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7.ぐっすりねむりましょう(よふかしはいけません)

R15…………?





 草木も眠る丑三つ時。

 適度な運動とアルコールによって、女は布団に包まってぐっすりと夢の中へ旅立っていた。連続の熱帯夜、唸るエアコン、右肩上がりの電気代、抹殺したい虫の音。

 それら全ての心配事から解消され、大きなお荷物が二つキッチンの前に転がっているが、それは些末なこと。

 連休とも相俟って、二度寝どころか三度寝も出来ると至福の安眠を貪っていた。






 一方キッチン前のお荷物。

 キングサイズのベットどころか、敷布団も、高級枕もなく。フローリングの床の上、些か草臥れた小さなブランケットを腹の上に乗せ、まんじりともせず天井を見つめる男が二人。

 暗い部屋の中、ちらりと目線を向ける先は女の寝室。

 一歩でも入ったら抹殺すると宣言され、ぱたんと閉じられた扉。

 ちっちっちっちっちっち。

 耳障りな時計の秒針の音、時折外を走り抜ける車の爆音。

 苛々としながらそのときを待っていた男二人は、扉を隔てた先の女の気配が十分和らいだのを確認し、徐に体を起こした。

「……寝たな」

「ああ、完全に眠りに入ったな」

「全く……硬いし、痛いし、何故この俺が床で雑魚寝などしなければならないのだっ」

 苛立たしげにブランケットを床に叩きつける。

「準備はいいか?」

「ああ」

 そろりと立ち上がる。目指す先は女の眠る寝室。

「それでは作戦決行だ。くっくっく、一般人め、覚悟しろ」

「何だかお前のほうが魔王のようだぞ」






 細心の注意を払い、床をきしりと鳴らすことなくゆっくりと扉を開ける。

 顔を突っ込んで覗いてみると、ベッドの上の女は身動ぎ一つせず、小さな寝息を立てている。

 一瞬気が緩み、床がきしとなる。

 しー、しーっ、とお互い慌てて口を塞ぎ、ぴたりと動きを止める。

 女は変わらずくぅくぅと寝息を立てている。

「……普通だ」

 こそこそと小声で会話をする。

「……てっきり竜の寝床のような、大鼾を立てていると思ったのだか」

 ベッドの傍に立ち、顔を覗き込む。

 あどけない寝顔で、無防備に眠り込んでいる女には、散々大立ち振る舞いを見せた名残など微塵も感じられない。幼ささえ感じられる。お気に入りのぬいぐるみを抱き込む子供のように、掛け布団をぎゅうと抱き締め、起きる気配などない。

「…………」

「なんだ、怖気づいたのか?」

 黙り込む魔王に嘲るような声色で勇者は言った。

「戯け。作戦は続行だろうが」



 作戦その四、怒作戦。

 女を襲って、身の程知らずだったことを実感させる。


 いくら体を鍛えようとも、言い負かすほどの弁が立っても、男と女。力で捻じ伏せれば手も足も出ないはずで、寝込みを襲えば確実。勇者と魔王という看板は撤去中と、非常に下劣卑怯野蛮極まりない行動に出ようとしている。

 魔族は人間の絶望や恐怖といった感情を好み、あえて残虐な殺戮を選ぶことは珍しいことではない。

 しかし勇者は勇者。人間の味方、正義の鉄槌を下すべく、その身を剣に捧げたはずだが、それは何処へ吹き飛んだのか。女が目覚めても反撃したり、逃げたりなど出来ぬよう、ロープまで探し出して持ち込んでいる用意周到さ。


