第92話 武器の聖別
都合良くラウラが来てくれたので、クッキーを焼いたらお店番をお任せしちゃう。
私はその間に聖水を作るのだ。汲んできた清水からクリスタルを取り出し、祝別する。
「癒やしの女神ブリージダ、浄化の輝きをまといし乙女よ。生ける水に清き姿を映したまえ。信仰によりこの水が聖なるものとなりますよう。深き水、静謐なる水、万物の根源たる水よ、水の内より出でよ」
よし、聖水の完成だ。
小瓶の中で透明な水が揺れるが、見た目に変化はない。
これを武器に振りかけて、聖別する。さすれば魔を滅する、聖なる武器とならんや。私の信仰が金貨より輝いているわ。
金を臨むような、荘厳な気持ちで祈りを捧げる。
「富の永遠の配分者である大地、汝より生まれし金属。人の手により磨かれしものよ、より鋭利であれ。全ての穢れを許さじ。偉大なる女神より与えられし浄化の衣を纏い、魔を払う力となれ。罪過の清めとならんことを」
ふう、なんかとても良くできたような気がするわ。
武器の聖別が終わり、狩人組合にお届けに行った。組合事務所には職員の他に、数人がいた。
「ちわー、配達でーす」
受付で書類をめくっていた男性と、酒飲んでくっちゃべってる暇人がこちらに顔を向ける。
「あ、シャロンさん! うわああ、これが聖別された武器! 自国で作れるっていいですね」
「おうよ、いくら払っても足りないくらいでしょ」
「上乗せはしませんよ~」
なんてケチなヤツらよ。もうすぐ興行も始まるんだし、チップを渡す練習をしてもいいと思う。私ならいくらでも受け取るのに。
受付のテーブルに武器を起き、料金をもらった。上乗せは本当にない。残念。まあいいわ、せっかく興行があるんだし、このお金で遊んじゃお~。普段から働き過ぎなのよね、休養も必要だわ。
「じゃあね」
「またよろしくお願いしまーす!」
扉を開ける背中に、元気な声が投げられた。
「聖別した武器だって?」
「どれどれ、誰が使うんだ?」
近くにいた暇人が物珍しそうに、渡した武器に群がっている。人気ねえ、次からは料金を上げていいかも。そうよね、自治国まで頼みに行くのを考えたら、安すぎたくらいだわ。
狩人組合を出て、野菜や果物を買った。ラウラに料理してもらおうっと。タマネギ、ジャガイモ、にんじん、カボチャ、オレンジ。しまった、重いわ。
「たっだいまー、ご飯の材料も買ってきた……って、ラウラのお母さん!」
「お帰りなさい、姉さん」
「来たんかい悪たれ。しっし、もっと出かけちょれ」
「やだなぁ、私のお店ですよー」
ラウラのお母さんはカウンター近くの椅子に座り、テーブルには紙袋が置かれていた。差し入れかな? 差し入れかな?
二人は私をよそに、会話を続ける。聖女のクッキーは既に完売してるわ、人気ね。
「お母さんは興行に出ないんですか?」
「私は裏方だからね。でも遊びに来てね、興行のみんなにもあなたを紹介したいわ」
「なんだか照れますね」
「娘が立派な聖女様なんて、私も鼻が高いわ! 本当に立派よ、ラウラ」
お母さんに褒められて、ラウラは嬉しそうにはにかんでいた。母娘って感じで、だいぶ距離が縮まっている。今なら私も仲良くなれそうな気がする!
「私も応援に行きますよ!」
「ああン? 悪たれが何しに来よっと?」
言葉遣いまで違うんだけどー!!!
アウトローみたいな睨み方をされた。ラウラも止めない。むしろ面白がっているような。
「姉さん、食材は台所へ置いてください。後で料理しますから」
「楽しみにしてるー!」
私はカウンターから奥へ向かった。わあい、ラウラの料理だー。
「お母さんも食べていきますか?」
「ごめんね、ご飯を作る仕事があるの。そうだ、今度食べに来てちょうだい」
「いいんですか? ……もし迷惑でなければ、お母さんの手料理……食べてみたいです」
ラウラのお母さんなら、料理が上手そうよね。仕事にしてるんなら手慣れてるだろうし、いいわねえ。
「迷惑なわけないわよ。いつでもいらっしゃいね」
「私も行きまーす!」
食材を置き、店に戻って片手を上げる。はいはい、タダ飯仲間に入れてー!
