第94話 その絵に神は宿るのか
ケットシー行列に猫好きが引き寄せられて、ついて行く。面白そうなので、私もお店番を任せて後ろを歩いた。
行列は手を振りながら広場へ到着した。猫好きはここで解散です。
たくさんの人が特設ステージの周囲に集まっていて、ステージが見えないわね。歌が聞こえてきているから、誰かが歌っているんだろうとだけは分かる。
「全然見えないよ……」
ションボリと耳を垂らすノラ。お客がたくさん集まって密集しているし、隙間から覗くのも無理だろう。猫たちが左右に揺れたりぴょこっと跳んでみたりして、ステージを少しでも見ようと無駄な努力をしていた。
「みんな、こっちだよ」
アークがステージの近くから声をかけ、猫好き聖騎士エルナンドが笑顔で手招きしている。集まっている人の脇を通り抜けて、ケットシー軍団はステージ近くまで進んだ。
「最前列を猫席にしたよ」
「やったあ、ありがとう!」
にゃあにゃあと喜びながら、猫が最前列のさらに前に並ぶ。私も行こうとして、止められてしまった。店長として同行する義務があるのに。
ちなみに朝から並んで最前列をキープしていた人の中で前に座った猫に怒る人もいたが、猫が陣取っても視界に問題ないので、すぐに大人しくなった。
歌声が届くから姿まで見えなくてもいいし、拝聴しながら屋台で腹ごしらえしよう。
瓶に入ったジュースやワインを販売するお店、パンが重ねて並んでるお店、カットフルーツを売るお店、スープや串に刺した魚の塩焼きなど、様々な種類の屋台がある。玉ねぎと肉を煮込んだものに、茹でたジャガイモを添えて売る店員。
数人並んでる屋台では、つるした肉を焼いて削るように切って、薄い生地に千切りキャベツなどの野菜と一緒に包み、ソースをかけた料理を売ってるわ。これにしよう、おいしそう! お値段は銅貨六枚。
あああ、お肉は甘めのソースで、キャベツはシャキシャキ。美味しい。屋台だけではもったいない味ね。
「姉さん、ここにいたんですね」
買い食いを楽しんでいると、人混みを掻き分けてラウラがやってくる。かなり混雑しているのに、よく私を見つけたわね。
「ラウラ、何かあった?」
「クッキーが売り切れたんで、材料の追加を買いに。ついでに姉さんの様子を見に来ました。人が多いですから、絡んだりしてないか心配で」
「絡まれているか心配した、でしょ」
ラウラってば言い間違えてるのね。意外とそそっかしいわね。
「ところで姉さん、組合が並ぶ辺りの小さな建物を借りて、特別展示をしているらしいんですよ。見に行きませんか?」
「へー、特別。いい響きよね、行きましょう」
お昼近くなってますます混み合う広場を抜けて、繁華街に向かって歩いた。
庭で手料理や中古家具を売っていたり、飲食店ではテーブルを出して、外で料理を販売したりしている。道行く人が手に持つ食べもの、全てがおいしそうに映るわ。
ギルドが並ぶ通りの交差点に『絵画や像の特別展示会を開催中』と、矢印つきの看板が立ててあった。その先の小さな建物の入り口には、数人が集まっている。
「興行先で集めた珍しい品が、色々あるみたいですよ」
ラウラのお母さん経由で勧められたのかな。入場料はラウラが払ってくれて、無事に無料で建物に入れた。展示室の広さはちょっとした喫茶店くらい、客はボチボチ、警備員がしっかりと立っている。
どこの風景だか、奇岩群や白亜の大きなお城の絵、山の絵、海の絵が壁に飾られ、彫刻の入った壺や、鳥や花模様、それに木の枝が描かれた大皿、宝石たっぷりな古めかしい装飾品が台に乗っている。精鋼な彫り物なんかはいかにも手間ひまかかっていそう。謎の木彫り人形もある。
良かばい良かばい。
よく分からんけど入場料を取るくらいだし、多分すごいんだろう。
一番奥に、二人の警備員に挟まれた絵があった。
キレイな草原に数人の人と妖精が描かれている。
「アレが一番高いのかしら」
「なんと、芸術神と鍛冶の神、メク様の認められた画家の絵だそうですよ!」
ラウラが興奮気味に説明する。これが見たかったのね。
「へー……」
普通のキレイな絵に見えるんだけどなあ。
人が途切れたところで真ん前に移動して眺めたけど、どうにも神聖なものは感じられない。プレパナロス自治国に寄贈された五芸天の絵画には、確かに神が宿っていた。
「この絵に神は存在しないわよ」
「……え?」
「五芸天の絵だと思えないわね。加護を受ける前か……」
うーん、じっと見てると余計に分からなくなりそう。こういうのは直感が一番。
「贋作……ですか」
ラウラが小声で尋ねる。
「多分ね」
五芸天の一人、画家ジェマ・ブロデリックのサインは入っている。これで本人が描いたわけでないのなら、贋作よね。微妙な気持ちになるなぁ。
「客入りはまあまあだな、初日で宣伝も足りなかったか」
入り口で男性が誰かと話している。内容からして、関係者かしら。
「座長!」
ラウラが男性を振り返り、そちらへ素早く移動した。興行の座長か、それならこの作品の持ち主になるのかな?