 焦がれたほどの思いを胸に抱き、勇者は魔の手を伸ばす。

「……さて、自分の行いの報いを受けてもらおうではないか」

 勇者はベッドを軋ませぬようゆっくりとベッドに上がり、女の顔の横に手をつき覆いかぶさった。

 未だ夢の中の女。

 こうすると鍛え上げた自分とは全く違う体だという事実がじわじわとこみ上げて来た。

 シーツの上に広がる長い髪。薄闇の中でも分かる白い肌。閉じられた長い睫。薄い肢体。柔らかな曲線。微かに香る甘い匂い。

「…………魔王」

 じっと女を見下ろしていた勇者は、隣で女を縛ろうとロープを準備している魔王に小声で言った。

「なんだ」

「…………今更思い出したが、女を襲うのは初めてだった」

「は?」

「やばい、ドキドキしてきた」



 半眼で勇者を見る。

「…………まさか、お前童貞か」

 発起人は無論勇者。これなら絶対大丈夫だと断言したのも勇者。俺が痛い目にあわせてやるといったのも勇者。

「だからどうした」

 じろりと魔王を睨む勇者。だがその顔は耳まで赤い。事実は言わずもがな。

「お前、女のことをよくも知らないまま嫌いだと言っていたのか?」

「だって女だぞ? 煩いし、気持ち悪いし、臭いし、鬱陶しいし。何処がいいんだ」

「…………」

「なんだその目は。魔王、さっさとお前も準備しろ」

「……わかった」

 大きなため息を吐き、魔王は一瞬でその身を件の女体に変える。

 男にいいように扱われ、自分よりも小さな幼女に襲われたら自信など木っ端微塵だと豪語したのもやはり勇者。

「まぁ、これも経験だ」

 そろと柔らかな女の肌に手を伸ばす。









 瞬間。


 ばちんと破裂音がした。

 途端勇者はその体を強張らせ、弓なりに反ったかと思うと、ベッドから転げ落ちた。

「え」

 立ち尽くす魔王の傍で体をびくびくと痙攣させ、声も出ぬまま白目を剥く勇者がいた。

「…………ゆ、勇者?」

 魔王は体を震わせ、ぎこちなく顔を上げる。

 それまでぐっすり寝ていたはずの女はいつのまにか上体を起こし、手にぱちぱちと光る何かを持っている。

 一般家庭にはあまりご縁がないスタンガンだ。

「……まさか、役立つ日が来るとはね」

 女は起きていた。

 起きたというのが正しいかもしれない。

 実際先ほどまで完全に寝ていた。しかし、不自然に沈むベッドに目が覚めた。一人暮らしをしていればその異常性に気が付く。恋人が泊まりに来ていればそのまま安心し、夢の世界にダイブするが、実際いるのは得体の知れない自称異世界の勇者と魔王。昔の恋人が「君には必要ないかもしれないけど……」と、ラッピングされそっと差し出された誕生日プレゼントのスタンガン。

 用心するにこしたことはないと、常日頃枕元に忍ばせていたのだ。

 やれやれと肩を竦める女がぽいとベッドにスタンガンを放る。倒れた勇者を一瞥し、その冷ややかな目が魔王を捉える。

「ぎゃあああぁぁぁあああ―――!!」

 途端魔王は叫び声を上げ走り出す。

 本能的恐怖は逃亡せよと指令を下す。外に出ようと寝室の扉のドアノブに手を伸ばすが、それはびくともせず、一向にダンジョンからの脱出の道を開いてくれない。

「ぅわああぁぁぁぁぁあ!!」

 本気で涙を流し、バンバンとドアを叩く魔王。恐ろしい、本当に恐ろしい。あまりの恐怖に膝ががくがくと笑い、力が入らない。その可愛らしい顔は涙どころか鼻水だらけになる。

「いやだぁぁあ!! 開かないぃいいいい!!」



 すると。

 かちゃりと扉が開く。

「へ」

「このドア。押すんじゃなくて引くのよ」

 すぐ背後で聞こえる女の声。

 小さな魔王の体を背後から囲うように扉に手をつける。ぎしっと硬直した魔王を他所に、女は甚く慣れた手つきで魔王が放り出したロープをくるくると操る。

 腕を縛り、首まできゅっと縛ったロープの強さは丁度良く、まるで魔王が素の男性体に戻ったらきゅっと首が絞まりそうな具合だ。

 蒼白どころか土気色になった魔王は女に引きずられ、何故か行き先は風呂場。失神した勇者は寝室。助けなど望めるはずもない。ばたりと閉じられた風呂場の鍵は無常にも掛けられ、逃げ場はなく。