「誘ってなか。まあ、世話になったし、ジャガイモの皮くらいなら食わせたる」
「ほぼゴミ!!!」
私の扱いが酷いです! こっちを見もしないわ。
お母さんは立ち上がって、紙袋を手に持った。私への差し入れじゃなかった。
「クッキーありがとう、ラウラ。みんなで食べるわね」
「はいっ! ではお母さん、興行頑張ってください!」
ラウラがあげたのかあ。お母さんが帰ったら、お店の中がしんとしたわ。
「じゃあ姉さん、お昼ご飯を作りますね」
「待ってるわね、ラウラ」
時間はもう昼近く。この時間はお客はあまり来ない。かわりに混むのが飲食店だ。店を選ぶ人や、買った食べものを持った人が笑顔で行き交っている。
ラウラのご飯を食べてから、なんとなく広場を覗きに行った。
広場では職人が特設ステージを組む作業を続けている。お店を出す区画には、出店者が屋台が並ぶ。もう準備も大詰めね。ステージの客が出店の邪魔にならないよう、鉄の棒とロープで区切っていた。
付近は立ち入り禁止。その辺で商売をしていた人は、しばらくお休みさせられる。
「以前もここで販売させてもらってたんです……」
「ダメだダメ、興行の準備中なんだよ。興行の期間は組合が店を出したりするし、一般の人は売れないよ」
「そんなあ……終わるまで待ったら、何日も泊まらなきゃならないですよ……!」
大きな荷物を背負った若い女性が、現場の人にすげなくされて泣きそうになってるわ。どうやら興行があるのを知らずに来て、商品の売り場所がないのね。男性は職人に呼ばれ、そのまま行ってしまった。
女性はただ、切ない眼差しで呆然と眺めていた。
履き古したようなズボンと継ぎ当てのある上着で、裕福でないのは明らか。
「どうかした?」
「あ、……なんでもないんです」
すぐには口を割らないな。きっと訓練された商売人だ。私が詐欺師や野次馬でないと、理解してもらわなければ。
「売れないって聞こえたわよ。何か売りたいものがあるの? 実は私、お店をやってて。商品を仕入れたいと思ってたの!」
「お店を!?? 私、村から出てきて、ワラで編んだものや、竹細工なんかを売りたいんです。見てもらえませんか?」
「オッケーオッケー、お店は客と取引相手に閉ざす門を持たないのです。私のお店に来てちょうだい、そこで商品を見ましょう!」
「ありがとうございます!」
女性は元気に、私の後ろをついてくる。道すがら、事情をポツポツと独り言のように話した。
「私の村では農業や、竹やワラを使った小物を作ってるんです。商人に買い取ってもらっても安いんで、町に出てきて売ったりしてます。私はこの町の広場でたまにゴザを敷いて売ってたんですけど、興行があるからって場所を貸してもらえなくて……」
つまり、今までもこの町で売れていた商品ではないか。それは展望が明るい。
きっと女神ブリージダ様のお導きに違いない。女神様、感謝します。
「あれ、姉さん。早かったですね」
「仕入れよ~。一緒に商品を見ましょうよ」
「初めまして、こんにちは、アリーチャです……!」
女性は緊張で硬くなりながら、頭を下げた。ちょっとぼさっとした感じの青い髪が、前へ流れる。
カウンター近くのテーブルに商品を出してもらった。
竹のカゴ、ザルや小物入れ、四角いフタ付きの箱。それからワラの鍋敷き、丸いリース。
「へー、器用に作るわね。いいわね、仕入れたいわ」
「本当にどれも素敵ですね」
ラウラも高評価。雑貨屋らしい品揃えよね。
「頑張って作ってますから。長持ちしますよ」
「この辺は銅貨五枚くらい?」
「もっと高く買ってください、それじゃさすがに手間に合いません」
うーん安く買い叩けるわけでもないのか。
女性から希望の金額を聞いて、全部買うからと、まとめ売りで値引きしてもらった。ラウラからの差し入れもあるし、一気に商品が増えたわ。いつになく棚がいっぱいになって、理想のお店に近づいた!
「また商品ができたら買い取るわね!」
「お願いします。全部買い取ってもらえるなら、ありがたいです!」
新しい仕入れ先を確保ね。
アリーチャは毎回、安宿に泊まって二、三日かけて売っていたそうだ。それでも完売はしないので、今回の方が効率もいいと喜んでいた。住んでるのは森の近くにある村だって。キツネの家がある森かなあ。
「あ、ところでどこか安く泊まれる宿を知りませんか? いつも泊まっている宿が、いっぱいで。興行があったからなんですね」
宣伝が行き届いた近隣の村や集落から、見物客が来ているのね。さすがに今から帰ると、暗くなって危ない。アリーチャはいつもより高くなっても泊まるか、酒場で明け方まで過ごすか悩んでいる。
「なら、私が泊まってる宿はどうですか? 今回は一人部屋が空いてなくて、二人部屋なんです。一人分空いてますよ」
ラウラが申し出たら、アリーチャは恐縮して首を必死に横に振った。
「そんな高いところ、泊まれません! 五人くらいの相部屋を探してるんです!」
安い相部屋の宿は、田舎からの出稼ぎや旅人に人気。女性専用もあるとか。
「国のお金で泊まってるんで、別にもらわなくてもいいですよ」
「そんなわけにいきません、……じゃあ、いつも支払ってる金額でいいですか……?」
「もちろん」
話が決まったわね。ラウラはアリーチャを宿に案内して、ついでに夕飯のメニューに使う足りない材料を買ってくると出かけた。
新商品も並び、興行はもうすぐ。
興行の期間は隣のお庭販売に力を入れるから、お店を閉めて一部をそちらで販売する。大家さんの手芸品の横に、竹細工とか並べてみようかな。




