* エピローグ *
次の土曜日。面会の許可が下りたということで、三人でお見舞いに行くことになった。
いきなり二人きりになるのは気まずいからと一緒に部屋を訪ねようとあたしは提案したのだが、まだ告白が終わっていないだろうからと気を利かせてくれたらしい二人は車の中で待機している。
――うぅ……うまく言えるかなぁ。ちゃんと覚えていてくれたら良いんだけど……。
あたしは不安な気持ちのまま扉を開けた。
「こ、こんにちは……」
部屋に入ると、彼はこちらを見ていぶかしげな顔をした。
――や、やっぱり忘れられている?!
「え、えっと……前に車にひかれそうになったところを助けていただいた江戸川遥奈です……。そ、そのときのお礼をしたくて……その……」
ここに来る前に何度も練習したはずなのにうまく台詞にできない。あたしはやっぱりこういう状況に弱い。口ごもったまま視線を外す。
「――お礼? なんで今さら」
不思議そうな問い掛け。あたしは理由を説明できないでうつむく。
「……だって、そうだろ? 礼を言わなきゃいけないのは俺のほうなんだから」
「!」
はっとして、あたしは顔を上げる。隆臣くんのニカッとした独特の笑顔がそこにあった。
「わりいわりい。まさかこんなにすぐに会いに来るとは思っていなくて、幻じゃないかと思ったからさ。あの出来事もすべて俺の見た夢じゃないかと」
「ま、幻でも夢でもないですよ! あの十日間は確かにあたしたちの間に起こったことですし、あたしはちゃんとここにいます!」
あたしは彼のいるベッドの脇に移動して、彼の手を取る。
「ほら。ちゃんと触れられるでしょ?」
隆臣くんの温かくて大きな手。あたしの命を救ってくれたその手をやっと握ることができる。たったそれだけのことなのにとても幸せだ。
「――そうみたいだな。ちゃんとわかる」
言って、隆臣くんはぐいっとあたしの手を引っ張った。空いていた彼の手があたしの頬に触れてさらに引き寄せられる。瞼が自然と閉じられて、軽く唇が触れた。
「――俺にもしものことがあったとき、悲しんでくれる人間の一人になってくれ。そんときがくるまでは、俺はあんたを悲しませるようなことはしないと誓うから」
「はい。清瀬先輩」
あたしは精一杯の笑顔を作る。それなのに、嬉しすぎて涙がこぼれる。
――大好きです、隆臣くん。
そのタイミングで扉が開いた。
「――えー、告白はそれで終わり?」
「いやいや、あれが照れ屋の隆臣ができる精一杯なんじゃないですか?」
退屈そうな澪の声と、愉快そうに笑いながら言う佳佑さんの声。
『え?』
あたしの声と隆臣くんの声が重なる。カーテンで彼らからこちらが見えないうちにそっと距離をとり、涙を拭っておく。
「見舞いに来ましたよ、隆臣。それとも、まだお邪魔でしたか?」
「お、お前……どこから聞いていたんだ?」
「最初からですよ。ところどころ聞き取れませんでしたけどね」
さらりと答えて、佳佑さんは持ってきた花束やお菓子の置き場所を探している。
「良かったね、遥奈っち! これで恋人同士じゃん!」
その台詞に、あたしはある思い付きをする。
「――そうだ、清瀬先輩! 退院したら遊園地に行きましょう! あたしたち四人で。きっと楽しいですよ?」
「あ、それは良いですね。ダブルデートじゃないですか」
あたしの提案に乗ったのは佳佑さん。どんな反応をするか期待していた隆臣くんはまんざらでもない顔をしていた。
「ちょ! ダブルデートって、私、佳佑さんとはただの友人なんだから!」
「つれませんね、澪さん。僕の気持ちが伝わっていないだなんて」
「あんたのは軽すぎなのよ! ――で、でも、そうね。私が足に使った借りをそれで帳消しにしてくれるなら、考えなくはないわよ?」
澪にしては珍しくしどろもどろになって答える。その様子に佳佑さんは満足げに微笑んで、改めて隆臣くんに目を向けた。
「ならば決まりですね。――ですから、早く退院してくださいよ、隆臣。計画は立てておきますから」
「お、おう」
隆臣くんは佳佑さんの励ましに、面倒くさそうな顔をする。
――良かった。断られなくて。
「あぁ、楽しみだなー! 絶対に行きましょうね、みんなで遊園地」
あたしが隆臣くんに飛び切りのスマイルを向けると、彼も優しく笑んで返す。
「あぁ、行こう。必ず」
隆臣くんが退院できるまでは一ヶ月ほどかかるらしい。ダブルデートが決行されるのは夏休みに入ってからだろう。きっとその頃には真っ青な空が広がっているはずだ。
「約束ですよ?」
あたしはその日が来るのを待ち遠しく思ったのだった。
【了】
楽しんでいただけましたでしょうか?
「乙女が喜ぶ一発逆転」のテーマに沿った内容だと感じていただければ幸いです。