「ラウラちゃん! 見に来てくれたのかい、行ってくれれば無料で招待したのに」
「ありがとうございます、でもそれどころじゃないんです。あの五芸天の方の絵、贋作かも知れません……」
周囲に聞こえないよう、近付いてこそっと伝える。座長は目を大きく開き、声を荒らげた。
「バカな! 高い金を出して画廊で買ったし、鑑定書も付いてるんだぞ」
「でも、姉さんが……」
ラウラがちらりと私を振り返る。私も座長のところへ歩いた。
「鑑定書があるならちょうどいいわ、見せてもらえる?」
「ラウラちゃんの知り合いか? 芸術家か何かなのか?」
怪訝な眼差しをする座長。今の時点だと、言いがかりをつけられたみたいだもんなぁ。
「座長さん、ここだけの話なんですが、姉さんはプレパナロス自治国の七聖人の一人なんです」
「あの、公表されていない七聖人だって!? ……とにかく話を聞くよ。個室で見てもらおう」
座長に連れられ、展示室の奥にある半分物置のような小さな個室へ移動した。鑑定書は鍵付きの棚にしまってあった。
「これだ。ロークトランド中立国が、公式に認めたものだよ」
ロークトランド中立国の鑑定書は見たことがないから、本物かはわからない。だが、確認できる方法があるのだ。鑑定書に押された特別な神聖証明印なら、本物か判別できる。これは贋作が横行した時代に、五芸天の作品を証明する為に考えられた方法だ。
書類を受け取り、テーブルに置いた。
「これからこの鑑定書が本物か判別します。先に確認しますが、ちゃんと料金はもらえますね?」
「……まあ、本当に判別できるならな」
よし、言質を得たぞ。心置きなく作業ができるってモンよ。
「私は清廉なる乙女、癒やしの女神ブリーシダの加護を受けし者。神聖なる力の証よ共鳴し、存在を示せ」
神聖力を籠めて祈るが、変化はない。
「反応なし。鑑定書がニセモノですし、精巧な贋作ですね。神聖証明印は、神聖力に触れると輝くんです」
「そんな……まさか……」
頭を抱える座長。残念ながら、五芸天の手によるものでないのは確か。メインの展示が贋作だったのは笑えないわ。同情する、金をくれ。
「はーい、鑑定料を頂きますよぅ」
「……いやさ、ちょっと気を遣おうとか、慰めようとかない?」
両手で顔を覆っているので、座長の声が少しくぐもっている。展示室からは楽しげな笑い声が、壁越しに届いていた。
「支払われる金額によります」
「……はいよ。参考までに、どうやって贋作を見分けたか教えてほしい」
支払われたのは銀貨一枚。だんだん口が軽やかになる金額だ。
「説明も難しいんですがね……、まず人間も自然の一部です。そして神様はその自然を作った全てであり、中心となるものです。言うなれば絶対的な調和ですね。そして絵画は一枚の世界であり、一つの自然の形です。そこにもし神聖なる力が加われば、絶対的な調和、つまり一つのものとしてバランスが支配していなければなりません。あの絵にはそれがないんですよ。単なる自然の一部である人間が作った作品でしかありません」
だいたいこんな感じだ。神は全てに存在し、そしてバランスを取る一点でもあるのだ。芸術神としてのメクは神聖性を保った芸術の中に、常に存在する。
座長は顔を上げ、真剣な眼差しで私の説明を聞いていた。もう騙されて余分なお金を払いたくないという、熱い決意にあふれていた。
「……ラウラちゃんも感じ取れるのかい?」
「いいえ、私は無理です。神様の加護を受けている使徒や、神聖証明印を押せるような、神様のお力を借りられる信奉者くらいしか判別できませんよ。加護がなくても見分けられるとしたら、その道に通じた本物の芸術家です」
「そうか……」
長いため息を吐き、座長は力なく背もたれにもたれかかった。
黙っていると気まずいな。
会場である建物の持ち主に事情を話して相談した結果、混乱を避けるため、贋作絵はそのまま展示すると決定。
この絵はとある国で、自宅に招いてくれた貴族を通じて、貴族も御用達の画廊で買ったらしい。まさかそれで贋作を掴まされるとは。そしてその国はなんと、ラウラの実家がある、ジュランデール帝国だという。
興行が終わったら行くのよね。詐欺には気をつけよう!