「婦女暴行。これってとっても卑劣で許しがたい行為よね」

 薄ら笑いを浮かべる女。逃がしても許してもくれる空気など微塵も感じられない。

「あ、わ、悪かった!」

 震える体で謝罪をする。

「謝ってすめば警察はいらないのよ」

「っ、わ、我も勇者の、ように、こ、殺すのかっ」

「殺してないわよ、気絶してるだけ。ただ、気絶させるほどの威力はないはずだったけど、あんたらにはかなり効くみたいね」

 もしかしたら今頃冷たくなってるかもと言われたときには、意識は昇天しそうだった。

 容赦や手加減などといったことを女がしてくれるはずもないと思い至る。

「こ、殺さないで、くれ」

「はっ、魔王が。聞いて呆れるわ」

「うぅ、うぅぅぅぅ」

 歯を食いしばり、ぐすぐすと鼻を鳴らし、涙を零す魔王。

 部屋に入ったら抹殺すると言われていたにもかかわらず、この有様。言い逃れや謝罪が通用するはずもなく、魔王は断頭台に足を掛けた囚人の気分だ。

「さて、あたしにはモットーがあるの」

「な、んだ」

「目には目を」

「は?」

 そこでにっこりと笑顔が浮かんだ。一人は失神、一人は拘束、一人は生殺与奪権を握る。この状態に似合わぬ清々しいまでの笑みだ。

「………………えーと」

 何か、後頭部を嫌な汗が流れ落ちる。とても嫌な予感がすると、体中を警報が鳴り続ける。

 そしてそれは外れることもなく。

 満面の笑みで再び女は笑った。

「ねぇ、ナスとキュウリ。どっちが好き?」

「え」









 最初に感じたのは痛みだった。そして痺れ。

「ぐ、ぅぁ……っ」

 強張る体を伸ばそうとするが、言うことを聞かず、勇者は歯を食いしばる。

 恐々と目を開ける。広がる光景は薄闇の室内。何かの衝撃で意識を飛ばす前にいた女の寝室のままだった。

「っ、あ、ま、魔王っ」

 自らの共犯者の名を呼ぶ。しかし、それに応える声はなく、最悪の敵の気配感じられない。

 いつの間にか自分の体は複雑にロープで拘束され、それを握っていたはずの魔王の姿もない。どのくらいの時間気絶していたか分からないが、数分どころではない。

「どう、なって、いるんだ……っ!」

 するとキッチンに繋がる扉の先でごとごとと音がした。

「っ!」

 息を呑む勇者の目の前でがちゃりとドアが開き、ぱっと照明がつけられる。

 その眩しさに思わずきつく目を瞑る勇者の耳に、

「あ、気付いたの?」

 女の声が聞こえてきた。

 恐る恐る目を開けると、タバコを銜えた女が寝室の扉を閉める所だった。後ろ手に何かを引きずり、勇者の下まで来ると無造作にそれをぽいと放り出した。

「なっ、ま、魔王?!」

 それは女性体のままロープで縛られ気絶した魔王だった。

 見える範囲では着たTシャツやジャージが破れたり、血だらけだったり、その白い肌が傷ついているということはなかった。

 しかし顔を真っ赤に染め、荒い息のまま気絶した魔王の肌はしっとりと上気している。

「魔王、おい、魔王!!」

 耳元で大声を出すが、一向に目覚める気配はない。

「お前何をした!」

「何をしたもなにも。あんたが悪いんでしょうが」

「!?」

「魔王が吐いたわよ。言い出しっぺはあんたなんだって?」

「くっ……っ!」

「恥ずかしいと思わないの? あんた世界を救う勇者でしょ。それを二人がかりで襲って言うこと聞かせようとするなんて。畜生にも劣る行為よ、恥を知りなさい」

「お前が悪い!」

「へー、あたしのせい?」

「そうだ、大体俺は勇者で王子で高貴な人間だぞ! それを奴隷のように扱って尊厳を貶め、人を馬鹿にして、非道なのはどちらだ! 下賎のものなら下賎のものらしく振舞えばよいものを。お前など俺が本来の力を取り戻せば手も足も出まい! 女は黙って男の言うことを聞いていればいいんだ」

「…………」

「ははっ、本当のことを言われて悔しかろう。所詮女は男には勝てぬ、劣っているんだ。いい気になるなよ一般人風情が。お前など、俺の足元にも及ぶまい」

 黙って聞いていた女は、嘲るような笑みを浮かべる勇者の顔をじっと見ると、銜えていたタバコを灰皿に押し付けた。

 はーと大きなため息を吐き、徐に勇者を縛っていたロープを掴むと、寝室から引きずり出した。

「な、何処へ連れて行くんだ!?」

「うるさい」

 途中、机の上に置かれたかぼちゃが目に留まる。

「おい、そこの野菜! 何とかしろ!!」

 するとうっすらと目?を開け、ちらりと勇者に目線?を向ける。

 が、閉じた。

 まるで「何も見ていません、何も聞いていません、私は寝ています」とばかりに。

「役立たずがっ!! 叩き潰して食べるぞ!?」

「やめてよ、あの子便利なのに」

「くっそ、貴様ロープを解け! 卑怯だぞ!」

「素直に謝れば少しは思い直したのに……」

「何馬鹿なことを言う! いいから放せ!!」

 引きずられた先は魔王も連れ込まれた風呂場。ぴちょんと雫が落ち、何故か濡れていた。

「何をする気だ!」

「さーてね」

「水責め、拷問か、一思いに殺せ。敵の言いなりになるくらいなら死んだほうがマシだ」

「誰が。あんたなんてそんな価値もない」

「なんだとっ!?」

 がちゃりと風呂場の鍵を掛ける。

「でも、まぁ死んだほうがマシって思うかもしれないけど」

「なに?」

「あたしはあんたより長く生きてて、それなりに色々と経験もしたし、修羅場もくぐったわけ」

「……何の話だ」

「ねぇ」

 勇者を見下ろす女はにやりと笑った。

「あんたに地獄と天国を味合わせてあげる。さっきの話、聞こえたわよ」

 女は、自分に跨っていたときの勇者と魔王の会話のことを指している。無論言わずもがな、魔王が半眼になったあの会話だ。

「一体、何を言っている」

 思い当たらず、いぶかしむ勇者を他所に、女は何処から取り出したのか新たなロープを手にする。

「哀れむべきかしらねぇ。ま、これも経験だと思って」

「…………何をする気だ」

 その言葉に笑みを深める女。

「傲慢な勇者様。言いように扱われる女の気持ちを、身をもって体験していただきましょう」

「なに?」

「ねぇ、ところてんってご存知?」

「は」











 熱帯夜も開け、清々しく晴れた翌日。

 だるい体で腰を抑える勇者と魔王がいた。

 目の下にはくっきりと隈が出来、涙を流したのか目尻を赤くしている。

 そしてすっきりした顔でもぐもぐと食パンを頬張る女がいた。




 よく晴れた朝だった。





いぶつそうn……ぜんりつせn…………

諸々の単語からR15としました。



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