしてほしいッス」
チャラチャラとした挨拶を終えると、そのまま視線をネメシアさんに向ける。
「ボインのー……シアちゃん!」
「うわー、寄らないで。チャラメ」
ウインクをしたフルゲンスさんに対し、両手を自らの前に掲げて「鉄壁の構え!」と謎の発言をした後で、フルゲンスさんを拒絶した。
この光景を見て、俺は思い出す。フルゲンスさんは女好きである、という噂があった事を。
最近はナチの一件や、その前もツンケンしている事が多かったせいで、そんな噂の事等頭の端にも残っていなかったのだが。
「チャラメって何ッスか」
「チャラチャラしたメガネ。略してチャラメだよ」
ネメシアさんがにっこりと答える。チャラメ……。
「オッケーッス。オレ、今日からシアちゃんのチャラメッス」
「……ルト、あたしは逃げ隠れたい」
精一杯の皮肉だったのだろうか。本人的な攻撃が効かず、ネメシアさんはじりっとフルゲンスさんと距離を取る。
「アリアちゃん、大丈夫なんッスかー?」
「ルース、アリアに近づいたら容赦なく攻撃するよ」
ネメシアさんの逃げ腰などなんのその。全く気にした様子も見せずに、今度はソファーに横たわるアルメリアさんへと視線を向けた。
所員を大切にしている所長さんは、女好きのフルゲンスさんを警戒しているようで、ジロっと睨む。
「軽薄な」という声は、意外な事に大人しくしていたネモフィラさんのもの。この瞬間にも、仲間意識は蜘蛛の糸よりも細い状態になっているのが分かる。
チャラチャラするのも、この辺で止めて貰えないだろうか。
目の前で所員達とフルゲンスさんがキャーキャーとやりとりを続けているが、そろそろ本題に入ろう。このままではきりがない。




