第93話 興行開始!
興行を明日に控え、お庭で販売する家は準備に大忙し。道を興行の宣伝が、ラッパを吹きながら歩いている。隣の人は四つのボールを一人で、器用にくるくる投げているわ。
「一日目は歌や剣舞、二日目は軽業と吟遊詩人の歌。三日目は劇、演目は当日までのお楽しみ。みんな広場に見に来ておくれ~」
私のように窓から覗く人がいたり、わざわざ家の外に出る女性や手を振る子供がいて、期待値の高さが窺える。
「やあ」
楽しい気分のところに、猫好き聖騎士エルナンドなんかが来ちゃったわ。アイツ、討伐で生き残ったのか。しぶとい野郎め。
「お帰りは後ろです」
「まだ何も言っていない! 聖女のクッキーをまた売っていると聞いて、……あ、これだ」
入り口付近の棚に並ぶ、聖女のクッキーを手に取った。残りは少なく、午前中に売り切れそうよ。
「はーい、銀貨三枚ね」
「嘘をつくな、値札と違うだろう!」
チッ、バレたか。銅貨を受け取っても、エルナンドはまだキョロキョロしている。
だいたい何を探しているかは、察しがつくわ。単純だ。
「ラウラは出かけてるわよ。猫店員も来てないわ。興行を見たいって言ってたから、興行の期間に出てくるかもね」
「そ、そうか……。人が多いと猫には危険だな。気を付けるよう伝えてくれ。何かあったら、救護所があるから……」
「いやいや、猫の治療が救護所でできるの?」
「……できないな……」
バカかよ、おい。結局、終始不審なまま、エルナンドは帰っていった。
ぼちぼちお客も入り、新商品の竹細工が少し減った。スラムの商品もちまちま売れる。人間の従業員を雇えるほどの収入はないかな。
祭壇にした女神像の前には、たまにお菓子が置かれている。私のおやつが増えて何より。ありがとうございます女神ブリージダ様、感謝して食べています。
午後はラウラと店番を交代して、スラムの先生のところで商品の受け取りをした。野菜は当日、収穫して持ってきてくれるそうだ。せっかくなら新鮮な方がいいものね。
ドワーフの下働き希望も二人現れたので、明日面接に来てもらう。多分、明日が面接だと思う。違ったら面接前の説明会だったことにしよう。
夕方は早めにお店を閉めて、隣のお庭で販売する商品を選んだ。
竹細工、ワラの小さいリース、小さい女神様の像と絵、スラムの商品は今回もらった新しいのを置く。ビーズリングの追加と、猫の粘土細工、猫の顔型の木のコースター。なかなか面白いものがきたわね。
値段は三段階。銅貨三枚の箱と六枚の箱、青銅貨一枚の箱に分けて保管すれば、当日も慌てないで済む。
「明日の興行、楽しみですね」
「私は明後日の軽業が見たいわ。ところでラウラは、いつお母さんのご飯を食べに行くの?」
私を置いて行かれても困るので、確認しておく。一人でタダ飯は食べさせない。
「興行が終わってからです。期間中は忙しいですからね」
「了解~。楽しみよね」
「……姉さんて、本当に心臓が強いですよね」
間を空けてラウラが言葉を落とした。心臓? とりあえず褒められてるな。ラウラは大丈夫よねと呟きつつ、帰路に就いた。
朝からパパパーンと、興行の開始を告げるラッパや太鼓が鳴り響く。
庭で販売をする人が商品を並べ、道にテーブルを出して自家製漬物などを置く家もあった。こういう家が、中途半端なアウトローに狙われたりする訳ね。
私もテーブルを道に出し、聖女のクッキーを販売する。
隣のお宅でも販売準備が進む。小悪魔が十人近くで、わちゃわちゃやってるわ。尻尾がゆらゆら、羽があるのもいて、なんか可愛いな。
大家さんの力作大判タペストリーが窓に飾られ、その前にはマフラーに刺繍ハンカチ、かわいいぬいぐるみ、ネックレスなど、幅広い手芸品が並ぶ。大家さんコーナーはプロのお店みたいだわ。
「ロノウェ様~、こっちの場所は?」
「これから商品が来るよ。ほら、アレかな?」
門の外から覗く、薄汚れた服を着た人。スラムの住民ね。入っていいのか悩んで、もじもじしてるわ。
「はいお疲れ様~、何を売る感じ?」
「えと、……ミニトマトと、いんげん豆と、プラムと、ナスも少し採れたから……」
「ジャガイモとかタマネギとか、八百屋でいっぱい売ってるけど、ないの?」
旬みたいなのに、作ってなかったのかな。何気なく尋ねると、相手は困ったような笑みを浮かべた。
「保存しておくんで、売らないんですよ」
なるほど、何度も収穫できて保存が利かない野菜を売る訳か。
野菜コーナーは門の近く。家にあった空の木箱を並べてテーブル代わりにし、小さなザルに野菜を載せて、“どれでも銅貨三枚”の札を立てた。私の取り分は、ほとんどないな……。
