1-24 殺るなら三人。これ、常識
曲がりくねった道は、俺には優しくない。
あまり慣れぬ道だ。俺が追うのは気配。そして、匂い。
おかしなことだが、だんだんと気配が希薄になり、気が付けは喧噪すらもなくなっている。
「なんだ……?」
独り言を一つこぼしながらも、血の臭いを追った。
「ぎゃああああ」
と。悲鳴が俺の耳に入り込む。成人男性。一人分の悲鳴。加えて言えば、先ほどの残党のような声。
声のほうへと足を向ければ、ぐったりと倒れ、赤をこぼすそいつに出会った。俺が追っていた、残党の内の一人。目くらましの魔法を使った男だ。
「全然なっていないな」
だが、残党よりも大物が、俺の目の前にはいたのだ。
体のラインの見えない、真っ黒なフードつきのローブ。真っ白な仮面には真っ赤な13枚の痣と、6枚の痣を模した模様。声は意図的に変えられた、女性とも男性とも捉えられる物。俺には小柄で華奢な男性に見えるが、この認識も人によっては違うらしいので当てにはならない。
まさしく、死を刻む悪魔だった。噂でしか聞いたことは無いが、男性とも女性とも呼ばれるそいつは、指先でナイフを弄びながら首を傾げた。
「四人目かー」
どうやら俺の存在をカウントしたらしい。
が、彼は目にもとまらぬ速さで、これ幸いと逃げようとしていた残党二人に、三回ずつナイフを刺して、動きを鈍くした。
「お客さんは、ちょっと見ててよ」
死を刻む悪魔は、仮面で見えない表情に笑みを浮かべたのではないだろうか。俺に向けて僅かに頷くと、先に倒れ伏していた残党に「フィーア、フュンフ、ゼクス」と数えながら更に三回刺した。
「この――」
しかし、黙って指を咥えて見ているつもりはない。俺は死を刻む悪魔に剣を向ける。
「ズィーベン」
今度は構えた俺の剣に向けて、残党を引きずって投げつけて来た。慌てて下がるも、投げつけられた残党は刃先にあたり、血を流して崩れ落ちた。
だが、まだ息はある。
「アハト、ノイン」
数えながら、今度はナイフが二本、その残党に放られる。その二本は、倒れ伏したそいつに深々と刺さった。
「ツェーン」
十回目のカウントで、更に一本。合計三本が残党に突き刺さったかと思うと、今度は「フィーア」と口にしながら別の残党を俺に向けて蹴り上げる。
やり難い。いや、残党は処分しても構わないのだが、それより、死を刻む悪魔がどんな行動に出るのかが分からず、俺の動きを鈍らせた。
「フィーア」
もう一人、残党が放られる。これもまた、俺の剣を狙っていたようで、思わず下がっても、彼を傷つけている事に変わりは無かった。
「エルフ、ツヴェルフ」
死を刻む悪魔はカウントしながら、倒れている残党に刺さったナイフの内、二つを踏みつける。
「ドライツェーン」
最後には、懐から出した、今まで使っていた物よりも遥かに長いナイフで、彼の心臓を貫いた。
ずっと血は流れていた。
けれども、命の終わりには、相応しい程の赤い川が出来上がる。
「私を模倣するのなら、13回、あるいは3回、3の倍数を大切にしないと」
ずっと、言われてきた事だ。死を刻む悪魔の特徴。それをまさに、本人の口から聞く事になるとは思わなかった。
「全てが中途半端。いや、そもそものメンバー数がそれらに該当していなかったところも気に入らない」
最初に配られた資料を思い出す。グループは全部で二十八人。内、取り逃がしたのが十七人。
これは最初に気配を探った時もそうだったので、間違いはない。
「私は、模倣されても構わないと思っている」
口振りから、既に何度も模倣はされているのだと気が付いた。
「中途半端にやらかして、いたずらに私の領分を犯さなければ」
どの部分を指しているのかは分からない。こいつにとってのルールなど、俺は知らないのだ。
「全くなっていない。管理官を何人殺した?」
残党は答えない。
「二人、なんて生ぬるい」
けれどもこいつは、知っていた。どこかで、あの場で、見ていたのか?
あんなに沢山の管理官がいる中、誰にも気づかれずに、一体、どうやって?
「殺るなら三人。これ、常識」
非常識な存在が、謎の常識を語る。
そいつは俺に向かって刀身の長いナイフを投げつけた。完全に頭を狙ったそれを剣で弾き飛ばせば、一瞬の隙をついて、生きている残党の内の一人の足に、新たなナイフを取り出して突き刺した。
「フュンフ」
数えながらも引きずり、俺と距離を取る。
「ゼクス、ズィーベン、アハト、ノイン、ツェーン」
カウントしながらザクザクと深く斬り刻む。
彼は何度も呻き声を上げる。死を刻む悪魔は、俺の動向に気を配りながらも、口笛を吹いていた。どこかで聞いたことがある。童謡だっただろうか。
「あと3回」
死を刻む悪魔は、口笛を吹くのを止めて、ゆっくりと頭を傾けた。丁度、首をかしげるような動きだ。
「しっかり見ていてあげてよ。彼が13回で死ぬところを」
俺は動かずに、黙って見ている。
その理由は二つ。一つは、残党である男は、仮に死を刻む悪魔が殺さなかったとしても、管理官として処罰すべき相手である事。
もう一つは、そんな相手を庇って、死を刻む悪魔をみすみす逃すような真似をしたくは無い為、しっかりとタイミングを見定めているから。
非情と言われようとも、多くの民間人を守る為には必要だった。
「エルフ、ツヴェルフ」
死を刻む悪魔は楽しそうに数える。
刻みつけられた傷は、既に十二。もう一回ナイフで斬り裂かれれば、止めになるだろう。
「ドライツェ――」
「助けてくれ!」
死を刻む悪魔が最後のカウントをしようとしたまさにその時。俺の足元に転がっていた残党が、ゆるゆると起き上がり、俺にすがりついた。
「何でもする! 管理官に、どんなことだって教える! だから――」
「フュンフ」
不機嫌な声。それと同時にこちらに投げられたナイフは、見事に俺にすがりつく残党の肩に刺さる。「ぐ、ぅ!」という、悲鳴になりそこなった呻き声と共に、俺の最早誰の血であったかも曖昧な赤で染まった制服を握った。