かといって、お店より安くないと売れないだろうしなぁ。まあいいわ、お客が来たら私のお店の宣伝をするんだから。
「おーい、ここかー」
誰かが道路で騒いでるわね。ナスは大きめなら二本かな、まだ高い時期だし。小さいのは三本、インゲンは曲がったのを混ぜてしまおう。
「……姉さん、ドワーフさんですよ」
「お、商品がきたわね!」
なんだ、私だったか。ドワーフの親方が直々に届けてくれたのね。
「ナイフや日用品を持ってきたぜ。下働き希望のヤツも見つかったか?」
「ええ、面接に来るよう伝えてあるわ」
「そりゃいい、販売してっから現れたら教えてくれ!」
親方はリュックを地面におろし、中からナイフと釘、ハサミに鎌などを次々に披露した。銀色に輝き、曇りもない。さすがドワーフ、私が見込んだだけはある。
「ハサミや鎌は、最低でも青銅貨で五枚は欲しいな。場所代を払えばいいんだろ?」
「おうよ、一日青銅貨三枚よ」
「その分少し上乗せするか」
値札を作るドワーフ。ロノウェは二枚と言ってたから、一枚は私の口利き料だ。親方から預かり、ロノウェに二枚を渡す。
妙に生暖かい視線を感じる。ロノウェは特になにも言わないので、気のせいだったかな。
「シャーロン~」
「販売員、来たわね」
リコリスがぴょこっと顔を出した。ロノウェが苦手らしく、こそっこそっと歩いてくる。
「変なのがいっぱいいるー」
「変じゃないよ、あたいらは小悪魔よ!」
ジャナが胸を張る。早速仲良くなったわね、うんうん。
「やっほー店長さん、手伝いに来ました」
「あらブルネッタまで、ありがと」
菜食主義の食人種もやって来たわ。ラウラもいてくれるし、初日はバッチリね。通りはどんどんと人が増えて、早くも商売を始める家がある。こちらもそろそろ開店できるわ。
「ロノウェ様、行ってきまーす!」
準備が完了すると、四人の小悪魔が元気に出かけた。店員や下働きのお仕事が入ってるんだって。小悪魔派遣の案内も出して、本日の受付を開始。
早くも聖女のクッキーが売れてるよ。聖女ラウラが手作りして、手ずから販売するクッキー。ご利益倍増、間違いなし。
「聖女様ですよね? 握手してください!」
クッキーを買った女の子が、銅貨を一枚差し出して握手を求める。
「え、握手ですか?」
「はい、お値段表にありますよね」
そうである。せっかくの興行なので、限定商品ラウラとの握手を用意した。
『興行期間限定! 聖女ラウラとの握手、銅貨二枚
クッキーや庭の商品を買ってくださった方は、銅貨一枚』
「……姉さん! 全くいつの間に書き加えたんですか……」
ラウラはそう言いつつも、握手に応じた。相手はとっても嬉しそうに、ラウラの手を両手で包んだ。
「ありがとうございます!」
「あなたに女神ブリージダ様のご加護がありますように」
笑顔で手を振る。周囲の人も聖女様だ、と小銭の用意を始めた。大成功の予感!
「さすがラウラ、とーっても喜ばれているわね! 握手は原価レスだもの、たくさん売りましょうねえ~」
ついでに庭の商品に興味を持つ客もチラホラ出てきた。ささ、買ってちょうだい!
なんだか騒がしいなと思って道に目をやると、通行人が足を止め、一つの方向に注目している。
「あれも興行なのかな?」
「すごい可愛い行列さん!!!」
練り歩いてるのかな? 家の前を通るのを待っていたら、人々に囲まれて先小さな一団がやって来た。
『ケットシー観光ご一行』
ケットシー紳士の黒猫アークが先頭で旗をもち、王国のケットシーが列になって歩いている。猫店員のノラとバート、そして王国の代表、ホセ子爵まで。興行を見に来るって、王国総出でなの!??
「人の皆さん、僕らを踏まないように気を付けてください」
アークが旗を振りながら、前にいる人を退けさせる。みんな素直に従って、道を譲ってるわ。
「てんちょー、みんなで遊びに来たよ~」
「店長、広場に行ってきます!」
ノラが手を振ると、周囲の人間が呼ばれもしないのに振り返す。大人気だな。いつも大人びてるバートも、本日ばかりは、はしゃいでいるね。
「あまり近づきすぎないよう」
何故か列の中ほどで、猫好き聖騎士エルナンドが警備員をしている。アイツ無駄に幸せそうだな。
不意にパンパンっと花火が鳴った。興行の出しものが始まる合図だ。わああと歓声が響き、猫たちは驚いてヒゲを震わせ、体が一瞬ボワッとした。この花火の音を合図に、興行の期間が完全に始まったという雰囲気になる。
わー、楽しみだなー!




